Home / BL / ピロトークを聞きながら / ピロトーク:運命の出逢い2

Share

ピロトーク:運命の出逢い2

Author: 相沢蒼依
last update Last Updated: 2025-07-01 16:46:37

 静かな病室内に、紙をめくる音だけがした。手書きの原稿を真剣に読み進めていると、小田桐から注がれる視線が、どうにも気になってくる。

「なぁ……」

「は、はい?」

「あんまり、こっち見るなよ。気が散ってしまう」

 小田桐に見られていることを意識しただけで、頬に熱を持ってしまった。だからこそ、注意を促さなければ。ちゃんと原稿の精査ができなくなる。

「ほら、またっ!」

「わわっ、スミマセン」

 俺の指摘に小田桐は慌てて布団に潜り込み、背中を向ける。

「桃瀬さん、すみません」

 布団からくぐもった声が聞こえた。かけていたメガネを上げて、原稿から小田桐に視線を移す。

 するといきなりベッドに居ずまいを正すと、頭を深く下げた。

「小田桐、いきなりどうした?」

「生意気なこと言って、すみませんでした! もう読まなくていいです」

 小田桐は恐るおそる顔を上げると、しょんぼりした面持ちでポツリと呟く。

「あの、その、面白くないですよね。その作品……」

「読めと言ったり、読むなと言ったり、ワガママなヤツだなお前」

「今更だけど、足りない部分がわかってしまって、全部書き直したくなったんです。お願いします、返してくださいっ」

 小田桐はベッドから抜け出し、点滴を引っこ抜くと、俺が持ってる原稿を両手で掴んだ。

「悪いが今、すっげえいいところを読んでるんだ。邪魔すんなよ」  

「作者の僕が読まなくていいって言ってるんです! さっさと諦めてください!」  

 原稿を綱引きするように引っ張り合った。小田桐の華奢な手が、意外な力でぐいぐい抵抗してくる。  

(――見た目と違って、めっちゃ頑固だな、こいつ)  

 ムッとしながら力を込めた瞬間、小田桐がぐっと押し返してきた。バランスを崩した俺は、咄嗟に原稿を手放し、前のめりに倒れそうになる体を抱きとめる。バサバサッとたくさんの原稿が宙を舞って、その後辺りに散らばった。

「あぶなっ!」

 俺の腕の中で、小田桐の細い体がぴったり収まる。 それだけでドクドクと跳ねる鼓動。俺のだけじゃねえ。小田桐の胸からも、早いリズムが伝わってくる。  

「お前、病人なんだから大人しくしてろよ」  

「うっ……はい」  

 小さな声で答える小田桐。体を起こそうとする気配はあるのに、なぜか動かねえ。俺もコイツを離すのが惜しくて、つい背中に回した腕に力を込めた。ぎゅっと抱きしめると、小田桐の体が小さく震える。

 「小田桐、変なこと聞いてもいいか?」  

 少し躊躇う声で、俺は切り出した。  

「なんですか?」  

「お前、男にキスされたの、初めてじゃねえよな?」  

 俺のセリフに小田桐が息を飲む。瞳が揺れ、言葉に詰まったのが見てとれた。  答えられないコイツを気遣うように、そっと背中を撫でやる。

「大丈夫だ。無理に答えなくていい」  

 見ず知らずの俺に、こんなふうに体を寄せるなんて、もしかして具合が悪くなったのだろうか。

  「悪い。立ち入ったこと聞いちまった。忘れろ」  

 小田桐は小さく首を振った。  

「桃瀬さんは僕のこと、どう思います?」  

 俺の腕からそっと顔を上げ、じっと見つめる。

「一言で言うなら女みたい、かな。髪が長いし、体形も華奢だしな」

  率直に答えると、小田桐は自嘲的に笑った。

「中学のとき、この見た目が嫌で髪を短くしたり、制服を着崩したり、男らしくしなきゃって頑張ったんです。でも顔や体つきはどうにもならなくて」  

「そうだな」  

「中学二年で、知り合いの先輩に呼び出されて。なんの気なしについてったら……」

  小田桐はの声が震え、唇が小さく震えた。嫌な記憶を掘り起こしてるのがわかる。膝の上で拳をぎゅっと握る小田桐の手を、俺はそっと両手で包んだ。

 「知らない先輩たちに囲まれて、抵抗もむなしく襲われました」  

「⁉」  

「有名私立の男子校で、そんなことされるなんて思わなくて。『先生や親に言ったらもっと酷い目に遭わせる』って言われて、誰にも言えなかった。それで」  

「もういい! 十分だ、辛えこと思い出させて悪かった」  

 思わず小田桐を抱き寄せ、頭をくしゃっと撫でた。  

「普通はさ、男に口移しされる行為を嫌がるだろ。なのにお前、平気で『もう一回』って言ったから。そういう経験あるのかなって思っただけだ。ごめん」  

「大丈夫です。もう、終わったことなので」  

 小田桐の声は落ち着いてたけど、どこか寂しげだった。

 「有名私立の男子校って、エスカレーター式のとこ? ブレザーがエンジ色だったか」  

 小田桐がこくんと頷く。俺は遠い昔を思い出すように、斜め上を見ながら言葉を続ける。

  「もしかしてお前、錦町一丁目のバス停から通ってた?」  

「はい。家が緑町だったんで、そこが最寄りで」  

「赤と青のNEKIのカバン、肩にかけてたよな?」  

 小田桐が目を丸くして俺を見上げる。  

「なんで僕のこと、知ってるんですか?」  

「ここの医者がさ、お前の顔に見覚えがあるって言ってたんだ。俺たち、よく一緒にバス通してたから」  

「黒の詰襟の制服で、黒縁メガネかけて、いつもバス停で本を読んでた…」  

 小田桐がたどたどしく、俺の顔に指を差す。今度は俺が唖然とした。  

「俺たち、顔見知りだったのか?」  

「みたい……ですね」

  中学の頃、道路を挟んで遠くから見てた相手が今、こんな近くにいる。これってもしや、運命ってやつか?

  驚きのあまり見つめ合う。小田桐の頬が赤くなったのを見ただけで、落ち着きなくメガネを何度も上げてしまった俺。  

「あのときのお前、俺のことどう思ってた?」  

「いつも本を読んでて、どんなものを読んでるんだろうって、気になってました」  

 その言葉に、ちょっとガッカリする。小田桐の瞳が揶揄うように光った。

 「学校で辛いことがあっても休まなかったのは、毎朝あのバス停で会える高校生に、憧れてたからなんです」  

「は⁉」  

「背が高くて男らしくて知的で……すごくいいなって」  

 途端に声が小さくなる小田桐。肩に置いた手に、ぎゅっと力が入る。

 「それ、どういう意味なんだ?」  

 俺が訊ねているのに、小田桐は俯いて口元をもごもごさせる。

「顔赤くして俯いてブツブツ言っても、聞こえねえよ」  

 衝動的に小田桐を持ち上げ、そのままベッドに押し倒した。  

「わっ!」  

「これなら俯かねえだろ。俺の顔、ちゃんと見ろ」  

 小田桐に跨り、顎を掴んで正面を向かせる。  

「俺、お前のことずっと見てた。まんま好みだったから。本を読むフリして、向かい側のバス停のお前をずっと見てたんだ」

  顔を赤くして告白する俺を、小田桐は息を飲んで見つめる。

 「僕も桃瀬さんのこと、好きでした」  

 お互い、やっと告げることができた言葉に胸が熱くなる。目の前にある小田桐の瞳が、煽情的にゆらゆら揺れた。

 「高校生の俺と今の俺、どっちが好き?」  

 眉を寄せて真剣に聞くと、小田桐は肩を竦めた。

 「それ、両方じゃダメですか?」  

「くっくっく、結局俺は俺だもんな」  

 安堵の笑いがふたりの間に零れる。こいつのそばにいると、心臓がいくつあっても足りねえ。

 「少しは熱、下がったか?」  

 額を重ねると、小田桐の体温が伝わる。まだ熱いけど、さっきよりマシか。  

 その瞬間、ガチャッと扉が開き、周防が怒鳴り込んできた。  

「ちょっとももちん、さっきからドタバタうるさい! なにやって――」  

 あからさまに怒った顔の周防が、俺と小田桐を見て固まる。  

「ちょっ、病人に跨って襲うなんて……」

 絶句する周防に、俺は慌ててベッドからおりて弁解の言葉を連ねる。

「ちげえ! 熱を丁寧に測ってただけだ、誤解すんな!」

 しかしこの状況下では、俺の言い訳が周防に通じるように思えない。

「床に散らばった原稿用紙はなんなの? どうみたって抵抗したあとでしょ!」  

「周防、落ち着け!これには深いワケが……」

  メガネをずり下げ、取っ組み合い寸前の空気が病室に漂う。そんな中、小田桐が起き上がり、思い切って声を上げた。  

「あの、すみません。桃瀬さんと付き合うことになりました」  

「えっ?」  

「ももちん、なんなの? 付き合うって、どうしてこうなった?」

  周防に詰め寄られ、俺は過去のバス停の話や、運命的な再会を説明することになったのだった。  

***  

「いやぁ、ももちん、運命の再会ってやつ? よかったね。変な男だけど、仲良くしてやってよ」  

 周防は俺を押し退け、小田桐に優しく話しかけると、颯爽と病室を出て行った。  

「あの勝手に付き合うなんて言って、すみませんでした」  

 布団をモジモジいじりながら、小田桐がチラチラ俺を見る。その視線に耐えきれず、そっぽを向いた。頬がバカみたいに熱い。  

「別にいいんじゃね。好きあってんだし」  

「……はい」  

 テレた声がじわりと伝わり、余計に恥ずかしくなる。どうにも調子狂うな、こいつ。  

 俺は咳払いして、気を取り直す。  

「で、この原稿、どうする?」  

 床に散らばった原稿を拾い上げ、封筒に戻してやった。

「一から書き直して、桃瀬さんのところのコンテストに出そうかと考えてます」  

「そうか」  

「桃瀬さんが読んだやつより、もっと良いのを書きます。絶対に!」  

 病人のくせにキラキラした目で宣言する小田桐に、思わず苦笑いを浮かべてしまった。  

「その前に、インフル治せよ。書き直しはそのあとな」  

「はい!」  

 素直な返事に、そっと瞼にキスを落とした。本当は唇にしたいけど、病人だからな。我慢するのは当然のことだけど――。

 この素直で可愛い小田桐が、俺と付き合うことでまた違う一面を見せるなんて、このときの俺は知らなかった。  

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • ピロトークを聞きながら   見ざる・聞かざる・ただの猿

     毎年行われる、出版社主催の新年パーティ。今年は一緒に涼一も来ているので、無駄に力が入っている。なんてったって、いいトコ見せたいからな!「おいおい、桃瀬ぇ。やけに鼻の穴が広がっているが、何を興奮しているんだ?」「くっくっく! これが興奮せずにはいられませんよ編集長。今年こそは大賞を受賞してやろうと思いまして」「ぁあ……毎回やってる余興のことか。今年のお題はきっと『申サル』だろうな。去年が未ヒツジだったんだから」 昨年は何故か俺の絵を見て、みんなが驚愕の表情を浮かべてくれたのだが――今年は違う意味で、驚いてもらおうじゃないか。 この日のためにちゃっかり、サルを描く練習まで念入りにしたのだ。大賞をとらないワケがない!「さぁて、今年もやってきました。編集部対抗お絵かき大会を開催します。代表者は前に出て来てください!」 パーティが終盤に近付き、いつものごとく号令がかかったので、わらわらとあちこちの精鋭がステージ上に集まってきた。 テーブルに置かれているスケッチブックを、じっと眺める。そこからぼんやりと下絵になる、輪郭を思い描いていくんだ。「今年のお題は、干支である『申サル』です。制限時間は5分間! 一番出来のいい絵を描いた編集者には、金一封を差し上げます。よぉい、ドン!」 号令とともに、頭の中に思い描いたサルを、鉛筆の音を立てながら手早く描き、ばばばっと色を塗っていく。 普通にサルを描いても意味はない。何故なら周りが普通のサルを描くからだ。 サルといえばケダモノ。ケダモノといえば血が滴っている物を好むだろう。これを見て涼一が怯え、俺に抱きつくのもアリかもしれないな←策士、策に溺れる事を桃瀬は知らない そんなことを考えていたら、自然と口角が上がり、更に色を塗るスピードが上がっていった。 後から聞いたのだが、このときの俺の姿が異常だったと、編集長が言ってくれたのだが。きっとあまりの格好良さに、嫉妬しただけだと思うんだ。 「残り時間はあと1分少々です!」「はい、出来ました!」 カウントダウン前に、難なくお絵かきが終了したのは、俺だけだった。さすがは天才、早さにかけても逸品なのである。「あ……桃瀬さん。皆さんが終わるまで、ちょっとだけお待ちくださいね」 俺の描いた絵を覗き込み、何故か顔を引きつらせながら、ズリズリと後ずさりして行く司会者に、

  • ピロトークを聞きながら   ジバ○ャンもといチバニャン

    「季節はもう10月下旬。年末まであと2ヶ月足らずか、早ぇなぁ」 企画的には、来年の新年号の事を進行しているが、現在は10月。自身が携わり、発行している小説雑誌【ジュエリーノベル10月号】を、パラパラと捲ってみた。 掲載している小説の内容も、季節を示すように、ハロウィンネタで溢れかえっている。当然、涼一の書いた恋愛小説にも同じように、ハロウィンネタが組み込まれているワケで。「……仕事が忙しくて一緒にこういうイベント、過ごす機会がないんだよなぁ。もしかしてこの内容に、涼一の願望が隠されていたりして?」 この雑誌が掲載される3ヶ月前に、内容をチェックしていたものの、真夏にハロウィンネタを読んでも、イベントの雰囲気を楽しむ余裕なんて、まったくなかった。「恋人(♀)がカレシのために魔女の仮装して、ドッキリ大作戦。色っぽいその格好に彼の心を鷲掴み。う~ん、涼一の仮装姿か――」 女顔で体も華奢な作りをしているから、どんな格好でも似合うと、容易に想像出来るが。「ん? 妖怪ルック?」 涼一の書いた、小説の扉絵の反対側のページに、冬に行われる映画の広告があって、それが【妖怪ルック】だった。『クリスマス公開だから、見なきゃ後悔するズラ』なぁんて大きく書いてあり、子どもに絶大な人気のあるキャラクター、チバニャンが他の妖怪を押しのけて、でっかく自身をアピールしていた。「チバニャンの着ぐるみなんて、意外と似合うかもな」 前回イケメンの着ぐるみ姿を描いたからこそ、涼一に似合いそうなモノを、ちゃっかり探していたのだ。 いつものようにスケッチブックを取り出し、仕事中だけど描きたい衝動を抑えられないから、コッソリとその姿を描いて、さっさと色を塗り、短時間で終わらせてやった。「いろんな意味でャバィ・・(-ω-;)可愛いじゃないか、涼一」 突然プレゼントしたら喜ぶかなぁと、ちゃっかりネットで着ぐるみを検索。それを見事探し当てて、ワクワクしながら注文してやったのに。『何考えてるの、郁也さん。そんな妖怪の格好したくない。僕よりも似合いそうな、郁也さんが着てよ』 すっごく嫌そうな顔をしながら言い放ち、部屋に閉じこもってしまった涼一。仕方なく自分でいそいそと着込み、コンコンと扉をノックしてから、思いきって中に入ってやった途端に。『。゚(゚^∀^゚)゚。 やっぱり!! 想像通り

  • ピロトークを聞きながら   こいのぼり

    「……う~ん」 風がとても強くて目を細めながら、どこかに向かって、ひたすら俺は歩いていた。とても見晴らしのいい崖の上に辿り着き、はーっと深呼吸をひとつ漏らす。「はい!?」 そのとき、崖の下にある小高い丘に目が留まる。「どうしてこいのぼりと一緒に、オッサンが風にたなびいているんだ?」 まるで、ふき流しのごとく一生懸命になって、こいのぼりと一緒に並んでいる姿は、異様そのものだった。しかも傍に人がいて、なにか声をかけている。なにを言ってるのか分からないのが、つらいところだな。「うーん、イメージは『風の上のぽに○』って感じかも」 そこで俺は目を覚ました。隣に涼一がくっついているのだが、何故か片脚が俺の腹に乗っかっていて、ちょっとだけ苦しい。「もしかして、この足のせいで変な夢を見たのか。忘れない内に、記録に残しておかなければ!」 いそいそと涼一の足を除け、リビングの電気をつけて、スケッチブックに先程見た夢を、一心不乱に描き示す。「おっ! そういえば今日は5月5日じゃないか。俺ってば、無意識にそれを察知してしまうとか、天才じゃね」 そして傑作は完成した。傍にいた人のセリフは、自分で考えたのだが、どうだろうか? おしまい

  • ピロトークを聞きながら   傑作が出来た!③

    *** いつもより気合の入ったご飯を食べて、お風呂に入り、現在郁也さんが出てくるのを、まだかなぁと待っている最中。「お祝いの意味が全然分からなかった。これから何か、披露されるのかな?」 ゎくo(。・ω・。)oゎくしながら待っていると、頭をタオルでガシガシ拭きながら、手にはスケッチブックを持った郁也さんが、お待たせと一言告げて、隣に座ってきた。「今日は、ホワイトデーだったからな。これを涼一に渡そうと思って、一生懸命に描いたんだ」「あ……」 そういえば、ホワイトデーだったんだ――すっかり忘れてた。僕ってば、何も用意していないよ……「郁也さん、ごめんね。執筆に集中してばかりで、すっかり忘れてた」「いいよ、そんなの。あとからちゃんと徴収するしな」 ほらよ、と手渡されたスケッチブックを眺めるように見つめた。「……何だろ。いつもの絵よりバランスがとれていて、見ていて安心しちゃう」「安心って一体。お前から貰ったチョコを見つめてる、自分の姿を描いて見たぞ」 えへんと胸を張って言ってくれたのだけど、突っ込むべきところは、突っ込まなきゃダメだろうな。「安心出来ないトコも、結構あるけどね。あのさ、刀……どうして鞘をつけないのかなって。何気に血がついているような?」 誰の血なのか、あえて聞かない方向で、話を進めてみるw「チョコに夢中になっていたせいで、うっかり自分をキズつけてしまったみたいな」「そ、そうなんだ。へぇ……」 全然痛そうにしていないのが、郁也さんらしい、のか?「あとさ、ももたろうマスコットは健在なんだね。ちゃっかり和服仕様なのは、お雛様だから?」 前回のイラストに季節物を取り入れていたからこそ、今月のイベントがひな祭りだったから、自分をお内裏様に見立てたんだろうなと、容易に想像ついたのだけど。「ももたろうマスコットは、外せないモノだから。でもお雛様じゃないぜ」 意味深な笑みを浮かべて、身を翻しキッチンに行ってグラスとビールを手に、戻って来た郁也さん。「大傑作の前でふたりで乾杯しようぜ、ほらほら」 その言葉に、思わず吹き出してしまった。確かに大傑作だよ、いろんな意味で。 ――ホワイトデーの文字について、あえて突っ込まないでおこう……「こんな俺だけど、これからもヨロシクな、かんぱ~いっ!」「郁也さんありがと、乾杯!」 カチンと

  • ピロトークを聞きながら   傑作が出来た!②

    *** 執筆が煮詰まってしまい、気分を変えたいなと思って夕方、コンビニ行った。「明日は郁也さんが休みだし、久しぶりにふたりでビールでも呑んで、わいわい騒ぐのもいいかもな」 それでも呑める方じゃないから、500mlを2本とおつまみを数点買って、ルン♪((o'д'))ルン♪気分で自宅に向かっていると、目の前に見覚えのあるシルエット。「あ、郁也さんだ!」 足早に歩く彼の背中に向かって、一気にダッシュ。「郁也さんっ、お帰りなさい!!」 後ろから声をかけたら、体をビクつかせて驚いた顔しながら、こっちを見てくれた。「涼一……ただいま。こんな時間に、外に出てるの珍しいな。買い物か?」「うん。小説が煮詰まってってね、気分転換に外に出たついでに、コンビニで買い物してたんだ。今夜一緒に呑もうと思って」「そうか。じゃあ晩飯、何にしようかな」 顎に手を当てながら考える、郁也さんを見上げた。 そういえばこうやって並んで歩くのは、久しぶりかもしれない。「何だか郁也さん、嬉しそう。いいことでもあったの?」 覗きこんで聞いてみたら、うっと声を詰まらせて、視線を逸らした。 むぅ、聞いちゃいけないことだったのかな?「そ、それはだな、家に帰ってからのお楽しみ。さてさて、何を作ってお祝いしようか」 お祝い――? 首を傾げた僕の腕を強引に引っ張られ、急ぐように家路に着いた。

  • ピロトークを聞きながら   傑作が出来た!

     バレンタインのお返しをすべく、時間をかけて絵を仕上げた今回―― 涼一に知られないよう、職場である出版社で休憩時間を使って描いたお陰なのか、思っている以上に、傑作が出来上がってしまった。 完成した絵を前に、笑みが止まらない始末。「ヤベェ……これ涼一に見せたら、どんなスゲェ反応をしてくれるのかを考えただけで、身震いが止まらないとか」 3月14日の昼休み、会議室にこもって、ひっそりと感想を述べた。「へぇ、桃瀬にしたらバランスのとれた、いい作品に出来てるじゃないか」 背後から声をかけられ、ビックリしながら振り向くとそこには、三木編集長がいるではないか。(――音を立てずに近づくとか、幽霊かよ)「ありがとうございます……頑張ったので、当然の出来かと思うんですが」「いやいや。お前いつも頑張ってるけど、違うところのベクトルが、えらく突出しちゃって、いつも凄い事になっているじゃないか」 褒められてるのか、けなされているのか分かったもんじゃねぇな、この感想。「しかし、ホワイトデーの綴り、どうして間を空けたんだ? 何か深いわけでもあるのか?」 グーグルさんで調べたら、こうやって出てきたって言ったら終いだな、マジで。「べっ、別に綴りが間違ったら困るからって調べたら、こんな風に出てきたので、このまま書いたとかじゃないですよ、ええ」「まぁいいや。これもらった人が、バカだなコイツって思うだけだから。ご愁傷様」 ポンポン肩を叩いて、去って行く編集長の背中を見てから、改めて絵を見直した。「絵の出来がいいだけに、このスペルの誤りは、痛いかもしれないな」 直さずに渡してみて、どんな反応を示すのか、それを考えるのも面白い。 大事にそれをカバンにしまって、会議室をあとにした。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status