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Auteur: Major_Canis
last update Date de publication: 2026-10-26 12:49:05

道路は閑散としていた。タラは一定の速度を保ちながら車を走らせていた。信号の色が変わり、車がゆっくりと動き出す。昼下がりの空は、どこまでも晴れ渡っていた。

けれど、タラの心は曇天に覆われていた。ハンドルを握る手とは裏腹に、意識は遠くに置き去りにされたままだった。

あの声が、再び脳裏によみがえる。

「妻として、あいつの名前が登録されたことは一度もない」

「登録されているのは私の名前よ」

「あいつは切り捨てる」

タラの呼吸が途切れた。意識を運転に集中させようとしても、つい先ほど起きた出来事が次々と頭の中を駆け巡り、集中を妨げる。

五年間、彼女はそもそも存在すらしていなかったものの中で生きてきたのだ。

ハンドルを握る手に力がこもる。胸がますます苦しくなった。怒りと、打ち砕かれた思いと、空虚さ。それらが入り混じった何かが、身体の奥底から込み上げてくる。

前方の信号が黄色に変わった。

タラは気づかなかった。

彼女の意識は、少し前まで手に握りしめていたものへと戻っていた。すべてを証明する一枚の紙。そこに記された名前。そして日付。

すべて現実だった。夢などではない。

そのとき、横からけたたましいクラクションが鳴り響き、タラははっと我に返った。

目を見開いた瞬間、右側から一台の車が迫ってきた。あまりにも近く、すべてが一瞬の出来事だった。

反応が遅れた。

次の瞬間、激しい衝突音が響き、衝撃で身体が前方へと投げ出された。世界がぐるりと回る。頭を強く打ち、ほんの一瞬……すべての音が消えた。

やがて、耳をつんざくような騒音が戻ってきた。混乱した声がいくつも重なり、人々が叫んでいる。車のドアが無理やり開けられ、誰かが彼女を呼んでいた。

「お願い、まだ意識があるわ!」

タラはゆっくりと瞬きをした。視界はぼやけ、身体はひどく重い。それでも、鋭い痛みは不思議なほど感じなかった。

「お嬢さん、私の声が聞こえますか?」

答えようとしたが、声が喉につかえて出てこなかった。

そのとき、ふいに一つのことが頭をよぎった。

――空港に行かなきゃ。

時間は、あっという間に過ぎていった。

どうやって最寄りの病院まで運ばれたのか、どんな検査を受けたのか、いつの間に椅子に座っていたのか。タラは、そのどれもはっきりとは覚えていなかった。覚えているのは、まだ少し震えている自分の手と、たった一つの言葉だけだった。

「おめでとうございます。妊娠されていますよ。妊娠三週目ほどですね。幸い、今回の事故による影響は胎児には及んでいません。どうか……運転には十分気をつけてくださいね」

再び、世界が止まったような気がした。

「私が……妊娠?」

声は、ほとんど聞き取れないほど小さかった。

医師はうなずき、何かを説明し始めた。妊娠初期の状態や妊娠週数、注意すべきことについて話しているようだったが、タラの耳にはその内容がほとんど入ってこなかった。

「そんなはずない……」

タラは笑った。あまりにもばかげた事実を前に、笑うしかなかった。

「私が……妊娠しているの?」

もう一度そう尋ねながら、まだ平らなお腹にそっと手を当てた。

「どうして信じられないのですか?」

エヴァンス医師は、不思議そうに眉をひそめた。

「それに、この検査結果があなたのものでなければ、いったい誰のものだというのでしょう、ミス・タラ」

タラは手元の検査結果を、もう一度見つめた。

アシュボーン家のかかりつけ医から受けた妊娠検査の結果を、彼女はまだ忘れていなかった。家族の健康管理を任され、アドリアンが信頼を寄せていた医師だ。タラ自身の健康も、当然その管理下にあった。

その医師は、タラは妊娠しにくい体質だと言った。

説明されたことは数多くあった。服用するよう指示された薬もあった。アドリアンは、子供ができなくても自分は構わないと、何度もタラを励ましてくれた。二人で養子を迎えればいい、と。

そして、アドリアンがそう言ってくれたからこそ、タラは養子を迎えることに同意したのだった。

けれど、今、彼女の手元にあるのは、まったく別の検査結果だった。

妊娠三週目。

タラは必死に記憶をたどった。

そして……ある一夜のことを思い出した。

アドリアンが酔って帰宅した夜。

長い間、彼に触れられることさえなかったタラが、久しぶりに夫に抱かれた夜だった。

初めてのことではなかったはずなのに、その夜は違った。彼の態度は冷たく、そこに感情など感じられなかった。それでも、タラにとっては忘れられない夜となった。

あのとき、彼女はこんなことさえ考えていた。

――もしかしたら、これからは少しずつ良くなるのかもしれない。夫婦の営みがうまくいけば、パートナーの気分だって最高の状態になるはずだから。

「じゃあ、私は……」

涙が一粒、また一粒とこぼれ落ちた。もう止めることはできなかった。

「本当に……妊娠しているの?」

「もちろんです」

エヴァンス医師は、目の前の女性の反応を不思議に思っているようだった。

「あなたの健康状態に問題はありませんし、妊娠経過にも異常は見られません。それなのに、どうして妊娠していることを疑うのですか?」

タラは再び笑った。

けれど、その笑みは苦々しさに満ちていた。

「それじゃあ、今まで……もしかして、あの医師は嘘をついていたのでしょうか?」

「え?」

「いえ、何でもありません」

タラは必死に自分を落ち着かせようとした。

今、自分は何を感じればいいのだろう。

喜ぶべきなのだろうか。

悲しむべきなのだろうか。

それとも……すべてが壊れてしまったと、絶望すべきなのだろうか。

この子は……。

つい先ほど、自分を切り捨てるつもりだと口にした男の子供。

タラは、自分でも気づかないうちに笑っていた。自分に降りかかった運命を嘲笑うかのように。

「……すごいわね」

かすかな声で呟く。

人生が崩れ落ちていくそのとき、彼女の中では、まったく新しい命が育ち始めていた。

再び携帯電話が震えた。画面に浮かび上がったのは、またしてもヴィクターの名前だった。

ヴィクター。

タラは数秒間その名前を見つめてから、ようやく通話ボタンを押した。

「タラ、今どこにいる?」

いつもと変わらない、落ち着いた声だった。急かすような口調ではない。それでも、その声を聞くと、自分がここまで何を経験してきたのかを改めて思い知らされた。

タラは一瞬目を閉じ、深く息を吸った。取り乱していると悟られてはいけない。

「今、そちらに向かっています、ダディ」

できるだけ平静を装って答えた。

「そうか。あと一時間で着陸する」

それだけ告げると、通話は終わった。

タラは診察室にあった鏡に映る自分の姿を見つめた。

「ご説明ありがとうございました、先生」

そう言って、立ち上がろうとする。

「できるだけ気をつけてください。重いものを持ったり、無理をしたりしないように」

医師が念を押した。

タラは小さくうなずくだけだった。

そして、複雑な思いを胸に抱えたまま病院を後にした。

次にどうするかを考えている時間はない。それに、時が来る前に自分が壊れてしまうわけにはいかなかった。

絶対に。

***

空港は、行き交う人々であふれていた。

活気に満ちたその光景は、タラの心境とはあまりにも対照的だった。

彼女は到着ゲートから少し離れた場所に立ち、何事もないように振る舞おうとしていた。身体にはまだ痛みが残っている。手とこめかみに負った傷も、できるだけ目立たないようにしていたが……。

ヴィクターなら、自分に何があったのか、あれこれ尋ねてくるに違いない。タラにはそう確信があった。

そして、彼女の目にその姿が映った。

ヴィクター・アリステア・アシュボーン。

彼は落ち着いた足取りで歩いてきた。ことさらに威圧するような振る舞いをしなくとも、その身には生まれ持った威厳が漂っている。

ヴィクターの視線が、まっすぐタラを捉えた。

そして、その目に初めて変化が生じた。

わずかに眉をひそめた彼の視線は、すぐにタラのこめかみに貼られた包帯へと向かった。

「タラ、何があった?」

タラはかすかに微笑んだ。

「何でもありません、ダディ。ちょっとした怪我です」

ヴィクターの眉間に深いしわが刻まれた。

「どう見ても、ちょっとした怪我には思えないが」

「本当に大丈夫です。昨日、少し転んだだけですから」

タラは安心させるように、軽い口調で答えた。

「何でもありません。心配しないでください」

ヴィクターはすぐには返事をしなかった。

彼の視線は、数秒間、タラに注がれたままだった。信じるべきかどうか、見極めようとしているかのように。

やがて、彼は小さくうなずいた。

「君がそう言うのなら、そういうことにしておこう」

二人は並んで歩き、車へと向かった。

車内に落ち着いてから、タラは小さな声で尋ねた。

「どうして、アドリアンにはご帰国を知らせたくないのですか?」

ヴィクターは前方を見据えたまま答えた。

「驚かせてやりたいんだ。それに、ネオ・グループのプロジェクトがどこまで進んでいるのか、自分の目で確かめたい」

彼はちらりとタラに視線を向けた。

「それを説明するのに最も適任なのは……君だ。君の説明は具体的で、私が知りたいことにも的確に答えてくれる」

タラは言葉を失った。

こんなことは予想していなかった。

誰もが自分を利用するばかりの中で、彼女の能力を認めてくれる人が、まだ一人だけでもいたのだ。

タラは小さくうなずいた。

「詳細な報告書を準備しておきます」

「それから、アドリアンが担当しているプロジェクトの財務報告書も必要だ。君から入手できるかな?」

タラは驚いてヴィクターを見た。

「ハンス氏に直接頼めばよろしいのではありませんか?」

ハンスは、アドリアンの監督下にある財務マネージャーだった。アドリアンが担当するプロジェクトを円滑に進めるために必要な資金は、すべてハンスの承認を経ていた。

「そのとおりだ」

ヴィクターはかすかに微笑んだ。

「だが、さっきも言っただろう。アドリアンには、私が戻ってきたことを知られたくないんだ」

少し不思議には思ったものの、タラはそれ以上追及せず、素直にうなずいた。

空港のロビーには、ヴィクターを目的地まで送り届けるための高級車がすでに待機していた。

二人が乗り込むと、車は空港を後にした。

しばらくの間、車内に会話はなかった。

やがてヴィクターが、少しくだけた口調で再び口を開いた。

「そういえば、もうすぐ君たちの結婚記念日だと聞いたが」

タラの心臓が静かに鼓動を打った。

皮肉なものだ。これまでと同じような記念日を、まだ期待している自分がいたとしたら。

「はい」

彼女は短く答えた。

「何か欲しいものはあるか?」

ヴィクターが続けた。

「義父として、君に何が欲しいのか、きちんと尋ねたことがなかったと思ってね」

タラはヴィクターに視線を向け、しばらくその顔を見つめた。それから、再び窓の外へと目を戻した。

「欲しいものがあるなら、遠慮なく言いなさい」

ヴィクターは落ち着いた声で告げた。

「アシュボーン家の一員である君には、私から贈り物を受け取る資格があると思う」

「……何でも、ですか?」

タラは念を押した。

「そうだ」

ヴィクターは迷いなく答えた。

「何でもいい」

タラはすぐには答えなかった。

視線を再び前方へと向ける。

これまで自分の身に起きた出来事が、次々と脳裏によみがえった。

彼女はずっと、輪の外側にいた。

求められたことをこなし、信頼される会社の顔となり、問題を解決するための手足となる。

けれど、一度たりとも、自ら主導権を握る立場には立てなかった。

その結果はどうだったか。

自分が何かを失ったことに気づく前に、すべてを奪われていた。

自分のものではなかった結婚生活。巧妙な嘘の上に築かれた人生。

このまま同じ場所にとどまり続けるなら、どれだけ努力したところで、すべては無駄に終わるだろう。

何ひとつ、意味を持たないまま。

タラは深く息を吐いた。

指を絡め、両手をきつく握りしめる。

それは、弱さからではなかった。

自分の中に、ある決意が形を成し始めていたからだ。

何が起きたのか。そして、それに対処するために自分が何をすべきなのか。

その現実を、彼女はようやく理解し始めていた。

タラに必要なのは、誰かに認めてもらうことではない。同情でもない。

必要なのは、絶対的な地位だった。

誰かに簡単に奪われることのないもの。

そして、自分が二度と……切り捨てられることのない立場。

タラはゆっくりと顔を向けた。

その瞳には、先ほどまでとは違う光が宿っていた。空虚さも、迷いも、もう感じられない。

彼女は落ち着き払った声で告げた。

「私をアシュボーン・グループのCEOにしてください、ダディ」

ついに、タラは口にした。

低く、しかし揺るぎない声だった。

「それを、私への贈り物にしていただけますか?」

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  • あなたが彼女を選ぶ間、私はすべてを手に入れた   7

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