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第10話

米菓子11
須藤が蒼真を訪ねてきた日は、雨が降っていた。

「蒼真、柊家と話をつけてきた。臨海プロジェクトには俺が出資する。お前の持ち分を現金化して、このカードに振り込んでおいた」

彼は一枚のキャッシュカードをテーブルの上に置いた。

「これが俺にできる最後の手向けだ。腐れ縁のよしみとしてな」

蒼真はそのカードをじっと見つめた。

「柚葉に言われて来たのか?」

「いや、俺自身の意思だ」

「恩に着る」

須藤は立ち上がり、ドアに向かった後、再び振り返った。

「弓月綺織は、来月の節句に結婚する。もし行きたいなら場所を教えるぞ。それからもう一つ、ずっと黙っていたことがある。

親父さんが昔外で囲っていた女というのは、柚葉の母親なんだ。だから、お前たちの婚約は最初からただの政略結婚なんかじゃなかった。親の世代が残したツケの清算だったんだよ」

須藤は部屋を出ていった。

蒼真はオフィスに一人座り尽していた。外の雨が窓を激しく打ち据えている。

3年前の親族の集りを思い出した。私を実家に連れて帰り、車の中で40分も待たせた日のことを。

私は使用人に勝手口から通され、私だけ箸と器が用意されていなか
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  • あなたを待つことがあった   第10話

    須藤が蒼真を訪ねてきた日は、雨が降っていた。「蒼真、柊家と話をつけてきた。臨海プロジェクトには俺が出資する。お前の持ち分を現金化して、このカードに振り込んでおいた」彼は一枚のキャッシュカードをテーブルの上に置いた。「これが俺にできる最後の手向けだ。腐れ縁のよしみとしてな」蒼真はそのカードをじっと見つめた。「柚葉に言われて来たのか?」「いや、俺自身の意思だ」「恩に着る」須藤は立ち上がり、ドアに向かった後、再び振り返った。「弓月綺織は、来月の節句に結婚する。もし行きたいなら場所を教えるぞ。それからもう一つ、ずっと黙っていたことがある。親父さんが昔外で囲っていた女というのは、柚葉の母親なんだ。だから、お前たちの婚約は最初からただの政略結婚なんかじゃなかった。親の世代が残したツケの清算だったんだよ」須藤は部屋を出ていった。蒼真はオフィスに一人座り尽していた。外の雨が窓を激しく打ち据えている。3年前の親族の集りを思い出した。私を実家に連れて帰り、車の中で40分も待たせた日のことを。私は使用人に勝手口から通され、私だけ箸と器が用意されていなかった。彼は主賓席で、柚葉と並んでちまきの葉を剥いていた。次があると思い込んでいた。今回ダメでも、次は埋め合わせができると信じて疑わなかった。埋め合わせを先延ばしにし続けた結果、私が二度と待ちたくなくなるまで追い詰めてしまったのだ。彼は今になってようやく悟った。彼も彼の父親と同じ、決して返せないツケを抱えた人間だったのだ。彼の父親はそれを婚約という形で清算し、彼はすべてを失うことで清算したというだけの違いだった。節句の日、私の結婚式は小さなホテルで執り行われた。規模は小さく、親しい友人数名だけを招いたものだ。私は純白のウェディングドレスに身を包み、蓮は私の目の前に立ち、真剣な眼差しを向けていた。司会者が「誓いますか?」と問いかける。「はい、誓います」母の写真は隣の椅子に置かれ、傍らには白百合の花束が添えられていた。私は写真に向かってそっと微笑みかけた。「お母さん、私、結婚したよ。彼はとても優しい人よ」ささやかな式だったが、そのすべての時間が私の望んでいた通りだった。同じ日、蒼真は一人で部屋にいた。彼はスマホを手に取った。

  • あなたを待つことがあった   第9話

    堂島グループが経営危機に陥ってから、蒼真はあちこちを駆け回り、出資者を募り始めた。毎日異なる投資家と面会し、同じ言葉を繰り返す。だが、その大半は断られた。面と向かって「婚約すら守れない男をどう信用しろというのか」と吐き捨てる者もいた。陰では「堂島家は柊家を敵に回した。助け舟を出せば巻き添えを食う」と囁く者もいた。彼は毎日深夜まで奔走し、マンションに戻ると灯りがついたままになっていた。私が選んだあの照明だ。彼はソファに横たわり、その明かりをじっと見つめていた。時折、私が何をしているのか、ちゃんとご飯を食べているか、あの男は私を大切にしているだろうかと思いを巡らせる。ある日、彼の父親に書斎へ呼び出され、一枚の書類を目の前に突きつけられた。「サインしろ」蒼真は見下ろすと、それは株式譲渡契約書だった。「お前の株を俺に譲れ。会社は俺が立て直す。もう出て行け。二度とお前の顔など見たくない」「父さん!」「気安く呼ぶな。たかが女一人のために家業を破滅させた時、お前は親のことなど考えたか?柊家は、今後堂島グループとは一切の関わりを絶つと公言した。これがどういう意味か分かるか?お前の祖父の代から築き上げてきたものが、すべて灰になったんだ」彼はペンを取り、無言でサインをして、背を向けて部屋を出ようとした。「母親の過去の件を黙っていたのは、お前が傷つくと思ったからだ。だが今になってよく分かった。お前も母親と同じで、感情のためならすべてを投げ出せる人間なんだな」蒼真は一瞬立ち止まったが、振り返ることはなかった。彼はマンションを出た。手荷物はスーツケース一つだけだった。中には着換えとノートパソコン、そしてあのシルバーネックレスが収められていた。彼は会社の近くにある一人暮らし向けのアパートの一室を借りた。隣の部屋には、大学を出たばかりのインターン生が住んでいた。その若者は毎日早朝から深夜まで働き、週末には共用の廊下でカップ麺を作りながら、「堂島さん、ご飯食べました?」と元気に声をかけてきた。彼は「食べたよ」とだけ返し、自室のドアを閉めた。ある夜、ひどく遅くまで残業して帰宅すると、廊下は非常口の緑色のランプだけが点灯していた。ドアを開けると、部屋の電球は切れていたが、彼は交換しようともしなかった。ベ

  • あなたを待つことがあった   第8話

    花屋の客足は順調に伸び、蓮もずっと私の手助けをしてくれていた。ある夜、彼がアパートの下に立ち、私のことが好きだと告白してきた。私は長く躊躇した。それは彼に不満があったからではない。「蓮、先に知っておいてほしいことがあるの。私の過去は少し面倒でね。東明市で一人の人を3年間待ち続けて、何もかも失ってからここへ来たの」「そんなこと、ずっと前から知ってるよ」顔を上げて彼を見ると、彼は優しく微笑んだ。「僕が聞いているのは、君が僕を受け入れられるかどうかじゃない。僕と一緒に、ここを『家』にしてくれる気があるかってことだ」その夜、私は頷いた。感動したからではなく、彼と一緒にいると心がとても穏やかでいられたからだ。ある朝、店を開けると、入り口に白百合の花束が置かれていた。メッセージカードも、差出人の名前もない。白百合は私の一番好きな花だ。それを教えた相手は一人しかいない。私は花束を手に取って少し見つめた後、そのままゴミ箱に捨てた。翌日もまた花束が置かれていたが、それも捨てた。3日目にも同じように花束があった。私はそれを手に持って通りの角まで行き、周囲を見渡したが、誰もいなかった。私はゴミ箱の横に花束を置き去りにした。4日目には、もう何も置かれていなかった。このことを蓮には話さなかった。隣町へ仕入れに向かった日、駅の待合室でふと誰かに見られているような視線を感じた。顔を上げると、蒼真がそこに立っていた。彼は私を見つめていたが、近づいてこようとはしなかった。私の方から歩み寄った。「どうしてここにいるの?」「出張だ」「そう」「元気でやってるか?」「ええ、とても」「それならいいんだ」彼が背を向けて立ち去ろうとしたので、私は声をかけた。「実家のことは、もう恨んでない。でも、もう戻ることもないわ」彼は静かに頷き、去っていった。後になって知ったことだが、彼は出張などではなかった。私がこの街へ仕入れに来ると聞きつけ、わざわざ特急列車に乗ってやってきて、待合室で3時間も待っていたらしい。海沿いの町に戻ると、蓮が駅まで迎えに来てくれた。私の手荷物を受け取り、温かいミルクを手渡してくれた。その日の夜、見知らぬ番号からショートメッセージが届いた。【彼は君を大切にしてい

  • あなたを待つことがあった   第7話

    東明市(とうめいし)に戻った蒼真は、柚葉を呼び出した。「婚約を破棄したい。条件は君が提示してくれ」柚葉はグラスを置き、しばらくの間じっと彼を見つめた。「とうとう決心したの?あの女のために?」「君には関係ないことだ」「いいわ。あなたが持っている臨海プロジェクトの権利を頂戴」「譲ろう」「それから、西区の豪邸も」「それも譲る」「交渉しないの?」「君の要求はすべて呑む。だが一つだけ条件がある。二度と彼女の前に姿を現すな」柚葉は声を立てて笑った。「蒼真さん、彼女はもうあなたを捨てたのに、まだ庇ってあげるつもり?」「君には関係ない」彼は立ち上がり、去ろうとした。「婚約を破棄すれば、彼女が戻ってくるとでも思ってるの?彼女、今はあのカフェの男と毎日一緒にいるわ。自己犠牲のつもり?彼女は知りもしないし、気に留めてもいないわよ」彼はそこに立ち止まり、背を向けたまま言った。「彼女には手を出すな」「私が手出しする必要なんてある?今の彼女を見ている方が、私が何かするよりもよっぽどあなたにとって残酷な罰でしょうね」彼はそのまま立ち去った。婚約破棄の事実を知った時、蒼真の母親は花を生けていた。「気が狂ったの?うちがどれだけの損害を被るか分かっているの?柊家は臨海プロジェクトからすでに資金を全額引き揚げたわ。今日、銀行から担保の件で電話があったのよ。あなたはこの家を破滅させないと気が済まないの?」「母さん、俺はこの3年間、毎日二人の女の間で板挟みになってきた。柚葉には作り笑いを浮かべ、綺織には嘘をつき続けた。もう限界なんだよ」「限界ですって?あなたのお父さんだって、昔は外に女を作っていたわ。それでも私は耐え抜いたのよ。お父さんがあの女を8年も囲っていたのに、私は一言も文句を言わなかった。たった3年で限界ですって?」彼は呆然とした。「なんだって?」「あなた一人だけが苦しんでいるとでも思ってるの?この家の体面は、私が命懸けで守ってきたのよ。それを今、たかが一人の女のために全てぶち壊そうとするなんて、誰に対して顔向けができるっていうの?」蒼真は答えず、背を向けて部屋を出ようとした。「絶対に後悔するわよ!」彼は振り返らなかった。彼は一人で、私の実家だった古い家へ向かった。扉は以前のま

  • あなたを待つことがあった   第6話

    半年後、私は海沿いの小さな町で花屋を始めた。隣のカフェは、桐谷蓮(きりたに れん)という男性が営んでいた。蒼真が私を見つけ出したのは、ある日の午後のことだ。店先でしゃがみ込み、バラの棘の処理をしていると、目の前に見覚えのある革靴が止まった。顔を上げる。彼はひどくやつれていた。西日の下、その影が長く伸びていた。「花をお探しですか?」「君を迎えに来た」私は首を振り、再び棘の処理に戻る。「私に帰る家はないわ。花を買わないなら、商売の邪魔だからどいて」「新しい家を買うよ」私はハサミを置き、立ち上がって彼を見た。「蒼真、私が欲しいのは家じゃない。私を待たせない人が欲しいの」彼は口を開きかけたが、言葉を紡ぐことはできなかった。「帰って。私はここでうまくやっているから」棘を取り終えたバラを抱えて店内に入っても、彼は外に立ったまま動こうとしなかった。夜になり、シャッターを下ろして店を閉めると、彼が入り口の段差に座り込んでいるのが見えた。翌朝、店を開けに行くと、彼はまだそこに座っていた。私は彼にコップ一杯の水を差し出した。「どうしてまだ帰らないの?」「君を連れて帰りたいんだ」「帰ってどうするっていうの?またあなたを待ち続けるため?また秘書のふりをするため?それとも、また愛人扱いされるため?」「もう二度と君を待たせたりしない」「その言葉、3年間ずっと聞き続けてきたわ。自分でもまだ信じているの?」彼はうつむき、何も答えなかった。そこへ蓮がコーヒーを二杯持って歩いてきた。私に一杯を手渡し、段差に座り込んでいる蒼真を一瞥する。「こちらは?」「昔の知り合いよ」蓮は頷くだけで深くは追及せず、店先の鉢植えを中に運ぶのを手伝ってくれた。入り口に立って彼と話をしていると、午後に新しいコーヒー豆が届くから試飲しに来ないかと誘われた。私は自然と笑みをこぼした。蒼真が段差から立ち上がり、私たちを見つめていた。その目つきには見覚えがあった。昔、彼を待ち続けていた時に鏡の中で見た、私自身の目だった。彼はそれ以上何も言わず、背を向けて立ち去った。ある日の午後、柚葉が現れた。ガラス扉の外に立ち、扉越しに私を見つめている。「ずいぶんと悠々自適な暮らしね」「何しに来たの」

  • あなたを待つことがあった   第5話

    蒼真は私を探そうとしたが、部下から、私が1週間前に退職したことを告げられた。いつ辞めたのかと問い詰めると、先週の水曜日に逃げるように辞め、引き継ぎさえもオンラインで済ませているとのことだった。彼はオフィスのロビーに立ち尽くし、手当たり次第に共通の知人に電話をかけ始めた。だが、私がどこへ消えたのか、知っている者は誰一人としていなかった。彼は私の親友の小林咲希(こばやし さき)の元を訪れた。咲希はドアを開けたものの、彼を部屋の中へは入れなかった。「何しに来たの?」「彼女から連絡はあったか?」「あったわよ。でも、あなたには絶対に教えない」「頼む、彼女がどこにいるか教えてくれ。会いに行くから」咲希の彼を見る目が、氷のように冷ややかなものに変わった。「蒼真、あの子がこの3年間、どうやって過ごしてきたか知ってるの?イベントや記念日のたびにあなたは家族と過ごすと言って、あの子はずっと一人ぼっちだった。お母さんが亡くなった時だって、一人で病院の死亡診断書にサインして、一人で葬儀の手配をしたのよ。あなた、いつあの子のそばにいてあげたのよ?」蒼真は何かを言い返そうと口を開きかけたが、声が出なかった。「あの子が引っ越す日、私も手伝いに行ったわ。あなたからのプレゼントは、何一つ持って行かなかった」咲希の目元が赤く染まった。「今頃になって探しに来たの?遅すぎるわよ」彼女はドアをバタンと勢いよく閉めた。蒼真は廊下に立ち尽くし、頭上のセンサーライトが消えて真っ暗になっても、身動き一つしなかった。柚葉が彼のマンションを訪れたのは、その夜のことだった。彼女は保温バッグに入れた手料理を持参し、部屋に入るなりそれをテーブルに並べ始めた。蒼真はソファに座り込み、そのタッパーを虚ろな目で見つめていた。「あの日、実家であんなに彼女を煽る必要があったのか?」「私は権利書には触れてないわよ。ただ壁を少し壊しただけじゃない」蒼真が勢いよく立ち上がると、脚が床を擦って甲高い音を立てた。「君が壊したのは、彼女の母親が残した大切な家だぞ!」柚葉は彼を見て、フッと鼻で笑った。「今になって胸が痛むの?」彼女は箸をテーブルに置いた。「鍵を渡したのはあなたよ。私が見に行くと言った時、あなたは頷いた。業者が作業を

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