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第413話

作者: 小円満
もうこれ以上、理沙と高司の話題を続けたくなかった。表情に何か出てしまいそうで怖かったから。

私はすぐに仕事の話へと切り替えた。「そういえば、今年の主な取材のひとつに、神崎玄吾教授の研究プロジェクトがあるよね。私に任せて。追ってみる」

理沙はうなずいた。「ちょうどそれ、話そうと思ってたの。神崎教授のプロジェクトが成功したら、黒澤グループは大損することになるからね。本当は、あなたに任せるのは気が引けてたの。だって、時生との関係があるでしょ……でも今見る限り、あなた本気で時生のこと嫌ってるみたいね」

私はため息をついて、説明した。「この取材をやるのは、時生に仕返しするためじゃない。ただ、神崎教授たちのプロジェクトがどこまで進んでるのか知りたいの。これって、母がいつ時生の設備から解放されるのか、私がいつ彼の脅しから逃れられるのかに関わってるから」

理沙ははっとしたように言った。「なるほど、私が浅はかだったわ。てっきり神崎教授の力を借りて、時生に一矢報いるつもりなのかと思ってた」

「そんな暇じゃないよ」私は苦笑しながら言った。「自分の時間や労力を使ってまで、彼に仕返しなんてしない。ただ
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