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last update آخر تحديث: 2025-12-10 11:44:02

(この家に来たのは、もう10年前になるのね)

 10年前の冬。11歳の小夜子が、この門をくぐった日のことを思い出す。

 あの日は雪がちらついていたと、今でも覚えている。

 小夜子の実の母は、かつてこの家の使用人だった。父の子を身籠ったことで義母が激怒し、わずかな手切れ金と共に冬空の下へ放り出されたのだと聞いている。

 それでも母は小夜子を愛し、貧しくとも2人で慎ましく温かい日々を送っていた。

 けれど母は病に倒れ、帰らぬ人となった。身寄りのなくなった小夜子を、父は「世間体があるから」という理由だけで引き取った。

 泣きながら連れてこられたこの屋敷は、家ではなかった。母との幸せな記憶を塗りつぶし、自尊心を削り取られるための、巨大な牢獄そのものだった。

 ここへ来てからというもの、楽しい記憶などほとんどない。

 中学まではかろうじて通わせてもらえた。小夜子の成績は学年でトップクラスだったけれど、高校への進学は許されなかった。

 赤点ばかり取っていた義姉の麗華は、お嬢様学校に金の力で進学したのに、だ。

 小夜子はただ家政婦として、労働力として家に置かれていただけだった。

 小夜子の頭の良さに気づいた執事の藤堂が力を貸してくれたおかげで、通信制の高校で学ぶことができた。

 藤堂は博識な人物で、様々な学識と知識、知恵を小夜子に教え込んでくれた。

 彼との思い出だけが、この白河邸で唯一残された大事な記憶といえる。

 ――お嬢様。奪われることを嘆いてはなりません。

 ――ドレスや宝石は、奪うことができます。家や土地も、奪われることがあるでしょう。ですが頭の中にある知性だけは、誰にも奪うことはできないのですから。

 藤堂の言葉が蘇る。

 彼の言葉はどれだけ小夜子を救ってくれたことか。

 その藤堂も既に故人となっている今、小夜子が白河邸に残す心は一つもなかった。

 車が門を抜け、公道へ出る。小夜子は一度だけ、窓越しに屋敷を振り返った。

 夕闇に沈む白河家本邸。巨大な屋根が、怪物の口のように黒く口を開けている。

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