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第6話

Author: 名無し
一時間後、私は空港で両親と再会した。

二人はもう私の離婚を知っていて、目を赤くしてため息をついた。

「分かっていたなら、最初からあの人と結婚させるんじゃなかった」

私は何も言えなかった。

あのとき帝都には名門の御曹司が何人もいたのに、私は何もない悠介を選んだのだから。

南行きのフライトは長かった。

飛行機を降りてタクシーに乗り、仮で押さえていたホテルに着く。

ここには根付けない気がしていた。

だが意外にも翌日には、この場所を気に入っていた。

両親と数日出歩きながら、かつて売った宝飾品の代金でマンションの一室を買った。

市の中心部にある広めの部屋で、明るく、ベランダからの眺めもいい。

私は母と一緒にベランダに好きな花を植える。

普通に暮らしていけるだけのお金を残し、余った分は父に渡し、起業資金に回してもらった。

私はそういうことに興味はなく、残高の利息だけでも当面は暮らしていける。

ここでは帝都で食べたことのない料理を味わい、見たことのない景色にも出会えた。

月日が流れ、ベランダの花は光に向かって咲き誇り、ときおり風に揺れる。

私は少しずつ、悠介との日々を忘れていく。

彼に置き去りにされ、冷たくされ、孤独に過ごした夜を。

時間が経てば、すべてが癒えていく。

私は再び父の会社の忘年会に出席する。

規模は以前よりはるかに大きかった。

母は食事中にぼんやりしている私を見て尋ねる。

「あの人のことを思い出したの?」

私は首を振る。

「そんなことない。さっきまでやってたゲームの続きが気になってるだけ」

母はくすっと笑う。

「分かった。お父さんに一言言っておくから、早く帰りなさい」

私の目が輝き、母の腕をぎゅっと抱きしめる。

「お母さん、ありがとう!」

結婚式当日、悠介は眠れなかった。

目覚ましが鳴るとすぐに起き、小川綾音(こがわ あやね)とのLINEを開く。

メッセージを打っては消し、また打っては消した。

実は、離婚届を出したあの日の言葉は、怒りに任せただけだったと言いたかった。

本気で離婚したいと思ったことはなかった。

あの日の書類も、彼女を黙らせたかっただけだ。

いつからか分からない。

彼は綾音に対して言葉がきつくなり、彼女を苦しめるほどになっていた。

綾音がつらそうにしているのを見るたび、宝飾品を買
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