LOGIN離婚協議の日程が決まってから数日後。
佳苗はパソコンの前に座っていた。
画面には求人サイト。
例の事務職の募集ページが表示されている。
佳苗は何度も内容を読み返した。
勤務時間。
勤務地。
仕事内容。
もう覚えてしまうほど読んでいる。
「……どうしよう」
小さく呟く。
応募するだけだ。
まだ採用が決まったわけではない。
それなのに。
妙に緊張する。
その時。
後ろから声がした。
「応募しないのか」
佳苗は肩を震わせる。
「先輩」
振り返る。
雄吾が立っていた。
「驚かせないでください」
「お前が気づかないだけだ」
いつものやり取りだった。
佳苗は苦笑する。
<面接の前日。 佳苗は朝から落ち着かなかった。 参考書を開いても。 テレビをつけても。 何だか集中できない。「……緊張してる」 誰もいない部屋で呟く。 自分でも分かっていた。 面接なんて何年ぶりだろう。 いや。 十年以上かもしれない。 そう思うだけで胃が重くなる。 その日の夕方。 雄吾が帰宅した。「ただいま」「おかえりなさい」 佳苗はソファから立ち上がる。 雄吾はその顔を見るなり言った。「緊張してるな」 佳苗は固まった。「そんなに分かりやすいですか」「ああ」 即答だった。 佳苗は肩を落とす。「面接ですから」 そう言う。 すると。 雄吾は鞄を置きながら答えた。「そうだな」 珍しく否定しなかった。 佳苗は少しだけ安心する。 緊張して当たり前らしい。 夕食の後。 佳苗はノートを見直していた。 志望動機。 自己紹介。 想定質問。 何度も読み返しているうちに。 逆に不安になってくる。「これでいいのかな……」 その時。 向かいの席へコーヒーが置かれた。 雄吾だった。「ありがとうございます」 佳苗はカップを受け取る。 温かい。 少しだけ肩の力が抜けた。「先輩」「何だ」「私、変なこと言ったらどうしましょう」 雄吾は少し考える。 そして。「言うかもしれないな」 真顔で答えた。
応募を済ませてから三日後。 佳苗は朝から落ち着かなかった。 理由は分かっている。 メールだ。 応募した会社からの連絡が来るかもしれない。 そう思うだけで。 何度もスマホを確認してしまう。「気になるなら見ればいいだろ」 コーヒーを飲みながら雄吾が言った。 佳苗は苦笑する。「見てるんです」「じゃあ待て」 正論だった。 佳苗は反論できない。 その時。 スマホが震えた。 二人とも視線を向ける。 佳苗の心臓が跳ねた。 画面を見る。 メール。 応募先の会社だった。「えっ」 思わず声が出る。 佳苗は慌ててメールを開いた。 数秒。 画面を見つめる。 そして。「面接です」 顔を上げた。「面接の日程調整だそうです」 雄吾は小さく頷く。「そうか」 いつも通りの反応。 だが。 佳苗にはそれで十分だった。 不採用ではなかった。 まずはそこが嬉しい。「どうしよう」 思わず呟く。「何がだ」「面接です」「そうだな」「緊張します」 すると。 雄吾は少しだけ考えた。 そして。「落ち着け」 と言った。「それができたら苦労しません」 佳苗は即座に返す。 雄吾は珍しく少しだけ笑った。 その日の夜。 佳苗は面接の練習をしていた。 志望動機。 自己紹介。 職歴。 ノートへ書き出してみる。 だが。
離婚協議の日程が決まってから数日後。 佳苗はパソコンの前に座っていた。 画面には求人サイト。 例の事務職の募集ページが表示されている。 佳苗は何度も内容を読み返した。 勤務時間。 勤務地。 仕事内容。 もう覚えてしまうほど読んでいる。「……どうしよう」 小さく呟く。 応募するだけだ。 まだ採用が決まったわけではない。 それなのに。 妙に緊張する。 その時。 後ろから声がした。「応募しないのか」 佳苗は肩を震わせる。「先輩」 振り返る。 雄吾が立っていた。「驚かせないでください」「お前が気づかないだけだ」 いつものやり取りだった。 佳苗は苦笑する。 そして。 画面へ視線を戻した。「迷ってるんです」「何を」「採用されなかったらどうしようかなって」 正直な気持ちだった。 ブランクは長い。 資格もまだ取得していない。 年齢だって若くない。 不安はたくさんある。 すると。 雄吾は椅子の背もたれへ手を置いた。「落ちたら別を受ければいい」 あっさりした答え。 佳苗は思わず笑う。「簡単に言いますね」「簡単な話だからな」 雄吾は本気らしい。 佳苗は少しだけ肩の力を抜いた。 この人はいつもそうだ。 難しく考えない。 いや。 考えているのだろうけれど。 余計な不安まで背負わせない。「先輩」「何だ」「私、本当に働けますかね」
翌日の夕方。 佳苗はリビングのテーブルで資格の勉強をしていた。 問題集を開く。 ノートへ答えを書く。 以前より集中できている。 自分でもそう思った。 その時。 スマホが震えた。 雄吾だった。 画面を確認する。 そして。 小さく息を吐いた。「佳苗」 呼ばれる。「はい」 佳苗は顔を上げた。 雄吾はスマホを置く。「三浦からだ」 佳苗の背筋が伸びる。 離婚の話だと分かった。「日程が決まったらしい」 佳苗は黙る。 いよいよだ。 そう思った。「来週だそうだ」 思ったより早い。 佳苗は小さく頷いた。「そうですか」 自分でも驚くほど落ち着いていた。 もっと緊張すると思っていた。 もっと怖くなると思っていた。 けれど。 不思議と冷静だった。「出るかどうかはまだ決まってない」 雄吾が続ける。「まずは代理人同士の話し合いだ」 佳苗は少し安心する。 いきなり悟と顔を合わせるわけではないらしい。「先輩」「何だ」「悟さんは来るんですか」 尋ねる。 雄吾は少し考えた。「おそらくな」 佳苗は黙る。 そうだろう。 本人同士の問題なのだから。 当然だ。 その時。 雄吾が佳苗を見る。「会いたいか」 静かな声。 佳苗は少しだけ考える。 そして。 首を横に振った。「まだ」 それが正直な気持ちだった。 怒り
離婚協議。 その言葉は思ったより重かった。 夕食のあと。 佳苗は一人で自室にいた。 履歴書の画面は開いたまま。 けれど。 視線はほとんど動いていない。 考えているのは別のことだった。 ――離婚協議。 つまり、 離婚に向けた具体的な話し合いだ。 佳苗は小さく息を吐く。 いよいよ来た。 そう思った。 これまでは書類や連絡だけだった。 けれど。 ここからは違う。 現実になる。 その時。 ドアがノックされた。「佳苗」 雄吾だった。「はい」 ドアを開ける。 雄吾はいつものようにコーヒーを持っていた。 佳苗は思わず笑う。「ありがとうございます」 受け取る。 温かい。 最近。 このやり取りが当たり前になっていた。「考え事か」 雄吾が言う。 佳苗は少しだけ苦笑した。「顔に出てます?」「ああ」 即答だった。 佳苗は観念する。「離婚協議のことです」 正直に言った。 雄吾は頷く。「そうだろうな」 そして。 しばらく黙る。 佳苗も黙った。 静かな時間。 やがて。 佳苗はぽつりと呟く。「変ですよね」「何がだ」「離婚したいと思っていたのに」 佳苗はカップへ視線を落とす。「いざ進むと緊張します」 雄吾は何も言わない。 続きを待っている。 佳苗は少しだけ笑った。「怖いわけじゃないんです」 本当に。
翌日の午後。 佳苗はノートパソコンの前に座っていた。 画面には履歴書作成サイト。 何度も入力しては消して。 また入力する。「難しい……」 思わず呟く。 職歴。 資格。 志望動機。 昔なら普通に書けたはずなのに。 長いブランクがあるだけで、 急に自信がなくなる。 その時。 リビングのドアが開いた。 雄吾だった。「何してる」 佳苗は画面を指差す。「履歴書です」 雄吾が覗き込む。「進んでないな」「うっ」 図星だった。 佳苗は顔をしかめる。「志望動機が書けなくて」「本当のことを書けばいい」 簡単に言う。 佳苗はため息を吐いた。「それが難しいんです」「何でだ」「ブランクが長いので」 雄吾は少し黙る。 そして。「それが理由か」「え?」「働きたいから働く」 雄吾は淡々と言った。「それで十分だろ」 佳苗は目を瞬かせる。 そんなものでいいのだろうか。「みんな立派なこと書いてますよ」「建前だ」 即答だった。 佳苗は思わず吹き出す。「先輩」「何だ」「夢がないです」「現実的と言え」 真顔で返される。 佳苗は声を上げて笑った。 その時。 ふと気づく。 最近。 こうして笑うことが増えた。 何気ない会話。 何気ない毎日。 それだけで。 少しずつ元気になっている。







