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『舞い上がる曖昧さの終焉』

last update Date de publication: 2025-11-27 18:59:00

 つまるところ、この問題は──

 枝分かれした、三軸が束になって出来ていた。

 ──まず、一つ。

 僕の初恋の“あの娘“についてだ。

 その容姿は、といえば。

 艶のある金髪のロングに、前髪を揃えたサイド長めの姫カット。

 目は垂れ目気味の、優しそうで大きな丸い目であるが、その上に引かれるキリリとした眉は、意志の強さの現れだ。

 高くとも尖らない鼻を起点に、立体感のある顔つきは、少しばかり幼なげな影を残して整った、綺麗な小顔で。

 その肌の質はきめ細かく、とても白かった。

 そんな彼女は高校の同級生であり、内面は、品行方正で笑顔を絶やさない、メンタルと行動力の化け物という印象の人物である。

 そして僕は、美しすぎる彼女の事を想うあまり、彼女の事を心中に宿る“女神“だと捉えていたのだ。

 だが、薪無先生は、初恋の“あの娘“の事を諸悪の根源だと仮定していた。

 つまりは初恋の“あの娘“こそが、このトラブルの原点であり、それによって今の僕は狂わされているというのだ。

 ──そして、二つ。

 これは、小説の“あの娘“の事である。

 その実は、臓物丸直義という小説家が書いた作品に登場する人物で、容姿はほぼ初恋の“あの娘“に準じていた。

 性格は少しばかり差異があり、小説の“あの娘“は、とてもテンションが高く、エネルギーの塊のようなヒロインとして描かれている。

 まあ、これは娯楽性を含んだ小説ならではの味付けだろうし、そもそも臓物丸先生──もとい、もつまる先生の小説の“あの娘“と、僕の初恋“あの娘“との類似は、ただの偶然であり、直接的な接点はない。

 ただ僕は、先に説明した心中の“女神“を、薪無先生の言う『類似感覚』を持ってして、小説の“あの娘“に投影し、ずっと恋焦がれ続けているという訳だ。

 

 ──さらに、三つ。

 根本的で主幹的な問題は、僕の病気である。

 『ラブコメディ失調症』

 ふざけた病名だが、致し方ない。

 症状は無気力さと生命力の減退。

 僕はこれをひっくるめて『漠然とした不安』と名付けた。

 今までふわりと見て見ぬふりをしてはいたが、結局のところ、これは紛う事なき“希死念慮《きしねんりょ》“の類である事に、流石の僕も気が付いていた。

 ……しかし。

 これは決して、日々の不満や疲弊から来るものではない。

 ただただ人生の行き着く先が見当たらないという、さらにどこまでも曖昧なものなのだ。

 だから僕は、この漠然とした不安を取り除く為に、あのマキナ医院、精神整形外科に出向いた訳で。

 その結果、治療に必要な処方としてご都合主義の名の下、僕に仕向けられたのが、夢乃マイという美女だった……。

 僕にとってのデウス・エクス・マキナ──ご都合主義である、夢乃マイはとても美人であった。

 この三軸に登場した彼女達の容姿は、いずれも酷似している。

 なので、表面だけを掬って見れば、あっけなく簡単で単純な事だった。

 僕は僕の愛した“あの娘“達と、今。

 何らかの力をもってして、出会ったのだ……。

* * *

 僕のバイト先、秋葉原の隅にある小さなセル店。

 喘ぎ声のうるさい店内で、白いワンピースに身を包んだマイは、あれやこれやを物色し、僕に疑問を飛ばしてきた。

「肯太郎さん! 大変です! ここにはワタシの想像を遥かに超える、とても不埒なものがいっぱいです! 殿方は常にこのような思考で日々を明るく過ごしているのでしょうか?!」

 まるで、下界の闇を覗いてしまった天女の如く、眼を丸くしながらマイは驚いていた。

 僕はカウンターの中で小作業をしながら、ため息混じりに答える。

「常に……ってのは、いささか言い過ぎだ。でもこれが人々の日々の活力である事は認めよう。何故ならそれは、いつの時代においても、世間にこの需要が必ず存在するからだ」

「それはつまり、求められているから存在するという事でしょうか!」

「そうだよ。それがこの世のものにおける、理由と意味だ」

 そう言って、僕は自分の飛ばした言葉を、強く噛み締めた。

 ……そうだ。

 僕が理由と意味を愛するのは、なにも間違っていない。

 小説も人生も、すべからく。

 全てがそうなんだ。

 求められるから存在する。

 ……そうか。

 ならば、今の僕は……どうだろうか。

 見慣れた卑猥なDVDに値札シールを貼り、防犯ケースに入れた所で、僕はそれを売り場へ並べる為、カウンターを出る。

 すると、そこへマイが立ちはだかった。

 マイは自身の胸元に掲げた、一冊の成年漫画の表紙をこちらに向け、照れ臭そうに口元を隠していた。

「で、では……恋人となったワタシと肯太郎さんも、いずれはこのような愛の形に辿り着くのでしょうか!」

 持っていたのはファンタジーモノのエロ漫画。

 金髪のエルフが、ぬるぬるの触手と緑色の小人に、しっちゃかめっちゃか陵辱されていた。

 おい。このような……じゃないよ。

 どういう愛の形だよ……。

 これに辿り着いたらまずいだろ。

 やっぱりマイは何かしらズレていたが、そのズレに辛辣なツッコミを入れるのも野暮だと思い、僕はマイの言わんとする事を汲み取った。

「いや、まあ……愛する恋人同士が求めあえば、それは……」

 ぱぁ!と明るくなるマイの顔。

 小刻みに体を揺らし、頭頂部の一本のアホ毛が揺れる。

「であれば! やはりワタシは存在していたい! だから、ワタシは肯太郎さんに求められたいです! 話は早まりました! ワタシとしましょう! とっても不埒な事を!」

 はあ?!

 なんだその、あざとい女子の『一緒に飲みに行きましょう!』みたいなノリは! こう見えてマイは尻軽なのか?!

 それは、あまりにも唐突で稚拙な性交渉だ。

 “あの娘“そっくりの見た目で、そんな事を言われたものだから、僕は激しく動揺して、危うく持っていたDVDを床にぶちまける所だった。

「おいおい、まてまてまて! やめろ! その容姿でエロ漫画を掲げたままそんな事を言うな!! それに世の中にはそういう事をしない恋愛の形だってあるだろ! 純愛とは、人が憧れる清楚なものだろ? 大半はそれを求めるはずじゃないのか?!」

 焦って大声を上げる僕。

 これ以上はスムーズに仕事が出来ないと判断して、近くの棚に持っていたDVDを全て置いた。

 そしてまた、マイの方へと向き直すが、マイは先程までの明るさを失い、顔に影を落としていた。

「……それを信じた結果。ワタシはこうなってしまいました。ワタシはきっと心のどこかで、白馬の王子様が迎えに来るのを一人虚しく待っていたのかもしれません。これが暗いトンネル。そうです。だから……だからワタシは……」

 一転した深刻そうな表情に、また動揺する。

 早く何か言わなければと、強い焦燥感に駆られた。

 ──しかし。

「いや……、あの、違くて。物事には順序があるからさ……勘違いしないでよ。僕はまだマイの事よく知らないし……ね?」

 よく考えもせずに放ってしまった言葉が、信じられないほどダサくて、僕は自分で悶絶してしまう。

 凄い速さで頬に熱が上るのを感じた程だ。

 言い終わる頃にはたぶん、自分が思うよりだいぶ真っ赤に熟してしまっていたんだろう。

 マイはそんな僕を見て、また明るさを取り戻した。

「まあ! そんなに頬を赤く染めて頂けるなんて! それはワタシの事を体からではなく、まずは心で抱きたいという事でしょうか! 肯太郎さんはなんと紳士な方なんでしょう! ワタシの望んだ白馬の王子様というのは、こうして出会うものだったのかもしれません!」

 ああ、なんと、都合の良い解釈だろうか。

 僕は単純なマイの思考回路に呆れて、ため息を吐く。

「じゃあ、それで良いよ。そういう事でいい。だからもう、これ以上その容姿で卑猥な誘いをする事をよしてくれ。僕の心が変に傷つくから」

「はい! ワタシは肯太郎さんに気持ちよく、身も心も抱いてもらえるように、日々努力を重ねたいと思います! あ、でも、もし心傷で、ワタシに乱暴したくなったら言って下さいね? その時は……あのその、なるべく受け入れますから!」

 これは飛び抜けるほどに、何もわかっていなさそうだった。

 マイのなんとも急かした前向きさを間に受けて、やるせなくなった僕は、舌打ちをしながら頭をぐしゃぐしゃと掻く。

 毎度毎度、マイにはペースを崩されてばかりだと思った。

「それでは肯太郎さん! 手始めに今週末、デートにいきませんか? 」

 仕切り直しとばかりにマイが提案する。

 一旦の話の区切りを感じて、冷静に戻った僕は、顎を抑え、斜め上に顔を向けた。

 そのまま今週末の予定を想像したが、これといって特に引っかかるものは無かった。

「まあ、空いてるな。ただ、遠出は疲れるからしたくないよ。出来れば近辺がいい」

 面倒とは思わなかったが、すぐに候補地が浮かばなかった事もあって、場所をマイに一任させる為、最低限の希望だけは伝えた。

 ──すると。

「では、“上野“……とかはいかがでしょうか?」

 その言葉を聞き、僕は、ハッとした。

 自然と押さえてしまった口元で、指先から微かに感じる、巻きタバコの残り香を嗅ぐ。

 鼻を抜けるのは、紅茶の甘い香り。

 彼女の艶めいた黄金色の髪を見て。

 瞬時に、僕は──

 錯覚した。

「……そうか、上野か……。なら、·の好きな、“あの鳥“を見に行こうか……」

 純粋なままに向けられた、その笑顔の前で、溶けるように惚《ほう》けながら。

 僕は思い出したそんな過去を──

 ぽつりと呟いていたのだ。

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