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第876話
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契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1458話
電話の向こうの田中理恵は、数秒沈黙した後、言葉を選びながら答えた。「霜村社長、夕子さんの今の容態からして、誘発分娩で出産した場合、お子さんの生存はほぼ望めません。ですから、私たちは帝王切開で胎児を救うよう最善を尽すつもりではいるんですが......夕子さんは何度か大きな手術を受け、更には心臓移植もしていて、視力もあまり良いとは言えない状況です。それに加え、妊娠高血圧症と血液凝固障害も併発しています。元々、出産にはかなりの危険性が伴っていたのに、このような状況になってしまっては、帝王切開で出産した早産児の生存率も極めて低いものになってしまうんです。加えて、このような状況の妊婦さんにメスを入れるのは非常に危険なことです。手術中に何が起こってもおかしくありません。最悪の場合、子供を助けるために母体が危険にさらされる、もしくは母子ともに命を落とす可能性もあります......」田中理恵は絶対の約束をすることはできなかったので、霜村冷司に二つの選択肢を与えた。一つは、子供を選ぶ場合、今ある医療資源をフルに使い、母親を正常分娩が可能な段階まで守る。しかし、この方法では、出産後母親は確実に助からない。霜村爺さんは、誘発分娩でも帝王切開でも、子供が生き残るのは難しいだろうと考えていたので、霜村冷司には内緒にして、和泉夕子に正常分娩させて、子供を産んでから考えようと思っていた。しかし、田中理恵は医者として、当然妊婦のことを第一に考える。霜村冷司が田中理恵に電話をかけたのは、妊婦を守ると同時に子供も守りたかったからなのだが、母子ともに命を落とす可能性があるというのを聞き、考えることもなく、冷たく言い放った。「何があっても妻の命を優先する。他はどうでもいい」子供を欲しがっていたのは和泉夕子だけで、彼は最初から子供なんて望んでいなかったのだ。もちろん胎動や、エコー写真に映る子供の姿に心揺さぶられることはあっても、まだこの世に生まれていない子供が和泉夕子に勝てるはずがなかった。霜村冷司は決断を下すと、スマホをしまい、毅然とした足取りで病院に戻った。病室のドアを再び開けて、足取りは重たかったが、一歩一歩と和泉夕子の元へと歩み寄った。相川涼介のスマホを借りて、白石沙耶香に無事を知らせるメッセージを送っていた和泉夕子は、霜村冷司が戻ってきたのを見ると、慌ててスマホを置
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1457話
その時、霜村爺さんは家に帰ってきたばかりだった。彼は、ソファに座る間もなく、床から天井まである大きな窓から、霜村冷司の車が猛スピードで別荘に突っ込んでくるのを見た。金ぴかの門は壊され、使用人たちは後ずさりした。車から降りてきた男は、門には一瞥もくれず、怒りに満ちた足取りでリビングに駆け込む。「彼女が出産で命の危険にさらされることを知っていながら、なぜずっと黙っていた！その結果はどうだ？今、子供を産むにせよ産まないにせよ、どちらにしても彼女は死んでしまうんだ！彼女を失った後、私にどうやって生きていけというんだ？！」怒りを露わにし問い詰める霜村冷司に対し、霜村爺さんは落ち着きはらっていて、テーブルのティーカップに手を伸ばす。しかし、唇に運ぶ前に、目の前に立つ男にティーカップは蹴り飛ばされた。ティーカップがひっくり返り、熱いお茶が手にかかった。濡れた衣服越しに肌に熱さが伝わり、次第に冷めていくのを感じながら、霜村爺さんはゆっくりと顔を上げ、目の前の怒り狂う男を見据えた。「お前のような優秀な遺伝子を持つ者は、霜村家の後継ぎを残すべきだというのに、子を産めぬ女と結婚しようとする。大田先生の手を借りてまで子を授かり、今となっては産めることになったのに、わしが黙っていたことを責め立てるとは。この世のすべてが、お前の思い通りに運ぶと思うなよ」霜村爺さんの口から、心無い言葉が冷たく吐き出された。霜村冷司はこの人の心を持たない老人に睨みをきかせ、腰の金色のナイフを抜き放った。霜村爺さんは霜村冷司がこんなに怒っているのを初めて見た。思わず息を呑む。「お前がそんなんだから、夕子に天罰でも降ったんじゃないのか！」この言葉を聞いた瞬間、霜村冷司の表情は一瞬にして強張り、手に持っているナイフの向きを瞬時に変える。鋭い刃が耳元を掠め、ソファに突き刺さった瞬間、霜村爺さんは大きく息を吐いた。同時に信じられないという目で、無表情で鋭い刃を投げ放った霜村冷司を見つめる。「女のために、本当にわしを敵に回すつもりか？親子の縁も忘れてしまったというのか？！」「彼女が死にかけているというのに、親子の縁がなんだっていうんだ！お前となんか親子でもなんでもない！」屋敷の使用人たちが、霜村冷司が感情的に人を罵っているのを見るのは、これが初めてだった。だから、今
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1456話
田中理恵は、いつも上品で冷徹な男が、突然恐ろしい表情を浮かべたのを見て恐怖を感じた。恐れながらも、事情を説明し、評価後の危険性を伝えなければならなかった。「もし新井院長がまだいて、夕子さんの体調を細かく管理し続けてくれていたら、妊娠高血圧症候群は起きなかったかもしれません。そうすれば、夕子さんの体調がどんなに悪くても、出産を乗り越える方法があったはずです。ですが今、彼女は突然妊娠高血圧症候群を発症したうえに、さらに血液凝固障害も併発しています......もちろん、血液凝固障害は多くの妊婦に見られるもので、治療によって出産時の大出血は避けられます。しかし夕子さんの状態は本当に悪く、妊娠高血圧症候群も併発しているため、いつ大出血を起こしてもおかしくない状況です。合併症を引き起こす危険性も非常に高いと思われます。現在、私たちが提示できる選択肢は二つあります。第一に、もしどうしても出産を希望される場合、胎児がかなり成長しているため、難産による死亡、大量出血、あるいは他の合併症により死亡するリスクが極めて高く、生存率は10％程度です。第二に、ただちに誘発分娩を行うことです。もちろんこれにも危険は伴いますが、胎児がまだそれほど大きくない現時点では、夕子さんの生存率は30％まで向上します」現在、妊娠7ヶ月を過ぎている上に、早産の兆候もないため、誘発分娩しか選択肢がなかった。誘発分娩にも危険性はあるが、2つの選択肢を比べれば、後者の方が希望は大きい。田中理恵の冷静な声が、一言一言、霜村冷司の耳に届く。まるで死神に命を要求されているようだった。報告書を握る指は冷たく、全身の血液も冷え切っていた。霜村冷司は、全身が震えるほどの寒さに襲われ、感覚が麻痺していくのを感じた。朦朧としていた霜村冷司の意識を呼び戻したのは、田中理恵の声だった。「霜村社長、後者の案を選ぶなら、もう時間がありません。これ以上遅くなれば、胎児が大きくなり、危険性が増すばかりです」霜村冷司は長いまつげを伏せ、現実を容赦なく突きつけてくる報告書を見つめた。そして、ふっと唇の端を上げて、冷たく笑う。「どっちを選んでも、彼女は死ぬんだ。選ぶ意味なんてあるのか？」田中理恵は一瞬ひるんだものの、すぐに霜村冷司を落ち着かせようとした。「霜村社長、30％は10％よりも希望が大きいじゃないですか
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1455話
和泉夕子が倒れた直後に、霜村冷司が帰宅した。すぐに異変に気づき、病院へも迅速に搬送したため、大事には至らず、病院に着くとすぐに和泉夕子は目を覚ました。しかし、霜村冷司は安心できず、田中理恵に全身検査を指示した。ここ最近ずっと忙しかったため、妊娠中の検査をろくに受けていなかった。簡単な検診は受けていたものの、妊婦定期検診などはしておらず、現在の身体状態について詳しく調べていなかったのだ。今回、和泉夕子はまた入浴前に突然意識を失って倒れた。長風呂による酸欠ではなく、原因も不明なため、霜村冷司は非常に心配し、全身をくまなく検査させた。田中理恵は検査を終えた後、カルテを見て、和泉夕子が複数回の大手術を受け、心臓移植までし、さらには目の問題もあることを知った時は、背筋が凍る思いだった。和泉夕子の体であれば、もし突発性の妊娠高血圧にならなければ、優秀な医師のもとで適切な管理と細心のケアを受け、出産を耐え抜く方法を見つけられたかもしれない。しかし現状は、正常分娩が可能な状態では全くなかった。田中理恵が霜村冷司にどう伝えようか迷っていた時、霜村爺さんから電話がかかってきた。霜村爺さんは、霜村冷司が意識を失った和泉夕子を病院に運び込んだことを知り、彼に真相を知られることを恐れた。そこで田中理恵に対し、二人に真実を伏せたまま、まずは出産を終えさせるよう指示を出していたのだ。田中理恵はそれを聞いて、霜村爺さんが和泉夕子の出産に危険が伴うことをすでに知っていたのだと察し、言葉を失った。「夕子さんの身体はとても衰弱しています。今は妊娠高血圧にもなっているのに、無理に普通分娩させたら、命を落としてしまう危険性もあるんですよ」田中理恵の腕をもってしても、子供は帝王切開で助けることができても、母親を助蹴ることはできないかもしれない。大量出血や様々な合併症で、本当に命を落としてしまう可能性があった。しかし、霜村爺さんは冷たく言った。「もう7ヶ月以上だ。妊娠してしまった以上、中絶にも危険が伴う。出産してから治療方法を考えた方がいい」田中理恵が言いたかったのは、治療する暇もなく、産婦が手術台で大量出血を起こし、死んでしまうかもしれないということだった。だが、霜村爺さんは明らかに産婦の生死など気にせず、ひ孫を守ることだけを考えていた。これは田中理恵にとって難しい問題
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1454話
胸が締め付けられるような感覚に襲われ、霜村冷司はこみ上げてくる感情を抑えながら、思わず一歩前に出た。まるで赤ちゃんの顔をよく見ようとするかのように、上品に腰をゆっくりと曲げた。どんなに感情をコントロールするのが得意な男だといっても、彼のことをよく知る和泉夕子は、その目元に浮かび上がった感動を見逃さなかった。彼女は手を伸ばし、霜村冷司のすらりとした手を掴んで、自分の腹部へと導く。手のひらが置かれた場所は、ちょうど赤ちゃんが指を動かしている場所に重なった。二人の手のひらは、腹部の皮膚越しにぴったりとくっつき、まるで子供が父親に挨拶しているかのように、不思議な調和を見せていた。手のひらに感じる小さな手に、どうにか抑えていた感情が再びこみ上げてきた霜村冷司は、目頭を熱くした。特に和泉夕子に「ねぇ、冷司、私たちの赤ちゃん、可愛いでしょ？」と聞かれると、その感情はさらに強まった。心臓がぎゅっと締め付けられるのを感じた。田中理恵がいなければ、間違いなく和泉夕子を抱きしめ、そしてなりふり構わずお腹に顔をうずめ、赤ちゃんの動きを感じながら「夕子。お前たちを愛してる」と囁いただろう。霜村冷司の興奮は、わずかに震える指先に表れていたが、取り乱しすぎないように、必死に抑えていた。そんな彼を見て、和泉夕子は思わず笑をこぼした。「冷司、男の子かな？それとも女の子だと思う？」霜村冷司は愛情が溢れ出す視線をエコー写真に移し、はっきりと映った赤ちゃんの姿をじっと見つめた。しばらく見ても性別が分からなかったので、「男の子でも女の子でも、お前が産んだ子なら、どちらでも好きだ」と言った。赤ちゃんの母親が和泉夕子であることが重要だった。彼女を骨の髄まで愛している男は、当然、彼女に関わるすべてを愛する。子供は、霜村冷司にとって愛の結晶であり、もちろん大切だが、和泉夕子には及ばない。一方、和泉夕子は霜村冷司とは正反対の思いを抱いていた。彼女は霜村冷司を深く愛すると同時に、二人の子どもも等しく愛していた。ただ結局のところ、性別が男の子であれ女の子であれ、それが霜村冷司の子である限り、彼女にとっては愛する対象なのだ。赤ちゃんの性別を知りたければ、二人は田中理恵に聞けばよかった。しかし、聞かなかった。二人にとって、性別はさほど重要なことではなく、子供が健康であればそれでよかったから
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1453話
しかし、これらは全て後の話だ。今は和泉夕子の出産が何よりも大事なことである。霜村冷司はイギリスから戻ると、すぐに霜村涼平の家へ妻を迎えに行った。霜村冷司がいない間、和泉夕子は白石沙耶香の家で過ごし、霜村涼平と子供の取り合いをしていた。幸い霜村涼平は特に娘の方を可愛がっていたので、和泉夕子が霜村鉄子を奪わなければ、特に何をしても文句は言われなかった。そして、この二人のおかげで、白石沙耶香は自由な時間を手に入れることができ、ベッドに横になりながら、安心して産後の養生ができた。霜村冷司が別荘に入ってきた時、霜村涼平が子供を抱きながら和泉夕子をからかっていた。「夕子さん、見て見て。冷司兄さんが僕の子に鉄男ってあだ名をつけてくれただろ？だから、僕も夕子さんたちの子供にあだ名をつけてあげようか？」霜村涼平は慣れた手つきで赤ちゃんを抱きかかえると、片手を空けて霜村鉄男と、和泉夕子が抱いている霜村鉄子を指差した。「同じくらいセンスの無い名前をつけるとしたら、金太郎とでも名付けるのはどう？仲間ができて、鉄男と鉄子も喜ぶはずだよ。どう思う？」「良いわけないだろ」和泉夕子が返事をする前に、背後から雪のように冷たく、拒否を許さない声が聞こえた。二人は同時に振り返り、冬の暖かい日差しを浴びながら歩いてくる、完璧な容姿の男の姿を見た。男は和泉夕子の前に来ると、長く白い手を伸ばし、子供を奪い取って霜村涼平に返した。「そんなセンスのない名前、霜村家に二人もいれば十分だろ」「......」センスのない名前......二人で十分？霜村涼平は悔しくて歯ぎしりした。「兄さん、こんなにひどい手のひら返しは今まで見たことないよ」霜村冷司は霜村涼平を無視して、またすぐにかがみ込むと、お姫様抱っこで和泉夕子をソファから抱き上げた。「夕子、帰るぞ」和泉夕子は霜村涼平の子たちともっと一緒にいたかったが、自分の夫は海外から戻ってきたのだ、今は帰るべき時だろう。「ええ」霜村冷司は和泉夕子を抱えながら、外へ歩き出した。「金太郎！」数歩歩いたその時、背後から霜村涼平の耳をつんざくような抵抗の声が突然聞こえてきた。「なんだっていい！俺はとにかく金太郎と呼んでやるからな！」霜村冷司のたくましい腕ごしに、和泉夕子が少し顔を覗かせ
