INICIAR SESIÓN精霊は愛し子の魔力を糧にしていると言われている。
アイグナルド、スフィンラン、ゼフィロス、マリナ。
これらは最上位の精霊たちだが、その愛し子が強力な魔法を放てるのは、愛し子の周りに精霊が多くいるから。
魔力量が膨大だから精霊たちが好むのか。
それともその魔力の質を精霊たちが好むのか。
この食の好みのような話は、精霊学の学者たちの研究テーマの一つ。
いまだ答えは出ていないし、彼らの論文を読む限り、永遠に出ない気もする。
不思議なことに、アイグナルド、スフィンラン、ゼフィロス、マリナの愛し子は同時期に愛し子になる。
生まれた瞬間からではなく、あるとき不意に愛し子になる。
アイグナルドたちが好むのはウィンスロープ公爵家の直系と決まっている。
だから、俺がアイグナルドたちの愛し子になったとき、国は他の愛し子を捜し始めた。
マリナの愛し子とゼフィロスの愛し子は比較的簡単に見つかる。
それぞれその地に拘りがあるのか、西部と東部にいるからだ。
マックスとヒョードルはどちらも貴族の子どもだったため、すぐに国に報告があった。
スフィンランの愛し子である『彼女』は見つかるのに時間がかかった。
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『彼女』は北部の寒村にある、寂れた孤児院にいた。
――突然、空からわちゃっとスフィンランが大量に落ちてきて焦ったわ。
のちに『彼女』は当時のことを笑いながら話してくれたが、周囲の大人たちがその対応に困ったことは容易に想像がつく。
孤児院の院長は村長に報告し、話し合いののちに使いの者が北部辺境伯のもとに行った。
村から領都までの移動に約1ヶ月。
報告を受けた北部辺境伯は、本当にスフィンランの愛し子かどうかの確認のため、村に特使を送った。
領都から村までの移動に約1ヶ月。
特使が北部辺境伯に報告するのに、また1ヶ月。
『彼女』を北部辺境伯の元に連れていけば良かったのに、と思う。
3ヶ月かけてスフィンランたちの愛し子であることを確認した北部辺境伯。
彼はそれを報告するために約1ヶ月かけて王都に向かい、「連れてこい」という王の命令を受け、今度は2ヶ月以上かけて王都と孤児院を往復した。
『彼女』が王の御前までやってくるのに約半年。
王侯貴族たちの間ではスフィンランの愛し子に対する期待値が爆上がりしていた。
他人事ではない、俺も同じだった。
マックスもヒョードルも当時から将来を嘱望された子どもだったから、俺はスフィンランの愛し子も似たようなすごい子どもだと思っていた。
だから。
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「は、はじめまして。アイシャ、ともうします」
蚊の鳴くような声で、たどたどしい挨拶。
俺の周りにいる同じ年齢の令嬢たちに比べると二回りほど小さい体は、着ているドレスが豪華だったためより貧相に見えた。
『彼女』の境遇など何も考えず、自分の傲慢な物差しでしか測れない嫌なガキだと今では恥ずかしくなる黒歴史だ。
だが、俺のような馬鹿は大勢いた。
だから――『孤児の愛し子』。
誰かのささやきが波のように広がり、あっという間にそのあだ名が定着した。
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スフィンランの愛し子が孤児であることを最も嫌がったのは先代国王だった。
精霊にとっては、人の決めた貴賤など全く関係ない。
平民の愛し子が歴史に名を遺す偉業を達成した例はいくつもある。
そう分かっていても、魔力の影響か愛し子は貴族の子女が多く、先代国王は自分の代の愛し子が孤児であることを『自分の治世の汚点』と感じていた。
「平民どころか、親の顔も分からない
先代国王は公の場でそう『彼女』を貶めた。
これは、本来ならあり得ないことだった。
アイグナルド、スフィンラン、ゼフィロス、マリナの愛し子は国の守り。
国王に代わりはいるが、愛し子には代わりはいない。
そのため、この国では国王と同等もしくはそれ以上の扱いを受ける。
臣下と王という立場の違いがあるにも関わらず、俺たちとヴィクトルが『友人』でいられるのもこの習わしの影響だ。
それなのに。
「字も読めない無学者」
「常におどおどして陰気」
「作法も礼儀も知らない」
よく考えれば、それは国が運営する孤児院の質の問題なのだが、先代国王は威圧的な態度で『彼女』に接し、何かにつけては罵倒した。
さすがに父王のそんな態度が目に余ったのだろう。
当時王太子だったヴィクトルは『彼女』を学院に通わせるように提案した。
大人だらけの王宮よりも同じ年代の子どもがいる学院のほうが気が楽だろう、とか。
俺たち三人も学院にいるから、そちらのほうが良い環境だろう、とか。
『彼女』のことを思った提案だったに違いない。
しかし、俺は本当に嫌なガキだった。
『彼女』を受け入れてフォローするどころか、率先していじめた。
言い訳の余地がない陰湿なことをした。
言い訳させてもらえるならば、『彼女』が孤児だったからいじめたわけではない。
『彼女』が女だったから。
……いや、これのほうが始末が悪いかもしれない。
俺たちが二年生に進級するとき、ヴィクトルも俺たちと同じ学院に通い始めた。俺たち五人の交流はここから始まった。.ヴィクトルが同じ学院に通う予定はなかった。隣国に留学し、当時婚約者だったその国の第二王女と交流し、仲を深めることになっていた。それが突然、留学をやめて帰国するというから驚いた。帰国の理由は、その第二王女が彼女の護衛騎士と駆け落ちしたからだった。王女の失踪が発覚すると、父王はすぐに捜索を命じた。そして、王女は花宿という、年頃の男女が数時間の休憩から宿泊といった用途で使用する施設で護衛の彼と全裸で盛り上がっているところを発見。発見した捜索隊の中には婚約者の行方を案じたヴィクトルもいて、当然だが、第二王女とヴィクトルの婚約は白紙になった。婚約者の逢瀬を見てしまったわけだが、ヴィクトルは一切ショックを受けていなかった。当然だ。ヴィクトルは第二王女の協力者だった。協力どころか「花街に連れこんで既成事実を作れ」と王家の箱入り娘を唆したのはヴィクトル。あまつさえ、娼館で使用されているから合法とはいえ、媚薬を王女に与えたのはヴィクトル。ショックを受けるわけがない。ついでに駆け落ちにも手を貸したらしい……本当、何やってんだか。まあ、第二王女は駆け落ち前に「護衛騎士との恋の道に進みたい」とヴィクトルに言ったらしい。この時点でヴィクトルは第二王女に見切りをつけたのだろう。己の恋心を優先して王族としての務めを疎かにする。そんな脳内お花畑の王妃では困ると判断したに違いない。ヴィクトルはそういう男だ。.王太子であるヴィクトルの婚約が白紙になったことで、高位貴族の令嬢の婚約は事実上全て白紙になった。有力な国にヴィクトルと年齢の合う未婚の王女はおらず、国内から新たな婚約者を探す必要があったからだ。これには俺も喜んだ。俺は婚約者を自称していたカレンデュラを王太子妃に推した。
【ヒョードル視点】.「謝りにいったとき、また意地の悪いこと言ったの?」模擬戦のあと何があったのか聞いたら。「嫌いなのはお互い様で、これからは近づくのは最低限にしようと言われただけだ」言われたのは、レオのほうだった。……本当に、アイシャは昔っから容赦ない。好きな子に嫌いと面と向かって言われたらショックなんだよ。男でも泣くんだから。「なんか可愛かった」……まあ、レオは例外だった。恋するレオのメンタルはすごいって思った。僕だったらフウラにそんなことを言われたらショックで寝込んだ。そして、恋するレオのメンタルにつられて、アイグナルドたちがアイシャに飛び掛かったらしい。それをレオは不思議がっていたが、僕にはその理由が分かっていた。.精霊は愛し子以外の人間には興味を持たない。でも、一部で例外がいる。それが、愛し子の子や孫。それは事実として知られているけれど、理由は定かではなく、諸説ある。僕は、愛し子が愛する者なのではないかと思っている。なぜなら、僕を加護するゼフィロスたちは、フウラにとても懐いている。家族になる前の、僕の『好きな子』のときから。フウラはおっとりしてるから、ゼフィロスが甘えても気にしない。髪と戯れ、時折引っ張っても気にせず、むしろ嬉しそうにその毛先を揺らして構っている。嬉しそうなゼフィロスを見ると僕も嬉しくなる。でも、あまりにフウラにくっつくと引きはがす。精霊は本能で行動するし、その見た目も相まって、赤ちゃんと似ている。フウラの胸に埋まろうとしたりするし……いや、その辺りは愛し子の好みかな。レオも僕と同じ好みだからね。アイグナルドたちもアイシャの胸に埋まったらしい。僕はアイシャをそういう目で見たことはないけど、アイシャの胸は大きい。形よくふっくらとしていて
【ヒョードル視点】.僕にとって、レオもアイシャも、どちらも大切な仲間だった。だから、レオから離婚訴訟の裁判を起こすと聞いたとき、「どちらの味方になれないなら司法に任せるのもありではないか」と思った。そこが間違いだったのかもしれない。二人のことが大切だったなら僕は……。僕は……。◇◇◇アイシャのことを思い出すと、一番鮮明に覚えているのは、高等部に入ってすぐの騎士団との模擬戦。あの模擬戦のあと、アイシャは雰囲気を変えた。被っていた特大の猫を脱いだ。「あの性格をよく隠していたな」と、今でも感心してしまう。素のアイシャは、色々と容赦がなかった。あの先代国王に対してあれほどの啖呵を切ったのだから、同級生に遠慮するわけがないのに、なぜかいじめを継続した馬鹿。アイシャは机の中やロッカーの中にスフィンランを忍ばせて対策していた。そして、アイシャの持ち物に悪戯しようとした者は容赦なく凍らせた。池に突き落とそうとした者は逆に突き落とし、氷魔法でそのまま凍らせた。防御も攻撃も容赦がなかった。騒げるものなら騒いでみろという態度も一切隠さなかった。アイシャは彼らが騒げないことが分かっていたんだ。愛し子には王族に対するように接しなければいけない。そのルールを破っているのは彼らのほう。もうこれだけでその罪の言い逃れはできなかった。国王相手に「将軍になんかなってやらない」「そんな義務はない」と啖呵を切ったアイシャ。アイシャは最も魔物が多く出現し、竜も多数目撃される北部を治める将軍になる予定のスフィンランの愛し子。王太子だったヴィクトルが間に入ってアイシャを宥めたが、「ひとまず保留にしてほしい」と結論を先延ばしにするのが精一杯だった。そんな状況でアイシャが「虐めに耐えられない」とか「北部将軍にはならない」なんて言えば、虐めの原因となった者は吊るし上げられ、下手すれば三代くらいまとめて処刑されただろう。アイシャだって、王族のように接しろなんて言っていなかった。目障りなら近寄らなければいい。むしろ、近づくな。鬱陶しい。アイシャはそんな態度を隠さなかっただけだ。.アイシャとレオがちゃんと喧嘩したことが嬉しかった。喧嘩したなら仲裁ができるから。虐めはなんともできない。もちろん「いい加減にしろ」「止めろ」と言うことはできるけど一過性でし
あのときなぜ俺は『彼女』を追いかけたのか。多分、あのまま姿を消してしまうと思ったからだ。『彼女』は本当に優しい。あのときのことがあっても、10年前のことがあっても。結局は、この国に残っている。そして、なりたくないと言った将軍のまま、今もこの国を守り続けている。◇◇◇演舞場から出て、城を探し回り、諦めて学院に戻った俺は訓練場で『彼女』を見つけた。その日はみんな城に行っていたからそこには誰もおらず。無人の演習場で『彼女』は笑い声をあげていた。演習場の中では、『彼女』が楽しそうにスフィンランたちと戯れていた。その姿は軽やかで、舞いを踊っているようだった。飾り気のないシンプルな生成りのワンピースの姿で。周りを白い光がいくつも舞っていて。宝石一つ身につけていないのに、俺の目には『彼女』がキラキラして見えた。『彼女』の笑顔を、俺はこのとき初めて見た。.「冷たっ!」頬に冷たいものが突然当たり、俺は声を上げてしまった。そちらを見れば数匹のスフィンランが怒った顔をしていて――。「ウィンスロープ公子?」先ほどまで楽しげな笑顔が嘘かのように、『彼女』は嫌そうな顔で俺を見ていた。「何の御用ですか?」軽やかだった笑い声も、硬質なものに変わってしまっていた。「愛想がないな」「公子様も人のこと言えませんわ」顎を上げてツンッとそっぽを向く。「性格、変わり過ぎじゃないか?」「馬鹿の振りと愛想笑いに疲れました」何か文句があるのかと言いたげな『彼女』の態度は、毛を逆立てた猫のようだった。思わず笑いそうになったが、探した理由を思い出した。俺は『彼女』に頭を下げた。「すまなかった」顔を上げると、『彼女』はとても驚いていた。「どうした?」「……公子様って、謝ることができる人だったんですね」「お前、俺を何だと思っているんだ?」「謝ったことが一度もない高慢ちきなお坊ちゃま」遠慮のない言葉だったが、的確な表現だった。俺が何も言えないでいると、『彼女』は声をあげて笑った。「謝罪は受け入れます」「寛大な心に感謝する」「でも今後の交流は最低限にしましょう」「え?」「だって、公子様は私のことが嫌いでしょう?」「いや……」反射的に否定の言葉も出たが、そこまでだった。「気にしないでください。私も公子様のことは嫌いなのでお互い様です」
「私は別に構いませんよ」国外追放について、『彼女』は呆気らかんとしていた。「文字が書けて、計算ができるなら、どこでもやっていけます。外国語も頑張ったので、国外だってなんとかやっていけますよ。ここにいる皆さんより言葉も通じる気がしますしね」『彼女』はわざとらしく手を叩いた。「不敬罪は処刑でしたね」処刑についても、あっさりとしていた。「私を殺したら、スフィンランたちは怒るでしょうね」ひとつ頷く。「大精霊を怒らせてはいけないことは、この国の子どもでも知っていること。それこそ孤児でも」「だから大精霊の愛し子たちは、王族と同等以上の扱いを受けられる。それも一般常識」「なのですが」と区切った。「どうやら『孤児の愛し子』は例外のようなので、怒らせたときのスフィンランの報復も例外だといいですね」その言葉に応じるように、スフィンランたちに殺気が宿った。そして手始めとばかりに、観客たちの持っているグラスの中のワインが一斉に凍りはじめた。先代国王の持っていたワイングラスも中が凍り、グラスにヒビが入る。「ひっ……い、愛し子が王である儂に対してなんて無礼を」「そんなに偉いなら、愛し子と同等以上のことをしてください。魔物の討伐とか。そういうの、ノブレス・オブリージュって言うのですよね」「お前は愛し子の責任を放棄するのか?」「ノブレスじゃない孤児にそんなもの期待しないでください。孤児にそういう崇高さはないと言ったのはあんたらでしょうが」……『あんたら』って、淑女教育はどこいった?「命を惜しむか!」「え、惜しまないんですか?」わざとらしいくらい吃驚した顔。「もしかして王侯貴族って命が複数あるんですか? それならなおさら、みなさんが魔物討伐にいってくださいよ」先代国王の顔が怒りで赤く染まった。血圧が心配になる赤さだった。そんな先代国王に対し、まだ言い足りないのか、『彼女』の追撃は止まらない。「私を愛し子として扱わなかったのは皆様のほう。心当たりがないとは言わせません。それなのに力は貸せとは……ずいぶんと虫のいい、図々しい話ですこと」「この国を守らないというのか?」「はい」即答に、会場のざわめきが大きくなる。「私にそんな義理はないですし、自分の命をかけて守りたい家族も名誉もありません」にこっと笑うその目は冷たい。「守ってほしいなら、そ
「人が我慢していれば調子に乗って」怒れる魔王、いや、『彼女』はヒールを鳴らして俺に近づいてきた。石の床をカツカツと叩くヒールの音。あまりの事態に呆然としていた俺は、「あの高いヒールはどう見ても戦闘には不向きだな」のようなことを考えていた。.「それ、貸してください」「は?」脳が働いていなかったため言っている意味が分からず、間抜けな声で聞き返すのが精いっぱいな俺。「そ・れ」『彼女』の指が俺の肩を指す。「その、どう見ても邪魔な飾りでしかないそのマント。私に貸してください」俺は黙って頷くと、肩につけていた緋色のマントを外してアイシャに渡した。確かにあれは邪魔だった。.男漁りに来たのか。俺はそう言って、あんな格好で模擬戦に出た『彼女』を非難した。TPOをわきまえろと、どの口が言ったのか。衣装に関しては俺もアイシャのことは言えない。サンドラの指示で用意された衣装は、ウィンスロープの威光を見せつけようとしたのだろう。大きな宝石はくっついていたし、無駄にひらひらとした飾りがついていた。……よくあんなことを言ったな、俺。.「ありがとうございます」『彼女』は器用にマントを体に巻いた。露出度が減ったことで、あのとき俺はようやく金縛りから解けた。深い襟ぐりからのぞく瑞々しい肌は艶かしく、それが目の前にあるものだから、若い俺は目のやり場に困っていた。「まずは公子様」『彼女』は俺を見た。「これを私の趣味だと思われたら嫌なので言っておきます」「はい」素直にうなずいてしまうくらい迫力があった。「この衣装は学院長が愛人に用意させたものです。その愛人はあそこ。趣味の悪い紫色のドレスを着た女性です」指を差された女性は顔を青くした。悲鳴があがったのでそちらを見れば、学院長が隣にいた奥方に扇子で連打されていた。「……わざとか?」「全裸よりはマシ程度の衣装を用意された腹いせです。これも借りますね」『彼女』は手を伸ばし、俺の腰に差してあったギラギラと煌びやかな短剣を手に取った。実用性のない飾りでしかない剣。しかし、剣は剣。「なっ!」俺が制止する間もなく、『彼女』は自分の長い髪を無造作に掴むと肩より上の位置で切り落とした。バッサリ。そんな景気のいい音が聞こえてきそうな行動に、会場のあちこちで悲鳴が上がった。「何をしているんだっ







