تسجيل الدخول翌朝、目が覚めるとこころなしか体が軽い。それに、玲海の記憶が馴染んでいる感じがする。 侍女が来る前に着替えを済ませ、食堂に向かう。途中、父のアルフレッドに会う。「レイス、落馬をしたと聞いたが、動いて大丈夫なのか?」 その言葉に、心配は感じられない。アルフレッドはレイスを、フレアージュ家を繁栄させるための道具としか思っていない。レイスも、父が自分に愛情を注いでいないのは昔から分かっていた。昨日までなら、そんな父に萎縮していたが、もう違う。「はい、問題ありません」「そうか、気をつけなさい」 アルフレッドは食堂に向かおうと、レイスに背を向ける。「父上」「なんだ?」 めんどくさそうに振り返るアルフレッドを、レイスはまっすぐ見上げる。いつもうつむいてばかりの娘の変化に、アルフレッドは怪訝な顔をして彼女を見下ろす。「父上、食事が終わった後にお話したいことがあります」 「手短にな」「はい」 ふたりで食堂に向かう。既に食事は並べられており、ふたりで黙々と食べる。母は体調を崩しているため、空気が綺麗な田舎の別荘ですごしているのだ。 食事が終わり、お茶が出される。アルフレッドはお茶をひと口飲むと、レイスに目を向けた。「それで、話とはなんだ」 「父上には、これから私がすることに、一切口出しをしてほしくないのです」 「なんだと?」 「もちろん、無条件でとはいいません」 鬼のような形相で睨まれても、レイスは臆することなく父を見る。娘の大きな変化にようやく気づいたアルフレッドは、興味深そうに彼女を観察する。 「ほう?」 「私と算数で勝負してください!」「何だと!?」「お嬢様?」 レイスの申し出に、アルフレッドも近くにいた使用人も驚きを隠せない。それもそのはず。この世界では足し算や引き算を習うのは、15,6歳から。12歳のレイスは、100まで数えるのが精一杯でなのだ。 「もし算数で私が勝ったら、父上は私がすることに口出しをしない。もし私が負
その晩、レイスは自室で未使用のノートを2冊用意した。1冊には自分が成人し、処刑されるまでの記憶を、もう1冊には火野玲海の記憶を書き綴る。こうでもしないと、頭がパンクしそうだ。 黙々とノートに書いていく。普段の勉強でも、ここまで集中したことなどない。「できた……!」 ノートをまとめ終えたレイスは、達成感と疲労が滲む笑顔を浮かべる。 まず、レイスの記憶だが、運動はいまいち、勉強は優秀なため、15歳で婚約者候補に選ばれる。父は少しでも選ばれる可能性を高くしようと、レイスに様々な習い事をさせる。レイスが嫌がっても、父は習い事をひとつも辞めさせなかった。家庭教師達も張り切り、レイスがまだ理解しきれていないのに次に進み、ミスをすると叱るという悪循環が発生する。 無事、ゲイリーに見初められる。最初は幸せな夫婦だったが、結婚して半年ほどすると、社交パーティーでメリンダとゲイリーが出会ってしまう。レイス自身は13歳でメリンダと会う。印象は最悪だった。ことあるごとに自慢し、レイスや、他の令嬢を見下していたのだから。 社交パーティーでメリンダを気に入ったゲイリーは、あろうことか、レイスに相談も無しで側室にしてしまう。最初はほとんど平等に扱われていたが、レイスがアンナを産むと、ゲイリーはレイスを無視するようになった。 ゲイリーは男尊女卑なところがあり、王室に女は必要ないと考えていたのだ。2年後にメリンダがエドワードを産むと、レイスへの嫌がらせはエスカレートしていく。最初はゲイリーとメリンダのふたりが、無視をしたり暴言を吐いたりする程度だったが、私物を捨てられたり、ゴミを投げつけられたりするように。 更には使用人達まで、レイスとアンナを冷遇し、カビたパンや、残飯を食べさせようとしたり、洗っていない服を着させたり、わざとドレスを破いたりした。 成長したエドワードも嫌がらせに参加し、挙句の果てに階段からアンナを突き落とし、アンナが殺されるところを魔頼りで見せたり、大事なものを壊したりした。怒りに身を任せ、エドワードを殺害したレイスは、そのまま処刑されてしまった。 ここまでが、もうひとつあるレイスの記憶。あまりにも悲惨で惨めな人生だ。 次に、火野玲海という少女の記憶。まず、世界がまったく違う。平成後期に東京で生まれ育った玲海は、幼少期から孤独の中で生きていた。両親が揃うこ
「お嬢様、レイスお嬢様!」 侍女に声をかけられ、意識がはっきりしてくる。全身がやたら痛い。「あ、あれ? 私……」「大丈夫ですか!? 落馬したのですよ。今すぐ医者を!」 使用人達は右往左往する。(これは、いったい……?)「うっ!?」 頭痛と共に、記憶が一気に流れ込んでくる。1回目の人生で娘を殺され、処刑されたこと。レイワのニホンという国で、火野玲海という名前の学生として暮らし、れみぃ☆としても活動して不思議な2重生活をしていたこと。「お嬢様、大丈夫ですか!?」「平気よ、メアリー」「ですが、顔色が悪いですよ」「お嬢様!」 侍女、メアリーの言葉に返す前に、フレアージュ家専属医師が駆け寄り、レイスの前にしゃがみこむ。「お嬢様、落馬なさったというのは本当ですか?」「え? えぇ……」「何かあっては大変ですからね。慎重に運ばせていただきます。失礼しますぞ」 医者はレイスを抱きかかえ、医務室に連れて行った。医学魔法で細部まで調べると、手当をし、氷枕を用意してくれた。「打撲傷がありますが、冷やしながら安静にしていれば大丈夫でしょう。部屋の外に侍女を置いておきますので、何かあったらベルをお鳴らしください」 医者はサイドテーブルにベルを置くと、一礼して出ていった。「今の、何?」 今のレイスの頭の中にはふたり分、いや、3人分と言うべきだろうか? 3人分の記憶がある。 ひとつはレイス自身のもの。12歳の今まで生きてきた記憶だ。もうひとつもレイスのものだが、成人して結婚してからの記憶もある。その記憶は娘を殺され、復讐し、処刑されるというもの。 そしてもうひとつ、火野玲海という少女の記憶。彼女の記憶は、17歳までのものだ。彼女は孤独な人生を歩みながらも、ハイシンなる活動をしており、不特定多数の人間と会話を楽しんでいた。 この世界にパソコンなんてものもなければ、VTuberもいな
玲海の両親は共働きをしており、キャリアを大事にする人だ。両親が授業参観や運動会、文化祭などの学校行事に来たことはない。どうして子供を産んだのか疑問に思うほど、会う時間すら短い。 今はふたり共出張で、父はアメリカ、母はドイツにいる。会話をする時間もあまりないから、自分の両親がどんな仕事をしているのか、玲海はよく知らない。そもそも、知りたくもない。 両親は時々連絡をしてくるが、生活費が足りているかの確認と、叔母さんを困らせないようにという注意だけで、玲海を心配する様子はない。海外を飛び回る高収入の両親を、人々は立派だと言うが、玲海からしたらネグレクトをしている毒親だ。 今のように両親が出張で家にいない時は、3日に1回くらいの頻度で、母の妹が様子を見に来る。玲海の授業参観などに来るのも叔母のみゆきばかりで、彼女が実質的な母親と言っても過言ではない。 友人に今の生活について話すと羨ましがられるが、こんな生活は楽しくない。だから配信をして寂しさを紛らわせているのだ。「時間が時間だし、軽めがいいかな」 玲海はコンビニに入ると、サラダをかごに入れる。ついでに明日の朝ご飯と昼食のパンやお茶も入れていった。 玲海もある程度料理はできるが、生ゴミの処理も、作るのも面倒で、いつもコンビニやファミレス、出前などで食事をしている。一応玲海なりに健康に気をつけてサラダは毎回食べるようにしているが、栄養が傾いている気がするのは否めない。 帰宅途中、再びレイスの記憶が少しずつ浮かぶ。それが玲海をイラつかせた。 レイスは自分の意見をほとんど言わず、流されてばかり。どんなに馬鹿にされても、嫌がらせをされても、困ったように笑うだけ。挙句の果てに娘を殺されてしまう。 不甲斐ないにもほどがある。「あーもう、メソメソして情けない……」 舌打ちをし、小石を蹴り飛ばす。少し離れたところにある交差点は点滅していた。玲海が着く頃には、信号は赤になっているだろう。それが面白くなくて、別の石を投げた。「はー、だる……」「あ、あのっ!」
令和日本、とある高校の昼下がり。皆が真面目に授業を聞いている中、ひとりの女子生徒、火野玲海は居眠りをしている。 両親が出張で家を空けていることをいいことに、メスガキ系VTuberれみぃ☆として、夜遅くまでゲーム配信をしていたのだ。人気のゲームをプレイすることもあるが、数学好きの彼女は、数学が用いられたゲームをプレイすることが多い。メスガキのキャラと数学好きというギャップが受け、今は登録者数が6000人以上いる。「アンナ!」 悪夢にうなされていた玲海は、飛び起きる。(なに、今の夢……。すごくリアルだった……。ううん、それだけじゃない) ファンタジーな世界の王妃、レイス・フレアージュとしての記憶が、玲海の中にある。「火野さん。この物語の主人公は、アンナではなく、亜美ですよ」 国語の教師は冷たい視線を玲海にむけ、クラスメイト達はクスクス笑ったり、ため息をついたりしている。「す、すいません!」「数学が得意なのはいいけど、国語の授業もしっかり聞きなさい。コミュニケーションに必要なのは、数字ではなく言葉ですよ」 国語の教師、安藤は厭味ったらしく言うと、黒板に書きかけの文章の続きを書く。 玲海は数学は得意だが、国語が苦手だ。特にひとつの物語から学ぶタイプの授業だと、必ず朗読がある。日当たりのいい席で朗読を聞いていると、つい眠ってしまうのだ。 安藤はそれが気に食わないのか、玲海に強く当たりがちだ。だから玲海も、安藤と国語があまり好きではない。(レスバ力は私の方が上だってーの!) 教科書で口元を隠し、舌をつきだす。昔から、リアルよりネットの友達が多い。そしてSNSをしていると、非常識な大人と遭遇することも多く、彼らにうざ絡みされる。今でこそブロックしておしまいだが、当時は正論パンチを繰り出し、言い負かしていた。それがたまらなく気持ちよかった。 最も、リアルでそんなことをしたら「生意気だ」と目をつけられて面倒なことになるのでやらないが。(なんなんだろう、この記憶&hell
小一時間もすると、ゲイリーとエドワードが寝室に入ってきた。メリンダの姿はない。「俺はメリンダと出かけてくる。お前はエドワードを見てるんだ」「おばさん、一緒に遊ぼう! 僕を息子だと思っていいからね。特別だよ」(どの口が……) 怒りを抑えようと、ドレスの裾を握り、静かに息を吐いて気持ちを落ち着かせる。「エドはいい子だな。レイス、エドワードに感謝しながら相手をするんだ。エドに何かあったら、ただじゃおかないからな」 ゲイリーはエドワードにおやつを渡すと、扉を閉めた。 ゲイリーの足音が遠ざかると、エドワードは4歳とは思えない邪悪な笑みを浮かべた。その顔は、悪魔の生まれ変わりのようだった。「ねぇ、おばさん。僕のお手紙見てくれた? アンナちゃん、きっと熱かっただろうなぁ。でも、その前に寒いって言ってたし、ちょうどいいか」 エドワードは部屋の中を歩き回りながら、クスクス笑う。棚に近づくと、飾っていた写真立てをわざと落とし、踏みつけた。「なんてことを……!」 その写真立ては、去年海に行った時に拾った貝殻で、アンナが作ってくれたものだ。飾ってあった写真も、アンナとのツーショットで、レイスの宝物だ。「あ、ごめーん。気づかなかった」 わざとらしく言いながら、今度は花瓶を落とす。花瓶に活けてあったのは、アンナが摘んでくれた花だ。エドワードは花を踏みにじりながら、青ざめていくレイスの顔を見てニヤニヤ笑う。(許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない) 気づいたらレイスは、エドワードに馬乗りになって、彼を殴っていた。「痛いよ、おばさん! 父上と母上に言いつけてやる! そしたらお前なんか殺されるぞ!」「結構よ」 自分でも聞いたことがない低い声で言うと、一心不乱にエドワードを殴り続けた。最初は罵詈雑言を浴びせていたエドワードだったが、懇願に変わり、沈黙に変わった。 レイスはエドワードをひたすら殴り続けた。彼が死んでも、自分の







