FAZER LOGIN「誰だ?」
「騎士団長・レイです。ご報告がございます」
堂々としたレイの声に、ルベルは安堵を覚える。
「入れ」
「失礼します」
ドアが開き、レイが入ってくる。仮面をしているため分からないが、一瞬目が合ったような気がした。
「内容が内容ですので、メイドを下がらせていただけませんか?」
「チッ、下がれ」
「はい。失礼します」
ルベルはアーロにしていると見せかけて、レイに一礼すると、執務室から出た。ドアを閉め、胸を撫で下ろす。
(助かった……)
あのまま尋問が続いたら、ボロを出して折檻されていただろう。またしてもレイに救われた。
「お礼、言えるといいんだけど……」
執務室のドアを数秒見つめ、後ろ髪を引かれる思いを抱えながらも仕事に戻った。
その夜、部屋に戻ると、大きなバスケットに、たくさんの林檎が入っていた。そしてその隣には、肉まみれのサンドイッチが入った紙袋と、置き手紙が添えてある。
「レイ様? どうしたのかしら?」
二つ折りの手紙を広げてみる。達筆な字でこう書かれていた。
『しばらく来れそうにない。その間はこれでしのいでくれ』
「お優しい方……」
レイの優しさに胸があたたかくなった。だが、すぐに嫌な想像をしてしまう。
「もしかして、戦争でもあるんじゃ……」
騎士団とは、王と国を守るために存在している。そのため、国から出るような任務は滅多にない。彼らが国外に出るのは、護衛で王族や貴族についていく時か、戦争くらいだ。
この国の王子はアーロのみで、両陛下とアーロは、外交に行く予定がない。となれば、戦争だ。
「もし戦争だとしたら、どうかご無事で……」
ルベルはレイの無事を祈ってからサンドイッチにかじりついた。
翌朝、外仕事をする際に騎士団達が住む建物を見たが、いつもと変わらないように見える。といっても、ルベルがいる場所からはかなり離れているため、そこまで情報は得られないが。
(私の思い過ごしだといいんだけど……)
夜、疲れた体を引きずって地下室に戻ると、客がいた。
「アーロ様!? どうしてここに……」
名前を呼ばれたアーロは、振り返ると意地の悪い笑みを浮かべた。
「何が先輩メイドだ。メイド達は誰もお前のために食事を確保したことがないと言っていたぞ。来てみればこれだ。お前、どこでこの林檎を盗んだ?」
「盗んでません! 返して!」
取り返そうとするが、アーロはひらりとルベルをかわす。
「おっと、汚いドブネズミの分際で、俺に触ろうとするなよ。伝染病にでもなったら、どう責任取るつもりだ?」
「お願いします、林檎を返してください……」
「盗んでないっていうなら、この林檎はどうしたんだ?」
「それ、は……」
言えない。レイが持ってきたことが知られたら、彼が罰せられてしまう。レイは歴代騎士団長の中でもトップの実力を誇ると聞く。だからこそ、重宝されていると。それでも、ルベルに食事を運んでいたとなれば、アーロは何をしでかすか分からない。
「言えないということは、盗んだんだな? どこまでも汚いな、お前は。これだから赤髪は信用ならんのだ」
「きゃあっ!」
アーロに蹴り飛ばされ、固く冷たい石畳の床に倒れ込む。アーロはそんなルベルを更に踏みつけ、地下室から出ようとする。
「ドブネズミが触った林檎など、食べられたものじゃないな。家畜の餌にでもするか」
「お願い、返して……! 返してください!」
ルベルの願いは聞き入れてもらえず、ドアは突き放すように大きな音を立てて閉まった。
「うぅ、レイ様……」
立ち上がる気力もわかず、その場に突っ伏して泣いた。アーロが持っていったのは、ただの林檎ではない。レイの優しさであり、ルベルの心の支えだった……。
セキナは一旦部屋に戻り、薄桃色の可愛いバッグを持ってきた。「これ、前にあんたの部屋にいた子が忘れてったバッグ。この前遊びに来た時に渡したら、使う機会ないからってくれたんだよ。けど、私が使うには可愛すぎるし、ほとんど新品だから、捨てるのももったいないだろ? あんたが使っておくれ。そのまま財布を持ち歩いてたら、盗まれちまうからね」「ありがとうございます」 ルベルは素直にバッグを受け取って、財布をしまう。大金が入った財布をそのまま持ち歩くのは、不安だった。「出かける前に、少し食べていきな。市場は活気があるから、気圧されちまうしね」 セキナと一緒に厨房に行くと、彼女はサンドイッチを作ってくれた。「さ、お食べ」「はい、ありがとうございます」 野菜と分厚いベーコンがはさまったサンドイッチはバランスが取れているが、肉まみれのあのサンドイッチが少し恋しくなった。 食事を終わらせて外に行くと、ベルメリオが待っていた。「すいません、おまたせしてしまって」「大して待ってないから気にするな。そのバッグは?」 ベルメリオはベリルが肩にかけているバッグを、訝しげな目で見る。「前にいたメイドさんの忘れ物だそうです。セキナさんからもらいました。御本人もセキナさんも、もう使わないそうで」「そうか。よく似合っている。行こうか。もう市場が開いてるはずだ」「はい」 城を出て市場に行く。セキナが言ってた通りとてもにぎやかで、見てるだけでもわくわくする。「欲しいものはあるか?」「えっと……、あまり考えてなくて……」「それなら、一通り見て回るか」「はい」 ふたりで市場を見て回る。ルベルは産まれてこの方、店で買い物をしたことがなかった。商人が城に商品を運び、そこから選ぶだけだった。だからこうして店に行くのは新鮮だ。(ベルにあのこと、伝えなくちゃ……) ルベルは立ち止まり、ベルメリオの袖を軽く引く。ベルメリオは不思議そうな顔をして
翌朝、紙袋を開けてワンピースを取り出すと、底に財布が入っていた。開けてみると大金が入っている。「こ、こんなに!?」 昨晩ベルメリオは、支払われてこなかった3年分だと思えと言っていた。彼が言っていた通り、3年分と考えるには少ない額ではあるが、それでも目の前にあるのは大金だ。「断ろうかしら……。でも……」 使用人達の世間話などを聞いて、庶民に近い金銭感覚が身についてきたが、自分自身で買い物をしたことがないルベルは、お金の使い方を知らない。 彼の厚意を考えると断るのは失礼だと思い直し、ワンピースに着替えて髪を整えてから部屋を出る。メイドキャップで髪を隠そうと思ったが、あまりにもワンピースと合わないため、おろして行くことにした。 同じタイミングで部屋を出たセキナと鉢合った。セキナはルベルを見るなり目を輝かせ、隠し続けていた赤髪を見る。「おや、可愛いじゃないか! それに、立派な赤髪だねぇ。メイドキャップで隠すのがもったいないよ!せっかく髪留めあるんだから、使えばいいのに」「セキナさん……。おはようございます。でも、この国では赤髪は嫌われてますから……」「あっはっは、実はここでは、そんなことはないのさ」「え?」 ルベルは耳を疑った。ヘルシャフトの城で短期間王女として過ごしていた時期があったが、それでも使用人達はどこか冷たかった。異国の王女にも偏見の目を向ける城で、赤髪を気にしない人などいるのだろうか?「昨日、騎士は王族や貴族の3男坊から下が多いって話したの、覚えてるかい?」「はい。長男は跡取りとして、次男は念の為に、予備のような存在で家に置かれると……」 自然と眉間にシワが寄る。思い返してもひどい話だ。自分達で産んでおきながら、長男が健やかに育てば邪魔扱いなど、あってはならない。「実はね、長男や次男だった子達もここにいるんだ」「え? なんでまた……」 大抵の国や家は、無条件で長男を
「座れ」「はい」 テーブルセットに向かい合って座ると、彼は仮面を外した。あれだけ激しい訓練をしていたというのに、その端正な顔に疲れは少しも滲んでいない。「ここなら聞こえないと思うが、宿舎にいる時はレイと呼んでくれ」 ベルメリオは声を潜めながら言う。彼の心配はもっともだ。自分達は世間では死んだことになっているのだから。もし万が一ふたりが生きてると知られたら、亡きルベル王女やベルメリオ王子を騙る不届き者として処刑されてしまう。「分かりました、レイ様」「それでいい。今日1日、どうだった?」「お仕事は大変でしたけど、ここは充分な食事もとれて、あたたかいお風呂に入れて、天国のような場所です。何より、アーロ達に嫌がらせをされずに済みます。レイ様、私を異動させてくれてありがとうございます」 ルベルは深々と頭を下げる。ベルメリオには、いくら感謝してもしきれない。あのまま城にいたら、きっとルベルは衰弱死していた。「お前が宿舎にいた方が、都合がいいんでな。明日だが、1日休むといい」「え? でも、ここのお仕事大変そうですし……」 ルベルは今日の仕事を振り返る。セキナはベテランではあるが、ひとりであれだけの仕事をこなすのは大変なはずだ。「元々そういうことになってる。明日は別のメイドが入るから気にするな。それと、これ」 ベルメリオは紙袋を差し出す。中を見ると綺麗なワンピースが入っていた。「サイズが合うといいんだが……」「こんな綺麗なもの、受け取れませんよ。私には、もったいないです」「お前のために用意したんだ。明日は買い物をしてこい」「買い物、ですか?」 きょとんとベルメリオを見る。「日用品、ひとつもないのだろう? 何か欲しいものや必要なものがあれば、買ってこい。身なりを整えるのは大事だからな」「そういうことなら……」 ルベルは紙袋を受け取り、大事に抱きしめる。「金はその中にある。少ないが、これまでの賃金と思って受け取ってほしい」
「さ、お飲み」「ありがとうございます」 セキナは水を差し出す。ルベルは水を受け取ると、半分ほど飲み干した。本当はひと口だけのつもりだったが、気づかないうちに喉が渇いていたらしく、気づけは半分しか残らなかった。「お茶なんて優雅なことは出来ないけど、1杯の水でもいい休憩になるさ」「あの、セキナさんはずっとひとりでやってきたんですか?」「いいや、2ヶ月前まではルーくらいの子がいたんだけど、母親の看病をするからって、辞めちまったのさ。それから2ヶ月は、城のメイドがお手伝いに来てくれたけど、皆音を上げて1日しか持たなかったよ」「お城のお掃除は、丁寧さが重視で、スピードはそこまで求められませんからね。きっと、合わなかったんだと思います」「あぁ、違いない。さてと、仕事に戻るよ! 次は食事の準備だ」 セキナは水を一気に飲み干すと、気合を入れるために頬を叩いた。 夜、疲れ切ったルベルはベッドに倒れ込む。今日は怒涛の1日だった。 あの後お昼を作り、その後は早朝にセキナが干していた洗濯物を取り込み、それらをたたむと各部屋のかごに投げ込む。一息つく間もなく夕食を作り、食器を洗う……。 といっても、ルベルは料理がまったくできないため、食器を出したり、盛り付けてカウンターに料理を置くくらいだったが。 休憩は仕事の合間に数分あるかどうかだ。それでも、充実感があった。「なんか、まともな生活を久しぶりにしてる気がするわ……」 城では休憩こそあれど、残飯のようなものしか食べれず、風呂もほとんど水に近い上に汚れたものだった。 だがここでは充分な食事もできるし、風呂もセキナと一緒に1番風呂に入れる。 騎士が先なのではないかと聞いたらセキナは、「その騎士様達を支えてる私らが1番えらいんだから、1番風呂に入るべきなんだよ」と笑っていた。 仕事内容は城よりもずっとハードだが、城で働くよりずっといい。アーロとアリアの顔を見ずに済むだけで、ここまで晴れやかな気持ちになるのかと、しみじみ思う。「そろそろ寝なくちゃ&hel
「では、ここは皆様の心の拠り所になっているのですね」 ルベルの言葉にセキナは一瞬きょとんとして、腹を揺らしながら笑った。「あっはっは、そんないい話でもないよ。食い扶持減らしに、ここに子供を押し付けてるようなモンだからねぇ。けどまぁ、同情する必要もないだろ。皆ここに来る時は死人みたいな顔をしてるけど、1ヶ月もすりゃ、生き生きしてるんだからね」「やっぱり、素敵な場所だと思います」「アンタがそう思うのなら、そうなんだろうね」 セキナは嬉しそうに目を細める。「では、他の兵士さんはどちらに?」「あ? あぁ。あいつらは街の傭兵や警備兵さ。一部は城の敷地内に住んでるけど、上澄みだけだし、別の宿舎に住んでる。大半のやつらは、街にいるよ」「そうだったんですね」「さ、おしゃべりはここまで。とっとと洗って、掃除するよ」「はい!」「ふふ、いい返事だ。頼りにしてるよ」 ふたりで約60人分の食器を洗ったあとは、ふたりで5階に行き、部屋の掃き掃除と布団干しをした。 3階から5階は役職を持たない騎士達の部屋で、一部屋にふたりから4人が生活をしている。 5階の布団干しが終わると、ルベルは4階、セキナは3階の掃除をし、2階はセキナに色々教えてもらいながら掃除をしていく。「2階は各部隊の隊長様の部屋さ。といっても、今は騎士団の規模が小さいから、隊長も3人しかいないんだけどね」「多い時は何人いたんですか?」「100人はいたかねぇ。元は貴族の子だから、長男が死んで、家に戻されるヤツもいるのさ」「複雑ですね……」「ははっ、そうだねぇ。ま、平民の私らには関係のないことさ」 2階には6部屋ある。セキナはどこが空き部屋かをルベルに教えながら掃除していく。隊長の部屋は、他の騎士たちの部屋よりも丁寧に掃除をする。「最後は1階。ついでに私らの部屋も掃除するよ。ま、あんたの部屋は綺麗だから大丈夫だろうけど」「まずは団長の部屋さ。あの人、潔癖症なところがあるから、ここは特に丁寧にね。本棚に触ると怒るから、そっちは放置でいい」
「こんな贅沢品が……」 王女時代には当たり前のものだった品々が、贅沢品に見える。それだけ生活水準が落ちていたと実感し、ため息が出る。アーロ達はそれだけルベルを追い込んでいたということだ。 引き出しを元に戻して厨房に行くと、騎士達は食事を終えたらしく、ひとりもいなかった。「随分早かったね。食器を片付けるのを手伝っておくれ」「はい、分かりました」「まずは油がついたお皿をさげるよ。メインが乗ってたこの皿だ」 セキナは1番大きなお皿を回収していく。ルベルも同じお皿を回収する。「こっちだ、おいで」「はい」 お皿を持って厨房に入ると、ふたつあるシンクのうち、ひとつが石鹸水で満たされていた。セキナは石鹸水の中に回収した食器を入れていく。「油ものはまず、石鹸水につけて油を浮かせる。その間、他の食器を洗っていくよ」「はい、分かりました」「あんたは引き続き、油がついた皿をこっちのシンクに入れていっておくれ」「はい」 ルベルは言われた通り、お皿を回収しては、シンクに入れていく。一段落したところで、あることに気づく。「あの、セキナさん」「なんだい?」 セキナはお皿を洗いながら返事をする。「お皿の数、少ないような気がします。騎士団の方って、数百人規模だったように思いますが……」 ルベルは王女時代にヘルシャフトの行進を見たことがある。その時は数百人もの兵士達が、街を練り歩いていて圧巻されたのを、今も覚えている。 だが、今回収したお皿は60枚前後と、あの行進のことを考えるととても少ない。「あっはっは、騎士と兵士は別だからね」「別、ですか?」「私もそこまで詳しいことは知らないけどね、騎士ってのは、家にいづらくなった貴族の集まりなんだよ。 王族や貴族は、お世継ぎが大事だろ? 長男が事故や病気で死んでも困らないように、何人か子供をこさえるんだってさ。大抵は次男坊までは大事に育てられるけど、それより下の子は厄介者扱いさ。ひどい話だろ? 中に







