LOGIN「……来た」
「ああ、そうか」研究会の部室を後にした俺と神崎は、肩を並べて帰宅の徒についていた。
いま神崎は来たと言ったので、どうやら観測者という存在が、また俺の視点を借りに来たらしい。
ついさっきいなくなったと思ったら、数時間の内にまた現れる。
神出鬼没な奴だ。
結局、観測者についての話し合いを進めても、その正体について答えは出ないだろう。
俺たちにとって、観測者はその存在が異質過ぎる。
神崎はその正体を解明する事を目的としているが、それは容易ではないだろう。
そんな事を考えながら、夕日に染まる住宅街の道を神崎と歩き続ける。
このまま進み続ければ駅前へと到着し、そこで神崎とはお別れだ。
「なんで神崎は、観測者の視線を感じ取れるんだろうな?」
「それに関しては、思い当たる事はある」 「へえ、思い当たる事ってなんだ?」 「私は幼少期の頃から、人の視線というものに凄く敏感だったから。他者視線恐怖症って呼ばれている病気で、酷い時期には外出も出来ないほどだった」それは、とても意外だと感じる告白だった。
俺の知っている神崎怜菜という人物に、そういう素振りはまるで見られなかったからだ。
中学生の頃は視線恐怖症とは思えないほどに、俺の事をジロジロと見たりしていたし、新入生代表挨拶や先ほどの発表も難なくこなすほど、寧ろ人の視線に恐れなど抱いていないという印象の方が強い。
「心理療法で少しずつ改善して、今ではもう完治しているけれど。多分、そういった経験からじゃないかなっていう推測。ちなみに完全に完治したのは、中学生の時に貴方……観測者の視線を感じた事が、キッカケになってる」
なぜ観測者の視線を感じた事が、完治のキッカケになるのだろうか。
その理由を、神崎は話してくれた。「観測者の視線を感じたあの瞬間から、私は人に見られるという行為そのものに、恐怖心を抱かなくなった。異質な存在である観測者の視線に比べれば、普通の人間である他人の視線なんてどうってことないもの。そう思って視線恐怖症を克服できたことに関しては、観測者に感謝の気持ちさえある」
観測者の視線を感知している状態である神崎の目の色に、マイナスの感情ばかりが見られなかったのには、そう言った理由もあったのだろうか。
「変な奴だな。普通、よく分からない何かがこっちを見ているって分かったら、気味が悪いし怖いだけだろ」
「勿論、そういう感情が全くない訳じゃない……っていうのは前にも話した通り、岩倉君には分かっている事だと思うけど。それ以上に私は、観測者という存在についてもっと知りたいという興味や、その存在を感知できた喜びという感情の方が大きかった」 「それは、俺には持てそうにない感情だな」 「どうして?」 「その観測者とかいう奴は、許可なく勝手に俺の視点をカメラみたいに使ってるんだろ? そんなのまるで、俺を使って盗撮でもされているようで気分が悪い」 「盗撮って……ふふ」ただ文句を言っただけのつもりだったのだが、神崎は何かが面白かったらしく、口元に手を当てて小さく笑った。
神崎がそうやって笑うのを俺は初めて見たので、少し驚いた。
「岩倉君は観測者の視線を感じるなんて、そんな非現実的な私の話を信じてくれるんだね」
「驚きはしたけどな。神崎が、そんな意味の分からない嘘を吐くような人間ではないって分かるくらいには、俺にも人を見る目があるって思ってるよ」 「正直、岩倉君に観測者の事を話すのには、抵抗があった。絶対に混乱させてしまうと思ったし、頭のおかしい奴だと思われたら嫌だなって考えていたから。でも、そう思ってくれているのなら安心した」頭のおかしい奴……とまで思っていないが、常日頃から変な奴だとは思っていたぞ、という言葉は口に出さず飲み込んでおく。
「神崎だって、俺の共感覚っていう現象を信じてくれているだろ?」
「信じない理由はない」 「俺だって、そうだよ。信じない理由はない」 「そう」そんなやり取りをしている間に、駅前にある本屋の前へと到着した。
俺と神崎は、その場で足を止めた。「それじゃあ、また」
「ああ、またな」短い挨拶を済ませた後、俺と神崎は互いに背を向け、逆方向へと歩き始める。
別れ際、俺を見る神崎の虹彩には相変わらず多彩な感情の色が見えた。
だが、前のように、それを気味が悪いと感じる事はなかつた。
◇ ◇ ◇
さて、観測者とやらよ。
今もお前は、俺の視点を借りてこの世界を見ているのか?
何が目的で俺の視点を借りて、世界を観測しているのかは知らない。
だがまあ、別に良いさ。
ただ観測するだけなら、別にそれは許そう。
俺たちに何も危害を加える気がなく、ただ観測をしているだけなのだというのなら、俺の視点くらい貸してやる。
ただ、せめて俺のプライベートな時間くらいは、目を瞑っていてくれないか。
そうだな、せめて俺が消えてくれと願った時には、いなくなってくれないか。
なあ、聞いているか?
聞いているなら、返事くらいしてほしいもんだ。
◇ ◇ ◇ 今になって思い返してみると、高校へ入学してからの日々は、俺にとって刺激的な日々の連続だったように思う。究極の問いについて思考を重ね、世界の真理を解明する事を目的としている香月先輩。
幽体離脱を用い、宇宙の果てへの到達を目的としている朝山先輩。
観測者の視線を感じ取り、次元の研究によってその正体を明かす事を目的としている神崎。
この三人と出会い、研究会の仲間として過ごしていく日々に対して、素直な感想を述べるのであれば、楽しいの一言に尽きた。
そんな事を、俺は真っ暗の天井を見つめたまま、自室のベッドの上で考えていた。
就寝前というのは、いつも色々と思考を重ねてしまうものだ。
例えばそれは、香月先輩の研究である究極の問いと世界の真理について。
これに関しては、俺も何度か考えはしたが、思考の果てはいつも袋小路だ。
しかし、こうやって答えのない問いに思考を向ける感覚が、俺は嫌いではなくなっていた。
寧ろ、ワクワクとした気持ちさえ沸いてくる。
それは、香月先輩も同じだろうか。
だとしたら、やはり俺はあの人からかなり影響を受けているのだろう。
例えばそれは、朝山先輩の研究である幽体離脱と宇宙の果てについて。
幽体離脱という体験は正直、俺には怖いと感じてしまう。
だが空を飛ぶ感覚というのは、想像すると楽しそうだ。
もし俺が幽体離脱をしたのなら、自由気ままに空を飛び回るだろう。
宇宙の果てがどうなっているのか知りたい気持ちはあるが、恐怖心からそれを目指せそうにはない。
普段はフワフワとした印象だが、俺には出来ないと想像するだけで諦めてしまう、果てへの到達を成そうとする朝山先輩の強さには驚かされている。
例えばそれは、神崎の研究である次元と観測者について。
神崎が俺たちとは違う次元の存在であると推測している、観測者という存在。
今も俺が見ているものを、観測者も見ているのだろうか。
いや、見ていないだろう。
こんな何もない天井を見ていても、そこから得られるものなど何もない。
それにあと数分もすれば、俺は瞼を閉じて眠りにつくことになる。
瞼の裏を見続けるなど、天井のシミを見る以上に退屈な行為だろう。
……さて、準備はもう全て整えてある。
後はもう、眠りにつくだけだった。
俺はゆっくりと、瞼を閉じる。
そして、やがてやってきた睡魔に身を任せ、俺は眠りへとついた。
実験が成功する事を祈りながら。
万物研究会の部室へと向かう途中、廊下の端で男子生徒が三人集まり、何かを話していた。 声までは聞こえない。 そもそも、聞く気もなかった。 ただ、こちらを見ながらヒソヒソと言葉を交わしているその様子は、正直あまり気分の良いものではない。 気にせず通り過ぎれば良いだけのこと。 それでも胸の奥に、小さな不快感が芽生えてしまう。 貴方からの視線だったら、こんな風には感じないのに。 そんなことを、また考えてしまった。 何もしていないのに、人の視線を集めてしまうことは昔からよくあった。 以前の私は、それが怖かった。 他者の視線に怯え、家から出ることすら出来なくなってしまったほどに。 あの頃に比べれば、少しは強くなれたのだと思う。 こうして不躾な視線を向けてくる相手を、睨み返せる程度には。 三人の男子生徒は私と目が合うと、罰が悪そうに視線を逸らし、そのまま足早に立ち去っていった。 私がこんな風に変われたのも、きっと貴方のおかげだ。 そう考えてしまう自分に、小さく苦笑する。 もう一カ月以上、岩倉君から観測者の視線を感じ取っていない。 その事実が、胸の奥に得体の知れない空白を作っていた。 次はいつ、私を見てくれるのだろう。 そんなことを考えながら、私は校舎の外へと出た。 六月。 梅雨入りしたばかりの空は、重く垂れ込めた灰色の雲に覆われていた。 湿った空気が肌にまとわりつき、吹き抜ける風はぬるく、生温い匂いを運んでくる。 校庭を横切るたび、足元の土がじっとりと水分を含んでいるのが分かった。 地面を踏みしめる度にわずかに沈む感触が伝わり、乾ききらない土の匂いがふわりと立ち上る。 部室棟までの距離はそう長くないはずなのに、雨が降り出す前の静けさが、時間そのものを引き延ばしているように感じられた。 頭上の雲がさらに厚みを増し、今にも雨粒が落ちてきそうになる。 私
プルチックの感情の輪について知ったのは、俺が共感覚についての研究を初めてから、数か月が過ぎた頃の事だった。 俺が感じ取れる感情と色についての説明を受けた香月先輩が、思い当たる節があると調べてくれたのが、それを知れるキッカケとなった。 あの人の知識の深さには、いつも驚かされるばかりだ。 説明によると、プルチックの感情の輪というのはアメリカの心理学者であるロバート・プルチックが提唱した、感情の理論に基づく視覚的なモデルの事らしい。 八つの基本感情に基づいていて、それらの感情がそれぞれ色で示されている。 その感情モデルを図解した画像を見たとき、俺はそれを初めて見た気がしなかった。 小さい頃に、どこかで見たことがあるような。 そんな、デジャブのような感覚に陥ったのだ。 もしかしたら、その感情モデルが俺の共感覚という現象の、ルーツとなっているのかもしれない。 なぜなら、俺が共感覚で感じ取る目の色と、プルチックが提唱した感情モデルが指し示している感情の色は、その全てが一致していたからだ。 それは、もし俺が万物研究会に入っていなかったら、絶対に知りえなかった事だろう。 こんな感じで、俺の研究に対する進捗については周りの助けもあり、悪くはないと言った所だった。 俺以外のメンバーが進めている研究についても、俺が分かっている範囲で少し触れて置こうと思う。 朝山先輩は、幽体離脱に対しての理解をもっと深めていこうと思っているらしい。 この前聞いた話では、変性意識と呼ばれる状態について調べているということだった。 変性意識は通常の意識状態とは異なる、意識の変化した状態を言うらしい。 なんでも、幽体離脱中はこの変性意識の状態にあるという事が分かったので、変性意識についての知識を足がかりに、幽体離脱への理解を深めていくと話していた。 いつか、彼女が宇宙の果てへと辿り着ける日は来るのだろうか。 それは、正直分からない。 だが、彼女が幽体離脱を用いて宇宙の果てへの到達を望み続ける限り、俺はこれ
「つまり、小夜子先輩は、観測者をラプラスの悪魔みたいな万能の存在だと思ってるってこと?」「多分な。少なくとも、俺にはそう聞こえた」 中間考査を終えた週の日曜日。 俺は神崎に誘われ、以前にも立ち寄った駅前のファーストフード店へ来ていた。 本を買いに行きたいから付き合ってほしい。 理由はそれだけだった。 呼び出されたのが十一時過ぎだったこともあり、先に昼食を済ませてから本屋へ向かう流れになっている。 窓際のカウンター席。 前と同じように、神崎は両手でハンバーガーを持ちながら、小動物みたいに少しずつ食べ進めている。 その様子を眺めていた俺の視線に気づいたのか、神崎がこちらを見た。 そして、 静かに二度、瞬きをする。 観測者がいる。 最近では、その合図にも随分慣れてしまった。 その瞬間だけはいつも、神崎の瞳がほんの少しだけ遠くを見る。 俺ではない何かを。「小夜子先輩は私なんかより、全然思考が深い人だから」 神崎が紙コップを指先で回しながら言う。「だから、そう思ったってことは、きっと私達が気づけてない何かに辿り着いたんだと思う」「かもな。でも、俺にはさっぱり分からん」 俺は自分の目元を軽く指差した。「神崎の仮説だと、観測者って俺の顕在意識を通して世界を見てるだけなんだろ?」「うん」「だったら、なんで全知全能みたいな話になるんだよ。考えれば考えるほど意味分からん」 神崎は少しだけ考え込むように視線を落とした。「……小夜子先輩、他にも何か言ってなかった?」「他?」 香月先輩とのやり取りを思い返す。そういえば、妙に引っかかる言葉が他にもあった。「確か、箱の中がどうとか言ってたな」「箱?」「ああ。箱の中の猫であり続けるつもりはないとか」 神崎の表情が僅かに変わる。「…&hel
今日はバイトがあるから研究会には顔を出せない。小夜子のこと、よろしくね。 そんな言葉を最後に、朝山先輩とは別れた。 あそこまで言われてしまえば、流石に無視はできない。 放課後、俺はそのまま部室棟へ向かっていた。 途中、神崎からメッセージが届く。【今日は中間考査の勉強するから研究会へは行けない】 流石は優等生だ。俺なんて、勉強しないとなと思っているだけで一日が終わるタイプだというのに。 そんな現実逃避じみたことを考えているうちに、万物研究会の部室前へ辿り着く。 扉を開けると、室内には既に香月先輩の姿があった。 香月先輩は窓際に立ち、ぼんやり外を眺めていた。 夕暮れ前の曇り空。ガラスには室内が薄く反射している。 その姿が妙に静かで、一瞬声を掛けるのを躊躇った。 俺に気付いた香月先輩が振り返る。「やあ、岩倉君。お疲れ様」 笑っている。けれど、どこか無理に口角を上げているようにも見えた。「お疲れ様です」 香月先輩の瞳を見る。紺色。沈んだ色だった。 悲嘆。 疲労。 諦念。 そんな感情が薄く混ざっている。「珈琲を淹れよう」 そう言って立ち上がろうとした香月先輩を、俺は軽く手で制した。「今日は俺がやりますよ。先輩、座っててください」「おや、気を遣わせてしまったかな」「そういうわけじゃないです」「ふふ。では、お言葉に甘えよう」 香月先輩は再び椅子へ腰を下ろす。 俺は棚から器具を取り出し、珈琲を淹れ始めた。 豆を挽く音が、静かな部室へ広がる。その間も香月先輩は窓の外を見ていた。 いや、 正確には窓に映るこちら側を見ているようにも思えた。 朝山先輩の言っていた通りだ。どう見ても様子がおかしい。 二人分の珈琲を淹れ終え、紙コップを差し出す。 香月先輩は「ありがとう」と小さく呟いた。
全くもって非日常的な存在である観測者の存在に一歩近づけたとはいえ、日常に何かしら劇的な変化が起きるわけでもなく、日々は淡々と過ぎていった。 気がつけば、あっという間に四月も終わり、五月になっていた。 体力テストや開校記念日といった学校行事を終え、中間考査を翌週に控えた日の昼休み。 俺は購買でパンを買い、教室に戻って昼食を摂ろうと、校舎内を歩いていた。 一年の教室がある三階への階段を登ろうとしていた矢先、ばったりと朝山先輩と遭遇する。「あれー、岩倉君だー。やほー。これからお昼かな?」 声を掛けて来た朝山先輩の手には、同じ購買で買ったと思われるパン数個と飲み物があった。 俺は先輩に一度頭を下げた後、言葉を返す。「はい、これから教室に戻って、お昼にしようかと」「そっかそっかー。もし他に約束がなければ、一緒に食べない? ちょーっと、話したい事もあるし」 先輩の誘いを、無下に断ることもできない。 それに、朝山先輩が話したい事というのが何なのかも気になった。 俺は朝山先輩の誘いに頷いて答えると、その後に付いていく事にした。 辿り着いた先は、体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下、その横に位置する屋外ベンチだった。 朝山先輩はベンチに腰かけ、その隣に腰かけるよう、ポンポンとベンチを叩いて俺に促してくる。 誘われるがまま、俺は朝山先輩の隣に腰かけた。「えっとね、実はお昼一緒に食べようって言うのは口実なんだ。私ね、ずっと前から岩倉君のこと……」「え?」「なーんて、冗談! ここを進んだ先の校舎裏ってねー、人が来ないからたまに告白する場所とかになってたりするんだよねー」 悪戯な笑みでニコニコしたまま、朝山先輩は手に持ったメロンパンの袋を開け始める。 最初こそかなりドギマギとさせられたが、朝山先輩とのこういったやり取りにも、少しずつ耐性がついてきたように思う。 俺は「そうなんですね」と返事をしながら、購入したコロッケパンの袋を開けて、それに噛り付い
観測者について話している内に、気付けば辺りは夕暮れに染まっていた。 研究会で過ごす時間は、妙に短く感じられてしまう。 香月先輩と朝山先輩は隣町から通学しているため、活動後はバス停方面へ向かう。 一方で、俺と神崎は徒歩圏内だ。 だから自然と、帰り道は二人になることが多かった。 校門を出ると、夕日が街全体を橙色へ染めていた。「皆には感謝してる。あの実験のおかげで、観測者の正体を解明するという私の目的に、かなり近づけたんじゃないかなって思うから」 確かに、観測者について判明した事実は多いだろう。 今回の実験結果は、その正体を解明するための足がかりとするには、及第点といった所ではないだろうか。 とりあえずは、一歩前進したと言える。 神崎もそう思っているから、満足そうにしているのだろう。 俺は今回の結果を受け研究会のメンバーで考察を重ねていけば、やがて観測者の正体を解明出来る日が本当にくるのではないかと、そんな気持ちにさえなっていた。 しかし、現時点においては、その存在の正体は未だ分からぬままだ。「考えれば考える程に、訳の分からない存在だよな。この観測者ってやつは」 隣を歩きながら、俺の言葉にコクリと頷く神崎。 俺の言葉には全くもって同意だと、その目が告げていた。「見ているのに、視覚から情報を得ていないっていうのが、一番意味が分からん。じゃあ、何で見ているんだよって話だろ」「岩倉君の顕在意識を読み取れるのであれば、そもそも見る必要はない。視覚から得た情報の処理については、岩倉君に任せれば良い。だというのに、観測者はこちらを見ている」「……観測者は、窓越しに香月先輩の姿を見たんだよな?」「うん。あの日は外が暗かったから、反射した姿は私達にもハッキリと視認できた」「うーん……そもそも、人間とは構造が違うって可能性はないか?」「というと?」「つまり、《《人間の目は窓に反射した姿を視認で
水曜日の放課後になった。 俺は緊張に弾む心臓の音を少しでも落ち着かせようと、一度だけ深呼吸をしてから、万物研究会への扉を開く。 部屋には既に、香月先輩の姿があった。 今日は俺が研究テーマを発表する日なのだが、彼女は機材の準備だけ既に進めてくれているようだった。「やあ、岩倉君。発表用のデータは持ってきてくれたかな?」「あ、はい。これです」 俺は学生鞄の中から、予め香月先輩から預かっていたSDカードを取り出し、それを彼女に渡す。 SDカードの中には発表用に使うスライドデータのテンプレ
日曜日の午後、俺は学校からタブレットPCを家に持ち帰り、そのキーボードを叩いては、頭を捻るという行動をひたすらに繰り返していた。 香月先輩と朝山先輩、万物研究会の既存メンバーである二人の発表が終わった。 そのため、次は新メンバーである俺と神崎が研究テーマについて発表する運びとなったのがその原因だ。 香月先輩からは、今週どこかのタイミングで、簡単に研究テーマについての発表をしてほしいと頼まれている。 しかし、その研究テーマというものが、中々決まらない。 研究対象は何でも良いとは言われているものの、そこまで自由
朝山先輩の発表が終わり、機材の片づけを皆で協力して完了させた後、俺たち万物研究会のメンバー四人は中央のテーブルに集まって一息ついていた。 発表を終えた朝山先輩は何だかんだ緊張していたようで、その糸がほぐれたかのように脱力している。 香月先輩は優雅に珈琲の入ったカップを啜っており、その視線はテーブルに突っ伏している朝山先輩へと向いている。 神崎はというと、前回と同様にスマートフォンで何かを調べているようだった。「妃那美、発表について質疑応答の時間を取りたいんだが、いけるかな?」 香月先輩の言葉に勢いよく体を起
そんなこんなで火曜、水曜、木曜日と日々は過ぎていき、あっという間に朝山先輩が発表する日である金曜日になった。 放課後に研究会へとやってきた俺は、既に三人揃っていた面々への挨拶を済ませた後、いつもの定位置へと腰かける。 今日の主役とも言える朝山先輩は「配線間違えたー」とか「あれー? スライドどこに格納したっけー」等と独り言を言いながら、準備を進めている途中だった。 そこから発表までの流れは、香月先輩の時とほとんど同じだった。 朝山先輩の「準備かんりょー」という言葉を合図に、香月先輩が室内灯のスイッチをオフにする。