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5話

Author: Amy
last update publish date: 2026-08-06 21:39:35

「出張」から帰った崇は、玄関に入るなり、よく喋った。

「いやあ、長かった。向こうの担当が全然動かなくてさ」

最初は1週間。そこから、あと2、3日。

結局、崇が帰ってきたのは、出張に出てから10日目の夜だった。

「ぱぱ、おかえり!」

陽翔が飛びつくと、崇は笑って抱き上げた。

「ただいま。いい子にしてたか?」

「してた!」

「美咲も、おつかれ」

崇が差し出した紙袋には、韓国海苔と、ハングルの書かれたチョコレートが入っていた。

それだけでは、何も証明できない。

空港で買ったかもしれない。国内の輸入食品店で買ったかもしれない。いまの私にわかるのは、それだけだった。

「ありがとう。陽翔、よかったね」

ちゃんと笑う。

崇の肩越しに、書斎の引き出しを思い浮かべる。あの濃紺のパスポートは、まだ家にある。

この人は、どこから帰ってきたのだろう。

夕食には、崇が好きな肉じゃがを出した。帰宅の日くらいは温かいものをと思い、陽翔を迎えに行く前から煮込んでいた。

崇は味の染みたジャガイモを頬張り、満足そうに息をついた。

「やっぱり家の飯がいちばんだな。向こうは毎日、外食だったから」

「大変だったね」

「美咲も寂しかっただろ。陽翔と2人で、よく頑張ったな」

労う言葉も、肉じゃがを食べる顔も、10日前までなら疑わなかった。

それなのに、崇が「向こう」と言うたび、書斎のパスポートが頭に浮かぶ。私は箸を持つ指に力を込め、何も知らない妻の顔を保った。

「次の休み、3人でどこか行くか」

「陽翔に聞いてみる」

目の前の家庭を手放したくない気持ちは、まだ残っていた。崇の話が全部本当ならいいと、いまも願っている。

けれど、それは崇が嘘をついていない証拠ではない。家族を失いたくない私の願いにすぎなかった。

食事が終わると、崇は土産のチョコレートを陽翔と分けた。私は空いた皿を重ねながら、信じたい気持ちを事実と混同しないよう、心の中で線を引いた。

その夜、香織からLINEが来た。

【崇さん、無事に帰ってきた?お姉ちゃん、10日間おつかれさま!】

【帰ってきたよ。ありがとう】

送ってから、文面を見直した。

無事に帰ってきた?

ただの気遣いだ。香織は、崇が十日ほどで帰る予定だと知っている。出発前に荷造りまで手伝ったのだから、今日あたりだと見当をつけてもおかしくない。

それでも、帰宅したその夜に届いたことが、妙に胸に引っかかった。

疑いは、夫ひとりの輪郭から、少しずつ外へにじみ始めていた。

……

翌朝、崇が出勤したあと、私は脱衣所に置かれたスーツを手に取った。

クリーニングへ出す前にポケットを確認するのは、いつものことだ。

内ポケットに、四つ折りの紙が入っていた。レシートが3枚。

1枚目は、駅前のカフェ。2枚目は、都内の百貨店地下駐車場。3枚目は、タクシーの利用控え。

どれも、崇が韓国にいたはずの10日間の日付だった。

カフェと百貨店は同じ日。タクシーは、その翌日の夜11時すぎだった。

私は1枚ずつ、日付が読めるように撮影した。元の折り目どおりに戻し、同じ内ポケットへ入れた。

崇のスーツから出てきただけでは、本人が使った証明にはならない。仕事相手から預かった可能性もある。

でも、捨てていいものでもなかった。

夜、事実だけを投稿した。

【夫が「韓国出張」から帰りました。クリーニング前のスーツから、出張期間中の日付が入ったカフェ、駐車場、タクシーの利用控えが出てきました。

いずれも都内で利用されたものです。写真は保存しましたが、本人にはまだ聞いていません】

コメントはすぐについた。

【国内にいた可能性は高い。でも、そのレシートを本人が使ったとは限らない】

【元の紙はそのままにして、画像を別の場所にも保存して】

【問い詰める前に、日付と店名を一覧にしましょう】

最後に、短いコメントがあった。

【レシートだけでは弱いですね】

投稿ゼロ。プロフィールも空欄。

アカウント名は、アルファベット1文字の「R」。

数秒後、同じアカウントからもう一つコメントが届いた。

【カードの利用明細は見られますか】

励ましも、怒りもない。

必要な次の一手だけが、そこに置かれていた。

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