Masuk「見た目は初恋の“あの娘“に似ていて、性格は小説の“あの娘“に似てるだなんて最高じゃん。いいとこ取りだよ。A5ランクの肉の上に、大トロ乗せましたみたいなもんだね」
頬杖をつきながら、飄々とする薪無先生。
「やり過ぎですよ。どう考えても食べ合わせクソでしょ。そんなの絶対胃もたれしますから」
「まー、私はそうかもしれないけど、少年はまだ若いんだから、食べれるでしょ」
はぁ。とため息をつく僕。
僕はまた、都心から1時間もかけて電車で下り、小さな町、星葉《せいよう》町まで訪れていた。
今日マキナ医院まで来たのは、昨日のマイの件で、いてもたってもいられなかったのだ。「夢乃マイ、先生の処方した女の子ですよね?」
「はて? そんな名前の娘はいたかな? 覚えてないや。すまんな少年」
とぼけておどけた態度を見せる。
白々しい。絶対に認めない気だ。──ちくしょうめ。
僕は手のひらの上で踊らされているような気分になり、頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
「だから、少年じゃないって言ってますよね? タバコ。吸いますから僕」
すると、薪無先生はニヤリと不敵に、またあの顔で笑った。
「ああ、これ? アークロイヤル・パラダイスティー。わざわざ巻きタバコだなんて 、ガキなのに生意気だね! 最近の若者は背伸びし過ぎだよ、ほんとにさぁ〜!」
僕のカバンから、タバコ葉が入ったパッケージを摘み上げて、こちらに見せる。
やっぱり怪しい。これはやられた気がする。
「初診の時からおかしいと思ってたんですよ。どうしてこの病院は受付でカバンを取り上げられるんですか?」
そう、マキナ医院では、診察前に持ち物一式を看護師さんに渡す必要があった。
だから僕は、そこでタバコの中身を“幻覚作用のある煙“に入れ替えられたのだと勘繰ったのだ。睨む僕の視線に気が付くと、笑っていた薪無先生は、こめかみを掻きながら真剣な表情に変わった。
「あー、それはマジレスしていい? 他の病院がどうかは知らないけどさ、ウチは精神的な治療をする病院だからね。ぶっちゃけ危ないんだよ。治療に不満があったり、症状が悪化しちゃったりした患者さんは何するかわからない。切羽詰まった人間は、私の事なんて簡単に殺すからね。ただ危険物を持ち込まれないようにしてるだけさ」
な、なるほど……。
その答えに僕は、ぐうの音もでなかった。
確実な理由だと、納得してしまったのだ。少しばかり悔しくなって、下唇を噛んだ僕を嘲笑するように、薪無先生は顔の緊張を解いた。
「これ、一本もらって良い? 一回巻いてみたかったんだよね! どれどれ、上手くできるかなぁ!」
僕が何も許可せずとも、袋を勝手に開け、手元でローラーをカチャカチャと弄り始める。
何だ、説明しなくても出来るのか、すごいな。
と僕は変に感心してしまっていた。最後、巻紙の糊を舐める工程にまで達した時。
んれぇ──と。
薪無先生は、舌を出した。
てらてらと唾液を反射させるピンク色の長い舌だった。
膜のような薄い半透明の巻紙に、舌先がゆっくりと優しく触れる。
髪の毛で少し隠れた目線を口元に落として、れろっと、舌を横にスライドさせた。
その光景に僕は、なんだか凄く見てはいけない物を見てしまった気分になり、思わず生唾をのんでしまう。
「これでいいのかな? そんで、くるくるっと。おお! できたぞ! どうだい少年! 結構上手いだろう!」
「え、あ、はぁ。上手いんじゃないですか……」
大人の男の色香というものだろうか。
恥ずかしくなった僕は、頬に熱を感じてしまい、ぷるぷると首を横に振ってその熱を放った。
「これで私は巻きタバコ童貞を捨てた訳だ、これは実にワンダラーだな!」
いや、なんでドイツ語……。
ああ、そうか。一応この人医者だったな……。なんて思いながら、子供のようにはしゃぐ薪無先生をジト目で眺めていると、先生は巻いたタバコを口に咥え、慣れた手つきで火を灯した。
「え! ええ!? ちょ! 診察室で喫煙はまずいでしょ!? やっば! 何考えてるんですか!!」
僕は立ち上がり、大声で薪無先生へ声を飛ばす。
しかし、当の本人はにんまりとした笑顔で、鼻から煙を吐いた。
「ここは私の城だ。私のしたいようにするのさ。それに、私は童貞を捨てたんだから、最後までちゃんとイかないとダメだろ。中折れは恥ずかしいからね。理由は意味を成して、結果を連れてくる。巻いただけで吸わないなんてありえないね」
な、なんてわがままな……。
これが良い大人のする事か……。数人いる他の看護師さんから怒られるんじゃないかと、何故か僕の方がハラハラしてしまう。
そんな不安を吹き飛ばすように、薪無先生は話題を変えた。
「人は想像するアレを“幻覚作用のある煙“……なんて一口に言うけれども。その実は誰もが内包するEBS……CB1、CB2の受容体に、体外から取り入れた植物性のものが結合し、様々効果を発揮するってメカニズムだ。あれを完璧な毒だと言い切るのなら、毒を受容するものが最初から人間の体に備わってる事になる。それはなんだか不思議な事だと思わないか?」
一体何を言ってるのか、全くわからなかった。
ただ、懸念していたワードと、難しい話が一緒くたになって出て来て、僕は酷く焦るしかなかった。
「それは僕の勘繰りを予想して、話してるんですか?」
それに薪無先生は、やけに分かりづらく不明瞭に頷いた。
「まあー、とかく言えるのは、たかだか何かの煙を吸ったところで、そんな簡単にはっきりと立体物が見えて、自由に掴めたり、お話ししたり出来る訳じゃないって事。人の記憶や精神に作用するものの中には、もっと単純でヤバいものが存在するからね」
「もっと単純でヤバいもの?」
誰にも何にもかまう事なく、煙をやりたい放題診察室に撒き散らした薪無先生は、僕を見て人差し指を立てる。
「それはね、匂いだよ」
──すると。
診察室から、仰々しい病院の匂いが消えて。
タバコから出る、紅茶の甘い匂いで満たされてる事に、僕はやっと気が付いた。
「まあ、本当は聴覚や視覚、他にも色々あるんだけど。例えば、実家の畳の匂いを嗅いで、少年時代を思い出したり。晩夏の匂いを嗅いで、秋を感じたりするだろう? ……君はまだ少年だから、あまり馴染みがないかも知れないけど、『エモい』みたいな言葉が流行ったのは、そういう五感から来る記憶を想起させるからだと思うんだ。時に感覚は、記憶と強く結びつくって事よ」
匂い……確かに。
「それは生物本能的にも言える。人はアポクリン汗腺がある腋から発情フェロモンが出るっていうじゃない? 近親交配を避ける為に、家族のニオイには性的興奮を覚えないように出来てるとも聞くし、逆に相性のいいペアはニオイだけで惹かれあったり、興奮したりするらしいからね。だから最初から備わっているナチュラルな身体の五感を、あまり舐めない方がいいって事だね」
そうか、それで僕は……。
「だからさぁ。この充満する紅茶の香りにも、きっと何か理由があるんじゃないの? ……少年?」 そう言って薪無先生は、フィルターのギリギリまで吸ったタバコを、靴の裏に押し付けて──消した。
──あなたの事を愛しているからですよ。 そのマイの一言に。 僕の頭はもう、実態のあやふやで、すぐに溶け出してしまう綿菓子が詰め込まれたかのように、何もかもが幻の如く、不明瞭な不確かさで埋め尽くされていた。 マイは存在証明を求めていた筈だった。 シュレーディンガーの猫である筈だった。 その為の僕であり。 その為の交接であり。 それこそが、暗いトンネルから出る為の、マイの望む“結果“である筈だった。 なのに……。 そこに、確かな愛情が芽生えていた。と言う、“予想外れの期待“が、僕の胸を存分に掻き乱した。 マイの目から滑り落ちた涙が、嘘のように煌めいたのを見る。 それが地に落ちる時に、マイは口を開いた。「ワタシの交接への強い願望を前に、あなたがただただ逃げているだけだなんて、ワタシは決して思っていやしませんよ。あなたはちゃんと自分の視点からワタシを救おうとしていた。なのに、結局の問題はあなた自身にある。そこ原因を紐解く事こそが、ワタシの出来る最大限の手引きなのだと、つい先程、ワタシは心を決めた次第です」 まさに、上出来だった。 野暮な思想や言葉を全て蔑ろにする、途方もない抱擁がそこにはあった。「なんだそれは……。まさか君はこんな情け無い僕の事を、打算的な感情を一切持たずして、嘘偽りなく本当に愛していたというのか?」 また体が震え始める。 だが、それは先までの恐怖とは違った。 マイの底知れない寛容さに、震えたのだ。 そんな事あってたまるかという思いもあった。 僕がマイに求めたものは、どこまでいっても“あの娘“の影の断片だと言うのに。 それに気が付きながらも、マイは僕の事を心から想い、真っ当に恋をしていたというのならば、僕がこんなにも小さな気持ちになるのは、避けられない仕打ちだった。 涙を搾るように目を瞑ったマイは、僕との心の距離を測り、残された言い訳を全て踏み潰そうとしたのだと察した。 それからマイは、僕に向かって真剣で低い声をかけた。「肯太郎さん、よく聞いて下さい。人が人に惹かれ、恋をして、愛情を抱くのは何も当たり前の事なんかじゃありません。そこには糸のような細くて拙い、“理由や意味“があり、その先には、必ず相手と残したい“結果“が存在する……」 微笑みを隠さずに、マイは丁寧に言葉を紡いだ。「経済的、もしくは文化
僕は目眩を起こす程に、激しく視界が点滅するのを感じて、脳内に強烈な一つの思考が張り付いた。 ……マイが“あの娘“の事を、知っている。 僕がマイの人格を、“あの娘“として塗り潰そうとしていた事を、全て知っている……。 その事実を認識してしまっただけで、僕の腹にぎゅうぎゅうと収めていた、黒くて汚い内臓は今にも飛び出しそうになっていた。 強烈な吐き気を抑えようと、両手で口を塞ぐ。 とにかく視点がズレて定まらないのは、動揺しているからという理由だけじゃ、ありえない。 僕の体の中の、その奥の奥に眠る、根本の芯の部分から、否が応でも震えて止まらないのだ。 マイは僕をじっとりと見ていた。 上から僕をしっかりと見下《みくだ》していた。 そのマイの視線が、容赦なく心に突き刺さる。 それが針や槍なんて幼稚な物で言うには、生ぬるくて仕方ないと感じるしかなかった。 それは、人を最果てまで追い詰める為に、鋭く斜めに刃を付け、研がれた、分厚い切先で。 触れただけで人の皮膚を簡単に引っ剥がす、極寒の霜に覆われた鉄骨のような厳しさだった。 そんなものを脳天から真っ直ぐに振り下ろされた後には、背骨の髄を撃ち抜いて、細く張り巡らせていた重要な神経の隅に至るまで、雷《いかずち》の如き高圧の電流を素早く流し、全ての感覚を死滅させた。 そうして、やっと知る。 ……僕は夢乃マイの事を誤解していたのだと。 薪無先生に言われた通り、僕は確かに驕っていた。 今までの僕は、マイの事を純粋無垢で何も考えていない存在として、”そういうもの”だと勝手に思い込んでいたのだろう。 もしくは、もっと酷い言い方をするのであれば、マイの事を、抽象的で概念的な“都合の良い人形“とでも、深層心理の中で不器用に積み上げていたとすら振り返り、感じる事ができた。 なので、僕は僕の意志でしかこの物事は進みようが無いのだと、いつからか錯覚し、誤解していたのだ。 たった今、その事実に気付かされたという絶大なショックが、体中を縦横無尽に飛び回りながら混沌として渦を巻いた。 ──だけれども。 そんな事は、僕が真っ向から咎められるべき責任よりも大幅にそれた、実に仕方がない出来事だとも、僕は脳内で冷徹に翻《ひるがえ》り、苛立ってもいた。 何故なら所詮、この話は、僕が主観
鍵を開けたその部屋は、十二畳の1Kだった。 決して広いとは言い難いが、一人暮らしには十分だと感じられるほどの空間だ。「とりあえず、遠慮せずに上がってくれ」 僕は玄関で乱暴に靴を脱いで、いつも通り何も気にせずスタスタと上がるが、マイは僕の放った靴を手早く屈んで拾った上に、それは丁寧に揃えると、玄関の端に並べて寄せた。「失礼します! お邪魔させて頂きます!」 大きな声と共に、ぺこりと綺麗にお辞儀して、申し訳なさそうに壁に手を添えながら、後ろに足をあげ、上品にローファーを脱ぐマイ。 僕はまだ、釈然としない胸のざわつきを抱えて緊張していたが、そういう大袈裟で大胆かつ繊細なところが、なんだかマイらしくて笑えたし、やたらと可愛く思えて、少し辛くなった。 踏み入れた僕の部屋に、物という物は大して多くなんてなかった。 小説や漫画の刺さった本棚とパソコンデスク。 パイプフレームの安いシングルベッドと小さなガラクタ棚。 後は……。 存在感を放つ、一本の水槽が置かれていた。 玄関から部屋に入り、一番目につく位置に置かれた大きなそれは、上面に取り付けられた青白いライトで照らされている。 濾過《ろか》フィルターから循環して戻ってきた水が、表面に水流を作り、波立たせ、閉め切った薄暗い部屋の壁に大きな波紋を映し出していた。 さながらそれは、部屋全体を水没させたと錯覚させるほどの、幻想的な揺らめく淡い光に満たされていて、まるで外界からの影響を受けずに隔離された、永遠の空間にも感じられた。 しかし、こんなのは僕としては日常的な事で、普段から部屋の明かりをつけないものだから、特に見慣れた光景になっていたが、マイは流石にすぐに気がついて、それは強く興味を持った。「な、なんですか?! とても美しいです!」 明るくはしゃいで、うっとりとしたマイは、話を聞かない子供のように慌てて水槽へと駆け寄って跪《ひざまず》くと、ガラスに手を付き、なんなら鼻先までをちょこんと付けて、懸命に中を覗き込む。 だが、その水槽の中には、おそらくマイが期待したであろう、美麗な熱帯魚の群などは泳いでいない。 きっと落胆して肩を落とすかもしれないと懸念して、僕は自分が何も悪く無いにも関わらず、なんだか少々ばつが悪くなるのを感じた。 そこに入っていたのは、深緑色をした丸太のような風体の、
その日は僕の住むアパートの最寄りである、四ツ谷駅で待ち合わせをした。 繁華街ではないものの、サラリーマンの多い新宿通りは、どの時間帯でも人がいて、秋葉原とはまた違った雰囲気の都会感がある。 確かマイは池袋が最寄りだと言っていたので、僕はJRの方ではなく、丸の内線の改札前で待っていた。 それから程なくして、マイは現れた。 僕にとってはだいぶ見慣れてしまったマイの容姿だったが、普段のなんて事はない最寄り駅の情景と重なると、なかなかやはり人混みの中でもよく目立つもので。 長く艶めいた金髪はそれだけで目を引くし、そして何より、その身分を偽って纏った、清楚なロングスカートの制服姿は、軽く周囲をぎょっとさせるくらいには現実味を置き去りにする可憐さがあった。「肯太郎さん! 申し訳ございません! 大変お待たせ致しました!」 パタパタと駆け寄ってきたマイは、近くで見ると淡いピンクの口紅を引いていた。 僕はその唇に、今日という日にかけたマイの期待と覚悟を直視してしまいそうになり、慌てて頭頂部の気の抜けたアホ毛に目を移し、話す。「おはよう。大して待ってないから大丈夫だよ。さあて、どうしようか。すぐに僕の家に行っても、面白いものは無いからつまらないだろうし、どこか飲食にでも入って食事でもしようか?」 待ち合わせしたのは大体、正午だった。 四ツ谷という土地の性質上、サラリーマンが昼休憩を取る正午は、飲食店に彼らがごった返す。 なのでそれをあえて狙って、昼食に誘おうと思ったのだが、マイは僕の提案に勢いよく首を横に振った。「いえ! 肯太郎さんが特に空腹で無いのであれば、ワタシも空腹ではありませんので、どこにも寄らずお家にお伺いする方向で構いません!」 ああ……そうか。だとすると。 このまま直行になってしまうな……。 僕は顎に手を添えて考えたが、確かに僕も変な緊張で空腹感はなく、ここはもう白旗だった。 これの何が白旗なのかと言うと。 正直僕は、少しでも自然に時間稼ぎがしたかったのだ。 先日の僕は、覚悟を持ってマイを家に呼ぶ事に決めたのだが、その後の薪無先生との話で、あの決断が早計だと知らされた。 暗いトンネルを出る為の、もう一つの鍵。 僕の過去に直結する、その鍵を探さなくてはならなかったのだ。 けれども、そんな抽象的すぎるそれに心当たりが
「遂に終幕って感じの顔をしているね。少年」 薪無先生は左手でペンをくるくる回しながら、口角を上げる。「いえ。まだ、何も終わってませんよ。終わるとしたら、これからなんですから」 マイとの予定を明日に控えた僕は、この判断が本当に正しいのかと不安になり、薪無先生の下へと訪れていた。「じゃあ何故にそんなスッキリした顔をしてるんだい。まるでトンネルの出口が見えかけて、光が差してるみたいな様子だ」 僕の顔を見て、薪無先生は唇を尖らせて訝しんだ。 この診察室には鏡がないものだから、僕としては自分が一体どんな表情をしてるのかもわからない。 でも、きっと少し落ち着いた顔なんだろうという事だけは、何となくそれでわかった。 なので、僕はマイと一線を越える覚悟を決めた旨を先生に伝えようとするが、普通に気恥ずかしいもので、尻込みする。 いや、薪無先生ならこれで十分伝わるだろう。 そう思って、僕は端的に述べた。「明日、マイを家に呼びます」 その途端。 一瞬、驚いた顔を覗かせて、あー。と声を漏らし、徐々になんだか渋い顔に変わる薪無先生。 目を瞑って、こめかみをぽりぽり掻いた後。 先生はジト目を僕に向けた。「君は出来ないよ。セックス」 意図が伝わるどころか、その先を読んだようにスパッと一刀両断されてしまった僕は、気が抜けて、ぽかんと口を開けてしまう。「は?」 薪無先生は深いため息を大袈裟に吐いて、呆れた口調で僕に言った。「あのさぁ、前にも言ったでしょ。セックスってのはただ単純に、少年のその焦って硬くした不安をマイちゃんにぶち込めばいいって訳じゃ無いんだぜ? それとも何か? 少年は前戯も無しにいきなりぶち込む畑の人? そういう趣味?」 おい。流石に酷いだろ。 人の事を勝手に激ヤバな強姦魔に仕立て上げないでくれ。 突拍子もない酷い扱いを受けて、僕も思わずジト目を返す。 「いやいや、何もそんな言い方ないじゃないですか! 下品な言い方はよしてくださいよ! 僕はただ、マイの欲求が大きくなって、これ以上溢れ出たらいけないから何とかしようって思って……」「それは奢りだ」「……え?」 いきなり事で、いつそうなったのか僕は気が付かなかった。 薪無先生は笑っていなかった。 鋭く目を細めながら、笑い事じゃないよ。と言いたそうな圧のある目を僕に向ける。「君は
薪無先生から聞いた夢乃マイの生い立ちは、凡俗な僕にはあまりにも理解し難いものだった。 それは決して悲劇的で、衝撃的な過去等ではなく。淡々と緩やかに歪んでいく、一見自然に見えるまでの不気味さからくる不協和を感じた。 まず、マイの両親は幼い頃に他界している。 しかし、こういう言い方もどうかと思うが、それ自体に大した意味はない。 と、いうのも、両親が他界したのは、マイがとても小さな時分の事であり、マイの記憶としては、両親はもういないところから始まっているとの事で。 その後も両親がいない事に対して、特別な負の感情は抱かなかったと、本人が言っていたらしい。 マイの問題とは、こういった何かの喪失や決定的なショックで起こったものではなく、ほんの些細なところのズレと、マイ自身の難儀な性格により発現した事である。 両親の他界後は、未成年後見人として、母親の姉にあたる伯母に引き取られ、その後マイは、特に何不自由ないと言って差支えない生活をしていた。 伯母は一人での生活が長く、貯えもそれなりにあったので、マイはひもじい思いなんかもしていなかった。 だけど残念ながら、ここで一つのズレが生じる事となる。 それは伯母に“子育ての勘“が無かった事だ。 薪無先生は、物事において“勘がない“というのは、何よりシンプルで、何より大きな欠点であると話す。 すなわち、いつまでたっても“勘“が掴めないものの難易度とは、思いの外とても高くなってしまうものなのだ。 所謂、“感覚“というものと同義だろう。 自転車に乗る時、自身の体を自然に制御し、いちいち手元や足元を見なくとも、軽く前に進めるようになるように、人はその“勘“や“感覚“で物事の理解や制御を早め、習得する。 だが、マイの伯母には子育てのノウハウに関して、そういった習得する勘というものが、一切備わっていなかった。 それによってマイは周りとは少し違う、どうにも特殊な環境で育つ事になってしまっていた。 具体的に言えば、伯母はマイを、“子供“としてではなく、“個人“として解釈していた。 伯母は自我の曖昧な子供に向かい、大人と同じような自我がある前提で育ててしまったのだ。 例えば、成人した同い年の友人が、突然仕事を辞めてしまったところで、誰も頭ごなしにすぐに次を探して働けなどと、上から目線で全力をかけて叱咤する事は無