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第8話「桜の根元のコア」

Author: ちばぢぃ
last update publish date: 2026-03-15 08:30:08

月が中天に昇り、校庭を青白く照らしていた。

シュウとタクミは桜の木の前に立っていた。穴は塞がれ、土は踏み固められているが、根元にわずかな盛り上がりがある。さっきまで開いていた闇の痕跡だ。

シュウは手帳の最後のページをもう一度確認した。文字はまだ光を放っているように見えるが、それは錯覚かもしれない。

シュウ「ここだ。装置のコアは、この下」

タクミは周囲を見回した。校舎の窓はすべて暗く、誰もいない。だが、背筋に冷たい視線を感じる。

タクミ「高槻は……見てるよな。俺たちを」

シュウは頷いた。懐中電灯を地面に当て、土を指で軽く掘り始める。土は柔らかく、すぐに金属の感触がした。

タクミが手伝い、二人は土を掻き出した。小さなコンクリートの蓋が現れる。直径五十センチほどの円形。中央に、錆びたレバーが一本。

シュウ「これを……引くのか」

タクミ「待て。罠の可能性は?」

シュウ「罠だろう。でも、他に方法がない」

二人は顔を見合わせた。タクミが先に手を伸ばし、レバーを握る。

タクミ「俺がやる。お前は後ろに下がってろ」

シュウ「タクミ……」

タクミ「いいから。約束だろ、一人じゃねえって」

タクミは力を込めてレバーを引いた。ギギギ、という重い音が響き、蓋がゆっくりと横にスライドする。

下に、暗い階段が現れた。金属製の螺旋階段。奥から、青白い光が漏れている。

シュウは息を飲んだ。

シュウ「装置……本当にあった」

タクミ「降りるぞ」

二人は階段を下り始めた。足音が反響し、冷たい空気が肌を刺す。階段は十段ほどで終わった。

下は、狭い部屋。壁はコンクリートで、ところどころに古い配管が走っている。中央に、円形の機械が鎮座していた。高さ一メートルほどの円柱。表面に無数の小さな画面が埋め込まれ、青い光を点滅させている。

画面の一つに、映像が映っている。幼いシュウと父が、笑っている姿。繰り返し再生されている。

シュウ「……これが、記憶の装置」

部屋の隅から、足音がした。

高槻零が現れた。黒いコートを脱ぎ、白衣を着ている。顔はマスクを外し、露わになっていた。瘦せた頰、深い皺、目は血走っている。

高槻「ようこそ。プロジェクト『星見』の心臓部へ」

タクミが前に出た。

タクミ「てめえ……全部お前の仕業か」

高槻は静かに笑った。

高槻「仕業? これは、救済だよ。忘れられた記憶を、すべて取り戻す。痛みも、悲しみも、喜びも……全部」

シュウは機械に近づいた。画面に触れると、指先が熱い。

シュウ「お父さんは……ここに?」

高槻「いるよ。記憶としてね。体はもうないけど、意識はここに残ってる。君の父さんは、立派な犠牲者だった」

シュウの拳が震えた。

シュウ「犠牲……? 殺したんだろ」

高槻「殺したんじゃない。永遠にしたんだ。誰も忘れないように」

タクミが叫んだ。

タクミ「ふざけんな! そんなの、ただの独り善がりだ!」

高槻はゆっくりと機械に手を置いた。

高槻「君たちも、加わればいい。泣き声が聞こえなくなるよ。すべてが、静かになる」

機械の光が強くなった。部屋全体が青く染まる。

シュウの頭に、再び映像が流れ込む。今度は、父の最後の瞬間。雨の夜、父が高槻に押し倒され、機械に繋がれる。父の目が、シュウの方を向く。最後に、微笑む。

シュウ「……やめろ」

声が震える。

高槻「見ろ。君の父さんは、喜んでいたよ。プロジェクトの完成を」

シュウは機械に飛びついた。画面を拳で叩く。ガラスがひび割れる。

シュウ「嘘だ……お父さんは、そんな顔じゃなかった!」

機械が悲鳴のようなノイズを上げた。光が乱れ始める。

高槻の顔が歪んだ。

高槻「やめろ! 壊すな!」

タクミが高槻に飛びかかった。二人はもみ合う。高槻の力が意外に強く、タクミを壁に押し付ける。

タクミ「シュウ! 今だ!」

シュウは機械の側面を探った。配線が束になっている。赤いコードが、一本目立つ。

シュウ(これか……?)

父の幻影の言葉が蘇る。

「高槻の弱点は、桜の根元。装置のコアが、そこにある」

シュウは赤いコードを掴み、力いっぱい引き抜いた。

スパークが飛び、機械が激しく震えた。画面がすべてブラックアウトする。

高槻が叫んだ。

高槻「いやぁぁぁ!」

機械の光が消え、部屋が暗闇に包まれた。

同時に、高槻の体が崩れ落ちた。まるで糸が切れた人形のように。

シュウは息を荒げて立ち尽くした。

シュウ「……終わった?」

タクミが起き上がり、高槻に近づく。高槻は動かない。目は開いたまま、虚空を見つめている。

タクミ「死んだ……のか?」

シュウは首を振った。

シュウ「わからない。でも……泣き声が、聞こえなくなった」

部屋は静かだった。装置の残響だけが、かすかに残っている。

シュウは機械の前に跪いた。ひび割れた画面に、父の最後の笑顔が、凍りついたように残っていた。

シュウ「お父さん……ありがとう」

涙が、一滴落ちた。

タクミがシュウの肩に手を置いた。

タクミ「帰ろう。もう……十分だ」

二人は階段を上った。桜の木の下に戻ると、夜空に星が瞬いている。風が優しく吹き、散った花びらが舞った。

シュウは空を見上げた。

シュウ「星見キッズ……まだ、二人だけど」

タクミは笑った。少し疲れた笑顔。

タクミ「それでいいだろ。名探偵シュウと、相棒のタクミ。十分じゃん」

シュウも小さく笑った。

シュウ「そうだな」

二人は校舎を後にした。背後で、桜の木が静かに揺れていた。

だが、どこかで、まだ小さな泣き声が、かすかに聞こえた気がした。

それは、風の音だったのかもしれない。

あるいは、まだ終わっていない、何かの始まりだったのかもしれない。

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