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第4話

作者: 酔夫人
last update 公開日: 2026-10-08 06:00:00

生きていた。

その事実を嬉しく思うと同時に。

――なんで信じてくれないの?

俺に聞いていたのに、俺の答えを求めてはいない、独り言のような『彼女』の声が頭に浮かんだ。

.

「とにかく!」

しんみりした空気を壊すように、マックスが大きな声を出した。

「問題は父親だよ! おい、父親! 黙っていないで、何か言えよ!」

……そう言われても。

「……何も言えるわけない」

言いたいことは山のようにある。

だって、10年だ。

だが、そのどれも言える資格が俺にはない。

「そう、だよな……」

「アイシャに、『腹の子を俺の子だと言い張るなら名誉棄損で訴える』と言ったのはレオだし」

「本当に訴えたし」

「賠償請求までして、莫大な賠償金も支払わせたんだもんな」

友人たちの言葉が刺さる。

「さっきのあれ、『大丈夫です。勘違いしません』ってレオに言ったってことは、エレーナ嬢はレオが父親だって分かっているんじゃないか?」

「一度でも自分の顔を鏡で見たことがあれば分かるだろう」

「それでいてわざわざ『勘違い』と言ったということは、裁判のことも知っているのか?」

「普通に考えるならね。アイシャが話したと考えるのが妥当かな」

口の中で奥歯がぎりっと鳴った。

「そうなると、エレーナ嬢の言う『父様』はあの三人か」

「そうだろうな」

「アイシャの不倫相手。あのとき腹の子の父親だと主張したあの三人か」

「……どうして」

そんな資格はないと分かっているのに。

あの子の言う『父様』に自分がいないということに、思わず声が出た。

ヴィクトルたちの会話がピタリと止まる。

「どうしてって……」

「仕方がないよ」

「裁判を起こしてまで、アイシャの子の父親であることを否定したのはレオだ」

「分かってる……分かっているが、でも……」

俺を父親ではないと否定したあの子の気持ちは分かる。

でも。

どうしても、『でも』と思ってしまう。

「どうして……」

アイシャを愛していた。

……いや、いまでも愛している。

互いに魔物や蛮族の討伐で忙しくて、触れ合える時間は少なかった。

でも、だからこそその時間が大切で。

俺の、唯一の――。

「あのさ」

マックスの声。

「とにかくさ、あの子が生きていたことを喜ぼうよ」

マックスの言葉に心臓を突かれた。

「そうだな」

「近いうちに王都は蜂の巣を突いたような大騒ぎになるに決まっているのに……だめだ、泣きそう」

マックスの言葉にヒョードルが同意し、ヴィクトルが項垂れた。

◇◇◇

「レオには悪いけど、俺はあの子に協力する」

目元を赤くしたマックスが宣言した。

「アイシャの名誉にも関わることだ。レオ、反対しても無駄だからな」

「……分かってる」

分かっているさ。

「俺も協力する」

あの子の存在そのものが、あのときのアイシャの証言以外は全て嘘だったと証明している。

誰も疑わないほど完璧に作られた嘘だった。

そして、当時それができたのはこの国の社交界を牛耳る元王女で、俺の母を名乗るサンドラ。

そして、俺の二番目の妻だったカレンデュラも恐らく関わっている。

――どうして私よりも他の人を信じるの?

あのとき、『彼女』の言葉を信じずに作られた嘘を信じた。

『彼女』の言葉が嘘だという証拠しか出てこなかったから。

俺の罪。

最後に『彼女』が俺に向けたのは、期待が失せた冷たい目。

『彼女』との離婚が決まったあと、サンドラも煩かったので、俺はカレンデュラと再婚した。

カレンデュラに対して何か特別な思いがあったわけじゃない。

どうしても『彼女』を忘れたかった。

俺を裏切った『彼女』に未練などないことを見せつけたかった。

.

「証言者はウィンスロープ公爵家うちの者だ」

俺の出征している間に身籠ったと、アイシャの妊娠期間を偽ったのは公爵家の主治医。

幼い頃から世話になってきて、親族でもある彼を俺は信頼していた。

アイシャが男と会うのを手伝わされたと証言したのはアイシャの専属侍女。

俺の乳母の娘で、乳兄妹だから信頼してアイシャにつけていた。

「医者と侍女だっけ。二人はいまも公爵家に?」

「いや、裁判が終わったあと辞職した。公爵夫人の不貞の責任を取ると言って辞めた二人に払った退職金も回収しないとな」

それに、その二人だけではない。

それ以外にも、彼女の不倫を証言する者は大勢いた。

不倫相手だと三人の男が名乗り出て、腹の子の認知を含む離婚の裁判は泥沼化した。

―― 誰が何を言おうと、お腹の子の父親は夫です。

……ごめん。

本当にごめんな。

.

「賠償金の支払いはどうなったんだ?」

アイシャの言葉には証拠がなく、裁判は俺の勝ちで終わった。

公爵家を欺いたということと、将軍職にある『彼女』には支払う能力があるとみなされ、公爵家の弁護士が『彼女』に多額の慰謝料を請求した。

裁判後、それは城を通して分割で支払われていた。

だが――。

「カレンデュラとの結婚式の前日、【お幸せに】というメッセージ付きで残りが全額支払われた」

俺の言葉に、三人の顔が引き攣った。

「もしかして、復讐のためにエレーナ嬢を寄越したのか?」

「いや、それはない」

即座に否定する。

例え俺を殺したいほど憎んでいても、『彼女』は子どもを復讐の道具になどしない。

間違いを数多く犯したが、これだけは確かだと言える。

.

「可愛くて、慈愛に満ちたような顔をしているくせに……復讐するなら徹底的。あいつなら自分の手で、俺がまっ平になるまでネチネチ叩き続けるさ」

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