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第三話:夏へのカウントダウン

last update Zuletzt aktualisiert: 04.02.2026 14:00:04

六月も半ばを過ぎ、福丘高校のグラウンドは毎日、灼熱の太陽にさらされていた。朝練のランニングを終えた選手たちは、すでに汗でユニフォームが張り付き、息が上がっている。グラウンドの土は乾いてひび割れ、足を踏み入れるたびに小さな砂煙が上がる。

早乙女球太は、ブルペンの隅で一人、シャドーピッチングを繰り返していた。腕を振り抜くたび、汗が飛び散る。球速は最近、148キロまで安定して出るようになった。フォークも、落ち幅が大きくなり、健(鈴木健)が「これ、打てねえよ……」と本気でぼやくレベルだ。

「まだだ。まだ、涼の球には届いてねえ」

球太は独り言を呟きながら、グローブを握りしめた。

今日のメニューは、午前中が守備練習と素振り、午後から紅白戦の続き。監督の山田は、夏の大会まであと1ヶ月を切った今、「実戦形式で序列をはっきりさせる」と言い切っていた。

グラウンド中央では、篠原涼が上級生の正捕手・西田とキャッチボールをしている。涼のストレートは、相変わらず150キロを超え、しかもキレが増している。西田のミットが毎回「バシュン!」と鳴るたび、周りの新入生たちが息を飲む。

「篠原の球、日に日にヤバくなってるな……」

伊藤翔が、球太の隣で呟いた。翔は外野手としてレギュラー争いに食い込みつつあるが、ピッチャー陣の序列にはまだ遠い。

「俺も負けねえよ」

球太はそう言いながら、マウンドへ向かった。今日の紅白戦、新入生チームの先発は球太。対する上級生チームの先発は、3年生の佐藤大輔だ。

試合開始の笛が鳴る。

1回表、上級生の攻撃。球太の初球、ストレート。148キロ。ミットに収まる音が鋭い。

「ストライク!」

高橋(ショート)がタイミングを外され、空振り三振。続く中村も、西田も。球太は1回を三者凡退に抑えた。ベンチに戻ると、健がハイタッチを求めてきた。

「いいぞ球太! 今日の球、めっちゃ生きてる!」

「まだ序盤だ。佐藤さんの球が怖えよ」

球太の視線が、マウンドの佐藤に向く。左腕の本格派。球威こそ涼に劣るが、変化球のキレと制球が抜群。昨年の甲子園で、延長12回を投げ抜いた男だ。

1回裏、新入生の攻撃。0アウトから翔がセンター前ヒット。続く打者が送りバントを決め、1アウト二塁。打席は球太だ。

佐藤の初球、外角低めスライダー。球太は見逃しストライク。二球目、内角ストレート。ファウル。フルカウント。

三球目、真ん中やや高めストレート。球太のバットが、タイミングを合わせて振り抜く。

カキーン!

打球はライト方向へ。フェンスまで届くかと思ったが、ライトの2年生がフェンスに激突しながらキャッチ。アウト。

「くそっ……あと少しだったのに」

球太はベースを回りながら悔しがった。

試合は2回、3回と進む。球太は3回まで無失点。だが、4回表にピンチを迎える。1アウト一・二塁。打者は上級生の4番・大石。

球太の息が少し乱れ始めた。汗が目に入り、瞬きで払う。健がサインを出す。フォークだ。

球太は大きく振りかぶり、リリース。ボールが急降下する。

大石のバットが、空を切る!

「スリー! アウト!」

三振! ピンチを脱した。

しかし、次の打者に死球を与え、続く打者にタイムリー二塁打を打たれ、2失点。スコアは0-2。

ベンチに戻った球太は、肩を落とした。健が声をかける。

「球太、十分抑えてるよ。あのフォーク、打てねえってみんな言ってる」

「でも、点を取られた……。俺のせいだ」

球太の目が、ベンチの端にいる涼に向く。涼は静かにグローブをはめ、準備をしている。次は涼のリリーフだ。

5回表、涼がマウンドに上がる。

初球、ストレート。154キロ。ミットが爆発するような音。

高橋が空振り三振。続く打者も三振。最後の打者もチェンジアップで三振。

三者連続三振。ベンチがどよめく。

「マジで怪物だな……」

球太は唇を噛んだ。涼の投球を見ていると、自分の球が急に小さく感じる。

試合は6回まで続き、スコアは2-0のまま。7回裏、新入生チームの反撃。

2アウト満塁。打席は、再び球太。

佐藤がマウンドで睨む。球太も睨み返す。

初球、外角スライダー。ファウル。二球目、内角ストレート。見逃しストライク。

三球目、真ん中低めストレート。球太のバットが、渾身で振られる。

カキーン!!

打球はレフトへ。高く、遠く。フェンスを越えるか……!

レフトの選手がジャンプ。グローブに収まるかと思った瞬間――ボールがフェンスを直撃!

二塁打! 三者生還! 同点、3-3!

球太は二塁ベースで拳を握りしめた。

「よっしゃああ!」

ベンチから仲間たちが飛び出してくる。翔が背中を叩く。

「球太、すげえ! お前のおかげだ!」

だが、喜びも束の間。8回表、涼が続投。

涼の投球は、さらに冴え渡っていた。ストレートは155キロ。スライダーは鋭く曲がり、チェンジアップは打者のタイミングを完全に外す。

三者凡退。無失点。

9回裏、新入生の攻撃。だが、佐藤のリリーフが入り、三者凡退。試合は延長へ。

10回表。監督が球太を再びマウンドに送った。

「早乙女、最後まで投げ切れ。信じてるぞ」

球太は頷き、マウンドへ。腕が重い。足が少し痙攣しそう。それでも、投げる。

対するは上級生の5番。初球、ストレート。149キロ。ストライク。

二球目、フォーク。落ちる! 空振り。

三球目、真ん中ストレート。フルカウント。

ここで、球太は叫んだ。

「来い!」

最後の球。全力のストレート。

バシュン!

三振!

続く打者も三振。最後の打者をショートゴロに打ち取る。

10回表、無失点!

ベンチが沸いた。

10回裏、新入生の攻撃。1アウトから翔がヒット。続く打者が四球。1アウト一・二塁。

打席は、健だ。

健のバットが、佐藤のストレートを捉える。

カキーン!

ライト前タイムリー! 勝ち越し! 4-3!

そのまま試合終了。新入生チームの勝利。

グラウンドに歓声が響く。球太はマウンドで膝をつき、土に額を押し当てた。汗と涙が混じり、土に染みる。

健が駆け寄り、抱き上げる。

「球太! お前、完投だぞ! すげえよ!」

球太は顔を上げ、涼を見た。

涼はベンチの影で、静かに立っていた。表情は変わらないが、目が、わずかに笑っているように見えた。

練習後、グラウンドの端で二人は並んで座った。夕陽が長く影を伸ばす。

「今日の球、よかったぜ。俺のより、粘りがあった」

涼の言葉に、球太は苦笑した。

「でも、お前の球は……別次元だ。155キロって、マジかよ」

涼は小さく頷く。

「夏までに、もっと伸ばすつもりだ」

球太は空を見上げた。

「俺もだ。夏の大会、ベンチに入って……絶対にマウンドに立つ。そしたら、次はお前と直接、先発でぶつかりたい」

涼は立ち上がり、グローブを叩いた。

「楽しみにしてるよ、早乙女」

二人は拳を軽く合わせた。

グラウンドに、蝉の声が響き始めた。夏は、もうすぐそこだ。

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