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6.新居探し①

Auteur: 鷹槻れん
last update Date de publication: 2025-11-01 03:35:30
新しい職場に移って3ヶ月。

お給料は日給月給制で、休んだりしない限りは一定額の月額報酬がもらえる。

今はまだないけれど、有給休暇がつくようになれば、休んでもお給料に響かなくなる。

月々のお金の入りが大体把握出来たと感じた私は、両親に実家を出て一人暮らしを始めたい旨を打診した。

元々無駄を嫌う堅実な姉と違って、損得度外視で、一度言い出したら聞かないところのある娘だったからか、両親は「人様に迷惑をかけないこと」「困ったことがあったら包み隠さず親に相談すること」を条件に家を出るのを許可してくれた。

賃貸契約の際には「わしが保証人になってやるから」という父からの言葉に、私は「お父さん有難う」とお礼を言いながら、「家を出たい理由が不純でごめんなさい」と心の中で謝罪した。

***

アパートを探すことを決めてからは、仕事後、今までのようになおちゃんと実家近くのスーパーに集合するのをやめた。

ここ1週間ほどは、昔私が市役所で働いていた頃にふたりで昼休みを共に過ごした、なおちゃんの借りている庁舎近くの月極つきぎめ駐車場で落ち合っている。

いつもなら、会うなりなお
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  • 叶わぬ恋だと分かっていても   花を置く場所②

    花屋に入ると、空気がふっと変わった。 切り花特有の青い匂いと、ほのかに甘い香り。 店内は静かで、雨のせいか他にお客さんはいなかった。 私はゆっくりと花を見て回る。 白い百合。 淡いピンクのガーベラ。 紫がかったトルコ桔梗。 トルコ桔梗を見た瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。 お母さんが好きだった花。 元気だった頃、よく玄関先に飾っては、 「綺麗でしょう? お母さん、この花が一番好きなの」 そう言って、嬉しそうに笑っていた。 あの頃は、そんな日常がずっと続くものだと、疑いもしなかった。 なおちゃんの顔も浮かぶ。 なおちゃんは、生花よりも、道端に咲いているような名も知らない花を好む人だった。 「菜の花を見るとさ、菜乃香だなって思うんだ」 私が、「でも……私の〝か〟はお花じゃなくて香りだよ?」っていうと、「それもそうか……」って笑ってたっけ。 私は迷った末に、派手ではない、小さな黄色い花を選んだ。 菜の花に少し似た、細かな黄色い花。花屋では〝ソリダコ・ゴールデンロッド〟と書かれていたけれど、私には春の土手を思わせる野の花に見えた。 それだけだとなんだか殺風景に見えたから、お母さんが好きだったトルコ桔梗も一緒に包んでもらうことにした。お母さんが好きなのはブルー系だったけど、「ソリダコと合うのは白ですね」って店員さんが教えてくれたから、それにしてもらった。 「これでお願いします」 店員さんは用途を聞くこともなく、「少しだけ緑も足しますね」とユーカリの葉を添えてくれた。 店員さんのおかげで、とても綺麗な花束が出来上がる。 「ありがとうございます」 可愛らしくラッピングされた花を手に、私は花屋を後にした。 ――これは、お墓に持っていく花じゃない。 なおちゃんは不倫相手だった。 私が彼のお墓やご仏前に手を合わせることはできない。それは奥様や息子さん、そうして彼のお母さまの特権だ。 私の彼への弔いは、私の心の中にだけで処理しなきゃいけない。 花を置く場所は、決めてある。 リビングの片隅のローチェストの上。窓に近いそこは、明るい日差しが差し込む場所。窓の外の空の先に、きっとなおちゃんのお墓がある。そう思える場所だった――。 *** 家に戻って、花を花瓶に移す。 小

  • 叶わぬ恋だと分かっていても   【完結後の短編】花を置く場所①

     朝、目を覚ました瞬間に、雨の匂いがした。 カーテン越しの光は淡く、外では細かな雨音が途切れることなく続いている。梅雨にはまだ少し早いはずなのに、空気は湿り気を含んでいて、胸の奥までじっとりと染み込んでくるみたいだった。 私は仰向けのまま、そっとお腹に手を当てる。 まだ大きくはないけれど、確かにそこにある重み。  私ひとりの体温とは違う、もう一つのぬくもり。 目を閉じたまま、ゆっくりと息を吐く。 ――今日で、一年。 なおちゃんが亡くなってから、ちょうど一年。 声に出してしまえば、また何かが溢れてきそうで、私はその言葉を胸の奥に押し込めた。でも、押し込めたところで消えてくれるわけでもなくて、こうして雨の匂いや静かな朝の気配に混じって、ひょっこり顔を出してくる。 ベッドを抜け出してリビングに向かうと、たっくんはもう起きていた。 キッチンに立つ背中は少しだけ丸くなっていて、鍋の中を覗き込みながら何かを温めている。私の足音に気付いたのか、振り返って柔らかく笑った。「おはよう、菜乃香」「おはよう」 テーブルの上にはマグカップが二つ並んでいる。  そこへ、たっくんが湯気の立つ飲み物を注いでくれる。香ばしいこの香りはコーヒーだ。妊娠してから避けるようになっているカフェイン。たっくんもそれは知っているはずなのに。 そう思いながら、戸惑いに揺れる瞳で彼を見上げたら、にっこり笑われた。「大丈夫。これは妊婦さんでも飲めるデカフェだから。菜乃香、コーヒー好きなのに飲めなくなって、寂しがってただろ?」  言葉にして伝えたつもりはなかったけれど、顔に出ていたのかもしれない。  たっくんの言葉に、私は正直驚いた。  それと同時に、彼の気遣いがとても嬉しくて心がほんわりと暖かくなった。「私たちのためにありがとう」 椅子に腰を下ろすと、たっくんは当たり前みたいに私の前にカップを置いた。「当たり前だろ。僕にはこのぐらいしかできないんだから」 妊娠が分かってから、たっくんは本当にさりげなく色々なことを変えてくれる。今日、コーヒーをデカフェにしてくれたことも、重い物を私が触る前に持ってくれることも、全部「特別」じゃない顔で……さも当たり前みたいに。「飲んでみて? 先に味見してみたけど……普通に美味かったから」

  • 叶わぬ恋だと分かっていても   Epilogue~叶わぬ恋だと分かっていても~

    ――私は、大切な人を自死で亡くしたことがあります。 ――自殺って止められたんじゃないかと言う思いが常に心の奥底にあって……彼を死なせてしまったことを、今でもずっと自分のせいだと責め続けています。 そういう想いが消せないのだと、たっくんには言えない気持ちをネットでこっそり吐き出すと、当たり障りのない柔らかな言葉に紛れ込むように、辛辣なコメントが書き込まれることがあった。 ――生きたくても病気で生きられない人が沢山いるのに、自殺する人は自分勝手で最低な人間です。そんな人のために貴女が自分を責めたりする必要なんてありません。 きっとそれは、うじうじと思い悩んでいた私への、その方からの心の底からの叱咤激励なんだろう。 でも――。 母を病気で亡くし、最愛だった人を自殺で亡くした私が思うのは、どちらもきっと、本人の力ではどうしようもない〝死に至る病〟なんだということで。 お母さんは癌に身体を蝕まれて生きることが出来なかった。 そうしてなおちゃんもまた、鬱という病いに心をズタズタにされて生きることが出来なかったのだ。 どちらが正しくてどちらが間違っている死だなんて、きっと誰にも決められない……。 生きている私たちがそう言うことを軽々しく口にしてはいけないんじゃないかなって……そんな風に思う。 実際救いを求めるように色々読み耽った、『大切な人を自死で亡くした人たちが思いを綴っているサイト』では、私と同じように、亡くなった大切な人を周りから〝命を粗末にした悪者〟だと決めつけられた人たちからの、悲痛な思いが書き連ねられていた。 良かれと思って遺された人を励ますために投げかけた言葉が、更に手負いの人を傷つける。 死因が何だったとしても、遺された人間には〝大

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  • 叶わぬ恋だと分かっていても   25.あのとき私が彼の求めに応じていたら、という不毛な想い⑥

    きっとなっちゃんは『どうしてそのことを知りながら、この時期になおさんのそばにいてくれなかったのですか? どうして彼の手を放せたんですか?』とでも言いたかったのかな。 私には、なおちゃんが亡くなる前日、なおちゃん自身から掛かってきた電話で、彼からのSOSを蹴ったという引け目がある。 だから、もし仮になっちゃんからそう責められていたとしても、きっと言い返したりは出来なかったと思う。 「ごめんなさい……」 私を責めることが出来ず、黙り込んでハラハラと涙をこぼすなっちゃんに、私は謝ることしか出来なかった。 その謝罪がなおちゃんのそばにいられなかったことに対してなのか、なおちゃんの自殺を止められなかったことに対してなのか、はたまたなっちゃんに辛いことを全て背負わせて、自分だけ蚊帳の外で幸せを噛み締めてしまっていたことに対してなのか、自分でも分からなくて。 「……それは……何に対する謝罪ですか?」 なっちゃんにポツンと問い掛けられたけれど私はうまく答えることが出来なくて、聞こえなかったふりをした。 *** なっちゃんとともにお通夜に参列して……変わり果てたなおちゃんの顔を見た。 縊死、というともっと顔が浮腫んだり苦しそうに歪んでいたりするのかなと覚悟して彼の顔を見たのだけれど。 なおちゃんは思いのほか穏やかな顔をして棺に横たわっていた。 きっと鬱血痕の残っているであろう首の辺りも、棺の小窓から覗いたのでは見えないように工夫が施されていて。 その顔が、顔色が悪いということ以外あまりにもいつも通りに見えたから。 私はまたしても彼の死を明確に受け入れることが出来なくて、そこでもやっぱり涙が出てこなかった。 ポロポロと涙をこぼして棺の中の彼を見つめるなっちゃんを支えるようにして……私はぼんやりと(どうして私、こんな

  • 叶わぬ恋だと分かっていても   25.あのとき私が彼の求めに応じていたら、という不毛な想い⑤

    「菜乃香さんのお名前もお話も……なおさんから本当にしょっちゅう聞かされていたから、彼の電話帳のなかからあなたの連絡先を探し出すの、結構簡単でした」 そう言って涙目で微笑んだなっちゃんに、私は何と答えたらいいか分からなくて。 結局何も言えないままにうつむくことしか出来なかった。 *** 「なおさん……古い家の方で首を吊って亡くなったんだそうです。第一発見者は彼の上の息子さんで……死亡推定時刻は午前七時頃だとか」 なおちゃんとなっちゃんの職場は同じごみ処理場第一工場。 その朝礼で、皆が集められて工場長からそんな話を聞かされたらしい。 (古いお家で……) なおちゃんが、わざわざ自分が生まれ育った生家での最期を選んだ理由は何だったんだろう。 私も、なおちゃんが数年前に生まれ育った家を出て、新しく別の土地に家を新築したのは知っていた。 私は彼が家の建て替えに備えて色々住宅展示場などを巡るのに付き合わされていたから。 自分が住むわけでもない家を『奥様』と呼ばれながら見るのは何だか切なくて悲しくて。 なおちゃんはそういう残酷なところが時折垣間見える人だった。 きっと彼自身には悪気なんてなくて……必要だから一緒に行く。 行けば菜乃香も楽しめるよね?ぐらいの感覚だったんだと思う。 私は愚かにも、もしかしたら彼が私との結婚を視野に入れて家の建て替えを検討してくれているのかも?とか馬鹿な期待をして。 そうじゃないと思い知らされて、死ぬほど辛くなったのだ。 なおちゃんの古い家は昔ながらの日本家屋で……天井には大きな梁があって、子供の頃なんか囲炉裏の火をかき回したら、煙に当てられたのか上から大きなアオダイショウが降ってきて驚かされたんだという逸話などを聞かされたこと

  • 叶わぬ恋だと分かっていても   22.梅雨の長雨-忘却-②

    腹水をたっぷり吸った布地は、ずっしりとした重さとともに、およそ生きた生物から出たにおいとは思えない生臭い異臭を放つ。 お母さんがそれを気にしていたのを知っていたから。 私はお母さんの尊厳を守りたい一心でそんな洗濯物からの臭いが漏れないよう、細心の注意を払いながら二重に重ねたビニール袋の口をギュッと固く縛る。 「また明日来るね」 私は今にも壊れそうな心と身体に鞭打って、お母さんに笑顔を向けた。 そんな私に、お母さんはどこか寂しそうな

    last updateDernière mise à jour : 2026-03-30
  • 叶わぬ恋だと分かっていても   22.梅雨の長雨-忘却-④

    「――タツ兄ね、ちょっと前に退院したの。それでね、色々バタバタしてて……私もずっと会えていなくて――」 不倫のことをタツ兄が知っていると言うのは、お母さんには黙っておこうと彼が言って。 私たちはあらかじめ打ち合わせていた通りの言葉を紡いだのだけれど。 退院云々を考慮しても、明らかに不自然なほど空白の期間が空き過ぎていたことを思うと、お母さんから「でも」と言われても不思議ではなかった。 だけどお母さんは何かを察してくれたみたいに、そこに関し

    last updateDernière mise à jour : 2026-03-30
  • 叶わぬ恋だと分かっていても   22.梅雨の長雨-忘却-③

    「ホントはあの時、すぐにでも『大丈夫だよ。僕は気にしない』ってなのちゃんを引き留めるべきだったのに……。僕の中のなのちゃんは幼い頃の印象が強すぎて。不倫をしていたと告白してくれたキミと、僕の中のなのちゃんがどうしても結びつかなかった」 何年も会わずにいたのだ。 その間に自分が知らないなのちゃんが増えていることは仕方がないことじゃないかと――。 それでもその不毛な関係を自分の目の前で断ち切ってくれたなのちゃんを僕は信じるべきだったんじゃないのか?と――。 そう自分に言い聞かせ、心に折

    last updateDernière mise à jour : 2026-03-30
  • 叶わぬ恋だと分かっていても   22.梅雨の長雨-忘却-⑤

    彼のその顔を見て、私は真っすぐに向けられるタツ兄からの温かな好意をひしひしと感じて、胸の奥がほわりと温かくなる。 こんな風に真摯に誰かから想ってもらえたのは本当に久々で。 なおちゃんからの〝好き〟は、始まった瞬間から奥さんと二股をかける旨を宣言されていたことを思い出した。 未だ未練がましく消せてもいなければ、着信拒否にも出来ていないなおちゃんの連絡先が、スマートフォンの中に残っている。 でも、別れを切り出したあの日以降なおちゃんから私に連絡が入るこ

    last updateDernière mise à jour : 2026-03-30
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