振り向かされて昴生を見上げた。
相変わらず綺麗な顔がそこにある。初めは惚れないという自信があったのに、どうしてこうも惚れてしまったのか。
ただ昴生が渉の弟だったという事も、ずっと私を想っていてくれた事も。
私が死なないようにしてくれていた事も全部、まるで奇跡のようで。「侑さん、俺ね。
本当に嬉しかった。あの時会見場に侑さんが現れて—————— あんな風に皆の前で堂々と俺の事を庇ってくれて。」「間に合ってよかったよ。
あの時昴生、すごく泣きそうな顔してたから。」昴生はすごく穏やかな顔と声をしている。
またそれは、私もきっと同じ。「侑さんはね。
あの時も、それ以前もずっと俺にとってはヒーローのような人なんだよ。」「ヒーロー?私が?」
何だか変な気分。褒められているみたいだ。「うん。姉も。渉もきっと侑さんに泣いて貰えたから、救われたと思うんだ。」
「そっか。渉が。もし本当に少しでも彼女の魂が報われたのだとすれば、それは嬉しいな。」
「報われてるよ。姉もそうだし、俺もそう。
侑さんの涙はね。 他の誰よりも綺麗だよ。 心が綺麗で…… 侑さんのように綺麗な人は、侑さん以外に出会った事がない。 だからこそ侑さんは。心が澄んでる人だからこそ、敏感で、繊細で。傷つきやすい。 この世界には、そんな侑さんを妬んで、羨んで傷つけようとする人が多いけど。」そっと昴生に両頬を掴まれて、瞳を覗き込まれた。昴生の瞳に私の顔が映ってる。
「例え皆が侑さんを嫌ったとしても、侑さんを妬んで排除しようとしたとしても。
俺だけは侑さんの味方だから。 皆が侑さんを必要ないって言ったとしても。 俺だけは侑さんから離れないから。 ていうかもう、頼まれたって離れてやらないよ?食べたものをそのままにしたり、時には—— 「片付けるの面倒くさいよね。明日でいいんじゃない?」 皿洗いや片付けを嫌がり、動こうとしない。 だから全部俺がする。 いや、元々一人の時はしていたから問題はないのだろうけど。 それに半同棲に近い形だったから、いくらか食費も渡していた。 なのに、下手すればレトルト食品が続く日も。 部屋の隅にゴミが溜まり、洗濯物も山のような日も。 だらしない日は髪もボサボサのまま。 綺麗好きな侑なら…… 侑なら。 女優をしながらも、俺の健康面を気遣ってちゃんとした料理を作ってくれたのに。 掃除して、いつも部屋を綺麗にしてくれたのに。 侑自身も綺麗にしていた。 「芽衣子はどうして俺の事、好きになってくれたの?」 「私はね。小野寺くんの顔が好きだったの。 イケメンだし、仕事もできるし……」 顔……で選ばれたと言われて、正直へこんだ。 侑ならそんな事、言わなかったからだ。 『私は聖の……優しいところが好きだよ。』 その間に侑は侑で、ストーカー騒ぎがあったりした。 侑が人気俳優をストーカーだなんて。 また、何か困ってるんじゃないだろうか? もう俺が侑に出来ることはないけど……… でも結局、俺が侑を心配しているうちにそれも解決していた。 浅井まりかという女優を、侑が名誉毀損で訴えたらしい。 だけどその裏で、恋人である綿貫昴生が動いたという情報も。 そんなにも……あの綿貫昴生に愛されてるのだろうか? あの甘いマスクで、侑と一緒に過ごしているのだろうか? * 日々が平凡に過ぎていく中で、側にいるはずの芽衣子の嫌な部分が目につくよう
テレビやネットの芸能ニュースで二人の熱愛報道を見る度に、俺は胸が痛かった。 会社でも。仕事中でも。 二人の顔写真が並ぶたびに…… 常盤侑は元は俺の彼女だった。 侑は彼女だった。……彼女、だったんだ。 「よくあるよね。 その時は何の興味もなかった物が、ある日突然誰かに価値があると評価されると、急に惜しくなるっていう事が。」 ご飯を食べながら芽衣子が、意味深な事を言う。 芽衣子は少しふっくらとした体型だったけど、それがまた魅力的だった。 だけど俺はその時もまだ上の空で……… 「だけど。 一度手放してしまったものは、二度と自分の手には戻らないよね。」 芽衣子がなんて言ってるのか、もう聞こえてなかった。 ぼんやりする俺の側にぴたりとくっついて、芽衣子が顔を赤らめながら言う。 「私達には私達に相応しい世界があるよね。」 ずっと侑の事が頭の中に浮かび続ける。 あれだけ離れたいと思っていたのに。 別れてあれだけホッとしたはずなのに。 何でこうも侑ばかりが思い浮かぶんだろう? 侑が今頃どこかで、あの人気俳優に笑いかけているのかと思うと……… 俺にしてくれたみたいに、今の芽衣子みたいにあの俳優の家に行き、手料理を作ったりしているのかと思うと。 ………………侑。 俺の事をそんなにも早く忘れてしまったのか? 今………幸せなのか? 芽衣子がベタベタするようになって、どれくらい時間が過ぎただろうか。 以前は芽衣子が作る料理が家庭的で本当に美味しいと思っていたけど、近頃はそうは思えない。 それに芽衣子はこの頃会社でもやたらベタベタしてくる
————あの時、侑を取り戻せると思った。 分かっていないふりをして、本当はずっと分かっていたのかもしれない。 侑がどれだけ俺を愛して、俺を求めてくれていたのかを。 なのに俺は侑を捨て、自分を好きだと言ってくれる芽衣子を愛した。 愛するようにした………… それが間違いだって、今更後悔するなんて。 * 侑に別れを告げ、芽衣子に付き合おうと言ってから半月。 芽衣子とは侑と別れてからすぐに体の関係を持った。 正直久しぶりに感じる人の温もりに癒された。 その後芽衣子は会社が休みの時以外は、ほとんど俺の家に来ている。 自分のしたい事や趣味はないんだろうか? アパートのキッチンに立って、いつものように料理を作りながら芽衣子が言う。 「……そう言えば常盤侑、超人気俳優の綿貫昴生と付き合ってるらしいよ?」 「…………え?」 思えばあの時俺は、動揺を見せたのかもしれない。 芽衣子は笑いながら料理が乗った皿を運んできた。 「国民的人気俳優とだなんて、すごいね。 常盤侑も幸せになって良かったね。」 「……っ、そう、だね。」 なぜか喉がひりついた。上手く言葉が出てこない。 だけど芽衣子が目の前で笑っているから。 俺は何も気にしてないふりをして芽衣子が作ってくれた料理を食べた。 いつもは美味しいはずの料理も……… 正直、味はしなかった。 その夜は家に泊まるという芽衣子に誘われたけど、そんな気になれずに断った。 狭いベッドに二人して眠る。 芽衣子は背中を向けて眠っていたが、俺は中々眠れなかった。 以前までは、こうやって侑とも狭いベッドに
振り向かされて昴生を見上げた。 相変わらず綺麗な顔がそこにある。 初めは惚れないという自信があったのに、どうしてこうも惚れてしまったのか。 ただ昴生が渉の弟だったという事も、ずっと私を想っていてくれた事も。 私が死なないようにしてくれていた事も全部、まるで奇跡のようで。 「侑さん、俺ね。 本当に嬉しかった。あの時会見場に侑さんが現れて—————— あんな風に皆の前で堂々と俺の事を庇ってくれて。」 「間に合ってよかったよ。 あの時昴生、すごく泣きそうな顔してたから。」 昴生はすごく穏やかな顔と声をしている。 またそれは、私もきっと同じ。 「侑さんはね。 あの時も、それ以前もずっと俺にとってはヒーローのような人なんだよ。」 「ヒーロー?私が?」 何だか変な気分。褒められているみたいだ。 「うん。姉も。渉もきっと侑さんに泣いて貰えたから、救われたと思うんだ。」 「そっか。渉が。もし本当に少しでも彼女の魂が報われたのだとすれば、それは嬉しいな。」 「報われてるよ。姉もそうだし、俺もそう。 侑さんの涙はね。 他の誰よりも綺麗だよ。 心が綺麗で…… 侑さんのように綺麗な人は、侑さん以外に出会った事がない。 だからこそ侑さんは。心が澄んでる人だからこそ、敏感で、繊細で。傷つきやすい。 この世界には、そんな侑さんを妬んで、羨んで傷つけようとする人が多いけど。」 そっと昴生に両頬を掴まれて、瞳を覗き込まれた。昴生の瞳に私の顔が映ってる。 「例え皆が侑さんを嫌ったとしても、侑さんを妬んで排除しようとしたとしても。 俺だけは侑さんの味方だから。 皆が侑さんを必要ないって言ったとしても。 俺だけは侑さんから離れないから。 ていうかもう、頼まれたって離れてやらないよ?
宣言通りに、その日昴生はずっと私を抱き続けた。 「はあ………っ、こう、せ……も、もうだめ…」 「駄目だよ、侑さん。 お仕置きだって言ったでしょ?」 逞しい体は汗でしっとり濡れている。 髪をかきあげ、今だに瞳は挑発的。 一体どれだけ体力があるのか。 何度果てても、何度も。 「侑さんっ、愛してる。」 その度に昴生が切なそうに囁く。 だからこれはお仕置きじゃなくて、きっとご褒美なんだろうと思った。 不器用で愛おしくて、どうしようもないほど可愛い、私の恋人。 本当に幸せすぎて、そういう意味で死んでしまいそう。 * 少しウトウトして、雨の音で目が覚めた。 いつの間に降ったんだろう。時計を見たらまだ明け方の5時過ぎだった。 温かいと思ったら、隣に上半身裸の昴生が寝ているのに気づいて。 一瞬ドキッとして手を離しそうになる。 「……っ」 だけど昴生は確かに眠っているはずなのに、掴んだ手を離してはくれなかった。 仕方なく、昴生の胸辺りにそっと伏せる。 心臓が異様にバクバクする。 温かい。 肌と肌が触れ合う心地よさ。 聞こえてくるのは昴生の、心臓の音。 ゆっくりとリズムを刻む。 生きてる。昴生も、そして私も。 ただそれだけの事が、どうしてこうも嬉しいのだろう。 * あの後しばらく眠っていて、目覚めたら昴生が隣で私を嬉しそうに見つめていた。 「おはよう、侑さん。」 何気ないこの瞬間が、ただただ、幸せだ。 あの会見の後、お互いテレビを見たり、スマホをあまり触らないようにしている。 それに佐久間さんや鳥飼さん達からも、マスコミを遠ざけてあるから、1週間ほどは大人しくしているように、と言われている。
最⃞後⃞に⃞一⃞つ⃞だ⃞け⃞残⃞る⃞な⃞ら⃞、⃞私⃞は⃞「⃞愛⃞」⃞が⃞い⃞い⃞。⃞ *** 「……っ、はあ。侑……さん。」 「はあ……っ。昴……せ。」 カーテンは閉め切ってある。薄暗い照明だけが灯る部屋。 ベッドの中で私達は熱く抱き合った。 昴生が私の名前を懸命に呼んでいる。体は私と繋がったまま。 熱い。 あの時よりも、もっと。 もっと深い。 気持ち良さそうに昴生が声を漏らす度、私も一緒に気持ち良くなってしまう。 まるで体が一つになってしまったみたいだ。 つい昴生の逞しい体をぎゅっと抱き締めた。 今はただ甘い快楽と、愛おしさが入り混じり、本当にどうしようもない。 「っ、侑さん、ゆう、さんっ。」 「昴生っ、もっと、ゆっくり…………」 「ごめん、むり、ですっ、悪いけど、優しくできそうもない……っ」 急かすように昴生に何度も気持ちいいところを突かれて、私も余裕がなくなる。 昴生の肌。昴生の匂い。昴生の体温。湿った体。吐息。切ない声。 そのどれもが情欲を煽る。 心地よくて、全てがどうしようもない程愛おしい。 「やっと。」 「これで本当にやっと、侑さんの心を手に入れられた気がする。」 私を抱き締め、掠れ気味の声で昴生は言う。 その切ない告白に思わず胸が熱くなった。 「っ、侑さん、愛してる…………っ」 最高潮まで昂った熱を吐き出し、昴生は最後に私を力一杯抱き締めた。 しばらく沈黙し、やがて昴生は熱い眼差しで私を見つめた。 「もう、侑さんのこの長いまつ毛も、きれいな鼻筋も、サラサラの髪も、全部俺のものです