LOGIN赤い鱗の飛龍が、黒い炎を吐きかける。それを、サルロの盾と、青白い魔力の壁は必死に防いでいた。表面の紋章が削られ、壁は罅割れ、少しずつ押し込められる。
だが、終わりを迎えた。サルロの剣は、蒼に黒が混じった炎を纏う。
「蒼炎百華」
今、ドラゴンの頭蓋に叩きつけられた。華が散る様に炎が舞い、赤い巨躯を焼き尽くしていった──。
◆ 「しっかし、初任務が魔王回収とはねえ」馬上で揺れながら、ガリヤは隣のサルロに向けて言った。鞍には、魔法のトランクが掛けてある。蒼い糸の織り込まれた外套。腰には直剣と短剣に加えてポーチ、背中には盾だ。ガリヤの腰にだけは、小さいが分厚い冊子が下げられている。
「いくらサルロが魔に耐性がある、って言ったってなあ」
「バルゲル猊下が、私たちを信頼してくださったのだ。文句を垂れる暇はないぞ」そう言いながら、サルロは視線の先にチカチカとした光を認めた。
「あれか」
都市国家サダレ近傍、地脈異常が発生した村。
「船旅の疲れを癒す暇もなかったんだ、しっかり飯を貰おうぜ」
微笑むガリヤは、馬の腹を蹴った。
「待て、置いて行くな!」
十数分して、彼らは村の門の前に立った。槍を持つ門番が、欠伸交じりに立ち上がり、問う。
「何者だ?」
「教会領から派遣された蒼騎士、サルロ・ファージ。鞄にパスポートと蒼騎士の証がある」トランクの取っ手に結び付けられた、二枚の金属札。教会の者であることを示す二本指を立てた紋章が刻まれたものと、都市国家サダレへの入国を許可する菱形の魔法のスタンプが押されたパスポートだ。
「そっちも?」
「ああ。見てくれていいぜ」門番は、ランタンの光でそれらを認めて、槍の石突でこつんと地面を叩いた。
「通れ」
「ああ、ありがとう。君に太陽神の導きがありますように」サルロは軽く礼を言って、村へと入った。焼け落ちた建物、荒れ果てた畑。地脈から魔力を汲み出して輝くはずの、軒先に掛けられたランタンは沈黙している。
「魔物ってのは火を吐くのか……結構でかいのかもしれねえな」
「そうだな。まずは寝床を見つけたいが……」 「そこの」ザッ、と重みのない足音と、深みを持った声がサルロの耳に届く。
「何をしに来た」
現れたのは、杖をつく低身長の老人。サルロはガリヤと視線を交わした後、下馬した。
「教会領から地脈異常の原因を探るよう派遣された、蒼騎士サルロ・ファージとガリヤ・ダベルだ。農作物も育たず、灯は使えないと聞いているが」
「儂は村長のニハン……それはいい。出たんじゃよ」老人は静かに語る。
「真っ赤な鱗のドラゴンが」
ごくり、二人の騎士は唾を呑んだ。
「見ろ、あの家を」
ニハン村長は、杖を持ち上げ、黒こげの柱を指差した。
「ドラゴンの吐いた火で、中に暮らしていた親子ごと炭になった。お主ら、随分若いが、そんな魔物を狩れるのか」
「そのためにいるのが、蒼騎士」サルロの手が、己の胸に当てられる。
「使命ならば果たす。私は、どんな脅威でも退けるために訓練を受けてきた」
「サダレの騎士は行ったきり帰ってきておらんぞ。幾ら蒼騎士と言っても……」 「爺ちゃん、任せてくれよ」ガリヤが軽い声を出す。
「こいつ、教会領の剣技大会で優勝したんだぜ。現役の騎士も参加する大会で、だ。だから信じてくれよ、蒼騎士ってものをさ」
村長は少し沈黙してから、今度は別の家を杖で指した。
「あの家を使え。儂はもう寝る」
それだけ言い残して、村長は通りを歩き始めた。
「行こうぜ、眠いんだよ、俺」
カッポカッポと蹄が鳴る。家の横にある柱に手綱を括り付け、サルロはそっと扉を開いた。すると、
「うひゃあっ!」
と細い声が響いた。咄嗟に、サルロは剣に手を伸ばす。
「ちょ、タンマ、タンマです!」
随分と小柄な少女が、椅子から転げ落ちている。テーブルにはパンとスープ。
「あの、あたしは泥棒とかじゃないんで! ホントに!」
彼はガリヤと顔を見合わせてから、とりあえず少女に手を伸ばした。
「あたし、セキって言います」
少女はそう名乗った。
「サダレ──東の都市国家から、戦士修行ってことでここのガードやるために来たんです」
「なぜ灯を点けない」 「地脈が狂って、光が安定しないんです。それに、あたし夜目が効くので」サルロは、馬から下ろしたランタンで彼女の顔を照らす。髪は夕焼けのように赤く、瞳は海のように蒼かった。だが、本来白目に当たる場所は黒く、不気味な印象を与える。
「……オルメア族か」
「そうですね、はい」セキは椅子に戻って、パンを千切った。それをスープでふやかして、口に食む。
「ほへへ、はんへきひはまが?」
「飲み込んでから話してくれ」サルロの呆れに、ガリヤは微笑む。
「お二人は騎士様ですよね。ドラゴン退治に派遣されたんですか?」
「そんな所だな。俺ガリヤ。で、こいつは教会領一のモテ男、サルロ」 「ガリヤさんと、サルロさん。覚えました!」そう言ったセキは、一気にスープを飲み干す。
「ベッドはいくつある」
サルロが問う。
「この部屋に一つと、奥の部屋に二つですよ」
「そうか。ありがとう。休ませてもらう」そう言うと、サルロはトランク片手に家の奥へと向かった。ガリヤも後を追う。
(か、カッコイイ~!)
今しがた言葉を交わした、サルロという騎士。その見目に、彼女は内心そんな叫びを挙げていた。
(あたし、チャンスあるかなあ。ドラゴン退治を手伝って、そこから恋が始まって……)
残ったパンを口に詰め込む。
(うん! 幸せな人生になりそう!)
机の脇には、青白い金属製のメイスがあった。
さて、一方で奥の部屋に入った騎士二人。ソーセージを片手に、机に広げた地図を見ていた。
「おそらく、ドラゴンがいるとすればここだ」
サルロが、この村がある島の中央部を指差した。
「死んだ火山、か。確かに、火山は地脈の強い場所だからな。死んだとはいえ、その残り滓くらいはある。おかしくないぜ」
「更に、地脈異常が引き起こされたということは、やはり魔王の遺体が関わっているかもしれない。魔力灯すら満足に使えないほど、エネルギーを吸い取られているということだからな」ガリヤはそっと顎を撫でる。
「あのガキは連れて行くか?」
「ガリヤ、そういう言葉遣いは──」 「ガキはガキだ。ま、低級の魔物退治くらいはできるか。俺の護衛にしてもらっていいか?」サルロはゆっくり腰に手を当てて考える。仮にドラゴンが強大であった場合、己の身一つで全てを庇うことはできないだろう。どこかで何かを切り捨てなければならなくなる。
(その点、ガリヤを守れる人間がいる、というのは大きいな)
コクン、首を縦に揺らす。
「そうしよう」
「んじゃ、寝るとしますかね」 「ああ、そうだ、ガリヤ」親友に呼び止められて、ガリヤは振り向く。
「剣技大会だが、私は優勝ではない。準優勝だ」
「変わらねえよ……」夜明けと同時に、三人は家を出た。雨の降りしきる中を、外套を纏って進む。セキは、サルロの腕の中に入る格好で馬に乗っていた。
「天気がいいと嬉しかったんですけどねぇ」
セキが世間話をしようとするが、騎士二人は黙っていた。一歩馬が進む度、西に聳える山々から放たれる邪気が迫るのだ。内臓を黒く染めていくような、邪悪な気配が。
「どうしたんですか? お腹痛いんですか?」
「黙ってな」ガリヤまでもが、ピリピリとした声で咎める。と、同時にトランクの中を探った。ぼんやりと蒼い光を放つ布を取り出し、口と鼻を覆う。
「セキ、君も持っているだろう。
彼女はポケットから同じようなスカーフを取り出し、口鼻を隠した。だが、サルロは使わない。
さて、三十分ほどかけて、山の麓に到達した。三人は下馬し、得物を握る。騎士は鎧を纏った。蒼い光が体の周囲を覆うようにして、盾から鎧が現れたのだ。
「すごい! それ、どうやってるんですか⁉」
「すまない、詳しい原理は……」 「いちいち真面目に答えてたら日が暮れるぜ。サルロと嬢ちゃんで、前に出てくれ」彼らの前には、虚ろな瞳めいた洞穴が広がっている。サルロは、先頭に立って、ランタンを翳した。それでも先は見通せない。
「かなり深いな……セキ、離れないように」
「深いだけじゃねえ。邪気も強い。魔物の群れがいるかもな」洞窟に踏み込んだ三人を待ち受けていたのは、子供を喰らうゴブリンの群れだった。
サルロの背から、するりと赤い刃が抜かれる。それを覆うは、黒と赤の混じった雷霆。バチリ、バチリと不吉に鳴る。「行こう」 サルロは、ガリヤを待たずに山城へと踏み込む。ダンケルがセキを連れて飛び立つ。それを見送ることもしない。 門を蹴り飛ばした彼を待っていたのは、鋼を纏った魔物の群れだった。ガルル、と唸る魔物と、それから降りる鎧の騎士たちを前に、魔剣を握り締める。「撫で斬りにしてくれる」 そう呟いて、走った。 まず、魔物たちが彼に向かわせられた。黒を帯びた銀色の装甲と、馬並みの体躯を持つ魔物だった。その突撃を鎧で受けた彼だったが、かなり押し戻される。 だが、横に転がって受け流し、側方を取る。そこで魔剣を横腹に突き立て、横に振り抜くことで一体を屠った。 その背後から、もう一体。冷静に、彼は前脚を払う。前のめりに転倒したそれは、次の瞬間には首を刎ねられていた。「行け、行けよ、狼ども!」 騎士たちの横には、狼大の、四足歩行の魔物がいた。鋼の鎧で武装したそれらは、一斉にサルロへと駆け出す。 サルロは、剣を左肩の上に持っていった。間合いを見定め、十分近づいた所で、一閃。雷が幕のように広がって、狼たちを飲み込み、消し去った。蒼騎士剣術と赤き雷霆の融合。それを実現させた一撃だった。 が、それで終わる戦でもない。波濤めいて押し寄せる魔物の群れが、まだそこにある。長丁場にしたくはないサルロ。その彼の背後から、声が響いてきた。「そこで、あなたがたに幾らかでも──」 聖典の詠唱だ。魔物の足は僅かに緩み、速度を落としつつある。
帝国と共和国の国境に、古い山城がある。その頂上で、隻眼の男と緑髪のダブルシードが話していた。「ケラック、サルロ・ファージには気を付けろ」 ダブルシードは、立ち去り際に、ケラックという隻眼の男に告げた。「奴の魔剣は、我々の鎧を容易く斬り裂く。致命傷を負うぞ」「ダブルシードは、随分と弱気になったものだな」 ケラックは低い声で笑った。「まあ、撤退用の転移魔法は仕込んでおくとするか。ダブルシード、お前の助けは要らん」「ほう? 爆裂魔法を仕込んでやろうと思ったのだがな」「正面から殺し合いたい……そうすれば、俺が魔剣を手に入れることもできる」 古い様式を維持する玉座の間の扉を、彼女は開く。「死ぬなよ、ケラック」 バタム、と閉じた扉。「面白くなりそうだ、鉄殻戦団の、試運転としてはな……」◆『蒼炎だ』 魔剣ゼイドは、サルロにそう告げる。『汝から、蒼炎の力を奪った。そちらの方が、面白いものを見られそうだからな』 面白い、一体何が。彼はそう問う気力もなく、ガタガタと震える手を止めることすらできなかった。『取引の条件を精査しなかった汝の責任だ。精々面白い破滅を我に見せてみろ、蒼騎士』 サルロは、壁を殴る。ピシリ、コンクリートに罅ができる。『が、汝次第で返してやってもい
シャワーを浴びながら、彼は壁に手をついていた。(この肉欲から、どう離脱すればいい) 湯が流れていく。赤い髪が排水口に掛かっている。感じたことのない、下腹の熱。思い浮かぶのは、セキのことばかり。(私は、蒼騎士だ) 欲望に流される存在であってはならない。それは、民の模範ではない。それは、教会を信奉する者たちの進むべき道ではない。それは、なんだ? 彼の蒼い目は、頻りに瞬きを繰り返す。あるべき姿。人がそうなろうと望む、信徒の嚮導者としての姿。それが蒼騎士のはず。 焼き切れそうな思考回路を抱え、シャワールームを出る。鍛え抜かれた肉体に、パンツの一枚。メイスを手入れするセキが、ベッドの上に腰掛けていた。「武器は大事にしろよ」 そう告げて、サルロは彼女を後ろから見つめていた。薄着。ふわりとした寝間着だ。柔らかな首筋が見える。気づけば、そこに手を伸ばしていた。 跳ねるセキの体。困惑する声も無視して、胸へと抱きかかえる。「セキ」 耳元で、彼は囁く。「君と、一つになりたい」 それから数時間過ぎた、真夜中。疲れ果てたセキは、真っ赤な顔で息を切らしながら横たわっていた。一方のサルロは、自分のやってしまったことについて、肺を潰されそうな思いだった。 後ろから抱き締め、小さな熱を体全体で感じる。「あの、あたし、変じゃなかったですか」 セキが消え入りそうな声で問うた。「私も初めてなんだ、わからないさ」 過ちだっ
「何というか……場違いな気がしてきたよ」 夕暮れ、大統領官邸。燕尾服のダンケルが呟いた。サルロ一行に加え、リゼルもいた。「場違い、か。だが、私たちはやり遂げたんだ。それを評価してくれるなら、応えようじゃないか」 前庭を貫く石畳の上、サルロは啓行しながら言った。「ダンケルがセキを運んでくれなければ、魔剣を奪う隙は作れなかった。感謝してもしきれない」「全く、人を褒めるのが上手いね」 が、そのダンケルも悪くない心地だった。「大事な役割を任せてくれた君に、僕こそ感謝したい」 サルロは、誰にも顔を見せたくなかった。下腹部で渦巻く怒りの熱が、表情に出ているのでは、と。 肚の竈門の炎を食い止める、何か壁のようなものが取り払われたような思い。閂を外された城門が、騎兵の突撃を止められないままに開いたような思い。「──ロ様」 下から細い声。「サルロ様!」 ハッとする。扉の前に立っていた。「疲れてるんですか?」 横に、セキがいた。「……かもしれないな」 銃を持つ歩兵たちが、一斉に歓迎の動作をとる。ライフルを縦に持つ、捧げ銃というものだ。槍を持つ騎士が、その石突で地面を叩くと、扉は自ずから開いた。 サルロは、斜め下に視線を動かす。赤いイブニングドレスを纏ったセキがやけに綺麗に見えて、落ち着かない。子供だぞ、と言い聞かせても、どうしても肉体的な欲望が浮かぶ。蒼騎士として、相応しくな
「一騎討を、させてください」 サルロは、リゼルにそう告げた。今しがた鞘に納めたばかりの魔剣ゼイドを、再び抜く。血を吸ったような刃が、よく晴れた空に輝く。「魔剣使いってのは、いいモンだよな」 呂色の鎧を纏うシゲレルは、大ぶりな戦斧片手に言った。背後に控えていた配下たちが、魔域を攻略したばかりの一行を妨害し始める。「俺も憧れたさァ……だから、頂くぜ、お前の剣」 斧が、黒炎に覆われる。揺らめいて、魂を焼く邪悪な炎。蒼騎士として、サルロはそれを断たねばならないことを理解していた。 先に動いたのは、その斧だった。左から右へ、サルロに横薙ぎが襲い掛かる。後ろに跳んだ彼だが、連撃だ。檜の棒か何かか、とでも思わせるほどに、斧は速い。 蛇騎士の重斧が振り下ろされ、石畳を打つ。その度に、バキンッという派手な音が鳴ると共に、白い礫が飛散する。 風を切る斧が、迷いも躊躇いもなく、サルロの頭を狙った。彼は本能的に剣を翳し、その一撃を受け止める。赤き雷霆は、そこにはない。腕に響く、斧の質量。痺れる両腕を伴って、彼は少し距離を作る。「ゼイド、何故だ、何故赤き雷霆を使えない!」 魔剣に問う。「力を貸せ、あの蛇騎士の鎧とて、お前の雷霆なら斬れるのだろう⁉」『見届ける、とは言ったが、全てをくれてやるとは言っておらん。一撃は繰り出させてやったのだ、その分の感謝をしてほしいものだな』 詭弁だ、とサルロは呟く。『小僧、何を差し出す? 我が力欲しくば、相応の供物が必要であろう』「なんだ、何を求める。くれてやるから言え!」 どす黒い嘲笑が、聞
「ガリヤ、本当に助かった」 地下への階段を降りながら、サルロは親友に向け、感謝を口にした。「お前の詠唱が無ければ、私たちは帰れなかった」「おうよ。戻ったら飯奢れよ」「いや、私が持とう」 リゼルが、少し毒の抜けた顔で言った。「年長者らしいことをさせてくれ」 消えない過去を見つめながら、彼女は先頭に立っていた。 さて、石戸の前。ダンケルが弾倉に弾を送り込む、カチャンという音が反響した。「ガリヤ、仮に魔剣が魔王の遺体を取り込んでいた場合……詠唱で援護しつつ、遺体の在り処を探ってくれ」「はあ⁉ そんな簡単に──」 サルロの頼みに言い返そうとしたガリヤ。だが、それより早く、リゼルが扉を押し開いた。ズズズッ、と音を立てながら動いた扉の向こうには、大聖堂か、という広い空間が待っていた。だが、参拝者のいない聖堂に椅子などない。随分と寂しい広間だ。ただ、一点を除いては。 聖堂の奥、金銀で彩られた祭壇がある。赤い両手剣を持った痩身の男が、聖なる祭壇に、不遜にも腰掛けている。「随分と、活きのいい挑戦者だ」 男は、裸だった。ただ、蒼騎士のヘルムだけが唯一の装身具。右手の剣で、ビュンと風を切り、立ち上がる。「我が名はゼイド。古龍の作りし魔剣」 魔剣によって意識を乗っ取られたか、とサルロは判断した。何にせよ、斬らねばならない。「来い、我を打倒した者に、この剣をくれてやる」「なら、頂く!」 サルロの剣を、黒と蒼の混じった炎が覆う。心は、風のない海にも似







