تسجيل الدخول果奈に流されるまま、駿は映画館へと向かった。
◆◆◆
映画館は休日ということもあり、様々な人たちで賑わっていた。
「私、観たい作品があるのだけどそれでもいい?」「いいけど、どんな作品?」
「恋愛もの。ラスト泣けるって友達が言ってたから気になってたんだよね」
「そうなんだ」
特に観たい作品も無かったし、一緒に見られればそれでいいと思い、この作品を観ることにする。
作品のタイトルは『失いたくない』。 主人公がヒロインへの告白から始まる恋。想いが通じ合い、幸せな結末へ向かう筈だったが、ヒロインが通り魔に刺されてそのまま死んでしまう。
絶望していた主人公がヒロインの真実と自分と彼女の変化を知り、前を向いたところで終わりを迎える。
そんな作品だった。
上映が終わり、エンドロールの音楽が流れる中、しばらく動けなかった。胸の奥に、まだ物語が残っている。
映画の中の悲しみが、そのまま身体のどこかに沈んでいた。
少しは落ち着き、隣を見ると、果奈はスクリーンを見上げたまま、どこか納得のいかない顔をしていた。
「不満そうだけど、面白くなかった?」
果奈は少し考えるように視線を泳がせた。
「面白くなかったわけじゃないんだけど……なんかイマイチだったんだよね」勝手に果奈が好きそうなストーリーだなと、勝手に思い込んでいたから、反応を見て少し驚く。
「そう?俺は凄く面白かったし、特にラストの流れは見ていて感動した」
「確かに最後の方は感動的だったけど、唐突過ぎる気がするのよね」
言葉を選びながら更に続ける。
「彼女の人生が残り少ないとかだったら感動的な結末になっていたと思う」
映画の構成。
伏線。 主人公の心情。納得のいってない割に、感想は思った以上に細かくて、真剣だった。
見ているだけで、少し笑ってしまう。
「なに?」「いや。ちゃんと観てたんだなって」
「失礼じゃない?」
「褒めてる」
そのやりとりだけでも心地よかった。
映画館から出たところで、果奈がふと立ち止まる。さっきまでの軽い空気とは違う声だった。
「……でも」視線は前を向いたまま。
「この映画みたいに、もし駿を突然失ったら、私も主人公みたいになっちゃうのかな」
声が静かで、冗談ではないことがすぐに分かった。映画の余韻なのか。
それとも、それだけじゃないのか。
少し考えたが、自然と口は開いていた。
「俺は絶対に果奈の前から居なくならないから、心配しなくても大丈夫だよ」約束なんて簡単にできることじゃないし、未来なんて何が起こるか分からない。
だけど。
今は果奈を安心させたい。
その気持ちだけは確かだった。
「……ありがとう」果奈は果奈はふっと力が抜けたように笑った。
その笑顔に胸も静かにほどけていく。
ショッピングモールを出ると、五時を過ぎており、帰宅することにした。
「それじゃ、また学校で」そう言って歩き出そうとした時。
「待って駿!」 果奈に呼び止められる。「どうしたの?」
「私たち、まだLINE交換していなかったから、交換しよう」
確かにそうだった。
付き合っているのに、今さら気づく。
「いいよ」
念願の果奈のLINEを手に入れる。スマホの画面越しの“早川果奈”という表示。
その文字だけでさえも、妙に嬉しかった。
「改めてよろしく果奈」「うん、よろしく」
再び別れて家に向かって歩こうとすると、 服の袖が、くい、と引かれる。「!?」
驚いて振り返ると、果奈が指先でそっと袖を掴んでおり、少しだけ視線が泳いでいた。
「何度も引き留めてごめんね」「い、いいよ……」
鼓動がまた速くなる。
「最後に、一つだけいい?」「い、いいよ」
何かやらかしたのかな?と勝手に思いながら、果奈の言葉に耳を傾ける。
「また、デートしようね」 とびっきりの笑顔と予想もしてなかった次のデートの話に、言葉の意味が遅れて胸に落ちた。次も。
また。今日で終わりじゃない。
嬉しさのあまり、いい意味でトドメを刺されたような感覚に襲われる。
「うん、次は俺が果奈をちゃんとエスコートするから、楽しみにしていて」「分かった。楽しみにしてるね」
果奈の「また、デートしようね」という言葉を聞いて今回のデートは成功したのだと確信した。
その日の夜。
今日のデートの余韻に浸りながら、ベッドに寝転がる。
今日の会話。
映画。 カフェ。 袖を引かれた感触。全ての出来事が頭の中を駆け巡っていた。
そんな時だった。 ――ドンドンドンッ。勢いよくドアが叩かれる。
人が上機嫌なのになんだよと思いながらもドアを開けると、そこには結が居た。
「いきなり、ドアを叩いてどうしたんだよ」「だって、兄さんが何回もドアをノックしているのに出てくれないのが悪いんでしょ」
「そんなにノックしていたの?」
「一分くらいはノックしてました!」
結は相当怒ってるみたいで、所々発言が強い。
「ご、ごめんなさい」
邪魔されたのはムカついたが、申し訳なさが勝ち、素直に謝るしかなかった。
「今度から気を付けてください」
「はい」
結はため息をつく。
「そういえば、次いつ美生姉さんと買い物に行ってくるの?」「水曜日かな。日用品でなくなりそうな物とかあるの?」
「シャンプーがきれそうだから買って来て」
「分かった」
家庭事情もあり、週に一度、美生と夕飯の買い物だけではなく、日用品も買う買い物があった。日用品も一緒に買うとなると、凄い量になるので、同行していた。
これで、もしシャンプーを買い忘れたら、結がガチギレすると思い、シャンプーを一番上に大きくメモを取る。
その後、他の必要な日用品をメモして眠りにつくことにした。
三日後の放課後。 美生は駿と共に週に一回ある大きな買い物をして、駿の家へと向かった。 ◆◆◆ 夕暮れの空はまだ淡く、手に提げた袋が小さく揺れる。 する曜日は決まっていないけれど、この時間は私にとって当たり前になっていた。 家に着くと駿君の父親である、浅村健介(あさむら・けんすけ)が帰ってきていることに気付いた駿君が驚く。「父さん!?なんで居るの?」「なんで居るの?は酷いな~たまにはこういう日もあってもいいだろ」 そのやりとりを見て、自然と頬が緩んだ。 健介さんは普段、仕事で二十二時過ぎに家に帰り、今日のような時間に帰ってくるのは年に数回あるか、無いかだった。「美生ちゃん、いつも夕飯作ってくれてありがとね。今日は買ってきた食材でおじさんが作るから駿たちと一緒に待ってて」「いえいえ大丈夫ですよ。健介さんこそ、家族とのひとときを楽しんでください」「まぁまぁそんなこと言わずに、たまには美生ちゃんにも息抜きが必要なんだから、今日は任せて」 そう笑いながら言う健介さんだったが、 その笑顔の奥に、ほんのわずかな疲れが見えた気がした。「では、少しだけお手伝いさせてください」「美生ちゃんがそこまで言うなら、野菜とか切るのお願い出来る?」「はい、分かりました」 そう言って、共に台所へと向かい、調理を始める。 まな板の上で包丁が小気味いい音を立てて野菜を切っていると、健介さんが話しかけてくる。「美生ちゃん、改めてありがとね。平日の夕飯の調理だけじゃなくて、日用品の買い物や結の勉強に付き合ってくれたりしてくれて」「大したことないですよ。健介さんも毎日平日の夜遅くまで働いているのに、休日も駿君や結ちゃんの為に頑張っているじゃないですか。私は、本当に少しお手伝いしているだけです」 健介さんは何も言わず、私の話を聞いていた。
昼休み。 駿は購買でパンを買ってから、果奈が待っている倉庫裏へと向かう。◆◆◆ 倉庫裏には、既に果奈の姿があった。 こちらに気づくと、ふわりと笑顔を浮かべる。 その笑顔を見た瞬間、張りつめていた気持ちがふっとほどけた。「ごめん、待った?」「ううん、大丈夫」 そして、いつもの場所へ移動し、お昼を食べながら話し始める。 あの件が起こるまでは当たり前だった光景なのに、今日は何もかもが新鮮で、不思議と心地いい。「クラスに関係がバレたとはいえ流石にクラスで二人で過ごすってのは無理だよな」 果奈はすぐに首を縦へ振り、少し頬を膨らませる。「当たり前でしょ!関係を周りに見せつけてるみたいで嫌」「そうだよね」 そう返した後、空を見上げる。 夏が近づき、青空が広がっていて、吹き抜ける風が心地いい。 隣には果奈が居る。 それだけで十分だった。「でも、場所関係無く、こうして果奈と居れることが一番の幸せ」 飾るつもりはなかったし、格好つけたかったわけでもない。 本当にそう思ったから、そのまま口から出ただけだった。「えっ……」 果奈は一瞬目を丸くする。 頬がみるみる赤く染まっていき、照れ隠しなのか、慌てて顔を逸らした。「果奈どうしたの?」「駿がいきなり変なこと言うから、ちょっと驚いただけ………急にそういうこと言うの、ずるい」「そんなに変なこと言った?」「言った!」 嬉しさを隠しきれていない様子だった。 二人の間に流れる空気は、以前よりも柔らかかった。 きっと一度ぶつかって、本音を伝え合えたからだろう。 そんな穏やかな時間が流れていたその時――。『ガサガサ…』 近くで何かが動く音がして、二人同時にそちらを見つめる。「倉庫の近くで誰かが俺たちのことを見ていたみたい」 果奈も少しだけ表情を引き締めていて、多分あの日の出来事が脳裏を過ったのだろう。 そんな果奈を安心させるように笑った。「ちょっと見てくる」「うん……」 果奈は小さく頷くが、すぐに心配そうな表情になる。「でも、気を付けてね」「大丈夫」 物音が鳴った方向へ忍び足で近づこうとすると、走り去っていく音が聞こえ、走って追いかける。 角を曲がった瞬間、逃げる後ろ姿が目に入り、見慣れた髪型と走り方を見た瞬間、思わず叫ぶ。「直己!」 名前を呼ばれた瞬間、その生
次の日の朝。 目覚ましが鳴る五分前に果奈は自然と目が覚ました。◆◆◆ 天井を見上げ、しばらくそのまま瞬きを繰り返した。 不思議だった。 先週までは朝が来るのが怖くて、目を閉じても不安が消えず、眠っても心は休まらない日が続いた。 けれど今日は違う。 胸の奥にあった重たいものが少しだけ軽くなっている。 一昨日、駿と話せたからだろうか。 そう思うと自然と笑みが浮かんだ。 身支度を整えてリビングへ向かうと、お母さんの早川郁代(はやかわ・いくよ)が朝食の準備をしていた。「おはよう、お母さん」「おはよう、果奈」 お母さんは振り返り、そして私の顔を見ると少しだけ表情を和らげた。「今日は学校、行けそうなの?」 その声には心配が滲んでいた。 先週二日も休んだのだから無理もない。「うん、大丈夫」「なら良かったわ。でも、無理はしないのよ」 その一言が、心の中にじんわりと広がる。 “行かなきゃ”じゃなくて、“行ってもいい”と言われた気がした。 その時だった。 パタパタと足音が聞こえ、眠そうに目を擦りながら弟の早川翔太(はやかわ・しょうた)がリビングへ入ってきた。「ふぁ~……お姉ちゃん、おはよ。今日は学校に行くの?」 その言葉に果奈は少しだけ目を丸くする。 翔太も心配してくれていたのだ。「心配してくれてありがとね。お姉ちゃんもう大丈夫だよ」 そう言って優しく頭を撫でてあげると、翔太は安心したみたいで笑顔を見せる。 私は一人じゃない。 改めてそう思える朝のひとときとなった。 朝食を終え、残りの準備を済ませ、玄関の扉を開いた。「行ってきます」 外に出た瞬間、澄みきった青空が広がっていて、朝の光がまっすぐ降り注ぎ、思わず目を細めてしまう。 まるで空まで応援してくれているような気がした。 そんなことを思いながらゆっくり歩き始める。 通学路はいつもと変わらないけど、景色が少し違って見えた。 先週は下を向いてばかりだったからかもしれない。 学校へと向かう途中、駿といつも別れる場所の近くまでやって来ると、そこに立っている人影を見つける。 近づくにつれ、その姿がはっきりし、同時に心臓が一拍だけ強く跳ねる。「……駿!?」 駿がこちらを振り返ると、少し照れたような顔をしていた。 登校時は人も沢山居るからという理由で別々に登校し
朝のミーティングが終わり、部員たちがそれぞれの練習場所へ散っていく中、駿は顧問の今江先生に呼ばれる。◆◆◆「浅村」「はい」 すぐに先生の元へ向かい、そして頭を下げる。「今江先生、三日間も部活を休んでしまってすみませんでした」 まず伝えるべきは謝罪だと思った。 大会を目前に控えた時期で、チームにも迷惑をかけてしまい、凄く申し訳なかった。「大会も近いんだからちゃんと体調を管理しろよな」 今江先生は小さく息を吐き、少し厳しい声で話した。「だけど、久々に浅村の元気な顔を見れて良かった。大会に向けて頑張れよ」 先生の表情を見る限り、怒っているというより、俺の顔を見て安心しているようだった。 本当に気にしていたのはそこだったらしい。「分かりました。ありがとうございます」 その言葉を残し、練習に合流する。 顔を上げると、コートの白線がいつもよりはっきり見えた気がした。 ストロークの練習をこなした後。 後輩である内田祐希(うちだ ゆうき)とラリー練習することとなった。 祐希は中学三年時に個人戦で全国大会の一歩手前まで行っており、一年生ながらも上級生の練習に参加していた。「浅村先輩、復帰したばかりですけど、いつも通りでいいですか?」「いいよ」 そう返事をしたものの、内心はペースについていけるか不安だった。 三日。 たった三日。 されど三日。 大会前の三日は決して短くない。「では、いきます」 祐希の声と同時にボールが飛んでくる。 ラリーとはいえ、祐希の出す球は早く、少し練習をしなかっただけでも、追いつくので精一杯だった。「くっ……」 身体は反応するが、感覚が僅かにズレてラケットが遅れた。「すいません、もう少し弱めに打ちますね」 祐希が申し訳なさそうに聞いてくるが、首を振った。「そのままで大丈夫、もう一回お願い」「はい」 祐希は前回と同じくらいの威力で球を放つ。 踏み込みを一瞬早め、体幹を残したまま振り抜く。 ボールはネットの上を薄く越え、相手コートのラインを舐め、ラリーが始まる。 一球。 二球。 三球。 今度は返せた。 身体が少しずつ思い出していく。 足の運び。 打点。 ラケットの感覚。 まるで、眠っていたものが目を覚ましていくようだった。 今度は俺がサーブを放ち、ラリーが始まる。 今回
次の日の朝。 目覚ましが鳴る十分前、駿は自然と目を覚ました。◆◆◆ カーテンの隙間から差し込む朝日が、静かに部屋を照らしている。 天井を見上げながらゆっくり息を吐く。 昨日と同じように、胸の奥に淀みがなかった。 ある程度の準備を終わらせて朝食を食べていると、結が眠そうにしながら起きてきた。「兄さん、おはよう。今日は部活行くの?」「流石に今日は行かないとな。部内戦も近いし」「気持ちは吹っ切れた?」「吹っ切れた。改めて心配させてごめん」「ほんとそうです。兄さんは元気が一番なんだから」 口調は相変わらず棘があるけど、その棘の奥にある優しさくらいは分かるようになっていた。 そして、全ての準備を終わらせて家を出た。 学校に着き、部室に入ると、そこには隆二の姿があった。 ロッカーは近く、普段なら何気なく話しながら準備をする距離だ。 けれど、互いに言葉を発することが出来ず、静かな空気だけが流れる。 ロッカーを開ける音。 ラケットケースを持ち上げる音。 そんな些細な音だけが部室に響いていた。 やがて隆二が先に準備を終える。 そして――。 深く息を吸う。 その姿を見た瞬間、何か俺に話そうとしているのだとすぐに分かった。 「浅村」そう呼ばれた瞬間、思わず肩に力が入った。「どうしたんだ、隆二」 隆二が勇気を持って話しかけてくれたのだから、無視しちゃ駄目だと思い、何もなかったかのように返事に応じた。「実は、浅村が早川の手を引いて走って行くところ見ていたんだ……なのに、浅村の力になれなかった。挙句にその前は2人が付き合ってるのに、自分勝手な頼みをしてしまって……」 隆二が頭を下げて謝ってきた。「本当にごめん」 その姿を見て、少しだけ目を閉じ、この数日を思い出す。 怒りもあった。 苛立ちもあった。 けれど今となっては分かる。 隆二も苦しかったのだ。「謝る必要ないよ。そもそも俺が隆二に言ってなかったから、知らないのはしょうがないし、俺もあの時は感情的になりすぎた。ごめん」 自分にも非があったと認め、同じように頭を下げて謝った。 数秒の静寂が流れ、隆二と同じタイミングで顔を上げ、目が合う。 その瞬間。 どちらともなく笑っていた。「あースッキリした。浅村とずっとギスギスした関係で居るのは無理だわ」「俺もだよ
家に帰った後、駿は自室のベッドに腰を下ろした。◆◆◆ 大きく息を吐く。 窓の外では夕暮れが少しずつ夜へと変わり始めていた。 果奈と話し、ちゃんと向き合えた。 それだけのことなのに、張り付いていた重たい何かが嘘みたいに軽くなっている。 学校へ行けば色々あるかもしれない。 それでも。 果奈の笑顔を思い出すだけで、不思議と大丈夫な気がした。 そんなことを考えながらスマホを取り出し、美生と直己へLINEを送る。『果奈とちゃんと話せた。上手くいった』 送信してから数十秒も経たないうちに、美生から返信が来た。『良かった』 短い一言だけど、その言葉だけで本当に心配してくれていたことが伝わってくる。『果奈ちゃん、次の月曜日から学校に来れそう?』 今日の果奈の表情を思い出した。 肩を震わせながら泣いていた姿。 そして、最後に見せてくれた笑顔。 あの笑顔なら大丈夫だと思えた。『果奈は必ず来るよ』 そう返信すると、すぐに安心したような表情のスタンプが送られてきた。 それから改めてメッセージを打つ。『ありがとう』『美生の言葉がなかったら、果奈とちゃんと話せなかったと思う』 少しして返信が来る。『私の言葉もあったかもしれない』『でも一番は駿君の果奈ちゃんへの想いだよ』『多分、私が何もしなくても、そのうち駿君は果奈ちゃんのところへ行ってたと思う』 その言葉が少し不思議だった。『何でそう思ったの?』 そう送ると、とてもシンプルな返事が来た。『駿君が悩んでる様子を見れば分かるよ』『それだけで?』 思わず聞き返す。『それだけで分かるよ』
週末。 午前中の部活を終え、駿は家に戻るとすぐシャワーを浴びた。 ◆◆◆ 髪を洗って、流して。 念のためもう一度首元にシャワーを当てる。 絶対に汗の匂いが残らないよう、念入りに身体を綺麗にする。 (気にしすぎだろ) そう思ったが、手は止められない。 今日は、果奈と二人きりで出かける。 考えるだけで、落ち着きを保てなくなっていた。 シャワーを終え、家にある姿鏡の前で服を広げる。 候補が何着も並んでおり、着てみては脱ぎ、鏡を見る。 しっくりくるやつもあったが、すぐに違う気がして、また着替え直す。「……何やってんだ、俺」 服選びがただの繰り返し作業へ
駿が倉庫裏に着いた時、早川さんの姿はまだなかった。 ◆◆◆ 夕焼けに染まった校舎の影が、静かに地面へ伸びており、風が吹くたび、木々がかすかに揺れていた。 スマホの時間を確認するが、まだ数分しか経っていない。 本来なら、早川さんが所属するバドミントン部はテニス部よりも早く終わって、待っているはずだった。(……練習、長引いてるだけだよな) そう思おうとするのに、別の考えが勝手に浮かんでくる。 疑いたくないのに、疑ってしまう。(何考えてんだよ、俺) 頭では分かっている。けれど、不安は理屈じゃ止まらない。 胸の奥に、小さな黒いものが広がっていく。 その時だった。 「
翌朝。 駿は目覚ましが鳴る少し前に、自然と目が覚めた。 ◆◆◆ カーテンの隙間から差し込む朝の光が、やけに眩しい。 ぼんやり天井を見上げながら、小さく息を吐く。 胸の奥が落ち着かない。だけど、嫌な感覚ではなかった。 むしろ逆だ。 何かが始まってしまった後特有の、ふわつくような高揚感。 昨日の放課後。 夕陽。 震える声。 思い返した瞬間、身体が熱くなる。 枕に顔を埋めたくなるくらい恥ずかしいのに、何度も思い返してしまう。 (……付き合ってるんだよな、俺たち) まだ実感は薄いけど、昨日の出来事を頭の中で繰り返すたび、少しずつ現実が輪郭を持
帰り道。 駿は告白が成功したことを実感できないまま、家に向かって歩いていた。 ◆◆◆ 果奈と途中まで一緒に帰っていたのだが、正直何を話したのか覚えてない。 それどころか、ついさっき告白が成功したという事実を、まだうまく受け止めきれずにいた。 夕暮れの街を歩きながらも、足元がどこか浮ついている。 通り過ぎる自転車の音も、信号機の電子音も、妙に遠かった。 頭の奥では、さっきの声が何度も繰り返されている。 ――「……いいよ」 あの小さな返事。 照れたような表情。 夕陽に染まった頬。 思い返すたび、胸の奥が熱くなるが、同時に、現実感が薄かった。 (……本当に、付き







