ログイン「……だから言ったのに」翌朝、ベッドから起き上がれない紅。初めて感じる下半身の重だるさに呻いた。「……だって、あんなにアクロバットな格好させられると思わなかったから」「……待て。アクロバットな格好なんてさせてないぞ?普通に足を開かせただけだろ」いや、膝を折って太ももの裏を押されて……なんて。……具体的な指摘は恥ずかしすぎて言えない。本当はさっと起きてカーテンと窓を開け、昨夜の色っぽい雰囲気を吹き飛ばして平常時に戻りたかった。なのに立たない腰が、嫌でも昨夜の行為を思い出させる。「紅……」加えて神楽が甘い……お互い何も身につけていない体が毛布のなかで触れ合い、首筋に触れた唇が、背中にまで下りていく。「あ……っあの、神楽さん……お腹すきましたね?!」「そうだな。……だからもう1回紅を食べて、」遊んでいるのか、からかっているのか……口づけた背中に舌が這う感覚に体を震わせる。「たっ……食べられません。私はもう、つかまって食べられちゃって骨と皮です!」高らかに宣言する紅に、神楽は子供のような笑顔を見せた。「……まだたっぷり美味しそうな肉がついてるみたいだけど?」ウエストに回った大きな手が胸元に上がってくる気がして、紅はガシッとその手を止めた。「私は目的を果たしたので満足なんです!」「目的って?」「一応、知らなかったことを経験したので……」止まった手がウエストに絡みついてギュッと抱きしめられた。「ってことは、食べられたのは俺か?」はぁ……可愛い、と吐息まじりの声。今の神楽は何を言っても甘い夢から覚めてくれそうにない。やっと起きて歩けるようになり、ホテルのレストランでブランチをいただいて、帰ることになった午後。家に到着しても自分のバッグひとつ持たせてもらえず、手を取られてエスコートされながら家に入った。「もう……1人で歩けるので」リビングに入っても手を離してもらえず、紅は自分からそう伝えた。すると神楽はソファに紅を座らせ、自分も横に腰掛けて言った。「昨夜は無理をさせてごめんな。できる限り自制したんだが、紅にはつらい時間だったかもしれない」そんなことはない……何度も、神楽先輩……と呼んでしまいそうになった。あの時の片思いが時を超えて叶った喜びは、不本意ながらちゃんと胸に湧き上がっている。「これからはもう……あんなふうにな
「部屋へ戻ろうか」その視線と口調が、これまでとまったく違うことに気づく。言うなれば……一気にたたみ込もうとしている気配。もし自分が神楽にとっての獲物だとするなら、こんなに時間をかけて狩るのは初めての経験だろう。すでにしびれを切らし、完全なるオオカミとして、私を見ている……「そうですね。……歩けます?」「あぁ、君につかまって歩くから大丈夫」腰に自然に回る手……耳元でささやく声が甘くまとわりつく。別に……たいしたことはない。人よりかなり遅いけど、自分にもそういう時が巡ってきただけ。美味しく食べてもらえるうちに食べてもらえばいい。……そうしたいと名乗りをあげる男に。神楽の理性はエレベーターの中で崩れ始めた。壁に追い込み、両手の自由を奪って、深く深く口づける。途中で誰かが乗ってきたら……なんていう心配は、紅の中からも一瞬で消え去った。それほど神楽とのキスは甘く、優しく、なのに激しいものだったのだ。ドアを開け、部屋の中に入った瞬間、神楽の理性は崩壊した。紅をドアに押しつけ、食べてしまいそうなキスをする。医師である神楽も見てきた紅にとって、この変化は少し恐ろしくさえ感じた。頬を包んでいた両手が、鎖骨をなで……肩から腕へと這っていく。指先まで落ちてきた手は、かたちを確かめるようにしてもどかしく指をからめ、やがてウエストから腰へとたどりついた。慣れている演技など、できなかった……一瞬頭をかすめた芹沢専務との夜。彼が触れた指先を思い出し、紅は消したい思いと共に神楽の首元に腕を回す。あの時とは違う胸の高鳴りを感じた。芹沢専務との時間は、怖い気持ちを感じないよう演技していた。でも今は……怖いのに離れたくない。触れられる喜びさえ感じている。「紅……遊びなんかじゃない」耳に届く声は、甘いだけじゃない重さを伴っていた。「この先、愛するのは君だけだから……」頼む、と……吐息のような声。熱い指先がショーツにかかり、隠された場所に外気が当たった。神楽は自分のスラックスのチャックをおろし、紅の片脚を持ち上げる。初めて感じる秘部に触れた神楽の熱……擦られて、自分でも驚くほどの水音に頬が染まった。「紅、愛してる……」やがて角度をつけて入ってくるモノに、恐怖より愛しさを感じるなんて……神楽、と声に出してしまいそうで、彼の胸に顔を埋めた。紅……
「……紅!」焦って立ち泳ぎをしながら、方向を見定めて泳ぎ出そうとした時、後ろから浮き輪につかまった神楽が声をかけた。何か言うのも待たず、浮き輪の真ん中に紅を入れてやる神楽。「……まったく。50メートル程度しか泳げないくせに、海で背泳ぎして目を閉じて流されるなんて危険すぎるぞ」「すいません……」その後は岸に戻ることに集中するも、自分のすぐ後ろに神楽がいて……紅はその距離の近さを意識してしまった。「サンデッキは片付けてもらって、部屋に行こうか」「あ……はい」岸に上がり、思わず波打ち際に座り込む2人。……ちょうど日が沈み始めて美しい光景を見せてくれたが、私のせいで悠長に鑑賞する気も失せたのかもしれない。……楽しかった1日が、自分のせいで台無しになったような気がする。神楽は立ち上がり、少し歩き出したところで、後ろを振り返って言った。「こんなの……紅がはじめてだよ」「はい……本当に、不愉快にさせてしまって、」「そうじゃない。……逆」思わず立ち止まる紅を見つめながら、神楽は先に少しだけ歩き、笑った。「紅を見失って心臓が止まるかと思ったけど、何ごともなく助けられてホッとしてる。……こんな気持ちでこの場所の夕日を見るのは初めてだ」優しい笑顔を向けられ、ドキっと高鳴る胸の鼓動と、同時に湧き上がる過去の女性の影……「ここで神楽さんと一緒に夕日を見た女性は何人くらいですか?」真顔で尋ねる紅を見て、みるみる顔色を変える神楽。慌てて唇の端を上げ、笑顔を作ろうとするも、引きつってとても笑ってるようには見えない。「……そんなこと聞くか?」「聞きますよ!……夕日が綺麗だのトロピカルカクテルのフルーツは去年より甘いだの、私は神楽さんが連れてきた何番目の女なのかなって、単純に気になります……あぁ、多すぎて忘れたなら、担当のスタッフさんに聞いてみます!」自分を通り越して先を行く紅を呆然と見つめ、神楽は深くため息をついた。そして自分の言動のマズさに後悔の念を募らせる……スタッフの案内で通された部屋は最上階の広い部屋だった。先にシャワーを浴びるよう促され、素直にそうさせてもらってから気がついた。……そういえば服の用意がない。こうなったら神楽に何か買わせようか。……泊まりを決めたのは彼だし、そんなことくらい多くの女性にしてやってるはずだ。……ところがシャ
「と、突然言われても……っ」「考えたら明日は当直だから、夕方遅い時間の出勤なんだよ」「あー……私は当直とかありませんので」少しホッとして答える紅に、神楽は少し妖しい視線を向ける。「それなら……休みを変えたらいい」「は?そんなこと勝手に……他の方の迷惑になります」「大丈夫。専属クラークは担当医師の仕事に合わせて休みを変更できるから……」担当医師なら神楽の他に颯真もいると反論しようとして、すでに神楽が携帯を耳に当てていることに気づく。「外科の神楽。颯真先生に繋いで」紅は天を仰いだ。京香との結婚が決まって、颯真は今、一番機嫌がいいはず。神楽の話など二つ返事で承諾するだろう。「……そう。明日は片桐を休みにして、明後日から続く手術に備えてデータを整理させたい。……そういうことだ。あぁ、頼んだ」途中からこちらに視線を向け、半笑いになる神楽。……どうやら颯真は予想通り骨抜きの軟体動物と化しているようだ。「……別にいいですよ?泊まるくらい」究極、寝て起きるだけの話。寝るまでの間に何があるかが問題なのだが、そこは見ないふりをする。「良かったな!……じゃあ今日は夕方になっても日が落ちるまで遊べるぞ?」テーブルの向こうから大きな手が伸びてきて、ガシッと脳天に置かれる。それはまるで小さな子供に言ってるようで、それはそれで気に入らない……サンデッキに戻ると、タイミングを計ったかのようにスタッフが何やらど派手な飲み物を運んできた。「フルーツフローズン・ブルーハワイモヒートでございます」広口のガラス瓶に砕いた氷と綺麗な青い液体が入っていて、上に桃やシャインマスカット、洋梨やマンゴーなどのフルーツがこれでもかと盛られている……「このホテルの名物カクテルなんだよ。山盛りに見えるけど、意外と食べられるから。……ね?」「おっしゃる通り、当ホテル自慢のフルーツカクテルでございます。特にこのマンゴーは、ホテル専用の農園で従業員が育て、収穫したものになります」「うん。……今年もうまい!去年より甘くなってるね」楽しげに話す神楽とスタッフだったが、紅の胸は一瞬チクリと痛んだ。……神楽はすでにこのホテルのVIPで、きっとこれまでたくさんの女性を連れてきたのだろう。それに話しぶりを聞く限り、契約結婚の期間中であった去年も来たらしい。確かに何度か、学会や出張という
「……そ、そういうとこ、見てるんですか?」「当然、嫌でも目に入るだろ」中断したコートで立ち尽くす紅に近寄り、細い肩についた砂を払いながら神楽は続けた。「正直に言えば、今まで女性の体は娯楽のようなものだった。でも紅は違う。男の色眼鏡で見るのは失礼だと思うし、君をそんな目で見る男がいたら殺したい」「……ショートパンツ、はきます」殺したい、まで言わせて希望を無視する私じゃない。一旦サンデッキに戻ることになった。「あの、貸して下さい」「……ん?」「ハーフパンツ。神楽さん、来るときはいてたやつ」しばらく固まる神楽……「そんな準備はしてこなかったんです。パレオはスカートみたいなものだから、そんなものはいたら遊べないし……」手を差し出す紅。早くハーフパンツをよこせ、という意味。神楽は目を閉じて、片手で胸元を押さえた。……少し息を整えているように見えるけど、変なこと言ったかな。「天然が怖い……」言われた通り自分のハーフパンツを差し出し、紅がはくのを待ってから、先ほどのスタッフを呼んだ。「薄い素材の涼し気なタンクトップをいくつか持ってきてください。……彼女に水着の上から着てもらいたい」スタッフは言われて紅に視線を向け、笑顔になった。「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」「あ……ちょっと待って」立ち去ろうとしたスタッフを神楽が呼び止めた。「陽射しを避けておとなしく寝そべってる人じゃないんだ。……まだまだ遊びたいみたいだから、動きやすいものを選んで」スタッフはさっきよりもっと笑顔になって……紅の頬は赤く染まる。「少し水分補給をしようか。このあたりは湿気は少ないが、陽射しは強いからな」アイスボックスから出したのが医療用の経口補水液だったのを見て笑ってしまった。……キャップを開けて渡してくる表情がちゃんと医者だ!「ありがとうございます。……それじゃ神楽さんも」ちょっとふざけて、スイカジュースなるものを手渡してみる。スイカ模様が派手に描かれたボトルは子供向けのようで神楽には似合わない……「うん。うまい」なのに躊躇なく受け取り、飲みはじめた。「この商品、去年俺が監修して商品化したんだよ。……夏休みの小学生の熱中症対策ってコンセプトでな」「そんなこともしてるんですか?……毎日忙しいのに、どこの時間を使ってそんなことを……」「
「な……なんですか?」 玄関先でハグされて、紅はどうしたものかと腕の中で神楽を見上げた。 「今見上げないでくれる?」 「……はぁ??」 ますます謎だ……何をしたいというのだろう。こんな、人の自由を奪って。 しばらくして腕を緩めた神楽は、紅に着せたシャツのボタンをしめる。その顔は少々赤い気がするが……もう何も言わないほうがいいような気がしてされるままになっていた。 「わぁ……海だ」 シーズンだというのに道路はたいした混雑もなく、スムーズに2人を海岸へと連れて行く。 「海風が気持ちいいかもしれないな」 窓にへばりつくようにして外を眺める紅を見て、神楽はエアコンを切って窓を開けた。 潮の香りがさらに海を感じさせ、紅を子供のような笑顔にしていく。 神楽の運転する車は、海辺にそびえるホテルへと入っていった。エントランスで待ち構えるスタッフが、神楽の指示で荷物を運び出し、2人もロビーへと案内される。 「え……すごい、全面ガラス?」 ロビーの正面に広がる青い海と白い砂浜……色とりどりのパラソルと、かすかに聞こえる波の音。 「すぐに海岸に行く?それとも飲み物でも……」 紅はガラスに近づいていく。 まるで水族館で悠々と泳ぐイルカを見るように、海辺の景色に釘付けになった。 それを見た神楽は、スタッフに外へ行くと告げる。 「ここまで来ると、日本の海も綺麗だな」 ふと隣に立つ神楽。自然と腰に手を回し、普段では考えられないほど距離が近い…… 「海外……行ったことないです」 「そう?今度連れて行くよ。長めの休みを取ろう」 当たり前のように言われたが、紅は一瞬返事に困り……神楽の視線を感じた。 「二階堂様、ご用意できましたのでこちらへどうぞ」 「ありがとう」 スタッフが指し示す方へと、神楽は紅をエスコートした。 何の用意なのかわからないままついて行くと、そこは屋外のサンデッキ。 ホテルのマークが入ったおしゃれなパラソルとデッキチェア、ビーチベッドにテーブルが配置されている。 「こちらから海へとご自由に行き来できます」 スタッフはにこやかに立ち去り、辺りを見渡した紅は、用意してきたアイスボックスの中に、いつの間にかたくさんの飲み物が冷やしてあることに気づいた。 「食べ物でも何でも
「英語は大丈夫だけど……」『じゃあ歌ってみる?ラバークラブMiAってガールズバーなんだけど』「うん。期間は?」『まずは一晩、2回ステージ。バラードを歌ってほしいみたいよ』亮子はクラブやBARの起ち上げやプロデュースをする仕事をしている。その関係で、こういうバイトの情報が早い。亮子が関わった店なら大丈夫だろう……その日の夕方、紹介された店に行ってみた。「亮子さんに聞いてます!まずは一曲、聞かせてもらえますか?」面接は歌のみ。難なく合格をもらった。手渡された衣装はシルバーグレーのシンプルなドレス。ヘアメイクはプロが入ってやってくれた。呼ばれるまで待機するよう言われ、若い女の子た
「紅か……?」神楽との契約結婚を終え、まず向かったのは実家だった。「……お久しぶりです」手を止めず、顔も向けずに返事を返す娘に、父はわかりやすくイラ立つ。「はんっ!久しぶりに来たと思えば……なんだ?泥棒のマネごとか?」「お母さんの服を取りに来ました。そろそろ暑くなるので」「お前は、口を開けば母さんのことしか言わないな?」……あんたが口にしないからだ。今日も、ギリギリのところで言葉を飲み込む。父と言い争ってスッキリした事など一度もない。むしろ逆……怒りと悲しみ、そして絶望。父は昔から、私にそんな感情しか教えなかった。「……多分、今回持ち出せば、この家からお母さんの私物はなく
「君が契約結婚を引き受けたのは、俺への復讐か?香織と同僚だったってことは、当時から俺の話を聞いていた?」「香織さんは、別れた夫とセフレ関係になってつらいって言ってました。だから契約結婚を終えてからの相談ですね」「俺と出会ったのは偶然?……それとも探し出して、」ずいぶん話が意外な方向へ行くので……らしくもなく、動揺していた。それにまさか、梨沙子のことも知っているとは。「香織さん、夫の名前は伏せてましたよ。でもある日酔った勢いで「神楽」って名前と医者だって漏らして。あの料亭で出会ったのは偶然です。めずらしい名前だったからピンと来たんですよね」紅はソファから立ち上がり、携帯に表示される
「荷物、それだけだったか?」やがて、契約満了の日。見せつけるようにスーツケースを転がし、神楽の目の前に置く。「はい。このお宅にはすべてそろっていたので、ありがたく使わせていただきました」枕、毛布、シーツ、バスタオル、バスローブ……「引っ越し先の住所を教えてくれたら送るよ?使い慣れたものは手放したくないだろ?」「……あなたはそうかもね」使い慣れた契約妻を、今も時々美味しくいただいてる。「……え?」「……使わせてもらった枕、抱きしめて寝てくれません?私のことを思い出して」不思議そうな顔に作り笑いを返した紅に、今度は驚いた顔をするので、本気で吹き出してしまった。「冗談ですよ!