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第6話

Author: アリア
私が連絡を絶ってから、7日目。

外は土砂降りの雨。でも、邸宅の中は暖房が効いていて、楽しげな空気が満ちていた。

リビングでは、浩と咲希がコスプレで遊んでいた。

シャワーを浴びていた咲希が、バスルームのドア越しに甘えた声で言った。

「浩、寝室の二番目の引き出しから、私の黒いレースのランジェリー、持ってきてくれない?」

浩は少し気だるげに笑いながら、寝室のドアを開けた。

部屋の中には、私の気配は何一つ残っていなかった。

浩はクローゼットの前に立つと、レースのランジェリーを探すため、二番目の引き出しを勢いよく開けた。

でも、ランジェリーは見つからず、代わりに冷たい感じのする書類がいくつか目に入った。

ひとつは不動産生前贈与契約書。それから、透明な密封袋もあった。

中には、私がこの3年で使った銀行カードが全部と、家の鍵、それに……私の身分証明まで入っていた。

浩は、とっさに息をのんだ。

生きてる人間が、もし家出するなら、身分証明まで置いていくはずがない。

浩は慌ててスマホを手に取り、私の番号に電話をかけた。

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません……」

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