LOGIN休日をどのように過ごすかは人それぞれだと思うが、こと俺に関して言えば、一駅隣にある大型のショッピングセンターに足を運ぶ頻度が高かった。
そこは日本一大きなショッピングセンターと言われており、店舗面積は日本最大。
一日では到底、全店舗を回りきれないほどの広さを持っている。
求めているものを探せば、大抵は見つかると言っても過言ではない。
その場所に足を運ぶ機会が多いのは、やはり子供の頃から隣町に住んでいるからという理由が大きい。
区画は大きく月エリア、星エリア、空エリアに分かれている。
その中でも俺がよく利用しているのが、月エリアの一階に店舗を構えている書店だった。
古めかしさの全くないその書店には、本のみならず家電や食べ物、子供用のおもちゃなど多様なものが販売されている。
本を買った後、それを読む空間まで用意されているのだから、是非ともこの書店内で存分に寛いでくださいという企業からの想いが伝わってくるかのような場所だった。
俺はこの店で気になった本を手に取っては流し読み、面白そうだと感じた本を購入しては、併設されているカフェでその本をゆっくりと読む時間が好きだった。
今日もそんな時間を過ごそうと、俺は書店内を歩きながら本を物色していた。
基本的に選ぶ本はミステリ小説やホラー、SF、ライトノベルといったエンタメ要素の強い本だ。
普段はそういった作品を好んで読んでいるのだが、今回は少し趣向を変えてみることにした。
自身での発表を終えた事により、俺にも研究会メンバーとしての自覚が芽生えてきたのかもしれない。
手に取った本はそれぞれ香月先輩、朝山先輩、そして俺が研究している内容の参考になりそうな本だった。
合計三冊の本を購入した俺は、書店内に併設されているオープンカフェでアイス珈琲を注文する。
店員が珈琲を用意している間、なんとなしにテラス席の方へと視線を向ける。
その視線の先に、見知った顔を二つ見つけた。五つ用意されているテラス席の一つに、向かいあった状態で腰かける香月先輩と、朝山先輩の姿があった。
二人は既に、俺の存在に気付いていたらしい。
朝山先輩が席から立ち上がり、俺の方を見て手招きをしている。
香月先輩も座ったままの状態で、こちらへと視線を向けている。日本最大の有名なショッピングセンター内ということもあり、こうやって同じ高校に通う人に会うことは特に珍しいことではなかった。
店員からアイス珈琲を受取り、俺はテラス席へと足を運んだ。
「岩倉くん、やほー。奇遇だねー」
言いながら朝山先輩は、ササっと俺の席を用意してくれた。
この人はいつもこういう事を率先してやってくれるんだよなーと考えつつ、俺はお礼を言いながら、その席に腰を落ち着かせる。
休日なのだから当たり前なのだが、先輩達二人はいつもの学校で見る制服ではなく、私服姿だった。
香月先輩の服装はハイウエストに着た白のワイドパンツに、同色系を合わせたリブニット。
着こなすには難しそうなシンプルなコーデだが、背が高くスタイルの良い彼女にはそれがとてもよく似合っていて、まるでモデルのような印象だった。
朝山先輩はというと、ブラウンを基調としたワンピースを可愛く着こなしていた。
ガーリー系というやつだろうか、朝山先輩の雰囲気によく似合っていて、可愛らしい服装だった。
「こうやって、岩倉君と外で会うのは初めてだね。本を買いにきたのかな?」
書店のロゴが印刷されている袋を一瞥してから、香月先輩が質問してきた。
「はい。先輩達は?」
「私と妃那美は、特に目的もなくフラフラと歩いていただけだよ。ここは歩いているだけでも楽しめる場所だからね。休日の時間を過ごすには、とても良い場所だ。ただ、少し歩き疲れたのでね、ここで休憩していたのだが、カフェ内に岩倉君の姿が見えたから驚いたよ。いやはや偶然だね」そこまで言い終わってから、香月先輩はストローに口を付けた。
既に半量ほど無くなっているカップには、俺が注文したものと同じアイス珈琲が入っている。
その対面では、甘そうなチョコソースと生クリームがふんだんに盛りつけられているフラペチーノを、美味しそうにストローで吸っている朝山先輩の姿がある。
「……はい、偶然ですね」
そう言って、俺もストローに口を付けた。
本当はここでゆっくり読書をするつもりだったのだが、先輩達の前で急に読書を始めるほど俺も礼儀知らずではない。
こうやって先輩達にお呼ばれしたものの、さて何を話したものか。
珈琲を飲みながらそんなことを考えている内に、先に口を開いたのは朝山先輩だった。
「ねえねえ、岩倉君。どんな本買ったの?」
「あー、これはですね……」特に隠す必要もないので、俺は買った書籍を袋から出して二人に見せる。
いち早くそれらの本に反応を示したのは、香月先輩だった。「アリストテレスの形而上学に、幽体離脱体験談……この脳のなかの万華鏡というのは、共感覚に関連する本かな。どれも中々にボリュームのある本だね」
「色々と興味が沸いたので調べたりはしてみたんですが、ネットの情報だけだと限界があるなと感じたので、本に手を出してみようかと」 「全く……君にはいつも、感心させられる」香月先輩は、嬉しそうに目を細めて言った。
その虹彩に、喜びといった感情の色が見えた。
「小夜子って、岩倉君のこと結構気に入ってるよねー」
「ん? ああ、そうだね。岩倉君の事は、気に入っているよ」 「あはは、否定しないよねー、小夜子は。良かったねー、岩倉君」ニコニコとした笑顔でそんな事を言われても、どう反応していいのか分からない。
俺は「あ、はい……そうですね」と曖昧な返事をしながらも、少し顔が熱くなっているのが分かり、それが悟られないように再度アイス珈琲を嚥下した。
照れくさいので、話題を変える事にする。
「本当は、神崎の研究に関する本も買いたかったんですけどね。それは来週の神崎の発表をちゃんと聞いてからでも良いかなと思って、今回は見送りました」
「おや、岩倉君は怜菜の研究内容について、もう聞いているのかい?」それは意外だと言わんばかりの反応を見せる、香月先輩だった。
「聞いていますけど、香月先輩も知ってるんですよね?」
「ああ……いや、どうだろう。ちなみに怜菜は、どんな風に言っていたんだい?」少し考えた素振りを見せた後、香月先輩は質問を質問で返してきた。
なんだろう、微妙に何か嚙み合っていないような感じがする。
「神崎の研究テーマは、次元に関することだと聞いています。一次元とか、二次元とか、そういう事に関する研究だと」
「……」俺の言葉を聞いて、香月先輩は腕を組み無言で何かを考えはじめた。
てっきり香月先輩も神崎の研究内容については知っているものだと思っていたのだが、この反応を見るに知らなかったという事なのだろうか。
いや、香月先輩は知っているというような事を、前に神崎は言っていなかったか?
「なるほど……そういうアプローチという訳かな」
何かを理解したように、そう呟く香月先輩だった。
俺と朝山先輩は思わず目を合わせ、首を傾げる。
「ああ、つまりね。私と岩倉君で情報に差異があるのは、単純に手段と目的の違いという訳だよ。私は世界の真理を解明する為に、究極の問いについて研究している。妃那美は宇宙の果てへ到達する為に、幽体離脱という手段を用いている。岩倉君は自分に起きている現象をより深く理解するために、シナスタジアについて調べている、そういった違いだよ」
つまり俺が聞いたのは手段であって、目的ではないという事か。
俺は神崎から手段を聞いたのみで目的についてはまだ知らず、逆に香月先輩は目的を知っていたが手段については知らなかったという事を言いたいのだろう。
「怜菜の発表を聞けば全てが分かることだよ。ただね、私から言っておきたい事があるとすれば、彼女が目的としている事は正直、荒唐無稽な事に聞こえるかもしれない。事実、私も話を聞いた時には、信じられないという気持ちが芽生えたからね。しかし、怜菜という人間を知っていくほどに、その気持ちは段々と薄れていった。今ではそうだね、彼女のいう事を信じるほどになっている……何が言いたいのかというと、彼女の発表内容を聞いて驚くことはあるかもしれない。ただ信じる、信じないは別にしても、研究会のメンバーとして、そこは受け止めてあげて欲しいと思っている。まあ、こんな事はわざわざ言わなくても大丈夫だと思うけどね」
「大丈夫だよー。だって神崎さんはさー、私の幽体離脱体験なんていう、他の人に話したら笑っちゃいそうな話を信じて、色々調べたりしてくれてたじゃん。私もねー、神崎さんがどんな研究をしようとしてたとしても、それについて一緒に話とかしたいなーって思ってるもん」香月先輩がそこまで言う神崎の目的というのが何なのか、正直それは凄く気になるし、そこまで言われて身構えてしまう気持ちもあった。ただ、俺も朝山先輩と同じだ。
「そうですね。俺も同じです。例え神崎がどんな研究内容を発表したとしても、俺はそれをバカにするような事は絶対にしないです」
口をついて出た言葉。
それは、電話口で神崎が俺に言ってくれた言葉と、ほとんど同じものだった。
発表が終わり、質疑応答の時間となった。 皆がそれぞれの飲み物を片手に円卓へと集合した後、俺が発表した時と同様に会長特権を発動した香月先輩から発せられた質問は、このようなものだった。「岩倉君も妃那美も気になっているだろうからね。君の研究テーマである次元についてではなく、観測者という存在についてもっと詳しく話を聞かせてもらおう」「……はい。信じられないような話で皆さんを混乱させてしまっていると思うので、何でも質問してください」 それは、主に俺と朝山先輩へ向けられた言葉だった。 事実、朝山先輩の目と表情からは、困惑という感情が見て取れる。 それは、俺も同じなのだろう。「そうだね。君は観測者の視線を、岩倉君を通して感じ取ったと言っていたね。それは、どのような感覚なんだい?」「通常、人から感じる視線は一つです。でも、観測者が岩倉君の視点を持っている時、その視線を二重に感じます」「二重にか……人から視線を感じるというのは、まあ珍しいことではないだろう。しかし、それを一人の人間から二重に感じるというのは、想像し難い感覚だね。その二重の視線というのは、今も感じているんだよね?」「はい。今日、観測者の視線を感じたのは、私が発表の準備を進めている最中でした。それ以降も、まだ消えていません」 神崎の言う事を信じるのであれば、今も観測者とやらは俺の視点を借りて、皆に視線を送っているということだ。 その事実を改めて理解し、俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。 俺の意思とは関係なく、よく分からない存在が勝手に俺の視点を借りているというのは、何とも気味が悪い。「あ、そっかー。私の発表の時に幽霊がいるかどうかって聞いてきたのって、それを確認する為だったってことかな?」 思い出したかのように言った朝山先輩の質問に、神崎は頷いて答える。「観測者の正体について、それが霊的な何かなのではないかという考えもありました。でも霊感があるといっていた朝山先輩の言葉で、その可能性は捨てました」 そういえば
火曜日の放課後。神崎が研究テーマを発表する日となった。 万物研究会では既に研究会のメンバーが全員集まり、神崎が発表準備を進めているという状況だった。 流石にこれでもう、四回目だ。 発表までの流れを既に知っていた俺は、いつも先輩にその作業を任せるのも悪いだろうと思い「今回は俺がやりますよ」という言葉を残して、香月先輩が前回までそうしていたように、室内灯のスイッチ付近に立っていた。 先輩達二人は既にいつもの定位置に座っているので、後は神崎から準備完了の合図を待つだけだった。 配線作業が終わったのか、神崎の傍にあるノートPCの画面がスクリーンに映し出される。 それで準備が整ったのだろう、神崎がこちらに目線をくれたのを合図に、室内灯のスイッチをオフにする。 スクリーンに映し出された、スライドデータの表題に目を向ける。 そこには、こう書かれていた。【次元について】「それでは準備が出来たので、私の研究テーマについて発表します。私が研究テーマとして選んだのが、このスライドの表題となっている次元についてです。次元については既に知っていると思いますが、簡単に説明だけします」 神崎がPCを操作し、スライドを次のページへと移動させる。 映し出されたのは、真っ白な背景の中央に直線だけが引いてあるページだった。「そもそも次元というのは数学において、空間の広がりを示すための指標です。なので、一次元というのはその文字の通り、次元が一つしかない空間の事を言います。簡単に言ってしまえば、直線しかない空間が一次元です。一方向に伸びる長さだけがあり、それ以外の広がりを持ちません」 神崎によって、次のページが写し出される。 今度はページの中央に、縦方向と横方向に線が引かれていた。「今度は縦と横に空間が広がりました。これが二次元空間と呼ばれているものです。一次元との違いは、直線的な移動だけでなく、面状の移動が可能になったという点です。現代的な意味だと、アニメや漫画といったメディア媒体に登場する人物を、二次元キャラと言ったりしますが、それは二次元という平
休日をどのように過ごすかは人それぞれだと思うが、こと俺に関して言えば、一駅隣にある大型のショッピングセンターに足を運ぶ頻度が高かった。 そこは日本一大きなショッピングセンターと言われており、店舗面積は日本最大。 一日では到底、全店舗を回りきれないほどの広さを持っている。 求めているものを探せば、大抵は見つかると言っても過言ではない。 その場所に足を運ぶ機会が多いのは、やはり子供の頃から隣町に住んでいるからという理由が大きい。 区画は大きく月エリア、星エリア、空エリアに分かれている。 その中でも俺がよく利用しているのが、月エリアの一階に店舗を構えている書店だった。 古めかしさの全くないその書店には、本のみならず家電や食べ物、子供用のおもちゃなど多様なものが販売されている。 本を買った後、それを読む空間まで用意されているのだから、是非ともこの書店内で存分に寛いでくださいという企業からの想いが伝わってくるかのような場所だった。 俺はこの店で気になった本を手に取っては流し読み、面白そうだと感じた本を購入しては、併設されているカフェでその本をゆっくりと読む時間が好きだった。 今日もそんな時間を過ごそうと、俺は書店内を歩きながら本を物色していた。 基本的に選ぶ本はミステリ小説やホラー、SF、ライトノベルといったエンタメ要素の強い本だ。 普段はそういった作品を好んで読んでいるのだが、今回は少し趣向を変えてみることにした。 自身での発表を終えた事により、俺にも研究会メンバーとしての自覚が芽生えてきたのかもしれない。 手に取った本はそれぞれ香月先輩、朝山先輩、そして俺が研究している内容の参考になりそうな本だった。 合計三冊の本を購入した俺は、書店内に併設されているオープンカフェでアイス珈琲を注文する。 店員が珈琲を用意している間、なんとなしにテラス席の方へと視線を向ける。 その視線の先に、見知った顔を二つ見つけた。 五つ用意されているテラス席の一つに、向かいあった状態で腰かける香月先輩と、朝山先
俺の発表が終わると、例の如く機材の片づけから始まり、香月先輩が入れた珈琲をお供に四人で円卓を囲む形となった。「さて、ここで会長特権を使わせてもらおう」 皆が珈琲に口を付けた後、いの一番に口を開いたのは香月先輩だった。「会長特権?」 首を傾げて疑問を投げた朝山先輩に対し、香月先輩はコクリと頷く。「妃那美も怜菜も、岩倉君に質問したい事があるのは分かっているが、ここは会長特権を使わせてもらう。つまり……質問は私からだ」「えー、なんだそれー。ずるいぞー!」 やんややんやと文句を言う朝山先輩を無視して、香月先輩は俺へと視線を向けた。 ちなみに神崎はというと、親指ってそんな速さで動くのかと驚かざるを得ない速度で、スマートフォンを弄っている。 また、何か調べているのだろう。「まずは岩倉君、発表お疲れ様。とても……本当にとても興味深い内容の発表だったよ。シナスタジア、私もその言葉自体は知っていたけどね。君の発表からは私の知らない新しい知識が沢山得られたよ。特に共感覚の知覚現象の例や、君自身に生じている現象については、とても興味深いね。なんというか、私達人間の感覚、知覚と呼ばれているものは想像以上に複雑で奥深く、どこか神秘的とさえ感じた」 そう話す香月先輩は、どこか楽しそうだ。 その瞳からは楽しい、関心といった感情の色が見えた。「さて、私からの質問だが、君は他人の目から感情の色が見えると言っていたね。いま私の目からも、その色が見えるのかな?」「はい、見えますね」「どんな感情の色が見えているんだい?」「今は黄色と橙色なので、楽しい、もしくは嬉しいかな。後は興味、関心といった感情の色も混じって見えます」「……ふむ、当たっているね。私自身の今の感情として、それが正しいと思う。楽しい、嬉しいと言った感情は喜びに付随するものだから、同じ色に見えるということかな。興味、関心に関しても類似した感情と言える……感情と色の結びつきについ
水曜日の放課後になった。 俺は緊張に弾む心臓の音を少しでも落ち着かせようと、一度だけ深呼吸をしてから、万物研究会への扉を開く。 部屋には既に、香月先輩の姿があった。 今日は俺が研究テーマを発表する日なのだが、彼女は機材の準備だけ既に進めてくれているようだった。「やあ、岩倉君。発表用のデータは持ってきてくれたかな?」「あ、はい。これです」 俺は学生鞄の中から、予め香月先輩から預かっていたSDカードを取り出し、それを彼女に渡す。 SDカードの中には発表用に使うスライドデータのテンプレートと、それを元にして俺が作成したスライドデータが格納されている。 香月先輩は俺から受け取ったSDカードを、彼女が持っていたノートPCにあるメモリースロットに差し込んだ。 SDカードから読み込まれたスライドのデータが、PC上に表示される。「ほう、興味深いね。これは、もしかして君自身の――」 そこまで言った所で、香月先輩は言葉を止めて緩やかに首を左右に振った。 ふわりと香ってきたシャンプーの香りに、一瞬だけ気を取られた。「いや、すまないね。発表前だというのに、つい質問してしまいそうになってしまった。質問は、後の楽しみにとっておこう。あとはこのケーブルをここに差し込めば、スクリーンにPCの画面が表示される。スライドのページ移動に関しては分かるよね?」「はい、大丈夫です」「よろしい。では、準備完了だ」 そんなやり取りから数分も経たない内に、朝山先輩がいつもの「やほー」という挨拶で登場した。 そのすぐ後に、神崎が無言のままペコリと頭を下げながら姿を見せた。 メンバー全員が揃い、それぞれが定位置へと着いた所で、香月先輩によって部屋の電気が消灯される。 そのタイミングに合わせて、俺は先ほど言われた通りにケーブルを配線した。 問題なくPCの画面がスクリーンに投影されているかを確認した後、皆の反応を伺う。 朝山先輩は首を傾げている。その様子から察するに、どうやら彼女はスクリーンに映し出
日曜日の午後、俺は学校からタブレットPCを家に持ち帰り、そのキーボードを叩いては、頭を捻るという行動をひたすらに繰り返していた。 香月先輩と朝山先輩、万物研究会の既存メンバーである二人の発表が終わった。 そのため、次は新メンバーである俺と神崎が研究テーマについて発表する運びとなったのがその原因だ。 香月先輩からは、今週どこかのタイミングで、簡単に研究テーマについての発表をしてほしいと頼まれている。 しかし、その研究テーマというものが、中々決まらない。 研究対象は何でも良いとは言われているものの、そこまで自由だと逆にテーマを選定するのが難しいと感じた。 いや、実を言うと一つだけ頭に浮かんでいる事が、あるにはあるのだ。 だが、それを研究テーマとして皆の前で発表するというのには、若干抵抗を覚えた。 なぜならそれは、自分自身に関連することだから。 幼少期にその事を他者に告げた事で、周りから奇異の目で見られたり、からかわれたりする事となった経験は、俺の中でまだ少しトラウマとして残っている。 これはあまり他人に吹聴して回る事ではないという考えは、そういった経験から来るものだった。 しかし、その一方でこうも思うのだ。 香月先輩や朝山先輩が俺の何かを知った所で、俺への態度を変えることなんてあるだろうかと。 まだ短い付き合いなのだが、俺はそう思えるくらいにあの人たちの事を信用しているし、好意的な存在だと捉えている。 神崎に関しては、正直よく分からない。 あの不思議系美少女に関しては、何を考えているか全く分からないからだ。 俺を困惑させる数々の発言や行為は、未だ留まる事を知らない。 そもそも、俺があいつの事をどう思っているのか、俺自身がよく分かっていない。 苦手である事は、間違いない。 あの非日常的な何かを感じる瞳が、好きになれない事は間違いない。 でも、だからと言って神崎の事が嫌いかというと、そういう訳でもない。 あいつの事を考えると発
神崎に誘われて万物研究会へ顔を出してからの数日は、俺が思っていたよりかは平凡な高校生活となった。 家から近いというのが志望した理由として大きな割合を占めていたこともあり、同級生の中には中学からの顔馴染みも多かった。 そういった理由で友達作りに困ることもなく、クラスメイト達とどうでも良い話で笑いあったり、ふざけあったりして日々は過ぎていった。 何も特筆することもない、どこにでも見られるような普通の学校生活。 そんな生活を送る中でも時折、研究会の事が頭を過ぎることはあった。 クラスメイトから、一緒にバスケ部に入
万物研究会についての説明は、概ね神崎から聞いていた通りのものだった。 研究内容に、指定はない。 各々が自由に興味のある事を調べ、考察、実験、観察、調査した結果を発表したり、それについて議論をしたりするというのが主な活動内容ということだ。 意外だったのが、研究会のメンバーは現状、香月先輩と朝山先輩の二名だけというものだった。 というのも、去年同じクラスになった二人が各々興味のある分野での話で大いに盛り上がり、話のノリとその場の勢いで立ち上げた研究会で、神崎を除いては特に誰かを誘うという事もなかったらしい。
香月先輩の発表が終わり、室内が明るくなった。 俺は少しぼんやりとした頭を覚醒させようと、軽く頭を振ってから室内を見回す。 今しがた発表を終えたばかりの香月先輩は、一息つこうと思ったのだろう。優雅に珈琲を淹れている。 朝山先輩は、脳がショートでもしてしまったのだろうか、ポヤーっという擬音が発せられそうな面持ちで、ぼんやりと中空を見つめている。 神崎はというと、スマートフォンを片手に何かを調べているようだった。今の発表に対して調べているのだろうか。だとしたら流石優等生、勤勉なことだ。「岩倉君、君も飲む
強引に連れてこられた万物研究会の部室には、予想していた通り既に神崎と朝山先輩の姿があった。 二人は中央にある楕円形のテーブルを挟んで、向かい合う形で座っていた。 両手に自前のものだろうか、黒猫のプリントが施されたカップを持ったまま、俺の姿を見た神崎が瞳の色を変える。 朝山先輩は「やほー」と軽い口調で俺と香月先輩を出迎えた後、ササっと俺が座るための椅子を用意してくれた。「あ、なんか、すいません。ありがとうございます」 用意してくれた椅子に腰かけると、朝山先輩は柔和な笑みを俺に向けた。 初めて会