Share

第464話

Author: こふまる
「申し訳ございません楼座社長、ビッグデータセンターの警報音がうるさすぎるので、ビデオ通話に切り替えさせていただきます」

夕月が話しながら自分の携帯にケーブルを挿すと、雅子が画面をタップしてビデオ通話に切り替えた。次の瞬間、雅子の顔が大画面に映し出された。

全員が一斉に頭を上げて大画面を見つめ、綾子が驚きの声を上げた。「楼座社長?」

雅子の視界には、夕月の携帯のカメラを通して夕月の顔だけが映っていた。

「楼座社長、私は現在データセンターにおります。ご指示をお願いします」

夕月の声は卑屈でも高慢でもなく、雅子が言った。「あなたは量子科学全体のリーダーなのよ。専門的な問題について、私があなたにどんな指示を出せるというの?」

夕月がスピーカーボタンを押すと、雅子の声が携帯から拡散された。

ピーピーと切迫した警報音の中、雅子の声はどこか現実味を欠いて聞こえた。

周囲の人々は事態を飲み込めずにいた。

「藤宮夕月、今日市政関係者が量子科学を視察に来ているというのに、プリズムシステムに障害が発生したのよ。あなたが開発者として、責任逃れはできないわ!」

夕月が言った。「でも楼座社長、量子科学に入ってから、とても奇妙に感じているんです。社員たちが私を知らないようですし、それに、量子科学には既に責任者がいるようですね。そうですよね、安井さん、あなたが量子科学の責任者でいらっしゃるんですよね?」

この質問を投げかけながら、夕月は携帯のカメラを引いて、雅子が自分の背後に立つ綾子、市政幹部、量子科学の研究員たちを見えるようにした。

凌一が人群の中に座っており、雅子の携帯画面では小さく映っているが、ぼやけた画質でも彼の際立った容貌は隠しきれなかった。

雅子の瞳が収縮し、表情が硬く冷たいものに変わった。

夕月はこれほど多くの人が同席していることを教えてくれていなかった。

「楼座社長、何かおっしゃってください」夕月が追及した。「あなたがお持ちの量子科学という会社の実態が全く見えないんです。一体誰がこの会社の責任者なのでしょうか?楼座社長には、ここにいる全員に明確にお答えいただきたく思います」

雅子はここで自分が策略にはまったことを悟り、冷笑を漏らした。

凌一がいるのを見て、既に経緯の大半を推測していた。

「藤宮夕月、あなたは橘博士、そして市政の幹部たちと一緒に来た
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない   第473話

    今度こそ冬真には明らかだった。夕月の頬が、淡いピンクから艶やかな薔薇色へと変わっていく様子が。薔薇の花びらのように色づく彼女の顔立ち。長い睫毛が幾度も震え、漆黒の瞳には潤んだ光が宿っていた。まるで……恋心に目覚めたような——その考えが脳裏を掠めた瞬間、冬真は思わず目を見開いた。なぜ夕月が突然、自分に対してこんな恥じらいを見せるのか?冬真は書斎の机に座り、目の前の高精細ディスプレイに映る夕月の姿に見入っていた。睫毛の一本一本まではっきりと確認できるほどに鮮明な映像。画面左上の自分の姿が映る小さなウィンドウに目を移す。凌一に山へ追いやられた後、定光寺の住職に頭を剃られた。出家したわけでも帰依したわけでもないため、丸刈りではなく短く刈り上げただけだが。もう一度自分の姿に目を向ける。この数日間で、風に吹かれ日に焼けて肌は浅黒く、少しは痩せたせいか、彫りの深い顔立ちがより際立っている。そうか、夕月はこんな自分の姿に心惹かれているのか!冬真の胸の内で、まるで沸騰した湯沸かしのように泡が立ち上っていく。夕月が自分に惹かれているのなら、少しばかり甘い言葉を投げかけてやってもいいだろう。冬真は咳払いをし、真面目な表情を作る。「……ご安心を。橘グループは量子科学のプロジェクトに全面的に協力させていただく。今日中に担当者を派遣し、私が下山した暁には……」いつもの冷淡な声色を装いながら、「直接お会いして話し合いましょう」「ふぅん」夕月は画面を見つめたまま。瞳に宿る輝きは揺らめいているのに、その視線は何処か遠くを見ているよう。掌に、柔らかな毛並みのような感触。顔を下げると、いつの間にか涼の頭に手が触れていた。シルクのように滑らかな髪が指先を撫で、心をくすぐるような心地よさ。ふと、猫カフェで触れたラグドールの毛並みを思い出す。プロフェッショナルな猫と呼ばれるだけあって、雑種や短毛猫とは全く異なる上質な手触りだった。涼の髪も、そんな感じ。そして涼という人物そのものが、あの日膝の上に収まった青い瞳のラグドールのようだった。優雅で気高く、そして知らず知らずのうちに人の心を虜にしてしまう。「私の時間は限られています。午後三時までには橘グループのプロジェクトチームに来ていただきたい」夕月の声には、画面越しの男

  • 再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない   第472話

    涼の瞳は陽光に照らされた湖面のように輝き、まるで檻の中に囚われた大型犬のように、夕月を見つめていた。尻尾があれば、今頃きっと風車のように高速で振り回していただろう。夕月は心の中で叫んだ。想定外の展開に心臓が跳ね上がる!!自分の靴先に視線を落とす。まさか、こんなところで……とんでもないことになってるじゃない!!「っ!」慌てて足を引こうとした瞬間、バランスを崩して後ろに倒れそうになる。その時、涼が咄嗟に手を伸ばし、彼女の足首を掴んだ。その温もりが伝わった瞬間、夕月の鼓動が一拍抜けた。デスクの前に引き戻された夕月。彼女は彫像のように硬直し、見開いた瞳の光は宙を彷徨っていた。「夕月、大丈夫か?」突然バランスを崩した夕月の姿に、冬真は思わず画面に手を伸ばしそうになった。無力さが胸に込み上げる。幸い夕月は体勢を立て直したものの、量子科学は社長用の椅子すらまともに用意できないのか。画面の向こうで冬真が密かにほっと息をつく。「今の話の続きを……」夕月は必死に普段の声色を取り戻そうとした。表情を引き締め、少しの動揺も見せまいとする。でも、足首を握るその手の熱さを、無視することなどできなかった!涼は彼女の足首を離すどころか、五本の指にさらに力を込めた。「んっ……!」まるでスイッチを入れられたように、全身が震え、足から腰にかけての筋肉が熱を帯びていく。二十七年生きてきて、まさか自分の足首がこんなに敏感だったなんて——夕月は今まで気付かなかった。彼の手は焼けた枷のように熱く、その熱は心臓まで震わせた。意識は足首に集中して離れない。涼は親指で、ゆっくりと円を描くように彼女の足首を撫でていた。もう……限界……!夕月が机の下を覗き込むと。床に膝をつき、彼女の足を太腿に乗せた涼の表情は真剣そのもので、まるで芸術品でも愛でるかのようだった。顔を上げた涼は、夕月の視線に気付くと、無言で口を動かした。「き・も・ち・い・い?」夕月に伝わるよう、一音一音、ゆっくりと。夕月は彼の唇の動きに見入っていた。声を出さずとも、ただその唇の動きだけで、胸の中を焔が駆け抜けていく。「夕月?」冬真の冷たい声が、彼女の意識を現実に引き戻した。夕月は汗ばんだ額に手を当てた。「どうかしたのか?」

  • 再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない   第471話

    夕月は机の下を覗き込んだ。一体、何が起きているのか?パソコンの画面の中で、冬真は女性用スーツに身を包んだ夕月を見つめていた。こんなにフォーマルな装いの彼女を見るのは初めてだった。髪は後ろで束ね、黒檀の簪が上品に輝いている。柔らかな陽光に照らされて淡い金色に染まった髪の毛先が、白磁のように繊細な頬に沿って揺れていた。夕月は何かを見下ろしているようだったが、冬真の視線も、思考も、彼女の横顔に釘付けになっていた。離婚してからまだ数ヶ月しか経っていないというのに、彼女を見るたびに永遠が一瞬に凝縮されたような感覚に襲われる。定光寺での日々が、永遠とも思えるほど長く感じられたせいだろうか……「夕……」冬真の喉から言葉が絞り出されたが、まるで紙を詰め込まれたように詰まった。だが、すぐに普段の冷静さを取り戻し、「藤宮さん……いや、藤宮リーダーとでも呼ばせていただきましょうか。直人から聞かなければ、あなたが量子科学のトップに就任したことも知らなかった」と、生来の上位者らしい高圧的な口調で、明らかな皮肉を滲ませながら告げた。「なんでそんなところに隠れてるの!?」夕月は声を出さず、口の動きだけで涼に問いかけた。冬真の言葉など、耳に入っていなかった。長身の男が机の下に身を屈めると、狭いスペースが一気に窮屈になった。夕月は画面の中の男を冷ややかな目で一瞥した。彼の出現が明らかに気に障っていた。なぜこのタイミングでビデオ通話?しかも、社長室のパソコンが勝手に冬真からの通話要請に応答するなんて、どういうことだ……画面越しでも、夕月の不快感は冬真に手に取るように伝わった。彼を見たくもない、話す価値すらないという態度が。冬真の呼吸が一瞬止まった。周囲から持ち上げられ、社員たちに囲まれ、家では夕月に心配りされることに慣れていた彼には。今の夕月の眼差しは、まるでゴミ箱に捨てられたゴミを見るかのようで、一目見るのも億劫そうだった。「量子科学と橘グループの提携について、話がある」冬真は意識して、厳かで断固とした口調を装った。ただの業務連絡だ。それ以外の何物でもない!混乱する思考を必死に抑え込みながら、彼は自分に言い聞かせていた。夕月は携帯を手に取った。涼からメッセージが届いていた。机の下にいるというのに、携帯でやり取

  • 再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない   第470話

    夕月はその場に立ち止まり、颯爽として気品溢れる男の姿を眺めていた。逆光の中、涼が顔を上げて微笑みかける。「どうしてそんなに遠くに立ってるの?」夕月は彼に向かって歩み出しながら、軽やかに応じた。「じっくり見させてもらってるの」「もっと近くで見ないと」涼は身を乗り出し、夕月との距離を縮めた。一歩の距離まで近づいた二人の顔が、今にも触れ合いそうになる。思わず息を止めながらも、夕月は彼の魅力に引き寄せられるように見つめていた。「よく見えた?」涼が尋ねる。「うん」夕月は頷いた。「で、どう?」「本当に綺麗」夕月は心からの言葉を紡いだ。「桐嶋さんは私が見た中で……最も美しい男性の一人よ」それは偽りのない感想だった。涼は鼻で軽く笑った。彼女は数多くの美しい男性を知っている。天野も冬真も、そして凌一も。特に凌一は、涼でさえ危機感を覚えるほどの美貌の持ち主だった。「俺の顔なんて、体の中で一番つまらない部分さ」涼は自信に満ちた声で告げた。夕月の頭に、以前涼から送られた上半身の筋肉質な写真が蘇った。頬が一気に熱くなる。あの魅惑的な腰つきは、確かに深い印象を残していた。夕月は軽く咳払いをした。このままでは、動揺が涼に見透かされてしまう。彼の傍を通り抜け、執務机の向こう側に腰を下ろすと、ビジネスライクな口調に切り替えた。「桐嶋さん、本題に入りましょう」「ん?」彼は舌先で上顎を軽くつつきながら、「今までの話は本題じゃなかったってこと?」夕月は「……」その魅惑的な狐のような瞳が、心の奥まで見通すように。「それとも、夕月さんは俺を見て、別のことを考えてたのかな?」「こほっ!」今度は本当に唾を詰まらせてしまった。強引に話題を変える。「楼座社長は高額で桐嶋さんを法務顧問として迎えたいようですが、星月法律事務所全体の顧問料は量子科学の会計から出ることになります。私としては、その金額は高すぎると思います」涼の提示した金額は市場価格の三倍。夕月からすれば、法務顧問は必ずしもギャラクシーである必要はなかった。涼は片手を机に置き、「無料でもいいよ」と告げた。夕月は喉を鳴らした。「そこまで値下げする必要はありません」「無料どころか」涼は続けた。「俺から夕月さんに賄賂を贈りたいくらいだよ」夕月は

  • 再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない   第469話

    「もちろん、桜都で最も有名な方ですよ」鳴が含み笑いを浮かべながら答えた。M国在住が長かった綾子でも、桜都の名家の噂は把握していた。桜都で最も名を馳せる桐嶋家の御曹司と言えば、桐嶋涼以外にいない。彼の名声は絶大で、手を付けるものすべてが成功する。まるで指先一つで、あらゆる業界のトップに躍り出られるかのような存在だった。「量子科学と取引があるんですか?」「楼座社長は、桐嶋様の星月法律事務所に法務部門を任せたいようですね」斎藤の言葉に、綾子は意図を悟った。雅子の真の狙いは別にある。事業の重心を桜国に移すため、量子科学を通じて桐嶋涼を取り込もうとしているのだ。「つまり、桐嶋様は法務提携の件で来られたということですね」綾子は不安げに尋ねた。「でも藤宮さんにそんな経験があるんでしょうか?私がお話しした方が……M国のエリート大学で二十歳の時に法学の学位を取得していますし」鳴は綾子に感嘆の眼差しを向けた。「えっ、法学の学位まで?さすが金融街の天才令嬢ですね!他にも知らない素晴らしい経歴がありそうですね」綾子は控えめに微笑んだ。「お褒めに預かり光栄です。法学は暇つぶしで始めただけなのに、思いのほか簡単に学位が取れてしまって」「でもね」鳴の目が急に妙に輝いた。「桐嶋様の件は夕月さんに任せた方がいいですよ。以前、二人は付き合って――」「付き合っていた?」綾子は目を丸くした。鳴の言う「付き合う」は、自分が想像している通りの意味なのだろうか。「ふん」直人が皮肉めいた声を上げた。「あの女、冬真と別れてすぐ桐嶋と手を組んだんだ。いや、きっと離婚前から関係があったんだろうな。だから冬真と別れる勇気が出たんだよ。でも甘かったな。桐嶋家が再婚相手なんて認めるわけないだろ」綾子は夕月と桐嶋の関係という衝撃的な情報を消化しきれずにいた。「じゃあ、今は別れているんですか?」「まあ」鳴は言葉を選びながら続けた。「噂では別れたみたいですね。そりゃそうですよ。付き合ってた時は、あんなに派手だったんですから」鳴は顎に手を当てながら考え込んだ。「でも、桐嶋様がわざわざ夕月さんを訪ねてくるってことは、二人の関係はまだ良好なんでしょうね」「純粋にビジネスの話かもしれないだろう」直人が口を挟んだ。さらに綾子に向かって続けた。「冬真に連絡しておくよ。

  • 再び頂点に戻る、桜都の御曹司にママ役はさせない   第468話

    自分の言葉に気づき、綾子は慌てて謝った。「ごめんなさい、凌一さん。愚痴ばかり聞かせてしまって」「構わない」凌一の声が響いた。銅鐸のような澄んだ音色が、綾子の心を揺さぶる。今夜は初めて、綾子からの電話で、こんなにも長い会話を交わすことができた。ただし、話題の中心は終始、夕月のことばかり。普段なら素っ気ない凌一が、珍しく自分の話に耳を傾けてくれることに、綾子は密かな喜びを感じ、思わず頬が緩んだ。「また……電話してもいいですか?」声が僅かに震える。大胆な質問をする自分の鼓動が早まる。「量子科学の件なら」凌一の声は変わらず冷静だった。綾子の語る夕月の姿は、自分の知る夕月とは全く異なっていた。いつも恭しい態度で接する夕月に、人を苛立たせる一面があるとは。凌一は思わず興味を覚えた。これは意外な発見だった。綾子の口元が耳まで上がるほど嬉しそうな笑みを浮かべた。「凌一さん、愚痴を聞いてくれてありがとう」「あ、そうそう」突然何かを思い出したように綾子は言った。「量子科学は橘グループとフロントエンド開発で提携しているんですけど、藤宮夕月って凌一さんの甥の前妻じゃないですか。彼女がいると、提携がうまくいかなくなるかもしれません」「承知した」凌一は短く答えた。綾子は一瞬戸惑った。凌一の「承知した」がどういう意味なのか分からない。夕月と冬真は離婚したのだから、冬真の叔父である凌一も夕月に対して良い感情は持っていないはずだ。おまけに自分が散々愚痴をこぼしたのだから、凌一も夕月の本性が分かったはずだと。我に返ると、凌一はもう電話を切っていた。携帯を置くと、星来が書斎の机に座り、丸くて黒い瞳で自分をじっと見つめているのが目に入った。「寝る時間だ」凌一は淡々とした口調で促した。星来はイヤホンを外し、スマートフォンで文字を打った。『また電話を聞かせてくれる?』さらに続けて、『夕月おばちゃんのこと、もっと知りたいな』凌一の声が冷たさを帯びた。「知れば知るほど、抑えきれない想いが募る。もう距離を置くと決めただろう」星来は長い睫毛を伏せ、頬を膨らませた。薄暗い影が瞼に落ちている。スマートフォンの画面を凌一に向けて見せる。『でも、我慢できないんだ!』文字を打ちながら、音声読み上げ機能で言葉を紡ぐ。『好きな人のことって、そう

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status