LOGIN「奴隷って呼ばれてもいいかも。
そんなふうに呼ばれたら、俺のチンポ、壊れそう。」
「もしかして……
マゾなんですか?」
「今までは違ったけど。
ご主人様相手なら、そうなのかもしれない」
「どうして私だけなんですか」
「ご主人様にしか反応しないんですから」
ジュハは短くため息をつき、ひらひらと手を振った。
本当はこんな話をするつもりではなかった。
なのに、気づけば毎回こんな結論になってしまう。
「とにかく。
外で『ご主人様』って呼ぶのは禁止です」
「なんで?
じゃあ何て呼べばいい?
ジュハさん?」
「呼ばなくていいです」
「えぇー。
じゃあ、せめてタメ口くらい駄目?」
その図体で「えぇー」って何なの。
しかも拗ねるって。
こんなことで。
三十一歳にもなって。
ジュハは急にどっと疲れ、額へ手を当てた。
名前で呼ぶことすら難しいのに、いきなりタメ口など簡単にできる気がしない。
それでも、やらなければならなかった。
もっと無茶なことまでさせて、この男を諦めさせるつもりなのだから。
「……分かった」
八歳も年上の大男へタメ口を使う日が来るなんて、考えたこともなかった。
酔った勢いで見知らぬ男と関わってしまったことはあっても、それ以外はごく普通に生きてきた人生だった。
八歳年下の小柄な女からタメ口を向けられた男は、なぜかさっきよりもずっと嬉しそうに笑っていた。
「確認も終わったし。
今日はもう帰って」
「えっ。
ここまでさせておいて、このまま帰れって?
人をあんなに恥ずかしい目に遭わせておいて?」
「全然恥ずかしそうじゃなかったくせに。
それに、奴隷なのにずいぶん口答えするんだね」
面倒くさそうに言い放つジュハ。
あれほど顔には弱そうなのに、態度だけはどこまでも素っ気ない。
ドヒョクは、何か別の方法を考えなければいけないと思った。
だから仕方なく頷く。
「分かった」
「あ、それと。
連絡もしないで。
学校へ来るのも駄目」
「それって放置じゃないですか、ご主人様!
いつ連絡くれるんです?」
「三日以内」
ドヒョクはじっとジュハを見つめた。
本当に約束を守るのか、確かめるように。
もっとも。
三日経っても連絡が来なければ、また大学へ行けばいいだけなのだが。
「連絡がなかったら、また学校へ行きますからね」
「分かった。
分かったって。
ご主人様でも何でもやるって言ったじゃん。
少しは人のこと信じてよ、本当に」
ジュハはうるさい小鳥でも追い払うように、また手をひらひら振った。
……ああ、本当に。
オ・ジュハ。
どうしてこんなにも反応してしまうんだ。
ドヒョク自身にも、その理由は分からない。
思い返せば、二日前だって。
彼女は自分を見ても終始あの気だるそうな顔のままだった。
もし、それが好きなのだとしたら。
本当にマゾだと言われても、言い返せない気がした。
「追い返して、ご主人様はどこへ行くんですか?」
「家。
疲れたから」
「送っていきましょうか?」
ジュハは二日前に見たドヒョクの車を思い出した。
真っ赤なスポーツカー。
しかも、とんでもなく高そうで、何をいじったのか爆音まで響かせる車だった。
こんな安モーテルが並ぶ通りには、どう考えても似合わない代物だ。
「いい。
バスで帰る」
「じゃあ、せめてタクシーだけでも。
それくらいはさせてください。本当に」
歩いて帰ると言っている人間に、どうしてそこまで食い下がるのか。
そう思った。
だが、これ以上断るのも、もう面倒だった。
ジュハは仕方なく頷く。
途端にドヒョクの表情がぱっと明るくなった。
……やっぱり、この人。
本当にヤクザ……なんだろうな。
そんなことを考えながら、ジュハは彼のうなじへ目を向けた。
あの刺青を見れば、
違うと言うほうが無理だった。
結局、ドヒョクが呼んだタクシーへ乗り込み、そのまま家へ帰った。
呆れたことに、ドヒョクは住所を聞きもしなかった。
これでよく自営業なんて言えたものだ。
ともかく。
これから三日の間に考えなければならない。
この男を諦めさせる方法を。
◇
「お金貸してって言ってみな。
それで大体の男は逃げるから」
「…………」
ジュハは頭の中でドヒョクを思い浮かべた。
どう見ても、人に金を貸しまくっていそうな男を。
頼まれたら誰よりも早く貸して、その代わり毎日のように取り立ての電話をかけてきそうな男を。
ヘジンの言うように、「普通」の人なら効果はあるだろう。
だが残念ながら、あの男は「普通」からは程遠い。
「普通、一千万とか二千万ウォンでも貸してって言えば逃げるよ?
でも、しつこそうな相手なら一億くらい言っちゃえば?」
ジュハはヘジンの言葉を聞きながら、自然とあの真っ赤なスポーツカーを思い浮かべた。
あの男なら、一億ウォンくらい小遣いみたいに出しそうだった。
……その代わり、取り立てはもっとすごそうだけど。
一日ごとに利息が何十万、何百万と膨れ上がって。
にこにこ笑いながら、あっさり貸してくれそうだ。
取り立てまで、あんな笑顔でするんだろうか。
そんな想像ばかりが浮かぶ。
金額をどれだけ増やしたところで。
あの男を諦めさせられる気は、まったくしなかった。
「それでも駄目そうなの?」 ヘジンは心底驚いたように言った。 駄目どころか、余計に面倒なことになるのは目に見えていた。 あの男なら、間違いなくそうなる。 お金じゃない。 もっと別の方法が必要だった。「それじゃなくて、その……性的に引くような方法とかない?」「それなら、九八・三パーセントくらいの確率で逃げ出す方法があるよ」 妙に具体的な数字だった。 だからこそ妙な説得力もある。 ……とはいえ。 あの男は、残り一・七パーセントのほうへ平気で入りそうな気もした。 普通じゃない、というのはそういう意味だ。「何?」 とりあえず聞くだけ聞いてみよう。 どうせ今のジュハには、どんな方法でも試すしかなかった。「自分が挿れる側だって言えばいいの」「……私には、ないけど」 一瞬意味が分からなかった。 だがすぐに察し、ジュハはそう答えた。 もしそういう意味なら、自分には"それ"がない。 自然と、ドヒョクのものを思い出す。 あの、とんでもなく大きかったものを。 もちろん、自分には似たようなものすらない。 何となく自分の指先を見下ろく。 ……これじゃ、どう考えても無理だ。「ペニバン使えばいいじゃん」 何それ、と聞くより早く、ヘジンはスマートフォンの画面を見せてきた。 ジュハは思わず顔をしかめる。 こんなものを脚の間へ付けたいとは、とても思えなかった。 説明されなくても用途くらいは分かる。 それくらい分かりやすい形だった。 どこか凶器みたいにも見えた。「実際にやる必要なんてないって。 これ見せて、『今度は私が挿れるね』って言うだけで逃げるよ」 そうなのだろうか。 ジュハは少しだけ心が揺れた。 そして、ドヒョ
「奴隷って呼ばれてもいいかも。そんなふうに呼ばれたら、俺のチンポ、壊れそう。」「もしかして…… マゾなんですか?」「今までは違ったけど。 ご主人様相手なら、そうなのかもしれない」「どうして私だけなんですか」「ご主人様にしか反応しないんですから」 ジュハは短くため息をつき、ひらひらと手を振った。 本当はこんな話をするつもりではなかった。 なのに、気づけば毎回こんな結論になってしまう。「とにかく。 外で『ご主人様』って呼ぶのは禁止です」「なんで? じゃあ何て呼べばいい? ジュハさん?」「呼ばなくていいです」「えぇー。 じゃあ、せめてタメ口くらい駄目?」 その図体で「えぇー」って何なの。 しかも拗ねるって。 こんなことで。 三十一歳にもなって。 ジュハは急にどっと疲れ、額へ手を当てた。 名前で呼ぶことすら難しいのに、いきなりタメ口など簡単にできる気がしない。 それでも、やらなければならなかった。 もっと無茶なことまでさせて、この男を諦めさせるつもりなのだから。「……分かった」 八歳も年上の大男へタメ口を使う日が来るなんて、考えたこともなかった。 酔った勢いで見知らぬ男と関わってしまったことはあっても、それ以外はごく普通に生きてきた人生だった。 八歳年下の小柄な女からタメ口を向けられた男は、なぜかさっきよりもずっと嬉しそうに笑っていた。「確認も終わったし。 今日はもう帰って」「えっ。 ここまでさせておいて、このまま帰れって? 人をあんなに恥ずかしい目に遭わせておいて?」「全然恥ずかしそうじゃなかったくせに。 それに、奴隷なのにずいぶん口答えするんだね」 面倒くさそうに言い
「……こんなの、本当にあり得るんですか?」「今、目の前で見てるだろ? 俺、本当にご主人様を見てるだけでイけそうなんだけど。 もうイってもいい?」 ついさっきまで、画面越しではまったく反応していなかったはずなのに。 いつの間にかすっかり元気を取り戻したそれを揺らしながら、ドヒョクが尋ねる。 ジュハは片手を上げ、短く命じた。「駄目です。 止めて、こっちへ来てください。 ビデオ通話も切って」 ドヒョクは名残惜しそうに唇を尖らせながらも、素直に従った。 二人は再び部屋へ戻り、さっきと同じ位置に向かい合う。 ドヒョクはベッドへ腰掛け、 ジュハはその彼を見下ろしていた。「それ以来、他の女の人とは試したんですか?」「俺、そんな節操ない男じゃない」 本当は試そうとはした。 ただ、結果的にそうならなかっただけだ。 だが、そこまで説明するつもりはなかった。「初対面の女の人にあんなことしてもらっておいて?」「それは、ご主人様だったから」「まだ違います。 その時は、もっと違いました」 ドヒョクは「最初に見た瞬間で分かった」と真顔で言う。 もちろん。 ジュハには、ただの戯言にしか聞こえなかった。 本人だけは至って真剣なのだが。「質問を変えます。 じゃあ今までは……不能だったんですか?」「うーん……」 ドヒョクは視線を泳がせた。 女とは距離を置いて生きてきた。 だが、自分を不能だと思ったことはない。 ジュハを想像するだけで反応するのだから、さすがに違う気もする。 そんなふうに考え込むドヒョクを見て、ジュハは「やっぱり」と口を開いた。「それは違いますよね」「まあ…… 似たようなものだったのかも」
「あとどれくらい我慢すればいい?」「何をですか? 私じゃないとイけないんでしょう。 続けてください。 疲れ果てるまで。 それでも駄目なら、ご主人様でも何でも認めますから」「そんなことして、俺のが擦り切れたらどうする? ご主人様が責任取ってくれる?」「擦り切れる寸前でやめればいいでしょう。 うるさいから、さっさと始めてください」 ジュハは面倒くさそうに手をひらひら振った。 ドヒョクは素直に手を動かし始める。 言い訳なら、もういくらでも考えてあった。 あとはこの状況を楽しめばいいだけだ。 正直なところ、ジュハの顔を思い浮かべるだけで反応してしまうのに、その本人を目の前にして一人でするのだから、我慢できるほうがおかしい。 そんなことを考えているドヒョクを、ジュハはまるでどうでもいいものでも見るような目で見下ろしていた。 呆れているようにも見える。 生まれて初めて向けられる視線だった。 なのに、その目に見つめられるだけで、全身に電流が走るような感覚になる。 その痺れは、手の中まで伝わってくる気がした。 彼はあっという間に反応し、その先は真っすぐジュハへ向いている。 ジュハはさらに呆れたような顔になった。「一人でも十分やっていけそうですね。 そんなに簡単に反応するなら、私なんて必要ないんじゃないですか」 皮肉たっぷりの声だった。 ――やっぱりね。 そう言っているような響き。 どうしてそんなものにまで惹かれるのか。 ドヒョク自身にも分からない。 分かっていることは一つだけ。 彼女のすべてが、自分を狂わせるということ。 もう狂っているのだから、今さらだ。 そう思うしかなかった。「っ……ご主人様が見てるから…… 身体が言うこと聞かないんだ……
ジュハは、あの日のことを思い返しかけた。 だが、しょんぼりしたドヒョクの顔を見て、その思考を途中で止める。 正直、着信拒否までしたのだ。 まさか別の番号から連絡してくるほど執念深いとは思ってもいなかった。 忙しいからと適当にあしらえば、そのうち諦めると思っていた。 それなのに、大学にまで来た。 その時点で、考えを改めるしかなかった。 もっとはっきり断らなければ。「だから、おじさんともう会うことはありませんって」「一回食って捨てるなんて、ひどいじゃないか!」 ……このおじさん、本当に頭がおかしい。 ジュハは慌てて周囲を見回した。 幸い、こちらを気にしている人はいない。 だが、誰かに聞かれたら誤解されても仕方のない言い方だった。 一体どっちが誰を食い捨てたというのか。「いい歳した大人が何言ってるんですか? 一回手伝っただけでしょう。 そういうのは他でやってください。 私、卒業制作で忙しいんです」「ひどい。 俺はもう、ご主人様じゃないと駄目な身体になったんだ。 責任取ってよ」 気の強い口調も。 澄ました顔も。 それはもういい。 だが――"ご主人様"だけは理解できなかった。 誰が勝手にご主人様なんだ。 そう聞きもしないのに、ドヒョクは全部察したような顔で言う。「だって、俺の身体がご主人様にしか反応しないんだから。 それなら、ご主人様以外に何て呼べばいい? 俺の身体の主人になっちゃったってことだろ」 滅茶苦茶だった。 ジュハは短くため息をつく。 どうすれば、この男を諦めさせられるのか。 頭の中で必死に考え始めた。 だから何で酔った勢いで、見ず知らずの男なんか相手にしたの。 心の中で自分を責めながら、答え
「俺たち、いい感じだったじゃないか」『あなただけでしょう』 言われてみれば、その通りだった。 とはいえ、少し納得がいかない。 セックスを断ったのはジュハのほうだ。 二人で「よかった」と思う機会が、そもそもなかっただけなのだから。「今どこだ」 何を話せばいいのか分からなかったはずなのに。 気づけば、ごく自然に言葉が出ていた。 まるで昔から知り合いだったかのように。 その違和感は、向こうも感じたのだろう。 受話器の向こうは、また長い沈黙に包まれた。 背後のざわめきが聞こえていなければ、電話が切れたのかと思ったほどだ。『聞いてどうするんですか。 今、忙しいので』「言わなくても探せるけど」『……大学です。 来ないでください』 黙っていて勝手に来られるくらいなら、自分で言ったほうがまし。 そう判断したのだろう。 ドヒョクは、ジュハには聞こえないほど小さく笑った。「この番号、登録しとけ。 昨日のは仕事用だから」『昨日の番号で登録します』「そっちは着信拒否しただろ」『……解除すればいいだけです』「やっぱり着信拒否してたんだ」『…………』 また沈黙が流れる。 だからこそ、余計に会いたくなった。 今どんな顔で黙っているのか。 想像するだけでも楽しい。 きっと実際に見たら、もっと面白い。「今日は何時に終わる」『何がですか』「忙しいの」『卒業制作なので。 卒業しないと終わりません』 今日の何時、などという答えは最初から与えるつもりがないらしい。 どこまでも素っ
「まあ、この辺ならホテルなんていくらでもありますし」 この辺りはラブホテルだらけだった。 ドヒョクはジュハの言葉に、小さく周囲を見回す。 生まれながらの坊ちゃん育ちで、こんな場所に来たことは一度もない。 もっとも、今さら二人でタクシーに乗ってホテルを探すというのも、それはそれで妙な話だった。「ふーん」「手でしかしませんけど。 それでもいいなら」「……何?」 ずいぶんと肝が据わっていた。 自分より倍は大きな男に向かって言う言葉とは思えない。 世間知らずなのか。 それとも、何か根拠のない自信でもあるのか。 酒に酔っているはずなのに、その瞳だけは不思議なほど生き生きとして
「どう? 家族の借金は少しあるけど、学校の先生だ。 悪くないだろ?」 何が「どう」なのか。 ドヒョクはソンミンの手から酒瓶を取り上げ、自分でグラスへ酒を注いだ。 そして、一気に飲み干す。 少し酒が入れば、昨夜と同じ状態になるかもしれない。 そんな考えが頭をよぎる。「今までとはちょっと違うタイプを集めてみたんだけど?」 だが、ドヒョクの隣へ座った相手は、目を合わせることすらできず小さく震えていた。 別にここで誰かと関係を持つつもりで
ドヒョクは、その十一桁の電話番号をじっと見つめていた。 名前を登録しようにも、何と保存すればいいのか分からない。 昨夜は、酔い潰れるほど飲んだわけではない。 それでも朝になると、ようやく頭が冷えてきた気がした。 そもそも、なぜ番号を聞いたのか。 自分でもはっきり覚えていない。 あの女と、この先どうするつもりだったのか。 昨夜のことは、ちょっとしたハプニングとして終わらせればいい。 そう自分に言い聞かせながら、ベッドを降りた。 もしかすると、昨日
ジュハは、新学期初日からかなり酒を飲んでいた。 五年制の建築学科も、いよいよ最後の後期。 卒業制作の展示会も終わり、あとは卒業論文を書くだけ。 長かった学生生活も、ようやく終わる。 そう思うと、なぜだか無性に酒が飲みたくなった。 大学生活四年半の間、ここまで飲んだことは一度もない。 建築学科は酒を飲む人が多いイメージだったが、ジュハ自身は酒を好まなかったため、そこまで飲む機会もなかったのだ。 だから、その日の彼女は珍しく酔っていた。 道で大柄な男とぶつかったとき、何も考えず軽く頭を下げて謝ったのも、そのせいだった。「謝り方にしては、ずいぶん適当だな?」 そう言われ、ジュ







