Masuk会社の資金調達が成功したあと、社長である妻――畑結衣(はた ゆい)は、全社会議で俺――長谷川蒼(はせがわ そう)との関係を公表するはずだった。 それなのに、新入社員として入ってきた彼女の大学の後輩、木戸明人(きど あきと)が突然その場に現れ、得意げにこう言い放った。 「こんなに早く僕との関係を公にするなんて、社長は僕のことを甘やかしすぎじゃないですか?」 結衣はそれを否定するどころか、微笑みながら明人を会社の重要プロジェクトにねじ込んで、箔をつけようとした。 その場にいた全社員から割れんばかりの拍手が巻き起こって、二人はお似合いだと褒めそやした。 長年の同僚が、無言の俺を見てわざわざ小声で耳打ちしてくる。 「お前、いつも上手く立ち回るだろ。ここは早く気の利いたことでも言っとけよ」 俺は騒ぐことも怒ることもなく、プロジェクト責任者の社員証を明人に渡した。 「ただプロジェクトに参加するだけじゃ、君の立場に合わないだろ。この『プロジェクト責任者』のポジション、二人への交際祝いとして譲ってやる」
Lihat lebih banyak俺の話を聞くと、なぜか結衣は表情を和らげた。軽く咳払いをして口を開く。「まだ明人にヤキモチ焼いてるの?彼の作った製品にケチをつけるなんて。まあ、助けてもらった恩もあるし、どうしてもって言うなら、会社に戻ってきてもいいわよ」明人の目に悪意がチラリとよぎる。口元に笑みを浮かべて言った。「結衣、長谷川さんにはもう新しい会社もあるし、彼女だっているんだ。戻ってくるわけないじゃないか」だが、結衣は鼻で笑う。「もういいわよ。今さら強がらなくていいの。人づてに聞いたわよ、その人とはただの上司と部下なんでしょ?私を怒らせるためだけに、わざわざこんなことするなんてね」俺は眉をひそめて、最後に一度だけ忠告する。「さっきドローンが制御不能になったのに気づかなかったのか……」結衣は俺の言葉を遮る。「いい加減にして!明人をけなすのもほどほどにして。言っておくけど、もう第一ロットは納品済みだし、クライアントもすごく満足してるの。変な言いがかりはやめて」聞く耳を持たない相手に、これ以上何を言っても無駄だ。俺は口を閉ざした。そのとき、背後の会場の入り口から突然、警察が雪崩れ込んできた。警察のそばにいた取引先の代表が、結衣を指さして叫ぶ。「こいつらだ!粗悪品をでっち上げたのは!」次の瞬間、冷たい手錠が結衣と明人の手首にガシャンと掛けられる。結衣はパニックになって、取り乱した声を上げた。「な、なんで私が逮捕されるのよ!?」明人も慌てふためいたが、すぐに結衣に責任をなすりつける。「僕じゃない!社長にやれって言われたんだ!無理やりやらされただけだ!」その瞬間、結衣の体から力が抜けた。信じられないという顔で、明人を見つめる。言い訳する暇も与えられず、二人はそのまま警察に連行されていった。パトカーに乗せられる直前、結衣は深く俺を見つめていた。その後、この事件が引き金となって、結衣の会社はあっけなく倒産した。数億円もの借金を背負うことになった。彼女は何度か俺のもとを訪ねてきたが、俺は会う気にはなれなかった。そんなある日、結衣が人づてに一つの品を届けてきたのだ。開けてみると、それはアルバムだった。かつて俺がゴミ箱に捨てたはずのアルバムだ。ずっと新しい写真が追加されていなかったそのアルバムの最後に、ITエキスポで俺が堂々とプ
SNSに添えられたキャプションはこうだ。【元妻さん、新しい彼女がいるから、もう連絡してこないで】案の定、それっきり結衣からのメッセージは途絶える。これで一件落着、今後結衣と関わる機会はもうないだろうと思っていた。しかし予想外なことに、社長の命令で、俺と秋穂は結衣のいる都市で開催されるITエキスポに参加することになったのだ。会場に行けば、確実に結衣と鉢合わせるだろう。あくまで仕事と割り切ろうとする俺に対して、秋穂は「絶対にあの女をギャフンと言わせてやる!」と、なぜかやる気満々だ。レセプションパーティーの最中、秋穂が「ちょっと寒い」と言うので、俺が自分のジャケットを彼女の肩にかけてやった、そのとき。背後から冷ややかな笑い声が聞こえた。「へえ、ずいぶん優しいのね」この聞き覚えのある声だ。振り返ると、結衣がいた。隣の明人の腕にしがみついて、わざと見せつけるように寄り添っている。俺の反応をじっと観察していたが、そこに嫉妬の色がまったくないと分かると、わずかに失望したようだった。結衣は秋穂を上から下まで舐めるように見て、口元を歪める。「これが新しい彼女?趣味悪いね」すると秋穂は、まるでスイッチが入ったかのように俺の肩に寄りかかって、甘い笑顔を浮かべた。「そうよ。蒼を手放してくれたおかげで、チャンスが回ってきたの。ありがとね」結衣は唇を噛み、悔しそうに足を踏み鳴らす。「私が捨てた男のくせに。蒼、自分がそんなに特別だと思ってるの?いいこと教えてあげる。明人が会社の危機を救ってくれたのよ。もうすぐ上場するんだから」明人は背筋をピンと伸ばして、照れくさそうに笑う。「結衣、そんなに褒められると照れるよ」俺は少し驚いて明人を見る。まさか本当に成果を出したのか?だが、彼の経歴にはこの業界の経験など一切なかったはずだ。少し考えたあと、俺は口を開く。「畑社長、御社の製品を見せてくれませんか?」結衣は顎を上げて、得意げに笑った。「いいわよ」手渡された製品を細かく観察する。やはり、予想通りだった。外観こそ俺がかつて設計したものによく似ているが、使われている部品があまりにも安っぽい。このままでは、数日も持たずに壊れるだろう。そう思うと、もうどうでもよくなって、適当に「さすがですね」とおだてておく。結衣はすっかり気を
俺が全く表情を変えないのを見て、結衣の目に失望の色がよぎる。力が抜けたように、彼女は離婚届にサインする。自分の荷物を手に取ると、俺は振り返ることなく会社を後にした。今回は、結衣も追いかけてこなかった。無事に飛行機に乗り込んで、1000キロ離れたIT企業へと向かった。新しい職場では、俺の特許技術はすぐに評価され、重宝された。昇進もして、給料も一気に跳ね上がっていく。あっという間に1ヶ月が過ぎていた。美人の上司――藤原秋穂(ふじわら あきほ)に同行して契約を交わしている最中だというのに、ポケットのスマホが鳴りやまない。「申し訳ありません」と一言断って席を外して、トイレに駆け込んで画面を確認する。意外なことに、結衣からのLINEだった。最後のやり取りは、【夕飯は一緒に食べられない】という連絡が来たときだ。それが今、突然、大量の写真を送りつけてきている。ブランド物の高級時計の写真だ。しばらくして、ようやくメッセージが届く。【間違えて送っちゃった】【好きなのある?ついでに一つ買ってあげるよ】俺は眉をひそめ、【時計には興味ない】とだけ返す。トーク画面はずっと【入力中】のままだが、なかなかメッセージは来ない。スマホをポケットにしまおうとしたそのとき、ようやく次のメッセージが届いた。【勘違いしないで。別にそこまでプレゼントしたいわけじゃないし】意味がわからない。結衣の通知をオフにした。同じ業界にいる以上、今後仕事で関わる可能性もあるから、ブロックまでする必要はない。トイレから出ると、秋穂がそこで待っている。彼女の手にある契約書を見れば、無事に契約が成立したのは一目瞭然だ。俺は少し気まずくなって謝る。「すみません、ちょっと急用で」秋穂はふんわりと笑う。「いいのよ。もしかして、彼女の浮気チェック?」適当にごまかそうかとも思ったが、その必要もないと思い直して、正直に答える。「元妻」「元妻?」秋穂は思わず声を上げて、少し声が大きくなってしまう。慌てて周囲を見回して、小声で聞いてきた。「結婚してたの?業界じゃそんな噂、まったく聞かなかったわよ」それも無理はない。結衣とは7年間、結婚を隠し通してきた。疑われないよう、彼女はいつも俺と距離を取ろうとしていたのだ。同僚から同情の目で見られることもあった。「あ
書類を拾い集めると、結衣を軽く突き飛ばし、冷たい声で言った。「邪魔だ。今空港に向かわなきゃ。どうしても話があるなら、弁護士を通してくれ」結衣の体はみるみる震え出す。何かを決心したように顔を上げると、その表情には強い意志が浮かんでいた。「行くっていうなら、本当に離婚するわよ」「えっ!長谷川さんが社長の旦那さんだったの?じゃあ、部長は?」「ドロドロすぎる……長谷川さんと部長が知り合いだったなんて。普段は一言も話さないのに」「どうりで昨日の長谷川さん、様子がおかしいと思った。プロジェクト責任者のポジションもあっさり譲るって言ってたし……」周りの社員たちは驚いたあと、ようやく合点がいったという顔をする。明人は少し気まずそうにしながらも、持ち前の図太さで、なんと手を叩き始めた。「実は僕、みんなに誤解されないように、長谷川さんと社長が夫婦だってずっと言いたかったんですよ。やっと公表できてスッキリしました!」結衣の顔色は最悪だ。歯を食いしばりながら言う。「これで満足でしょ!みんなに公表したんだから、飛行機のチケットをキャンセルして!」俺は結衣をじっと見つめる。彼女は、俺がいつか離れていくなんて、考えたこともなかったのだろうか。会社の規模が大きくなったとき、社内恋愛は風紀に良くないと言って、俺を待たせた。会社が安定したら必ず公表するからと、そう言って俺を励ましていた。資金調達に成功したあとも、相変わらず知らん顔で、明人と浮かれていた。それでも彼女は自信満々だった。自分が一言言えば、俺が思い直すはずだと。自嘲気味に笑って、ついでに持ってきた離婚届を取り出す。「離婚するって言うなら、さっさとサインしてくれ」結衣は今度こそ言葉を失った。この世で最もあり得ないものを見たかのように、その場に立ち尽くす。今日俺が本気で彼女との一切の繋がりを断ち切るつもりだと、ようやく理解したのだ。今、その顔にはついに焦りの色が浮かんでいる。結衣が口を開くより先に、明人が慌てて口を挟んだ。「長谷川さん、離婚なんてダメですよ。会社はお二人で築いてきたものじゃないですか。離婚したら、会社はどうなるんですか」明人が俺たちの離婚を止めるのは、自分がおこぼれに預かれなくなるのを恐れているからだと、俺にはわかっている。結衣も頷くしかなく、必死に