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岩倉優雨の研究①

last update publish date: 2026-06-22 17:00:24

 日曜日の午後、俺は学校からタブレットPCを家に持ち帰り、そのキーボードを叩いては、頭を捻るという行動をひたすらに繰り返していた。

 香月先輩と朝山先輩、万物研究会の既存メンバーである二人の発表が終わった。

 そのため、次は新メンバーである俺と神崎が研究テーマについて発表する運びとなったのがその原因だ。

 香月先輩からは、今週どこかのタイミングで、簡単に研究テーマについての発表をしてほしいと頼まれている。

 しかし、その研究テーマというものが、中々決まらない。

 研究対象は何でも良いとは言われているものの、そこまで自由だと逆にテーマを選定するのが難しいと感じた。

 いや、実を言うと一つだけ頭に浮かんでいる事が、あるにはあるのだ。

 だが、それを研究テーマとして皆の前で発表するというのには、若干抵抗を覚えた。

 なぜならそれは、自分自身に関連することだから。

 幼少期にその事を他者に告げた事で、周りから奇異の目で見られたり、からかわれたりする事となった経験は、俺の中でまだ少しトラウマとして残っている。

 これはあまり他人に吹聴して回る事ではないという考えは、そういった経験から来るものだった。

 しかし、その一方でこうも思うのだ。

 香月先輩や朝山先輩が俺の何かを知った所で、俺への態度を変えることなんてあるだろうかと。

 まだ短い付き合いなのだが、俺はそう思えるくらいにあの人たちの事を信用しているし、好意的な存在だと捉えている。

 神崎に関しては、正直よく分からない。

 あの不思議系美少女に関しては、何を考えているか全く分からないからだ。

 俺を困惑させる数々の発言や行為は、未だ留まる事を知らない。

 そもそも、俺があいつの事をどう思っているのか、俺自身がよく分かっていない。

 苦手である事は、間違いない。

 あの非日常的な何かを感じる瞳が、好きになれない事は間違いない。

 でも、だからと言って神崎の事が嫌いかというと、そういう訳でもない。

 あいつの事を考えると発生する、この相反するような感情が渦巻く感覚も好きじゃない。

 そんな風にして神崎の事を考えていたからだろうか、俺はあいつの言葉をふいに思い出していた。

 私の研究には、貴方の存在が欠かせないから。

 思い出したら急激に、その研究内容というものが知りたくなってきた。

 人は知りたいという欲求に抗う事が出来ないと言っていたのは、香月先輩だったか。

 確かにそれはその通りのようで、俺は気が付くとスマートフォンを手に取り、神崎へと電話をかけていた。

 そういえば、同じ研究会のメンバーとなってから連絡先を交換したものの、電話をかけるというのはこれがはじめての事だ。

 メッセージのやり取りだって最初のよろしくというスタンプの応酬以降、一度としてない。

 そんな事を考えている内にコール音が止み、神崎の抑揚のない声がスマートフォン越しに俺の耳へと届く。

『岩倉君から電話なんて、珍しい』

「ああ、急に悪いな。いま大丈夫か?」

『うん、何か用?』

「いま研究テーマに付いて考えているんだが、ちょっと行き詰っていてな。参考までに、神崎の研究テーマについて聞かせてくれ」

『……聞いたところで参考にはならないと思うけど、まあ内容だけなら』

 てっきり、はぐらかされるものかとも思っていた。

 だが意外な事に、神崎は自身の研究テーマについて教えてくれるようだ。

 俺は黙って、続きの言葉を待った。

『私の研究テーマは、次元について』

「二次元とか三次元とか、そういうやつか?」

『そう……まあ、それだけじゃないけど』

 それだけじゃない?

 それは、どういう……。

『岩倉君はテーマの選定に行き詰っていると言っていたけれど、何も候補すら上がっていないの?』

 どういう意味かと尋ねようとしたのだが、その言葉は神崎からの質問によって霧散してしまった。

 まあ仕方ないと気持ちを切り替え、質問に答える事にする。

「候補はあると言えばあるんだが、それをテーマにするのはちょっとな……」

『候補があるのならそれにすればいい。岩倉君が、なんでそれをテーマにする事を躊躇しているのか、理由が分からない』

「理由っていうと、そうだな……秘密にしているって言うとちょっと大げさだが、俺自身があまり周りに知られたくない事だからっていうのが理由だな」

『なるほど……結局のところ、その候補を研究テーマとするかどうかは岩倉君にしか決められない事だと思う。けど、私から言えるのは、例えば岩倉君が思春期の男子らしく女体に興味があるので、それについて研究しますと言っても私はそれを止めない』

 思わず、吹き出しそうになった。

 急に何を言っているんだ、こいつは。

『……女体の研究をするから協力しろと迫ってこられたら、私は岩倉君と距離を置くと思うけど』

「お前は、さっきから何を言っている」

『まあそれは冗談としても、私が言いたいのは、例え岩倉君がどんな研究テーマを発表したとしても、岩倉自身がそれについてより深く知るために研究したいと考えているのなら、私はそれをバカにするような事は絶対にない。それはきっと、小夜子先輩や妃那美先輩も同じ』

 その言葉は多分、俺が最も欲しかった言葉だったのだろう。

 自分でも驚くほどに、気持ちが軽くなるのを感じた。

「そうか。そう言ってもらえて少し気が楽になった。ありがとな」

『別に、思ったことを言っただけだから。発表の準備は進められそう?』

「そうだな、なんとかなりそうだ」

『そう。じゃあ、頑張って』

「ああ。じゃあな」

 通話が切れた事を確認し、俺はスマートフォンを机の上に置いてから、座ったままの体勢で大きく伸びをする。

 そして、再度PCの画面に視線を移した。

 研究テーマは決まった。

 あとはそれを、どう伝えるかだ。

 俺はその後、研究テーマについてウェブブラウザで調べたり、発表用のスライドに文字を打ち込んだりと、テーマ発表の準備を進めていった。

 先ほどとは打って変わり、キーボードを叩く手は止まらなかった。

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  • プルチックの瞳   万物研究会④

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