『ラブコメディ失調症』 ーマキナ医院・精神整形外科ー のすべてのチャプター: チャプター 1

1 チャプター

『夢は魅せられるもの』

「あら、小説家なの? 凄いね。物書きさんだ」 丸メガネをかけて、ボサボサした黒髪の先生は、僕の目の前で気だるそうに椅子に踏ん反り返り、言う。 そんな軽薄な態度には、あまり好感は感じられないものの、その先生の容姿は細身でスタイルが良く、顔もどこか外人じみていて、男の僕から見てもとても色っぽく、男前だった。「いや、それは趣味の欄ですよ。ちまちまwebで投稿してるだけで特に人気は無いし。本業は……というか、そこに書いてあると思いますけど、フリーターですよ。秋葉原の裏道にある小さな本屋でアルバイトをしてます」 僕は頭をぐしゃぐしゃ掻きながら、俯いてそう言った。 それを聞き、ふーん。と唇を尖らせた先生は、問診票を抱えたまま、左手で持っていたペンの背を向けて、くるくる円を描く。「いやーでも、小説書いてるなら小説家でいいんじゃない? ほらバンドマンの連中だって、フリーターだろうが無職だろうが、恥ずかしげなくバンドマンです!って言うしさ。そういう自負とか自己認識は大切だと私は思うよ。特に夢想家には」 ああ、ちくしょう。 夢想家って、言われちゃったな……。 ため息を吐いて、あからさまに肩を落とす僕。「そうですね……夢想家は夢想家らしく、明るく振る舞いたいもんですよ」 その様子に、先生は肩をすくめながら、発言の補足とばかりに素早く口を開いた。「おいおい、何も夢想家ってのは悪口じゃないよ。ネガティブに捉えないでくれ。そもそもこれを見るに、君はなんだか理屈っぽ過ぎるんだよな。理由とか意味とか、そんなのばっかり求めてるだろ? ちなみに変な事を聞くようだけども、君が理由や意味を求める事に対する、理由ってのはあるのかい?」 先生は長い足を組み直しながら、診察に必要な事なのか、そうじゃないのかもわからない質問を飛ばしてくる。 いや、言葉遊びのマトリョーシカじゃないんだから、変なこと聞くなよな……。 僕は早くもここに来た事を後悔しそうになりながら、とりあえず正直に口を開いてみた。「単純に不安なんですよ、理由も意味も無いと。例えば、蛇口を|捻《ひね》る理由は水が欲しいからです。そして、水で喉を潤すのは意味がある事です。だって飲まないと死んじゃうから」「そうそう、君は常に逆算的で打算的だよね。そんで、比喩が好きだ。なるべく自分が抱える不安や心情を誰かに伝えて納得させよ
last update最終更新日 : 2025-11-04
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