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第2章:予期せぬ波紋

Author: 佐薙真琴
last update Last Updated: 2025-12-06 17:30:06

 それから三日後、弥生の携帯電話に見知らぬ番号からメッセージが届いた。

『橘さん、神宮寺です。今週末、お時間はありますか?』

 弥生は画面を何度も見返した。本当に神宮寺蓮からのメッセージ? でも、自分の連絡先をどうやって知ったのだろう。そう思ってから、はっとした。派遣会社を通じて調べれば、簡単にわかることだった。

 指が震えながら、返信を打つ。消して、また打つ。何度も繰り返した末、ようやく送信した。

『はい、大丈夫です』

 短い返信。でも、これ以上何を書けばいいのかわからなかった。

 すぐに返事が来た。

『では、土曜日の午後一時、青山のカフェ「ラ・リュミエール」でお待ちしています。住所を送ります』

 弥生は深呼吸をした。本当に会うのだ。神宮寺蓮と。

 土曜日の朝、弥生はクローゼットの前で途方に暮れていた。何を着ていけばいいのだろう。手持ちの服は、どれも地味で色あせている。セレブが集まるような場所に着ていける服なんて持っていない。

 結局、一番無難な白いブラウスと紺色のスカートを選んだ。鏡を見る。やはり地味だ。でも、これが自分だ。背伸びしても仕方がない。

 カフェ「ラ・リュミエール」は、青山の閑静な通りにある瀟洒な建物だった。外観は古いヨーロッパの邸宅を思わせる造りで、入口にはアイビーが這い、季節の花々が植えられた花壇が美しかった。

 弥生は入口の前で立ち止まった。足が動かない。こんな場所、自分が入っていいのだろうか。

「橘さん」

 振り返ると、カジュアルな白いシャツとジーンズを着た蓮が立っていた。スーツ姿とは違う印象だったが、その佇まいは変わらず洗練されていた。

「あ、神宮寺さん……」

「『蓮』と呼んでください。『さん』もいりません」

 蓮は微笑んで、カフェのドアを開けた。

「さあ、入りましょう」

 店内は落ち着いた雰囲気だった。アンティークの家具、壁一面に飾られた絵画、そして柔らかな光を放つシャンデリア。客は数組しかおらず、静かなクラシック音楽が流れている。

 窓際の席に案内されると、蓮はメニューを弥生に渡した。

「好きなものを頼んでください」

 弥生はメニューを開いて、価格に目を奪われた。一杯のコーヒーが二千円近くする。軽食も三千円以上。これは――

「あの、私……」

「気にしないでください。今日は僕が誘ったんですから」

 蓮の言葉に、弥生は小さく頷いた。結局、一番安いブレンドコーヒーとサンドウィッチを注文した。

 コーヒーが運ばれてくると、蓮は自分のカップを手に取った。

「実は、橘さんのことが気になって、少し調べさせてもらいました」

 弥生の体が強張った。何を調べたのだろう。

「驚かせてしまったらごめんなさい。でも、あなたが派遣会社で働き始めて五年、それまでは園芸関係の仕事をしていたと聞きました」

「はい……」

 弥生は俯いた。あの仕事。花を扱う仕事。夢だった仕事。でも――

「なぜ、辞めてしまったんですか?」

 蓮の声は優しかった。責めているのではない。ただ、知りたがっている。

「私……失敗したんです」

 弥生は搾り出すように言った。

「重要な顧客の結婚式の装花を任されて……でも、私のミスで花が足りなくなって……。式場の雰囲気を台無しにしてしまいました。それで……」

「それで?」

「自分から辞めました。周りの人に迷惑をかけるくらいなら、花に関わらない方がいいと思って」

 蓮は黙ってコーヒーを一口飲んだ。弥生は彼の反応が怖くて、顔を上げられなかった。

「橘さん、それは本当にあなたの失敗だったんですか?」

「え……?」

「業務の流れ全体を見たとき、一人だけの責任になることは稀です。発注システム、確認体制、バックアップの有無……」

 蓮の言葉に、弥生は五年前の記憶を辿った。確かに、あの時――発注書を確認する時間がなかった。上司は忙しいと言って、弥生の判断に任せた。でも、経験の浅い自分が――

「でも、最終的な判断は私がしたんです。だから……」

「責任を感じることと、自分を否定することは違います」

 蓮は弥生の目を見た。

「あなたは、一つの失敗で、自分の全てを否定してしまった。それは、あまりにも厳しすぎる裁きじゃないですか?」

 弥生の目に涙が滲んだ。こんな風に言ってくれる人は、誰もいなかった。みんな「仕方ないよ」とか「次があるよ」とか言った。でも、自分の痛みを本当に理解してくれる人はいなかった。

 なのに、この人は――たった数日前に会ったばかりなのに――自分の心の奥まで見透かしているような気がした。

「あなたがパーティーで花瓶を見つめていた時の表情、忘れられません」

 蓮は続けた。

「あれは、花を愛している人の目でした。本当に好きなことを諦めてしまうのは、あまりにもったいない」

「でも、私にはもう……」

「才能がないと思っているんですか?」

 蓮の言葉に、弥生は黙った。

「僕には、あなたが才能のない人間には見えません。むしろ、その繊細さ、観察力、そして何より花への愛情――それらは全て、かけがえのない才能です」

「蓮さん……」

 初めて、彼の名前を呼んだ。不思議と、その名前は自然に口から出た。

「もう一度、花と向き合ってみる気はありませんか?」

「え……?」

「僕の会社で、新しいプロジェクトを立ち上げようと思っています。企業の社会貢献活動の一環として、都内の病院や福祉施設に花を届ける活動です」

 弥生の心臓が跳ねた。

「そのプロジェクトの責任者を、あなたに任せたい」

「む、無理です! 私にそんな……」

「なぜ無理だと思うんですか?」

 蓮の声が、少し強くなった。

「あなたは、自分の可能性を最初から閉ざしている。でも、僕にはあなたができる人間だとわかる」

「でも……」

「もちろん、いきなり大きな責任を負わせるつもりはありません。最初は、僕がサポートします。一緒に、少しずつ進めていきましょう」

 弥生は混乱していた。この人は、なぜそこまで自分を信じてくれるのだろう。出会ってまだ数日しか経っていないのに。

「なぜ……私を選ぶんですか? もっと優秀な人は、たくさんいるはずです」

「確かに、経験豊富な人はたくさんいます。でも、僕が必要としているのは、経験だけじゃない」

 蓮は身を乗り出した。

「僕が必要としているのは、花を本当に愛していて、人の気持ちに寄り添える人です。あなたは、そういう人だと思う」

 弥生の胸が熱くなった。信じてもらえている。この感覚は、いつぶりだろう。

「……考えさせてください」

 それが、弥生が出せる精一杯の答えだった。

「もちろんです。焦らなくていい。でも、一つだけ約束してほしい」

「何ですか?」

「自分を『ダメな人間』だと決めつけないでください。少なくとも、僕の前では」

 蓮の言葉に、弥生は小さく頷いた。

 カフェを出ると、春の風が頬を撫でた。弥生は深呼吸をした。

「送りますよ」

「いえ、大丈夫です。ここから駅まで歩きます」

「では、少しだけ一緒に歩いてもいいですか?」

 二人は並んで、青山の通りを歩いた。沈黙が流れたが、それは不快なものではなかった。

「あの……蓮さんは、なぜこういう活動をしようと思ったんですか?」

 弥生は勇気を出して聞いた。

「僕の母が、五年前に亡くなりました」

 蓮の声が、少し遠くなった。

「長い闘病生活でした。病院のベッドで過ごす日々の中で、母が一番喜んだのは、誰かが持ってきてくれる花でした」

 弥生は黙って聞いた。

「母は言っていました。『花は、生きる力をくれる』って。それ以来、僕は花の持つ力を信じるようになったんです」

「そうだったんですね……」

「だから、橘さんが花を見る目に、僕は母と同じものを感じたんです。生命への敬意と、愛情」

 弥生の目に、また涙が滲んだ。

「蓮さんのお母様、素敵な方だったんですね」

「ええ。きっと、あなたと気が合ったと思います」

 蓮は微笑んだ。その笑顔には、少しだけ寂しさが混じっていた。

 駅の改札前で、二人は立ち止まった。

「今日は、ありがとうございました」

 弥生は深々と頭を下げた。

「いいえ。こちらこそ、来てくれてありがとう」

 蓮は弥生の肩に軽く手を置いた。

「また連絡してもいいですか?」

「はい……」

「じゃあ、気をつけて帰ってください」

 弥生は改札を抜けてから、振り返った。蓮はまだそこに立って、手を振っていた。弥生も小さく手を振り返した。

 電車の中で、弥生は今日の会話を反芻した。蓮の言葉が、胸に染み込んでくる。

『自分を否定しないで』 『あなたは才能がある』 『僕はあなたを信じている』

 こんな風に言ってくれる人がいる。それだけで、何かが変わり始めている気がした。

 家に着いて、弥生はクローゼットの奥から、一冊のノートを取り出した。園芸の仕事をしていた時に書いていた、花のスケッチと記録。五年間、見ることさえ怖かったこのノート。

 ページをめくると、色とりどりの花のスケッチが現れた。薔薇、百合、カーネーション、スイートピー……。それぞれに、自分なりの観察メモが書き込まれている。

 弥生は、ノートを胸に抱きしめた。

 もしかしたら。もしかしたら、もう一度――。

 その夜、弥生は久しぶりに、未来のことを考えながら眠りについた。

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