Share

第五十話

Author: 麻木香豆
last update Last Updated: 2025-12-22 08:17:48

 寧人は、壁にかかった時計を何度目かも分からないほど見上げて、ため息をついた。

 針はとっくに日付が変わっているのに、一護はまだ帰ってこない。

「……遅いなぁ」

 誰に聞かせるでもない独り言が、静まり返った部屋に落ちる。

 仕方なくつけっぱなしにしていた深夜のバラエティ番組は、下品な笑い声と意味のないテロップばかりで、頭に一切入ってこない。

「もう寝るか……」

 一護を待つためだけにつけていたテレビだった。目的を失ったそれは、ただの騒音でしかない。

 リモコンを手に取り、ぶつりと電源を切ると、部屋は一気に静寂に包まれた。

 布団に潜り込む。

 隣が、やけに広い。

 いつもなら、当たり前のようにそこに一護がいて、触れなくても、言葉を交わさなくても、ただ横にいるだけで落ち着けた。

 それが今日は、空っぽだ。

「イチャイチャしなくてもさ……横にいてくれるだけで、すごく安心してたのになぁ……」

 また独り言だ。

 一人になると、どうも口が勝手に動く。

 視線が、使われていない隣の枕に向く。

 少しへたって、中央がこんもりと盛り上がったその形が、なぜか一護の尻のラインに見えた。

「……っ」

 自分で自分の思考にゾッとして、慌てて目を逸らす。

「だ、ダメだ……何考えてるんだ……」

 そう言い聞かせるように呟いて、布団に顔を埋める。

「もう寝よう……」

 ――寝られるわけがない。

 胸の奥が、じわじわと熱を持ち始めているのがはっきり分かる。

 寂しさと欲が、区別のつかないまま絡み合って、下腹部に集まってくる。

「……枕だぞ、これは……」

 そう言いながら、もう手は動いていた。

 隣の枕を引き寄せ、両手で抱える。

 布の感触。

 一護の匂いが、かすかに残っている気がして、余計にタチが悪い。

 ズボンの中に手を突っ込み、硬くなったそれを取り出す。

「一回だけ……一回だけだから……」

 誰に許可を取っているのか、自分でも分からない。

 寧人は、枕の上にそれを押し付けた。

 日中、古田やドラゴンの尻に擦り付けていた感覚が、嫌でも思い出される。

 けれど、あれは仕事で、演技で、彼らはもうその役にもうんざりしている。

 そう思うと、胸の奥がズキリと痛んだ。

「……一護……」

 枕を尻だと思い込み、腰を動かす。

 脳裏に浮かぶのは、一護の体、熱、重さ。

「一護ぉ……そろそろ、挿れてほしいか…
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 合縁奇縁、そんなふたりの話(BL)   第五十話

     寧人は、壁にかかった時計を何度目かも分からないほど見上げて、ため息をついた。 針はとっくに日付が変わっているのに、一護はまだ帰ってこない。「……遅いなぁ」 誰に聞かせるでもない独り言が、静まり返った部屋に落ちる。 仕方なくつけっぱなしにしていた深夜のバラエティ番組は、下品な笑い声と意味のないテロップばかりで、頭に一切入ってこない。「もう寝るか……」 一護を待つためだけにつけていたテレビだった。目的を失ったそれは、ただの騒音でしかない。 リモコンを手に取り、ぶつりと電源を切ると、部屋は一気に静寂に包まれた。 布団に潜り込む。 隣が、やけに広い。 いつもなら、当たり前のようにそこに一護がいて、触れなくても、言葉を交わさなくても、ただ横にいるだけで落ち着けた。 それが今日は、空っぽだ。「イチャイチャしなくてもさ……横にいてくれるだけで、すごく安心してたのになぁ……」 また独り言だ。 一人になると、どうも口が勝手に動く。 視線が、使われていない隣の枕に向く。 少しへたって、中央がこんもりと盛り上がったその形が、なぜか一護の尻のラインに見えた。「……っ」 自分で自分の思考にゾッとして、慌てて目を逸らす。「だ、ダメだ……何考えてるんだ……」 そう言い聞かせるように呟いて、布団に顔を埋める。「もう寝よう……」 ――寝られるわけがない。 胸の奥が、じわじわと熱を持ち始めているのがはっきり分かる。 寂しさと欲が、区別のつかないまま絡み合って、下腹部に集まってくる。「……枕だぞ、これは……」 そう言いながら、もう手は動いていた。 隣の枕を引き寄せ、両手で抱える。 布の感触。 一護の匂いが、かすかに残っている気がして、余計にタチが悪い。 ズボンの中に手を突っ込み、硬くなったそれを取り出す。「一回だけ……一回だけだから……」 誰に許可を取っているのか、自分でも分からない。 寧人は、枕の上にそれを押し付けた。 日中、古田やドラゴンの尻に擦り付けていた感覚が、嫌でも思い出される。 けれど、あれは仕事で、演技で、彼らはもうその役にもうんざりしている。 そう思うと、胸の奥がズキリと痛んだ。「……一護……」 枕を尻だと思い込み、腰を動かす。 脳裏に浮かぶのは、一護の体、熱、重さ。「一護ぉ……そろそろ、挿れてほしいか…

  • 合縁奇縁、そんなふたりの話(BL)   第四十九話

     その頃、一護は――。 重なり合う息と、抑えきれない声が室内に満ちていた。 身体が触れ合うたび、長年染みついた感覚が呼び覚まされる。「……はぁ……」 一護は天井を仰ぎ、深く息を吐いた。昂ぶりがピークを越え、身体から力が抜けていく。余韻の中で、胸の奥にじわりと残るのは、快感だけではない。「一護さん、やっぱ最高っすね」 そう言って、相手の男――ドラゴンが立ち上がる。手際よくタオルを用意し、一護を気遣うその仕草は、昔と何も変わっていなかった。「……相変わらずね。腕は落ちてないわ、ドラちゃん」「ありがとうございます。元社長のおかげです」 そう、今夜一護の相手をしていたのは、かつて最も近く、そして最も深く傷つけ合った男だった。 そのとき、扉が開く。「お兄ちゃーん、終わった?」 軽い声とともに現れたのは、弟の頼知だった。状況を一目見て、呆れたように、しかしどこか慣れた様子でため息をつく。「ああ、ごめん。ご飯行く約束だったのに……ドラちゃん見たら、ちょっとね」「“ちょっと”じゃないでしょ。ただ欲しかっただけ」「やだ、バレた?」 頼知は近くにあったバスローブを二人に放り投げる。三人の距離は近い。近すぎるほどに。 ここは、昼間に寧人たちが訪れていたバタフライスカイ。 一護はフードジャンゴの社長に就く前、この店と美容室のオーナーでもあった。今はそのすべてを、弟に託している。「でも、どうして急に呼び出したの?」「たまにはいいじゃん。家族なんだからさ。最近、お兄ちゃん寧人さんとラブラブでしょ」 その言葉に、一護は小さく笑う。「……そうよ。今夜は一人にしちゃってる。寂しがってるかも」 そう言いながらも、無意識にドラゴンの脚に触れてしまう自分がいる。「ほら、やっぱり欲求不満」「ちょっと、聞いてたの?」「外まで丸聞こえ。お兄ちゃん、昔からサービス精神旺盛なんだから」 頼知がからかうように言うが、一護の意識はすでに別のところへ引き戻されていた。過去と現在が、いやでも交差する。「……そういえばさ」 頼知は、わざとらしく明るい声で続ける。「ドラちゃん、やっぱ人気だよね。お兄ちゃんが育てただけある。 でも今はさ……あんな年上と一緒で、刺激足りてる?」 一護の表情が、ほんの一瞬だけ強張る。 ――そうだ。 ドラゴンはかつての恋人だった。

  • 合縁奇縁、そんなふたりの話(BL)   第四十八話

     仕事を終え、寧人は家路につく。と言っても、最寄り駅ではない。いつものように、古田の車で「近くのコンビニ」まで送ってもらうのだ。そこが二人の暗黙の境界線だった。 帰りは古田の車。助手席――いや、正確には寧人専用席と呼ぶべきそこには、低反発のクッション、ふわりとした掛け毛布、首を支えるネックピローまで揃っている。シートの角度も、エアコンの風向きも、すべて寧人仕様だ。自分の車より居心地がいいのだから笑えない。「今日はありがとう……っていうか……」 礼とも愚痴ともつかない言葉をこぼすと、古田は前を見たまま鼻で笑う。「まぁ、これから勉強しとけよ。覚えること多いだろ」 そう言いながら、古田はさりげなく手を伸ばし、寧人の膝に掛けられた毛布の中へ滑り込ませる。慣れた動きで、遠慮のない優しさで、寧人の“そこ”に軽く触れた。「は、はい……」 声が裏返りそうになるのを必死で抑える。流石にこの距離、この場所でキスはできない。できないが、触られるだけで十分に頭は真っ白になる。「……そろそろさ、家の近くまで送っていきたいんだけど」 不意にそんなことを言われて、寧人は一瞬固まる。「ダメだよ、そんなの」「何か都合の悪いことでも? それとも……寧人の家、誰かいるとか」「いや、そういうんじゃないけど……道が狭いし……車止めるとこないし……ここが一番いいから」 必死に理由を並べる自分が情けない。古田は少しだけ考えるように黙り、それから肩をすくめた。「そうなのか。まぁいい。また明日な」「はい……」 名残惜しさを飲み込んで車を降りる。ドアが閉まり、ウインカーの音とともに古田の車は夜道へ消えていった。 寧人は一人、愛の巣――というには生活感が強すぎる自宅へ戻る。だが、玄関に灯りはなく、いつも聞こえるはずの生活音もない。嫌な予感がしてスマホを見ると、案の定メールが入っていた。『ごめんなさい。今日、急遽会食が入ったのでご飯は1人で食べてね。冷蔵庫に入ってるから』 一護からだ。「……しょぼん」 声に出してしまうほど、肩が落ちた。せっかく、バタフライスカイで覚えたプレイを一護と試そうと、頭の中で何度もシミュレーションしてきたというのに。「遅くなるなら……リンとカーセクしてたかったな」 思わず本音が漏れる。誰に聞かれるわけでもないのに、少し背徳感があって苦笑する。 ス

  • 合縁奇縁、そんなふたりの話(BL)   第四十七話

    着替えて部屋を出ると、待合に古田がいた。 ついさっきまで、あの部屋で激しく喘いでいた人物とは思えないほど、背筋を伸ばして立っている。 「どうだった? ……って、めっちゃ声してたけど。ドラちゃん、満足させられた?」 「ん、まぁ……り……じゃなくて、古田さんも、すっごく可愛い声で……」 言い切る前に、空気が変わった。 古田の目が鋭くなり、一歩で距離を詰める。ネクタイを掴まれ、強引に引き寄せられた。 「――あれが、僕の本当の喘ぎ方。演技じゃない」 低く言い切ると、すぐに手を離す。 何事もなかったように、古田は元の位置に戻った。 そこへ、仮面を被った男が近づいてくる。受付にいた男とは違う。 「古田さん、本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」 「おう。今日の新人も良かったな。気持ちよかったし、何度もイカせてくれた。あの子は芽が出る」 「ありがとうございます。そう伝えておきます」 そう言ってから、仮面の男は寧人を見る。 視線を向けられただけなのに、胸の奥がざわついた。 「ご新規さま……鳩森様、でしたね?」 「あ、はい。こちらです」 名刺を差し出すと、仮面の男は目元だけで笑う。 そして、自分の名刺を静かに差し返してきた。 「わたくし、ここのオーナーをしております。――ヨリトモです」 「ヨリトモさん……」 「ベクトルユーさんの退勤システムは、先代の社長の頃から重宝しておりましてね。こういう業界はブラックになりがちですが、明確化されたおかげでスタッフの満足度も上がり、離職率も下がった。古田さんと出会わなければ、ここまでは来なかった、と先代も申しておりました」 「は、はぁ……僕は担当SEではなかったんですが……他社でも使われていますし、うちでも導入しているので……もし不具合やご要望があれば……」 気づけば、寧人は流れるようにセールストークをしていた。 止めようと思っても、口が勝手に動く。 古田が肘で小突く。 「何ビジネストークしてんだよ。……まぁ、上手くなったな」 少し間を置いて、続ける。 「……あとは、こっちの方もな」 差し出されたのは、一枚の黒いカード。 Butterfly Sky の文字が鈍く光る。 「会員登録しといた。好きな時に行け」 「……ぼ、僕……」

  • 合縁奇縁、そんなふたりの話(BL)   第四十六話

    「じゃあ、どうすればいいんだよ」 寧人は吐き捨てるように言った。声が荒れるのを止められない。 自分でも驚くほど、胸の奥がざらついていた。「気持ちよくさせるのは……店員であるドラちゃんの仕事だろ。客に下手だの、気持ちよくないだの言うのは違うだろ」 ドラゴンは言葉に詰まり、視線を落とす。「……ごめんね、ヨシくん」 その一言で、怒りが少しだけ萎む。代わりに、情けなさが残った。「……僕も言いすぎた」 そう言ってから、寧人はベッドの縁に腰を下ろす。時計を見る。思った以上に時間が過ぎていた。「シャワー浴びるよ。もう終わりでいい」 立ち上がりかけて、ふと手が止まる。 逃げるみたいで、それも嫌だった。 寧人は黙って、ドラゴンの前にそれを差し出した。「……マッサージ、まだ残ってるだろ。それで終わりにしたい」「え……」「いいから。時間ないし。今、正直……機嫌悪い」 ドラゴンは一瞬迷ってから、静かに頷いた。「……はい」 涙をこらえるように瞬きをして、口に含んでも問題ないローションを出そうとする。 寧人は首を振った。「いらない。このままでいい」「……わかった」 ドラゴンはそのまま、そっと唇を寄せた。 厚い唇が吸いつく感触に、寧人は息を詰める。怒りの残りと、快感がごちゃまぜになる。 気づけば、ドラゴンの肩も震えていた。「……ドラちゃんのも、見せて」 咥えたまま、ドラゴンは自分で水着を下ろす。 短く、太く、すでに張りつめている。「……自分で、触って」 言われた通りに、ぎこちなく握って擦る。その様子に、寧人の喉が鳴った。「……一緒に、だ」「ん……っ」 タイミングも何もない。ただ、同時に耐えきれなくなっただけだった。「あ……っ」 ドラゴンの口の中に放たれる感覚と同時に、彼自身も達する。 喉を詰まらせながら、それでも受け止める。「……飲め」 命令というより、確認に近い声だった。「……ん」 ごくり、と喉が動くのを見て、ようやく寧人は力を抜いた。 ベッドから降り、何も言わずにシャワーへ向かう。 背後で、ドラゴンが小さく息を整える音だけが残っていた。「……なんか、自分本位になっちゃったな」 シャワーの水音の中で、ようやく頭が冷えた。同時に、不安がむくりと顔を出す。 ――また下手だとか、言われるかもしれない。 部屋に

  • 合縁奇縁、そんなふたりの話(BL)   第四十五話

    「さっきからずっとリンくん喘いでたけど、ヨシくんがずっと悶えてたから気づかなかったでしょ……」 ドラゴンはくすっと笑うように言った。 「あの子ね、ベッドの上だと全然違うの。可愛い声出して……」 その言葉で、寧人の耳がようやく現実を拾い始めた。 壁越しに聞こえてくる、古田の声。切羽詰まった、求めるような、途切れ途切れの喘ぎ。 反対側の部屋からも、別の客の声が混じる。 「ここ、一部屋ずつ分かれてるけど壁が薄いから……さっきからヨシくんも相当だったし、たぶん全部屋に響いてるよ」 「ああああっ……」 耐えきれず、寧人は両手で顔を覆った。 恥ずかしさと、逃げ場のなさで頭が真っ白になる。 その瞬間、ドラゴンが覆いかぶさってきた。 紙パンツ越しに、互いの熱が重なる。 触れるたび、ドラゴンの喉から甘い声が漏れるのがわかる。 「ヨシくん……僕のも大きくなっちゃった……」 「……うん。ドラちゃんのも……」 水着がきつそうに張り付く感触。 擦り合うたび、二人の呼吸が荒くなる。 ドラゴンの手が寧人の胸に伸び、オイルを垂らして広げる。 指が滑り、弄られるたび、寧人は思わず声を漏らしてしまう。 「ヨシくん、僕の胸も触って……」 「え、さ、触っていいの……?」 「なに言ってるの。さっきからあそこ擦り付けてるくせに」 口調が、さっきよりも柔らかく、どこか作られた甘さを帯びる。 「だからリンちゃん、満足できないのよ」 胸が、ひくりと痛んだ。 「相手が気持ちよくなるところ、ちゃんと見て。 僕はね、ここが弱いの」 導かれるまま、寧人は恐る恐る触れる。 厚い胸、鍛えられた感触。乳首に触れた瞬間、ドラゴンが大きく身をよじった。 「ヨシくんっ……! そこだけじゃないの、もっと探って!」 「……でも、好きだから。形」 そう言って、さらに触れる。 胸同士が当たり、滑る。 その感覚に、寧人自身も強く反応してしまう。 「ああああああああああんっ!」 「でしょ? これ、これがいいの……!」 湿った音が胸元に響く。 「……ドラちゃん、キスしていい?」 「うん……して」 寧人から求めた。 厚い唇、絡む舌。想像以上に巧みで、寧人は息を奪われる。 「これは……オプションじゃ……」 「サービス

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status