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廃城に巣食うものたち

Penulis: ふりっぷ
last update Tanggal publikasi: 2026-06-14 15:37:34

通路は、思っていた以上に広かった。

崩れた石壁の向こうへと続く回廊は、

かつての城の名残を感じさせる造りで、

ところどころに装飾の欠片が残っている。

「ここが……魔王城……」

ヒマリは、足元を確かめながら歩いた。

湿った石床。

天井の高い空間には、かつての威厳が微かに残っている。

「昔は、もっと栄えておりました」

先導するゴブリンが、静かに言った。

「魔王クルス様が在りし頃は、

この城一帯が闇の都と呼ばれておりました」

「……今は?」

「主を失い、統制を失い

……強き魔物が弱き者を喰らう場所になりました」

淡々とした口調だった。

だが、その奥には、わずかな苦さが滲んでいる。

(つまり、あなた達は弱者なわけね)

ヒマリは、歩きながら周囲を見渡した。

崩れた扉の奥。

(この魔物も私と同じ、追われてゴミ捨て場で身を震わせていた)

どこかから、視線を感じる。

怯えと、警戒と、渇望が入り混じった気配。

「……見てるなら、出てきて」

自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。

沈黙のあと、壁の陰から痩せた影が現れる。

小柄な魔物。

半透明のゴースト。

ぼろ切れを纏った影のような存在。

どれも、戦力とは言いがたい。

彼らは一定の距離を保ったまま、

怯えた目でヒマリを見つめていた。

「……逃げないの?」

ヒマリが尋ねる。

魔物たちは顔を見合わせ、やがて一体が震える声で答えた。

「逃げても……食われるだけです」

「強い者に、奪われて……」

「ここは、そういう場所です」

言葉は拙いが、意味は痛いほど伝わる。

ヒマリは、胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。

(やっぱり……同じだ)

さっきまでの自分を見ているようだ。

強い側に選ばれなければ、切り捨てられる。

役に立たなければ、存在を許されない。

「……なら」

ヒマリは、一歩前に出た。

「私のところに来なよ」

魔物たちが、息を呑む。

「ここでは、奪われない」

小さな魔物達は沈黙したまま動かない。

これ以上ひどい目に合わないか恐れているのだ。

だが――

一匹の小さな影が、恐る恐る前に出た。

半透明のゴーストだった。

ぷるり、と震えながら、ヒマリの足元に近づく。

その瞬間。

淡い光が、自然と溢れ出す。

ゴーストの体が、穏やかに輝いた。

濁りが薄れ、影が澄んでいく

一瞬、光に包まれ存在が消える。

「……あ」

一回り小さくなったゴーストから小さな声が漏れる。

「……こわく、ない」

周囲がざわめく。

ヒマリは息を呑んだ。

自分が何かを「しよう」としなくても、

浄化の光は勝手に働いている。

体の力が抜けていく。

それが、少し怖かった。

けれど。

「まだ……大丈夫。

 浄化を続けるわ」

そう言って、しゃがみこむ。

「私も……奪われたのよ」

その言葉に、空気が揺れた。

魔物たちの視線が、ゆっくりと和らいでいく。

一体、また一体と、膝をつく。

「主……」

「主さま……」

呼び名が、自然に揃っていく。

ヒマリは、胸の奥が少しだけ痛んだ。

(この呼び方、重い……)

「ヒマリでいいよ」

「ヒマリ様?」

「まあ、いいや……城を案内して」

「下層でよろしければ…」

魔物たちは頷いた。

城の奥へ進むにつれ、空気はさらに冷たく、重くなっていった。

壁には、古い紋章が刻まれている。

黒い月を背にした、角ある影。

「それは……?」

ヒマリが指差す。

「先ほど話した先代魔王、クルス様の紋章です」

「女の、魔王?」

「はい。慈悲と支配を併せ持つお方でした。

 現魔王ノリス様との戦いに敗れた後、

 この城に封じられ、

 魔力供給装置となっております」

その言葉に、ヒマリの胸がわずかにざわつく。

慈悲と支配。

相反するはずの二つが、並んで語られる違和感。

どちらか一方だけなら、

きっと、ここまで歪まなかった。

「……どんな最期だったの?」

魔物たちは、少し黙ったあと、低く答えた。

「裏切られました」

「人間との戦いの最中、ノリス様に裏切られたのです」

「封じられ、名を奪われ、忘れ去られました」

ヒマリは、無意識に拳を握る。

(また……)

頭に浮かぶのは、あの王の笑顔。

使えないと分かった瞬間に、切り捨てた目。

「……そう」

それ以上、言葉は続かなかった。

やがて、一行は広い空間に辿り着く。

天井の高い、玉座の間。

崩れかけではあるが、中央には立派な玉座が残っていた。

黒く冷たい空気に、燭台の光が揺れる。

魔物たちは、その場で一斉に跪く。

「ヒマリ様」

「ここが、かつての王の座です」

ヒマリは、玉座を見つめる。

魔物達の視線が痛い。

胸の奥が疼いた。

(……座れって、ことだよね)

ゆっくりと近づき、触れた瞬間、空気が変わった。

玉座が淡く光を帯び、城全体が息を吹き返すように震く。

「……え?」

「新たな主の誕生だ……」

誰かが、震える声で呟いた。 

ヒマリは、そっと腰を下ろした。

不思議と、拒絶はなかった。

むしろ――しっくり来る。

(失った魔力が何かで補われていく)

「……変なの」

小さく呟く。

でも、胸の奥に確かな感覚が芽生えていた。

ここが、自分の居場所だ。

奪われ、捨てられた先で見つけた、歪な居場所。

ヒマリは、玉座に座ったまま、静かに前を見据える。

(まだ、分からないことだらけだけど)

(ここで私は求められている)

光が、ふわりと強まる。

城の奥深くで、眠っていた何かが、微かに目を覚ました。

それは、まだ名も持たない力。

そして同時に――

遠く離れた王都で。

「……今のは……?」

ジギスムント王は、ふと胸元を押さえる。

説明のつかない、不快な予感。

自分が切り捨てた何かが、動き出した感触。

だが、切り捨てたものが多すぎて、心当たりがない。

捨てられた聖女は、静かに忘れられた玉座に座り。

闇の城は、新たな主を迎え入れた。

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