تسجيل الدخولスマホの画面を見つめたまま、相沢ひまりは固まっていた。
何かの間違いではないだろうか。
差出人は誰もが知る有名企業の公式アカウントだった。
フォロワー数は百万人以上。
名前を聞けば、子どもからお年寄りまで知っている大企業である。
「……え?」
思わず声が漏れる。
もう一度画面を見る。
だが何度見ても内容は変わらない。
『弊社の新規プロジェクトにて、イラスト制作をご依頼できないかと思い、ご連絡いたしました』
本物だ。
ひまりは慌ててスマホを置いた。
いやいやいや。
無理無理無理。
自分の絵を知っている人なんていない。
SNSにも投稿したことがない。
仕事として描いたこともない。
どう考えてもおかしい。
「……ドッキリ?」
そう呟いてみる。
だが公式認証マークも付いている。
偽物ではない。
頭を抱えていると、再びスマホが震えた。
今度はメッセージアプリだった。
送り主は――神崎蒼。
『起きてる?』
「……何でこのタイミング?」
ひまりは恐る恐る返信した。
『起きてます』
するとすぐに既読が付く。
『じゃあ、今から電話していい?』
『えっ』
返事をする前に着信が鳴った。
早い。
早すぎる。
慌てて通話ボタンを押す。
「も、もしもし?」
『こんばんは』
のんびりした声だった。
いつもの蒼だ。
ひまりは少しだけ安心した。
「どうしたんですか?」
『DM来た?』
「……え?」
ひまりは目を見開く。
『有名企業からイラストの依頼』
「何で知ってるんですか!?」
数秒の沈黙。
そして。
『俺が紹介したから』
「…………はい?」
思考が止まった。
「え?」
『だから、俺が紹介した』
「えええええっ!?」
思わず立ち上がる。
「な、何してるんですか!」
『何って、紹介』
「何で!?」
『君の絵がすごいから』
あまりにも当然のように言われた。
ひまりは頭を抱える。
「いやいやいや! 意味分かりません!」
『分からなくていいよ』
「よくないです!」
蒼が小さく笑った。
『でも、あの絵は誰かに見せるべきだと思った』
ひまりは言葉に詰まった。
『もったいないよ』
優しい声だった。
責めるでもなく、押し付けるでもない。
ただ、当たり前のことを言うように。
『君、自分の絵を低く見積もりすぎ』
「……そんなこと」
『ある』
即答だった。
『少なくとも俺は、君より君の絵を高く評価してる』
胸がざわつく。
どうしてだろう。
たった昨日会ったばかりなのに。
この人は、どうしてこんなに真っ直ぐ言葉をくれるのだろう。
「でも……」
ひまりは小さく呟いた。
「怖いんです」
『何が?』
「もし駄目だったら」
本音だった。
今まで何度も期待しては傷ついた。
子役として売れた。
だが消えた。
YouTuberとして活動した。
だが伸び悩んだ。
もう傷つきたくない。
「才能なんてなかったって思い知らされたら……」
声が震える。
すると蒼が静かに言った。
『相沢さん』
「……はい」
『君、何歳から絵を描いてる?』
「え?」
『何歳?』
「……四歳くらい」
『二十年じゃん』
ひまりは黙る。
『二十年続けたものを、才能ないなんて言える?』
何も答えられなかった。
『好きじゃなきゃ続かないよ』
蒼の声は穏やかだった。
『しかも、あのレベルまで描けるようになった』
一度言葉を切る。
そして。
『オワコンじゃない』
静かな声だった。
けれど。
不思議なくらい心に響いた。
『君は天才だ』
その瞬間。
ひまりの目から涙が溢れた。
慌てて口を押さえる。
泣くつもりなんてなかった。
なのに止まらない。
天才。
その言葉を最後に言われたのはいつだっただろう。
子役時代。
まだ周りが未来を期待してくれていた頃。
それ以来、一度もなかった気がする。
『……泣いてる?』
「泣いてません……」
『泣いてるよね』
「泣いてません!」
鼻声だった。
説得力はゼロだった。
電話の向こうで蒼が笑う。
『まあ、いいや』
「よくないです……」
『じゃあ約束』
「……約束?」
『その依頼、受けてみよう』
ひまりは黙る。
怖い。
でも。
少しだけ。
本当に少しだけ。
挑戦してみたいと思った。
『俺、応援するから』
まただ。
どうしてこの人は。
こんなにも簡単に人の背中を押すのだろう。
「……失敗したら」
『うん』
「笑いますか?」
数秒の沈黙。
そして。
『笑わないよ』
即答だった。
『だって俺、君のファン一号だから』
ひまりは目を丸くした。
「ファン……?」
『うん』
蒼が少し笑う。
『相沢ひまりっていう、天才イラストレーターの』
窓の外を見る。
夜空に星は見えない。
それでも。
不思議と世界が少しだけ明るく見えた。
「……ありがとうございます」
『どういたしまして』
電話が切れる。
静かな部屋。
ひまりはスマホを胸に抱いた。
そして、もう一度DMを開く。
『イラスト制作をご依頼できないかと思い――』
今度は怖さだけではなかった。
胸が少しだけ高鳴る。
もしかしたら。
本当に。
人生が変わるかもしれない。
その頃。
高級マンションのソファで寝転がっていた神崎蒼は、小さく笑った。
「働きたくないな〜……」
そう呟いてから、スマホを見る。
待ち受け画面には、ひまりが描いたイラストの写真。
「でも……」
蒼は目を細める。
「天才を埋もれさせるのは、もっと嫌なんだよな」
第三話 完
発売から二週間が過ぎたある日の朝。相沢ひまりは、コーヒーカップを両手で包み込みながら、窓の外を眺めていた。スマートフォンには、毎日のように読者から感想が届いている。『子どもが寝る前に毎日読んでいます』『親子で笑顔になれる絵本でした』『続編を楽しみにしています』一つひとつの言葉を読むたびに、胸が温かくなった。その時、スマートフォンが震える。神崎蒼からだった。『今日は時間ある?』ひまりはすぐに返信する。『あります』『出かけよう』『どこへですか?』少し間が空き、返事が届く。『着いてからのお楽しみ』ひまりは思わず笑った。「珍しいですね」***午後。待ち合わせ場所で合流した二人は、ゆっくりと街を歩いていた。「神崎さん」「うん」「どこへ行くんですか?」「もう少し」「秘密ですか?」「うん」相変わらず短い返事だった。それでも、不思議と安心できる。しばらく歩くと、大きな商業施設が見えてきた。中へ入り、エスカレーターで上の階へ向かう。到着したのは、大型書店だった。「本屋さん?」「うん」「何か探すんですか?」蒼は何も答えず、児童書コーナーの方へ歩いていく。ひまりも後をついていった。そして、その瞬間だった。「あ……」思わず足が止まる。目の前には、大きな特設コーナーが設けられていた。色とりどりの絵本が並ぶ中、一番目立つ場所には、自分の絵本が何冊も積まれている。手書きのポップには、大きくこう書かれていた。『大人気! 発売後すぐ重版決定!』『親子で読みたい、心温まる一冊』『スタッフおすすめ!』さらに棚の横には、小さな子どもたちが描いたイラストまで飾られていた。「すごい……」ひまりは小さく呟く。夢を見ているようだった。店内には親子連れが次々とやって来る。「これ、この前読んだ本だ!」男の子が嬉しそうに指を差す。「もう一回読んで!」母親は笑顔で本を手に取った。別の場所では、小さな女の子が表紙を見つめていた。「このうさぎさん、かわいい!」父親がページをめくる。「読んでみようか」そんな何気ない会話が、ひまりの耳に届く。「神崎さん……」声が少し震える。「うん」「本当に読んでもらえているんですね」蒼は静かに頷いた。「届いてる」その一言だけで十分だった。***ひまりは、少し離
発売から一週間。朝早くから、出版社の編集部は慌ただしい空気に包まれていた。「三浦さん!」営業部の若手社員が、資料を片手に編集部へ駆け込んでくる。「各書店から、また追加注文です!」「また?」担当編集者の三浦は驚いた表情で資料を受け取る。発売初日から好調だった相沢ひまりの絵本は、一週間経った今も勢いが衰えるどころか、さらに注文が増え続けていた。全国の大型書店。街の小さな書店。オンライン書店。どこでも売れ行きは好調だった。「在庫が足りません!」営業担当が声を上げる。「このままだと来週には初版がなくなります!」編集長も資料を見つめながら大きく頷いた。「これは予想以上だな」会議室には次々と関係者が集まってくる。印刷会社への確認。流通会社との調整。書店への連絡。編集部全体が慌ただしく動き始めた。その様子を見ながら、三浦は思わず笑みを浮かべる。「やっぱり届いたんだ」誰よりも信じていた作品だった。その思いが形になり始めていた。***午後。緊急の編集会議が開かれる。編集長が資料を机へ置いた。「結論から言います」部屋の空気が引き締まる。「重版を決定します」その一言と同時に、編集部から拍手が起こった。「おめでとうございます!」「これはすごい!」「発売一週間ですよ!」「ここまで早い重版は久しぶりです!」三浦も思わず立ち上がる。「ありがとうございます!」編集長は笑顔で頷いた。「作者にも早く知らせてあげてください」「はい!」三浦は急いでスマートフォンを取り出した。***その頃。ひまりは自宅で次回作のラフスケッチを描いていた。以前のような焦りはない。好きだから描く。その気持ちを忘れないように、一筆ずつ丁寧に線を重ねていた。スマートフォンが震える。画面には三浦の名前が表示されていた。「こんにちは、三浦です!」電話の向こうの声は、いつも以上に弾んでいた。「こんにちは」「おめでとうございます!」「え?」「重版が決まりました!」「……え?」ひまりは言葉を失う。「今、何とおっしゃいましたか?」「重版です!」「発売一週間で重版が決定しました!」しばらく沈黙が続く。「相沢さん?」「……本当ですか?」「もちろんです!」「書店さんから追加注文が相次いでいます!」「たくさんのお子
朝。相沢ひまりは、目覚まし時計が鳴るより少し早く目を覚ました。今日は、ずっと待ち続けてきた日だった。机の上には、一冊の絵本が置かれている。表紙には、優しく微笑む子猫と、小さなうさぎ。その下には、はっきりと自分の名前が印刷されていた。作・絵 相沢ひまり何度見ても実感が湧かない。「今日から、この子たちが全国の本屋さんに並ぶんだ……」小さく呟き、そっと表紙を撫でる。発売日。夢だった日が、ついにやってきた。***午前中。出版社では朝から慌ただしく電話が鳴っていた。担当編集者の三浦は、営業担当からの連絡を受けて目を丸くする。「えっ、本当ですか?」受話器の向こうから、明るい声が聞こえる。「はい。各書店さんから追加注文の問い合わせが入っています」「もうですか?」「発売初日とは思えない勢いです」電話を切った三浦は、大きく息を吐いた。「これは予想以上だ……」すぐにひまりへ電話をかける。「おはようございます、三浦です」「おはようございます」「おめでとうございます!」「ありがとうございます」「実は、発売初日から追加発注が続いています」「えっ?」ひまりは思わず聞き返した。「本当ですか?」「はい。予想を上回る反響です」「まだ午前中なのに……」「書店さんから『もっと送ってください』という連絡が何件も来ています」ひまりはしばらく言葉を失った。「そんなことって……」「あります」三浦は笑った。「良い本だからです」その言葉に、ひまりの胸が熱くなる。***午後。ひまりは帽子を深くかぶり、神崎蒼と一緒に大型書店を訪れていた。今日は読者として、本屋へ来ただけ。誰にも気づかれないように店内へ入る。児童書コーナーへ向かうと、一番目立つ平台に、自分の絵本が積まれていた。「……あった」ひまりは立ち止まる。「本当に並んでる」夢ではなかった。子どもたちが次々と絵本を手に取っていく。「ママ、この絵かわいい!」「読んで!」小さな女の子が嬉しそうに抱きしめる。母親はページをめくりながら微笑んだ。「優しい絵だね」その言葉を聞いただけで、涙が込み上げそうになる。さらに少し離れた場所では、店員が新しい本を平台へ補充していた。「あれ?」ひまりは首をかしげる。「もう減ってる……」蒼も平台を見る。確かに、積まれ
午前十時過ぎ。インターホンの音が静かな部屋に響いた。「はい」玄関を開けると、宅配業者が大きな段ボール箱を抱えて立っていた。「お届け物です」「ありがとうございます」ひまりは両手で受け取る。思っていたよりも重い。送り状を見ると、差出人には「YouTube」と記されていた。「……え?」思わず目を丸くする。胸がどきりと高鳴った。急いで箱を部屋へ運び、テーブルの上へ置く。「もしかして……」思い当たるものは一つしかなかった。スマートフォンを手に取り、神崎蒼へメッセージを送る。『神崎さん、お時間ありますか』数分後。『ある』『大きな荷物が届きました』『今から行く』短いやり取りに、ひまりは思わず笑みを浮かべた。***しばらくして蒼が部屋を訪れる。「こんにちは」「こんにちは」蒼はテーブルの段ボールを見るなり、小さく頷いた。「届いたね」「やっぱり、これですよね?」「たぶん」ひまりは緊張した面持ちでカッターを手に取る。「開けます」ゆっくりと封を切る。|緩衝材《かんしょうざい》を取り除くと、一枚の手紙が入っていた。「手紙?」そっと取り出し、読み始める。『チャンネル登録者数十万人達成、おめでとうございます。あなたの努力と創造性が、多くの人へ笑顔と感動を届けています。その功績を称え、このクリエイターアワードを贈ります。』ひまりは何度もその文章を読み返した。「私に……?」声が震える。蒼は静かに微笑んだ。「相沢さんに」その下には、丁寧に包まれた銀色のプレートがあった。ひまりは両手で持ち上げる。「わあ……」思わず息をのむ。鏡のように輝く表面。中央には再生ボタンのマーク。そして、その下には。**Aizawa Himari**チャンネル名が美しく刻まれていた。「本当に……私の名前」目頭が熱くなる。子役を辞めた日。芸能事務所を追われた日。自分には何も残っていないと思っていた。そんな自分の名前が、今こうして世界に一枚だけの盾へ刻まれている。「夢みたい……」涙が一筋、頬を伝った。***蒼は銀の盾を静かに見つめる。「重い?」「はい」ひまりは少し笑った。「思っていたより重いです」「努力の重さ」蒼らしい一言だった。ひまりは思わず吹き出す。「そうかもしれませんね」しばらく二人で銀の
翌日の朝。 相沢ひまりは窓を開け、ゆっくりと深呼吸をする。春の風が頬を優しく撫でた。机の上には、昨日描いた子猫のイラストが置かれている。仕事でもない。誰かに見せるためでもない。ただ、好きだから描いた一枚。その絵を見つめていると、不思議と胸が温かくなった。「……もう一度、描いてみようかな」自然とそんな言葉がこぼれる。ペンタブレットの電源を入れる。真っ白なキャンバスが映る。以前のような恐怖は、まだ少し残っていた。それでも、昨日とは違う。ペンを持つ手は震えていなかった。一本。また一本。ゆっくりと線を重ねていく。完璧じゃなくていい。上手じゃなくてもいい。好きだから描く。その気持ちだけを大切にしながら、ひまりは久しぶりに一枚のイラストを描き上げた。画面の中で、小さなうさぎと子猫が並んで花畑を歩いている。「描けた……」思わず笑みがこぼれた。その瞬間、スマートフォンが震える。神崎蒼からだった。『どう?』短いメッセージ。ひまりは描き上がったイラストの写真を送り返す。数秒後。『笑ってる絵だ』その一文を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。「ありがとうございます、神崎さん」小さく呟き、スマートフォンをそっと置いた。***午後。ひまりはパソコンの前へ座る。今日は配信予定の日だった。休止のお知らせを出してから、初めての配信になる。配信画面を開く。開始時刻までは、あと三十分。 相沢ひまりは、マイクの位置を何度も直しては、深呼吸を繰り返す。「……大丈夫」そう呟いてみる。けれど、胸の鼓動は少し早かった。配信を休止してから初めて、みんなの前へ戻る日。「待っていてくれるかな」期待よりも、不安の方が少しだけ大きい。机の上には、昨日描いた子猫のイラストが置かれていた。その絵を見つめると、自然と肩の力が抜ける。「よし」ひまりは小さく頷き、配信画面を開いた。 待機画面には、すでに多くのコメントが流れていた。『今日かな?』『無理しないでね!』『配信があったら嬉しいな』『待機!』『ひまり先生、おかえり!』まだ始まっていないのに、「おかえり」という言葉が並んでいる。ひまりは目を潤ませた。「まだ始めてもいないのに……」待っていてくれた人がいる。それだけで十分だった。深呼吸をする
朝。今日も柔らかな陽射しが窓から差し込み、部屋の中を優しく照らしていた。相沢ひまりは、ゆっくりと目を覚ます。ここ数日続いていた胸の重苦しさは、少しだけ軽くなっていた。昨日、公園で神崎蒼から言われた言葉が何度も頭に浮かぶ。「休むのも仕事」その一言に救われた気がした。とはいえ、机の上にあるペンタブレットを見ると、まだ胸が少しだけ締めつけられる。「今日は……描かなくてもいい」自分にそう言い聞かせ、部屋を出た。***昼前。ひまりは近所のスーパーへ買い物に出かけた。牛乳やパンを買い、帰ろうとした時だった。近くの小さな公園から、子どもたちの笑い声が聞こえてくる。自然と足が止まった。「少しだけ……」そう呟き、公園へ入る。休日ということもあり、多くの親子が遊んでいた。鬼ごっこをする子。砂場で山を作る子。ベンチでは、お母さん同士が楽しそうに話している。ひまりは少し離れたベンチへ腰を下ろした。その時だった。「できたー!」元気な声が響く。五歳くらいの男の子が、大きな画用紙を高く掲げていた。近くにいた保育士らしき女性が笑顔で尋ねる。「何を描いたの?」「ぼく!」得意げに見せる絵には、大きな丸い顔。体は棒のような一本線。腕も足も長さが違う。空には紫色の太陽。木には赤い葉っぱ。犬は水色だった。ひまりは思わず見つめる。「すごいね!」保育士が笑う。「どうして太陽が紫なの?」男の子は胸を張った。「好きだから!」「犬はどうして水色なの?」「かっこいいから!」「木が赤いのは?」「きれいだから!」どの答えにも迷いがない。周りの子どもたちも次々と画用紙を見せ始める。「わたしは虹をいっぱい描いた!」「ぼくは恐竜!」「これはママ!」どの絵も自由だった。上手い下手なんて誰も気にしていない。ただ、描きたいものを思いきり描いている。ひまりは、その光景から目が離せなかった。「……そうだった」小さく呟く。子どもの頃。自分もそうだった。空をピンクに塗ったことがある。猫に羽を描いたこともある。先生に「自由に描いていいよ」と言われるだけで、胸が躍った。誰かに評価されるためじゃない。賞を取るためでもない。ただ、描くことが楽しかった。「私……」いつから忘れてしまったんだろう。ーーー帰宅したひまりは







