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ピロトーク:運命の出逢い5

作者: 相沢蒼依
last update 最終更新日: 2025-07-02 22:27:08

 前回よりも部屋を汚していなかったのに、今日も郁也さんに部屋から追い出された。  

「涼一、いつものお散歩、制限時間は30分な!」 

 桃瀬さんだって自分の仕事があるのに、僕に気を遣って部屋の掃除までしてくれる。本当に、ありがたすぎる。

  

 ノートPCを手にしょぼんと自宅を出て、目の前の児童公園へ移動。曇り空の下のベンチにひとり腰掛けて、膝にPCを置いたまま大きなため息を吐いた。

  

「桃瀬さんともっと仲良くなりたいのに……どうすればいいんだろう」

  

 もっと彼に近づくには――ない知恵を総動員していろいろ考えた結果、名前で呼んでみるのはどうかなって思いついた。桃瀬さんはいつのまにか僕を”涼一”って呼んでくれてる。同じように”郁也さん”って呼べば、ちょっとは距離が縮まるかな?

(でもなんか……編集者の彼を名前で呼ぶのが、恐れ多い気がしてならない)

「いっ、郁也さん――」

  

 呟いた瞬間、頬がカッと熱くなった。 ただ口にしただけでこのザマ。本人を前にして言ったら、興奮しすぎて頭が爆発するかもしれない。

  

「でも、いつか呼べたらいいな」  

「なにを呼ぶって?」  

「わっ!」  

 いきなり首筋にヒヤッとした感触がして、ぎゅっと肩を竦めた。  

「おいこら、全然進んでねえじゃん。いったいなにをやってたんだ?」  

 桃瀬さんは苦笑いしながら、ミルクティーのペットボトルを手渡してくれる。

(さっきの冷たさの原因、これだったのか――)

「いろいろ……考え事をしてて」  

「で、なにを呼ぶんだ?」

  

 意味深にニヤリと笑い、隣に腰掛ける桃瀬さん。 

 

(やばい、本人が急に現れるなんて! でも、タイミング的には今しかない)

 顔を少し背けながら、思いきって口を開く。顔全部が熱くて、どうにかなってしまいそうだった。  

「えっとその、桃瀬さんのこと、名前で呼んでみようかな、って……考えてました。郁也さんって」  

「そんなくだらねえことで、原稿が進まなかったのか?」  

(くだらない⁉  僕が勇気を出して言ったのに、くだらないって言われちゃった!)

「締め切り迫ってんだぞ。いい加減、真面目にやれよ、涼一」 

 

 ばこんと後頭部を叩かれたので、ムッとして横を見ると――郁也さんの目の下がほんのり赤くなっているのが目に留まる。

  

「郁也さん、顔が赤いですよ」  

 思わず指摘すると、さらに赤くなる。  

「お、お前だって赤いだろ! うつすなよ!」 

 

 大きな声で喚き散らすなり、ふたたび頭を叩いてくる。  

「もう、やめてください! バカになったら、郁也さんのせいですからね!」  

 勢いでもう一度名前を口にしたら、ふっと空気が変わった。ふたりで見つめ合う間、微妙な沈黙が流れる。  

「……叩いて悪かった。バカになるなよ」  

 耳まで赤くなった郁也さんが、僕の右手をぎゅっと握りしめる。大きな手が不安だった心の全部を包み込んでくれるみたいで、すごく安心することができた。

  

「高校のとき、バス停でお前を見て、思ってたんだ。一緒に並んで手をつなぎたいな、って」  

「こんな外で? 結構大胆ですね」 

 

 嬉しすぎて、涙が出そうだ。気の利いたことを言いたいのに、なぜだか言葉が詰まる。  

「誰も俺らなんて見てねえよ。ほんとはもっと早くやりたかったけど、タイミングがな」

  

 指を絡めるように、ぎゅっと握りしめてくる。  

「涼一、名前を呼んでくれてサンキュー。すげえ嬉しかった」 

 

 心臓がドクドクうるさい。繋がれた手から郁也さんの熱が伝わってきて、体が燃えるよう。

  

「だけどマジで原稿、進めろよ。締め切りに間に合わなくなるぞ」  

「頑張って間に合わせます! でももうちょっとだけ、このままでいさせてください」  

「ったく、困ったヤツ」  

「郁也さんとこうしてる感じ、ずっと噛みしめていたいんです。そしたら、絶対いいものが書ける気がする!」  

 照れながら微笑むと、頬にちゅっとキスされた。  

「えっ?」  

「可愛いこと言って、俺を翻弄すんな。ちゃんと有言実行しろよ」  

「はい、頑張ります!」  

 ただ名前を呼んで、手をつないだだけ。それなのに、なんでこんなに幸せなんだろう。 

 

(郁也さんなら、僕を絶対見捨てたりしない。ちゃんと愛してくれる。眼差しも、言葉も、温かい手も、全部がそう教えてくれる)

 前に付き合った人は、僕の過去を知ってすぐ去った。  

『げ、経験者かよ。しかも輪姦されたなんて、汚ねえな』

 そんな言葉を投げつけられて、あっさり別れたっけ。  

「あの……さ」  

「はい?」 

 

 郁也さんの手が、緊張で少し汗ばんでるのがわかった。  

「お前を抱きたい」  

 ズバリな言葉に、思わず喉を鳴らしてしまった。

 

「今すぐじゃなくていいんだけど……付き合ったら手をつなぐだけじゃなく、いろいろ欲しくなるだろ」  

「はい、そうですね」  

「涼一の決心がついたら、教えてくれ。いいな?」  

 この人は僕が覚悟を決めるまで、ずっと待っててくれるんだ。そんなの優しすぎるよ、郁也さん。 

 

「じゃあ、今すぐ抱いてください」  

「おい、いきなり⁉」  

「いきなりじゃないです。実は、ずっと前から決めてました」  

 もう片方の手で郁也さんの手を包み込む。僕の心が、こんなふうに優しさに包まれてるんだよって、教えてあげたいな。

  

「郁也さんに、ずっと触れてほしいって思ってました」  

「お前……そんな顔で大胆なことを言うなよ」

  

 あたふたする郁也さんを見て、つい笑みがこぼれる。  

「ふふっ。郁也さん、すっごく可愛いですね」  

「ガッ! 可愛いヤツに可愛いとか言われたくねえ!」  

「ねぇねぇ、首筋まで赤くなってますよ」  

 指摘した部分をつんつん突くと、眉間にシワを寄せて困り果てた顔を見せた。普段見ることのできない貴重な表情を、心のカメラでシャッターを切る。これからたくさん、いろんな郁也さんの顔を発見したい。

  

「涼一を翻弄しようとしたのに、なんで俺が翻弄されてんだ」

  

 ぼやきながらも、僕の手の甲にキスを落としてくれる。それが約束みたいで、胸がほっこりと温かくなった。 

 

「だったら今日、俺の家に泊まりに来るか?」  

 突然ぎゅっと抱きしめられて、耳元で囁く声。それが妙に艶っぽくて、ドキドキが止まらない。こくりと頷くのが精一杯だった。  

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