Mag-log in「祈りですわ」
と、久我を招いてくれた女性が本のようなものを開いてみせた。 「この特別な「永和聖会は愛する人を失った者の思いにつけこむ宗教団体だった。依頼人の父親は妻を亡くしたばかりであり、一人暮らしの寂しさも手伝って、中山の言う通りにしているのだと思われる」
事務所へ戻り、久我は得てきた情報を元に話を整理していた。 手には温かいブラックコーヒー、話を聞いているのは神崎と間遠の二人だ。 「よって、ボランティア団体ホープ・リレーションズは永和聖会とつながっていると見ていいだろう。ただし、相手は宗教法人だ。訴えるなら複数の被害者で集まって行う方がいい。依頼人にもそう話そうと思っている」 久我が話し終えると、神崎は言った。 「あの世なんてあるかどうかも分からないのに、馬鹿げていますね」 「まあな。だが、宗教は人生のコンパスのようなものだ。それを信じる者にとってはそれが真実となり、時に人生を切り開く鍵ともなる」 「でも詐欺はいけません。害悪でしかないので、さっさと解散させてほしいです」 まるで分別のない子どものような極論だ。久我は苦笑し、コーヒーカップを目の前にある間遠の机へ置く。 「依頼人、宮崎春香は驚いて固まってしまった。
「大切な人を、亡くした……?」 「ええ、そうです。ホープ・リレーションズの母体と思われる永和聖会は、誰もが身近な人を亡くしており、そのために幸福を祈る活動をしているんです」 「……でも、詐欺をしていたんですよね?」 と、宮崎春香はおずおずと質問する。 久我は正直に答えた。 「ええ、否定はできません。SNSで注意喚起している人物もいますので、もし必要でしたら、コンタクトをとってみてください」 と、SNSの投稿をプリントアウトしたものを依頼人の前へ置く。 「分かりました」 そう返しながらも、宮崎春香は腑に落ちない顔をしていた。 「……父は、ずっと母のことを思っていたんですね」 ぽつりとつぶやくように漏れ出た言葉に、久我はうなずきながら返す。 「ええ、そういうことになりますね。幸福になる線香は、あの世にいる人のためにあげるものでした」 「じゃあ、穏やかになれる石は」 「それもあの世にいる人のためです。死んでなお穏やかでいてほしいと願うのは、宮崎さんにもお分かりになるのではないですか?」 宮崎春香はゆっくりとうなずいた。 「分かります。母にはあの世で幸せにいてほしいと、私も考えたことがあります。ううん、むしろそう思うのが当然じゃないですか」 久我は無言で彼女を見つめる。 宮崎春香は顔を上げ、はっきりと言い放った。 「嫌なことがたくさんあって、苦しい思いもたくさんして、それでもわたしたち家族を守ってくれた母に、あの世では幸せでいてほしいと願うのは当然です」 彼女の迷いは吹っ切れた様子だ。 「もう一度、父とちゃんと話し合ってみます。今なら、父の気持ちも分かりますから」 久我は穏やかに微笑んだ。 「それがいいでしょう。この度は久我探偵事務所にご依頼いただき、ありがとうございました」「祈りですわ」 と、久我を招いてくれた女性が本のようなものを開いてみせた。「この特別な曼荼羅に向けて、朝と夜に祈りを捧げれば、あなたのお兄様の心は穏やかになり、お兄様のいる場所は天国になります」「なるほど」 久我は神妙な顔でうなずいた。鮮やかな色彩で描かれた曼荼羅は、どことなく魔力を秘めているように見えた。「でも、それだけじゃありませんよ。この世であたしたちが幸福でいることもまた、あの世にいる人の心を穏やかにさせます。何故ならどんな人も、あの世で家族や大切な人を見守ってくれているからです」 ありがちな話だが、心を動かされる人もいるだろう。特に亡くした相手への思いが強ければ強いほど、絆が深ければ深いほど。「そのために、こうした物もあるんです。これは幸福を運ぶストラップです」 青年が見せてくれたのは、間遠が昨日見たという三色の石と銀色のビーズが連なったものだ。「幸福を運ぶんですか?」「ええ、運びます。私たちは幸福の担い手となり、周りの人々に幸福を届けるんですの。すると自分も幸福になり、あの世にいる大切な方はもちろん、自分があの世へ行った時にも天国へ行けるのです」 まるで論理的でないなと内心で否定しながら、久我は「素晴らしいですね」と返した。「みなさん、そのストラップをお持ちなのですか?」「ええ、もちろんです。会員のほとんどが持っていますわ」 これで中山が永和聖会の会員であることが確実となった。おそらく依頼人の父親もまた、永和聖会に加入していることだろう。「永和聖会は愛する人を失った者の思いにつけこむ宗教団体だった。依頼人の父親は妻を亡くしたばかりであり、一人暮らしの寂しさも手伝って、中山の言う通りにしているのだと思われる」 事務所へ戻り、久我は得てきた情報を元に話を整理していた。 手には温かいブラックコーヒー、話を聞いているのは神崎と間遠の二人だ。「よって、ボランティア団体ホープ・リレーションズは永和聖会とつながっていると見ていいだろう。ただし、相手は宗教法人だ。訴えるなら複数の被害者で集まって行う方がいい。依頼人にもそう話そうと思っ
商品を検索してもまったく同じ物は見つからなかった。検索方法を変えてみても効果はなく、久我はたまらずため息をついた。 気づくと日は暮れており、終業時刻まで一時間を切った頃だった。「お疲れさまでーす」 外に出ていた調査員、相楽浩介が戻ってきた。最年少の彼は背が高くがたいもいいが、さっぱりとした黒髪のせいか、間遠よりは風景に溶け込みやすい。「お疲れさま。現場はおさえられたか?」「ええ、ばっちりです」 相楽は自分の机に鞄を置くと、デジタルカメラを取り出した。「見てくださいよ、これまでで一番うまく撮れました」 久我は立ち上がり、神崎と間遠も席を立って相楽の横から顔を出す。 相楽に任されていたのは、よくある浮気調査だ。今日は浮気相手との密会現場を撮影しに行ったのだが、写真はどれもうまく撮れていた。「ほら、これなんか最高でしょ? ピントもしっかり合ってるし。みなさん、褒めてくださいよ」 と、相楽が上機嫌で言い、久我は返した。「確かにうまく撮れたな。これなら依頼人にも満足してもらえるだろう」「成長したね、相楽くん」 神崎もそう言ってにこりと笑い、相楽は頬をほんのりと赤らめた。「いやあ、それほどでも……」 と、嬉しさと恥ずかしさの入り混じった顔で頭をかく。 一方で間遠は言った。「思い出した」「どうしたんですか?」 神崎が聞くと間遠は目を瞠った。「鞄だよ、中山の鞄に変な数珠みたいなのがついてたんだ!」 久我と神崎ははっとした。間遠は席へ戻ると、メモ帳にボールペンで絵を描いてみせた。「こんな風に赤と黄色と青と銀色で、やけに派手だったんです。見たことないなと思って、ちょっと気になったんです」「貸してください」 横から神崎が絵を取り上げ、スマートフォンで撮影した。すぐにパソコンへ送り、AIの力を借りて実写化する。「こんな感じですか?」「そうそう、似てる!」「画像検索かけます」 神崎は素早く画像検索を始め、間遠が横に立って画面を注視する。「あっ、これだ!」 間遠が指さした画像をクリックすると、どこかのネットショップへつながった。 慎重に神崎が表示されたページを見ていく。「商品名は幸福を運ぶストラップ、店は……永和聖会?」 久我はすぐに神崎の後ろへ回った。「それって、昼間に見たのと同じ名前じゃないか?」
東京の中野駅からほど近い雑居ビルの二階、薄暗い階段を上がった先に久我探偵事務所はあった。白地に青文字で書かれたシンプルな看板が目印だ。「実家の父のことなんです」 冷房の風がひかえめにあたる応接スペースで、依頼人の宮崎春香は訴える。「去年母を亡くして、今は一人で住んでいるんですが、今年に入ってから様子がおかしいんです。若い女性に何度もお金を渡しているみたいで、詐欺ではないかと心配で」 所長の久我健人は真剣なまなざしで聞き返す。「詐欺といいますと?」「妙なものを買わされてるんです。幸福になれる線香とか、気持ちを穏やかにさせる石とか」「典型的な悪質商法ですね」「そうですよね。父が言うには、そのボランティアの女性、中山さんはホープ・リレーションズっていう団体に所属しているらしいんです。 最初は話を聞いてくれるだけだったみたいなんですが、いつからかお金を渡すようになったようで、預金額がどんどん減ってるんです」 不安そうに宮崎春香は伏し目がちになり、膝の上に置いた手をぎゅっと握った。 久我はできるだけ穏やかな口調で確認する。「お金が減っているのは、その中山さんのせいだとお考えなのですね」「ええ、そうです。父はお金のかかるような趣味は持っていませんし、他に考えられません」「お父様は何とおっしゃっているのですか?」 宮崎春香は再びため息をついた。「それが、まったく疑ってないんです。中山さんの言う通りにすればいいと思いこんでいて……だから、父に考え直してもらえるよう、調査を依頼したいんです」 久我は事情を把握し、うなずいた。「分かりました。ぜひ調査しましょう」「ありがとうございます」 宮崎春香はほっとした顔をし、久我はさっそく依頼料について説明を始めた。 話が済み、依頼人が帰っていったところで久我は言った。「間遠、向かってくれるか?」 デスクで退屈していた間遠桜が立ち上がる。派手な金髪に、どこか挑戦的なやんちゃな顔つき。久我探偵事務所を代表するベテラン調査員だ。「どこですか?」「依頼人の父親の調査だ。場所は練馬区大泉学園町。現地で聞き込みを行い、可能な限り、生活状況を把握すること」「分かりました」「詳細な情報と必要な資料は、あとで君のスマホへ送信する」 久我の言葉に間遠はうなずき、壁にかけて







