「だいぶ歩いたから見えてきたよ。僕らの国が」
アレンさんに言われ、前方をよく見ると緑の風景が見えてきた。「しかし、魔神もこの世界に逃げてきたからまた討伐隊を組み直すことになるだろうな」
魔神と四天王の一人、ゾラもこっちの世界に逃げてきたはず。
魔族領では会わなかったのも、恐らく軍を再編するために僕らには手を出さず準備に取り掛かっているのだろう。暫くアルカディアの話を聞いて歩いていると、次第に風景は魔界ではなくのどかで優しさのある風が吹き抜ける草原へと出た。「ここからは適当に野宿をして、明日には一番近い街につくかな」
「そこで、馬車を借りて一気に帝都まで行きましょう」アレンさんとレイさんはどこで野宿をするか、馬車を借りる為のお金は、などと話し合っている。「そういえば……こっちの世界では何年経っているんでしょうか?」
僕が何気なしに聞いたその言葉で全員が固まる。「た、確かに……時の流れが違うのであれば面倒だな……」
「街につけば分かることです。とりあえず今は野宿の場所を決めましょう」みんな忘れていたようだが、もしも時の流れが違うとなった場合、アレンさん達は死んだことになっている可能性もある。
そんな中、いきなり街に現れたら騒ぎになるのではないか。「なんとかなるわよ、多分」
フェリスさんは楽観視しているが、本当に大丈夫なのだろうか。「私達がつけているこのバッチ。黄金の旅団を示す物なんだけどね、これは討伐隊が作られた時に私達が主導で動きます。って陛下や上の立場の人たちにこのバッチを見せているわ。だからこのバッチでどこの誰かは判断できると思う」「そうなんですね」金色の剣が2本、✕印のように交差し、真ん中に3枚のコインが描かれたバッチ。
それを見れば黄金の旅団だと誰もが分かるほど有名だという。「あ、それとボクらの拠点は宿り木って名前だからね、わかりやすくていいだろ?」
なんと、地球での拠点と同じ名前アレンさんに礼をした後僕は教えてもらった東京タワーへと急いだ。上から見つけられるというのはいまいち理解できなかったが、多分魔法的なもので探しているんだろうと無理やり納得しておいた。東京タワーまで走っていける距離ではなかったため、途中でタクシーを拾った。念の為財布だけは持っておいて助かった。東京タワーまで来ると人の多さに視線を彷徨わせる。多分下にはいないだろう。いるとすれば最上階だ。入場券を買いタワーの中へと入るとちょうどエレベーターが来ており駆け込んだ。よく考えたら東京に住んでいるのに初めて登ったな。ぐんぐんと小さくなっていく家を見ていると、相当な高さなのだと実感できる。エレベーターが最上階に達すると扉が開いた。最上階はそれほど広いわけではない。すぐに見つかるだろうとうろついているとすぐにアカリらしき姿が視界に入った。黒い髪に整った顔立ち、それでいて身長は僕と同じくらい。間違いなくアカリだ。僕は駆け寄ってアカリへと声を掛けた。「アカリ!」名前を呼ばれたからかアカリは振り向いたが怪訝な表情だ。まあ当然の反応だ。初対面の相手にいきなり名前を呼ばれたら誰だって同じ反応をする。「あ、えっと、僕のことは……覚えてない、よな」「……誰?」相変わらず冷たい反応だった。流石に心にくるものがあったがそれでも僕はめげずに話を続ける。「城ヶ崎彼方、僕の名前だよ」「……カナ、タ」
「邪法……凶悪な力ですね」アレンさんから説明を受けたレイさんとレオンハルトさんはどちらも難しそうな表情で唸る。「そんな魔法聞いたことがない。名前からして普通の魔法ではないが、それにしても代償が必要な魔法か……」「その代償を払ったから今君がここにいるんだね?」僕はその言葉に重く頷く。実際今の寿命がどうなっているかなど調べる方法はない。時が戻ったからといって僕の寿命も元通りになっているとは限らないのだ。「それにしても異世界に行くための手段があるとはね。ボクとしてはそれが一番の驚きだよ」「ただ、作ってしまうとまたあの悲劇を繰り返してしまうので……」かといって作らない、という選択肢を取ればアレンさん達は二度と故郷の土を踏めずにその人生を終えるだろう。それはそれで何とかしたいという気持ちはある。「異世界に行けることがわかれば十分さ。とりあえず魔神とその取り巻きをなんとかすればいいって話だろう?」「はい。でもこっちの世界では十全に力を使えないのでは?」「まあそれはそうだけどね。でもそれは魔神も同じことだよ。どこかに潜んでいる魔神を探し出してレオンハルトの聖剣で斬り伏せれば倒すことは可能さ」どれだけ力が弱っていても聖剣の力というのは絶大なものらしい。魔の者からすれば聖剣というのは劇薬のようなもので、触れることすらできないそうだ。「それでえっと確かもう一つの質問はアカリの所在が知りたいだっけ?」「はい。前に出会ったのはこの宿り木だったので所在が分からず……」「ふむ。まあそれは分かるけど。でもいいのかい?君は確かに記憶を引き継いでいるようだけどボクもレオンハルトも君とは初対面だと思っている。ということはアカリも当然君のことを覚えていないよ?」
喫茶店レーベを後にし、レオンハルトさんに連れられて僕は宿り木の前までやってきた。建物を見ると思い出してくる。ここに"黄金の旅団"の方々がいるんだ。「着いてこい」レオンハルトさんが玄関をくぐり僕も同じように宿り木の住宅へと足を踏み入れる。連れてこられたのは客間だった。誰もいない客間で待っていろと僕は一人にされる。見覚えのある家具に懐かしさを感じていた。そういえばここでちょっとしたパーティーをしたな。わちゃわちゃしていたけど、あれも今思えばいい思い出だ。しばらく待っているとアレンさんが客間へと入ってきた。そのすぐ後ろにはレオンハルトさんとレイさんもいた。「君がボクらの事を知っている謎の人間、かな?」アレンさんも当然僕のことを覚えてなどいない。分かってはいたがこうやって直接初対面の対応をされると少しだけ辛い。「あ、どうもはじめまして。城ヶ崎彼方です」「ふむ、カナタ君か。それで?レオンハルトの名前といいこの宿り木の事といい、少し知りすぎている気がするんだけど理由を教えてくれるかい?」どっから話せば納得するだろうか。いざこういう場面に遭遇するとなんて言ったらいいのか難しいな。「あー、えっと、信じて貰えるか分かりませんが僕は失われた未来の記憶を持っています」「失われた記憶、ね。ふむ、続けてくれるかい?」そこから僕が異世界ゲートを作ったこと、それに伴う死者は数多くでたこと、そして異世界で魔神を倒したことまで、全て話した。アレンさん達は黙って話を聞いてくれていた。「――それで世界樹の精霊の力を借りて僕はこの平和だった時間軸へと戻ってきたんです」「ふむふむ……なるほど。荒唐無稽な話だったけど、ボクらしか知らない情報も握っているとなると信じざるを得ないか」流石にすぐに信じては貰えなさそうだったが、魔神の見た目とか魔族国の地形や滅多な事では会うことすら難しいクロウリーさんの事まで話すと、どうやら嘘ではない
家を飛び出たのはいいが、アカリの所在が分からない。恐らく近辺に住んでいるだろうけど、闇雲に探すにはあまりに範囲が広すぎる。どうしたものかと足が止まってしまった。「どこに行けばいいだろう……あ、そうだ。喫茶店レーベ」記憶が完全に引き継げていないのか朧気ながら喫茶店レーベという名前が浮かんできた。確かレオンハルトさんだったはず。それすらも薄れた記憶だが、こっちの世界での名前は何だったかな。「ん?」レーベの近くまで来ると見慣れた顔の男性が丁度喫茶店へと入っていくのが見えた。なんとなくだが、多分今の人がレオンハルトさんに違いない。鐘の音をカランコロンと鳴らしながら扉を開けるとまばらに人がいた。レオンハルトさんはカウンターで一人座っている。僕が隣の席に座るとちらっとこちらを見た。多分、店はガラ空きなのにどうして自分の真隣に座るのかと思っていることだろう。「ご注文は?」「コーヒーを一つお願いします」注文を終えると店員さんがバックヤードへと入っていく。よし、今がいいタイミングだ。意を決して僕は隣の男性へと話し掛けた。「あの……レオンハルトさん、ですよね?」「ッッ!?」僕が名前を呼ぶと同時に勢いよくこちらを振り向いた。その顔色には驚愕の色が見える。「貴様……何故その名前を知っている」「話せば長くなりますが、ええっと……確か宿り木?まで案内してもらえませんか?」「なんだと?宿り木まで知っているのか&h
目を開けると見慣れた天井が視界に入ってくる。ここは僕の部屋だ。見渡すと机と参考書、それに散乱している研究結果の紙の束が無造作に置かれている。すぐに机の上に置いてあったスマホに手を伸ばし、電源を入れる。『2042年9月2日、7時45分』論文発表会当日の朝だ。ここで僕は初めて自身の研究成果を発表した。見ていた者は殆どが失笑、もしくは眉を顰め苛立った様子だったのを覚えている。「記憶が……残ってる」さっきまで世界樹の中にいたはずだ。足元から光に包まれていき、次第に視界が白に染まった。次に目を開けた時には僕は自分の部屋にいた。「時が戻ってる……」誰に聞かせるでもなくついつい独り言を呟いてしまう。あまりに一瞬の出来事で実感が湧いていなかった。パジャマから私服へと着替えると僕はリビングへと足を向ける。この時間なら姉さんは起きていない。仕事始まりは9時からだと言っていつもギリギリまで寝ていたなと、随分昔のことのように感じて思い出し笑いが溢れてしまう。今日、僕が論文発表会に出なければあの未来はなくなるだろう。ただ、その代わり卒業論文をどうするか考えないといけないが。そんなものこの世界に魔族を呼び寄せることに比べれば大したことではない。まあ、最悪の場合は留年するだけだ。そんな事を考えているといつの間にか時計の針は8時30分を差していた。2階の部屋からドタバタと慌てたような音が聞こえてくる。時間ギリギリまで寝ているせいで
「できない……ですか……」『一人の記憶をそのままに時間を戻す事すら容易ではない。ましてや三人もの記憶をそのままなど、不可能である』「では僕だけなら、可能でしょうか?」せめて僕の記憶だけは引き継がせて欲しい。また同じ悲劇を繰り返さない為にも。それにアカリやアレンさんとはまた仲良くなればいい。しかしそれも全て記憶がなければ、そもそも会ったことすらなくなってしまうのだ。『一人だけ……そなただけならば何とかなるかもしれん。しかし断片的に記憶は消えるだろう』ちょっと忘れてしまっている事だってあるかもしれないということか。それはもう仕方がないと割り切るしかない。少なくとも魔神の存在とアレンさん達の事さえ覚えていれば何とかなる。「それでも構いません。記憶が少しでも残るのなら」『それではこれより時空を超える御業を使う。時が戻ればもう会うこともないだろう。そして魔神が生きている時間軸へと戻る。だからこの場で伝えておく。この時間軸での魔神を消滅させてくれて感謝する』僕の頑張りも全てはあの日に戻るため。魔神を倒したこともこの世界で様々な人と交流したことも何もかもなかったことになる。一抹の寂しさを覚えたが、それは恐らくアカリも同じだろう。横を見るとアカリの目が若干潤んでいた。「誰も死んでいないあの時に、カナタが研究の成果を発表するあの日に戻るの?」「多分ね。僕の記憶が残っていれば二度と異世界ゲートなんて作りはしないさ」「でも……もしかしたらカナタ以外の人が作るかもしれないじゃない。五木さんだっけ?あの人ならいずれは作るかもしれないよ?」「その時は……その時だよ。それまでにアレンさん達を見つけて対