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ストーカー①

last update publish date: 2025-12-10 20:10:57

「まただ……」

 郵便受けを見て、神崎寿直かんざきすなおは息をついた。

 取り出したのは何枚ものメモ書きである。書かれているのは、

「シャンプー変えた? 髪の匂い、いつもと違ってたね」

「今日から長袖にしたんだね。白い肌が見えなくなって残念だよ」

 といった類のものだ。

 神崎は胸にムカムカしたものを感じながら、郵便受けを閉じて部屋へ向かった。

 どこからか視線を感じるが、不快感を表情に出すことなく冷静に努める。

 神崎は経験から、反応すると相手を喜ばせるだけだと知っていた。

「所長、相談したいことがあります」

 翌日の始業前、神崎は耐えかねて久我健人くがたけとへ告げた。

「相談? 何かあったのか?」

「実は三ヶ月前から、ストーカー被害にあってるんです」

 久我の目が鋭くなり、神崎はストーカーからの手紙を取り出してみせた。

「毎日、こんなものが大量に郵便受けに入れられているんです。

 帰り道は確実に尾行されていますし、おそらく職場もバレています」

「それは困るな」

 久我は手紙のひとつを手に取りながら言い、様子を見ていた相楽浩介さがらこうすけへ視線を向けた。

「相楽もこっちに来てくれるか? 事務所も巻きこまれかねない事態だ」

「はいっ」

 すぐに相楽が席を立ち、神崎の隣へ並ぶ。そして机に置かれた手紙を見て、心底嫌そうな顔をした。

「うわ、エグい……ガチでストーカーじゃないですか」

「だから困ってるんだ。しかも相手は、おれが男だって分かっててやってる」

「ああ……神崎さん、美人だから」

 と、相楽は視線をやり、神崎はむっとする。外見についてとやかく言われるのは好きじゃない。

 不快な気持ちはさておき、神崎は言う。

「引っ越しも考えていますが、すぐにとはいきません。なので、もし所長たちに迷惑がかかったら、その時は申し訳ありません」

「事が起こる前から謝るな。むしろストーカーの場合、エスカレートさせた方が警察は動きやすい。

 もちろん危ないことはさせられないが、ストーカーが逮捕される方が、神崎にとっても一番いいだろう?」

「まあ、そうですね。今日あたり、駅前の不動産屋を見に行こうかと思ってはいましたが」

「それだけではぬるいな。相楽に送り迎えをさせよう。恋人がいると見せかける方が、ストーカーにとって確実な刺激になる」

「えっ、恋人のふりをしろってことですか!?」

 相楽が大げさに驚き、神崎は彼を見た。

「嫌だった?」

「あっ、いや、そうじゃなくて! 全然かまわないんですけど、その……か、神崎さんの隣を歩けるなんて、恐れ多いというか」

 と、相楽は頬を紅潮させてしどろもどろになる。

「いいんですかね、自分なんかで」

「相楽が適任だろう。僕たちの中で一番背が高くて体格もいいし、少なからず警察学校にはいたんだ。

 逮捕術はまだ覚えているだろう?」

「はい、一応。けど、自信はないです」

「大丈夫だ、君ならやれる。神崎もそれでいいな?」

「はい、かまいません」

 と、久我へ返事をしてから、相楽へ顔を向けた。

「相楽くんには負担かもしれないけど、よろしくね」

 神崎が小さく笑みを見せると、相楽は緊張した様子で「こちらこそ」と返した。

 身長が188センチもある彼と歩くのは新鮮だった。ただでさえ神崎は170センチしかないため、顔を見ようとすると首が痛い。

「所長も大きいけど、相楽くんの方が背高いよね」

 駅へ向かって歩きながら、神崎はそう言った。

 相楽は照れたようにはにかむ。

「ええ、身長だけは……ですかね」

「でも、警察官にはならなかったんだよね。どうしてなのか、聞いてもいい?」

 夜道を照らす明かりをいくつか通り過ぎてから、相楽は言った。

「ならなかったんじゃなくて、なれなかったんです」

「なれなかった?」

「警察学校には、自分なんかより上の人が何人もいて、自分はただ、体格に恵まれているだけの凡人だったって気づかされたんです」

 神崎は申し訳なくなり、前を見た。

「警察官になりたい気持ちは本物でした。でも、耐えるだけの強さがなかったんです。教官からやめろって言われて、心が折れて……」

「そのままやめちゃったの?」

「はい。警察学校、卒業してないんですよ」

 いつも明るい相楽の沈んだ顔は、神崎には見ていられなかった。

「ごめん、嫌なこと思い出させちゃったね」

「いえ、気にしないでください。今は久我さんのところに戻ってよかったって、本気で思ってますから」

 そう言って笑ってみせた相楽へ、神崎も笑みを返した。

「そうだね。おれも相楽くんに送り迎えしてもらえて嬉しいよ」

「自分、頑張ります。期待に応えられるように、守り抜きますんで!」

「ありがとう」

 神崎はくすりと笑みをこぼし、相楽も少しだけ声を出して笑った。

 自宅の最寄駅である阿佐ヶ谷駅へつき、改札を抜けたところで神崎は視線を感じた。いつものストーカーだ。

 駅舎から出たところで、神崎は相楽へ言った。

「ねぇ、手つないでもいい?」

「えっ!?」

 相楽が驚き、神崎はかまわずに彼の手を取った。

「おれたち、恋人同士でしょ」

「あっ、そうでした」

 あわてて相楽が手を握り返してきて、神崎はまたくすくすと笑ってしまう。

「相楽くんって、可愛いよね」

「そ、そんな……むしろ、可愛いのは神崎さんの方です」

「よく言われる」

「そういう意味ではなくてっ」

 あたふたとする相楽がおかしくて、神崎は声をあげて笑った。

「前から思ってたけど、正直すぎるよ。これまでに結構、損してきたんじゃない?」

「ああ、まあ……バカ正直だとは言われましたね。それで損してるかって言われたら、否定できないです」

 苦笑いをする相楽の分厚く大きな手が、少し震えたような気がした。

 繊細に感じ取った神崎は、遠くの夜空を見ながら言う。

「うまく生きるのって難しいよね」

「神崎さんも、そんな風に考えるんですね」

「おれもこの見た目のせいで、しなくていい苦労をしてきてるからさ。今だってそうだし」

「そうでしたね。ストーカー、ついてきてますか?」

 と、相楽が声をひそめる。

「うん、いるよ。相楽くん、夕飯食べていく? おれ、作るよ」

「いいんですか?」

「しばらくお世話になるからね、それくらいはしなくちゃ」

「嬉しいです。ご馳走になります!」

 相楽は子どものように無邪気に喜んだ。

「それじゃあ、ちょっとスーパー寄るね」

 何気ない振りを装いながら、神崎は声量を絞って言った。

「おれを外で待つ振りをして、ストーカーの顔を確認して」

「分かりました」

 相楽がうなずき、神崎は前方に見えてきた店を指さした。

「あそこのスーパーだよ。すぐに買ってきちゃうから、相楽くんは外で待ってて」

「ええ、そうします」

 相楽とつないだ手を離し、神崎は足早に店内へ向かった。

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