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クズ夫を捨て御曹司妻になった私は絶賛妊活中
クズ夫を捨て御曹司妻になった私は絶賛妊活中
作者: レモンティー

第1話

作者: レモンティー
「申し訳ございません。ご提出いただいた資料では、カルテを作成することができません」

「どうしてですか?」

「ご主人がすでに別の女性と当院でカルテを作成されているためです。ご提出いただいた婚姻届受理証明書と、ご主人のマイナンバーカードの情報にお間違いがないか、もう一度ご確認いただけますか?」

川澄鈴音(かわすみ すずね)は胸を弾ませながら妊婦健診に訪れた。だが、カルテ作成の手続きで、思いもよらぬ冷水を浴びせられた。

「そんなはずありません!主人とは入籍してもう五年になりますし、夫婦仲だってずっと良好です。何かの間違いじゃないですか?」

看護師は複雑そうな表情で鈴音を見つめ、言いづらそうに口を開いた。

「間違いありません。ご提出いただいた旦那様のマイナンバーカードと婚姻届受理証明書の情報は、すべて当院のシステムに登録されています。半月前、旦那様は婚姻届に記載されている奥様とご一緒に来院され、カルテを作成し、妊婦健診を受けられています」

胸の奥に嫌な予感がじわじわと広がり、鈴音は突然、目の前がぐるりと回るようなめまいに襲われた。

それでも気を取り直し、これは病院側の手違いに違いないと思い込もうとした。

伊藤章臣(いとう あきおみ)は、あれほど一途に自分を愛してくれている。

彼が自分を裏切るはずなど、あるわけがない。

三年間に及ぶ妊活。

痛みに耐え、数え切れないほどの注射を打ち、ようやく授かった大切な命だった。

章臣は半月前から出張に出ていて、まだ帰宅していない。

驚かせたくて、この嬉しい報告はまだ内緒にしていた。

まさか、妊婦健診に来てこんなことになるなんて。

そうだ。

きっと何かの手違いだ。

鈴音は何度もそう自分に言い聞かせた。

呆然としたままエレベーターを降りた鈴音は、婚姻届受理証明書に問題がないか確認するため、役所へ向かおうとした。

その時、不意に前方から見覚えのある二つの人影が歩いてくるのが目に入り、思わず柱の陰へ身を隠す。

そして、夫である章臣が隣を歩く若い女性の腰を優しく抱き寄せ、大きな手でふくらみ始めたお腹を愛おしそうに撫でている姿を、ただ息を殺して見つめるしかなかった。

その女性の顔をはっきり見た瞬間、鈴音の目はカッと熱くなった。

それは章臣の取引先の娘、葛西優衣(かさい ゆい)だった。今年二十歳で、章臣より十歳も年下だ。

優衣は章臣の首に腕を絡め、周囲の視線など気にも留めず甘えている。

「ねえ、あなた。私たちの子どもは、あなたに似るかな?それとも私?」

章臣は優しく笑って答えた。

「もちろん君に似るのが一番さ。愛嬌があって可愛いからね」

二人は鈴音のすぐそばを通り過ぎたが、彼女の存在には最後まで気づかなかった。

鈴音は両手を強く握り締めた。

爪が手のひらに食い込んでいるのに、その痛みすら感じなかった。

章臣が自分を裏切るなど、想像したこともなかった。

この半月、毎晩ビデオ通話で「会いたい」と言ってくれていた男が、その間ずっと別の女と過ごしていたなんて。

それなのに、自分は愚かにも彼を信じ続け、二人の子どもを授かるためだけに、何度も注射の痛みに耐えてきた。

本当に愚かだった。

あまりにも滑稽だった。

鈴音は二人の後を追い、自分の夫と愛人が妊婦健診を終え、病院を出て車へ乗り込むまでを、その目で見届けた。

二人がどこへ向かうのか知りたかった。

自分に隠れて、外で家庭を築いているのではないか――そんな疑念が胸を離れなかった。

鈴音もタクシーを拾い、その車を追った。

章臣と優衣が向かったのは、会員制クラブの個室だった。

鈴音が個室の外に立つと、中から楽しげな笑い声が聞こえてくる。

話しているのは章臣の親友たちだった。

「章臣さん、奥さんと本当にラブラブですよね。どこへ行くにもベッタリで、こっちまで羨ましくなりますよ!」

「本当ですよ。章臣さんは幸せ者だ。

家には良妻賢母の鈴音さんがいて、外にはロマンチックで色気たっぷりの優衣ちゃんがいる。まさに両手に花ですよ。羨ましい限りです!」

からかわれた優衣は顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに章臣の胸へ身を寄せた。

章臣は彼女を抱き寄せたまま、親友たちをちらりと見て、気だるそうに言った。

「おい、いい加減にしろよ。優衣は照れ屋なんだから、お前らの冗談には耐えられないんだ」

一年前。

章臣はある飲み会で酔いつぶれ、優衣と一線を越えた。

優衣は三年間も彼に片思いをしていて、どうしても一緒にいたいと願い続けていた。

そのまま二人の関係はずるずると続き、半月前に優衣の妊娠が判明。

子どもを私生児にしないため、二人は正式に籍を入れたのだ。

一方、鈴音との婚姻届は、最初から偽物だった。

鈴音は妊娠しづらい体質で、章臣の母親や取締役会が承認するはずもなく、伊藤家の妻になることなど最初から不可能だった。

彼ほどの立場の男にとって、跡継ぎを持たないという選択肢はあり得ない。

それに鈴音は頑固な性格だった。

偽装結婚という名目でもなければ、彼女をつなぎ留めることなど到底できなかった。

幸い、この五年間、鈴音は一度も疑うことはなかった。

個室の前に立つ鈴音は、胸が何度も踏みにじられ、引き裂かれるような激痛に襲われた。

章臣の友人たちは皆、彼と優衣の関係を知っていた。

優衣を「奥さん」と呼び、すっかり身内のように接している。

どうやら章臣は、普段から優衣を連れてこうした集まりに顔を出していたらしい。

何も知らなかったのは、自分だけだった。

やがて個室ではゲームが始まった。

負けたのは優衣だった。

章臣の親友が面白がって声を張り上げる。

「負けたんだから罰ゲームだ!ここにいる男の誰かとフレンチキス!」

ドアの隙間から、優衣が恥ずかしそうに章臣をちらりと見つめる姿が見えた。

次の瞬間。

章臣は優衣を引き寄せ、その唇を優しく塞いだ。

二人は身体をぴたりと寄せ合い、名残惜しむように長い口づけを交わす。

鈴音は胸にぽっかりと穴が開き、そこから血があふれ出していくような感覚に襲われた。

まるで魂を抜かれた人形のように、ただ呆然と二人を見つめることしかできなかった。

「一生お前だけを愛する」

「他の女には絶対に触れない」

章臣は何度もそう誓ってくれた。

だが、その約束は、あまりにも脆く崩れ去った。

抜け殻のようにクラブを後にした鈴音は、タクシーで役所へ向かった。

窓口で確認した結果、ついに自分と章臣の間には、最初から婚姻関係など存在しなかったことを知る。

籍を入れる前、章臣は仕事が忙しく役所へ行く時間がないから、代理人に手続きを任せると言っていた。

鈴音は何一つ疑わず、彼を信じ切っていた。

まさか、その代理人が作ったのは偽造の証明書だったなんて。

五年間の結婚生活は、すべて偽りだった。

彼の甘い言葉も、愛も、何もかも。

すべてが嘘だった。

大学卒業後、鈴音は伊藤グループの創薬研究職へ応募した。

章臣は彼女に一目惚れし、猛アプローチをかけてきた。

鈴音は非婚主義だったため、丁重に断った。

それでも章臣は諦めず、何度も想いを伝え続けた。

大切な記念日には、必ず自らデザインしたネックレスを贈ってくれた。

生理で体調を崩した時には、わざわざ体に優しい手料理を作ってくれた。

SNSのアカウントIDも、すべて鈴音のイニシャルにしていた。

そんな強引さと優しさに、鈴音は少しずつ心を動かされていった。

それでも、自分の気持ちを認めようとはしなかった。

その後、二人でS国へスキー旅行に出かけた際、雪崩に巻き込まれた。

章臣は命懸けで鈴音を守り抜き、彼女は無傷で助かった。

一方で彼は集中治療室へ運ばれ、一か月もの間、意識不明の重体となった。

その出来事をきっかけに、鈴音は章臣を生涯の伴侶にしようと決めた。

彼が自分を愛してくれるように、自分も彼を愛そうと努力し始めたのだ。

妊娠しにくい体質だったため、姑からはいつも冷たく当たられていた。夫が板挟みになって苦しまないようにと、鈴音は仕事を辞め、妊活に専念した。

毎日薬を飲み、注射を打ち続けた。注射の跡は赤く腫れ上がり、しこりになった。

ホルモンバランスも崩れ、心も身体もボロボロになった。

それでも一度も諦めなかった。

そして、ようやく念願だった命を授かり、この喜びを章臣と分かち合おうとした、その矢先――

彼が用意していたのは、あまりにも残酷な裏切りだった。

鈴音は病院へ戻り、再び受付を済ませた。

医師は静かに尋ねた。

「本当に、お腹のお子さんを諦めるのですね?」

鈴音はそっと下腹部に手を当て、感情を失ったような瞳で小さく頷いた。

章臣が浮気した以上、もう彼と一緒に生きることはできない。

この子を産むという選択肢も、あり得なかった。

医師は頷いた。

「分かりました。では、まず検査を受けてください。その結果を見て、手術の日程を決めましょう」

鈴音は必要な書類を受け取り、会計を済ませて検査へ向かった。

結果を待っていると、章臣からビデオ通話がかかってきた。

出るつもりはなかった。

だが、うっかり手が滑り、通話ボタンを押してしまう。

画面いっぱいに映し出された章臣の整った顔。

その眼差しは、以前と変わらず深い愛情に満ちていた。

「鈴音、病院にいるの?どこか具合でも悪いのか?」

背景が病院だと気づいた章臣は、途端に心配そうな声になった。

自分を気遣うその姿を見て、鈴音は一瞬、目の前が真っ暗になりそうだった。

この心配は本心なのか。それとも、完璧な演技なのか。

もう彼女には何一つ分からなかった。

鈴音が答えないため、章臣は体調が悪くて話せないのだと勘違いしたらしい。

さらに焦ったように声を上げる。

「鈴音、今すぐ帰る。そこで待っていてくれ」

クラブの個室で耳にした彼の言葉が脳裏によみがえった。

今すぐ画面越しに手を伸ばし、その頬を思い切り平手打ちしてやりたい衝動に駆られる。

だが、もし彼が今ここへ来て妊娠を知れば、中絶を止められるかもしれない。

だから鈴音は、何事もなかったように振る舞うしかなかった。

「帰ってこなくて大丈夫よ。私は元気だから。晴香の胃の調子が悪くて、付き添いで来てるだけ。仕事に集中して。私のことは心配しないで」

藤崎晴香(ふじさき はるか)は鈴音の親友で、よく一緒に食事やお茶をする仲だった。

章臣も彼女とは面識がある。

病気なのが晴香だと聞き、章臣はほっと息をついた。

そして穏やかな声で言った。

「そうか、分かった。でも無理はするなよ。お前が疲れると、俺まで辛くなるから。

そうだ、仕事を早めに切り上げて、週末には帰るよ。待っていてくれ」

鈴音は心の中で冷たく笑った。

彼の言葉など、一つも信じてはいない。

それでも表面上は、いつもと変わらない穏やかな声で答えた。

「ええ、待ってるわ」

「愛してるよ、鈴音」

通話を終えた鈴音は検査結果を受け取り、再び診察室へ向かった。

結果を確認した医師は眉をひそめた。

「子宮内膜が薄く、もともと妊娠しづらい体質のようです。

もし中絶手術を受ければ、子宮内膜に消えない傷が残り、二度と妊娠できなくなる可能性があります。それでも手術を受けますか?」

鈴音は胸がぎゅっと締めつけられるような痛みを覚え、そっと下腹部へ手を添えた。

もしこの子を諦めたら、私はもう二度と母親になれないのだろうか。

医師は優しく見つめながら言った。

「もう少し考えてみませんか。これはあなたの人生を左右する大切な決断です。ご家族と相談されてからでも遅くありませんよ」

将来、自分が後悔するのかどうか、鈴音には分からなかった。

章臣を捨てることはできる。でも、母親になる資格まで失いたくはなかった。

病院を出ると、どんよりと曇った空を見上げ、思わず苦い笑みがこぼれた。

その時、一台の車が鈴音のすぐ脇をかすめるように走り抜けた。

バランスを崩し、倒れそうになったその瞬間。突然、大きな手が伸びてきて、彼女の腰をしっかりと支えた。

顔を上げると、そこには吸い込まれそうなほど深く、澄んだ瞳があった。

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