로그인怜司はモニター室に座っていた。万年筆を握る指に力が入り、関節が白くなっている。目の前の画面には、会員制クラブで密談する駿と靖也の姿がはっきりと映し出されていた。「当主の座は、何が何でも俺のものにする」靖也が赤ワインのグラスを揺らしながら言った。「あの爺さんのほうには、もう話をつけてある」駿がうやうやしく書類を差し出す。「こちらが藤井グループの最新の株主構成です。ご指示どおり、市場に出ている株式を5%分、ひそかに買い集めておきました」怜司が握りしめていた高級万年筆が、鈍い音を立てて真っ二つに折れた。飛び散ったインクが、怜司の真っ白なシャツを汚す。怜司は勢いよく立ち上がり、コンソールに拳を叩きつけた。指の関節から血がにじむ。「駿……俺はお前を、親友だと思っていたのに」ぞっとするほどかすれた声だった。喉の奥から、血を吐くような絶望が込み上げる。モニターの中で、駿のへつらうような笑みが、やけに目についた。「ご安心ください。あの馬鹿な怜司は、今でも僕を自分の腹心だと信じ込んでいますから」駿は陰湿な笑みを浮かべた。「今ごろはもう死んでいるはずです。そうなれば、役員たちは当然、社長を新しい当主に推すでしょう」その瞬間、怜司は血を吐き、鮮血がモニターに飛び散った。怜司はよろめきながら後ずさり、壁に手をついて、どうにか倒れずに踏みとどまった。10年、まる10年だ!一番信頼していた親友が、靖也が10年前に自分のそばに送り込んだ駒だったとは!モニターから、靖也の狂ったような笑い声が聞こえてきた。「一番目をかけてた孫が、腹心に裏切られたって知ったら、あの爺さん、ショックで死ぬんじゃないか?はははっ!」怜司は口元の血をぬぐった。その目が、しだいに冷たく鋭くなっていく。彼は通信機のボタンを押した。「『ファルコン計画』を始動しろ。藤井家の本当の主が誰なのか、あいつらに思い知らせてやれ」窓の外では稲光が走り、雷鳴がとどろいた。激しい雨が叩きつけるように降り出す。怜司は床から天井まである窓の前に立ち、雨のカーテンの向こうでぼやける街の輪郭を見つめた。その口元に、冷酷な笑みが浮かぶ。「そこまでやる気なら、こっちも派手にやってやる」……遥は雨の中、指定された廃埠頭にたどり着いた。濡れた髪の先から、
怜司を深く恨んでいた。けれど今になって、遥はようやくひとつの真実に気づいた。恨むのは、心のどこかでまだ彼を愛しているからなのだと。そのとき、手の中のスマホが震えた。知らない番号から、短いメッセージが届いていた。【藤井怜司に会いたければ、今夜12時、ひとりで南の埠頭に来い】遥は目を見開き、弾かれたように立ち上がった。――怜司が生きているの!?遥の顔色が変わったのを見て、ノレッドはすぐさま警戒した様子で歩み寄った。「どうした?」遥は反射的に画面を消した。指先がかすかに震えている。「何でもない。会社のこと」ノレッドは目を細めた。明らかに信じていない。遥のことはよくわかっている。いつも冷静で取り乱すことのない遥を、これほど動揺させることができるのは、この世で怜司ただひとりだけだ。「遥」ノレッドは遥の肩に手を置き、低い声で言った。「どんなメッセージか知らないが、無茶だけはするなよ」遥は目をそらした。「わかってるわ」ノレッドはため息をついた。「怜司の件は、そう単純な話じゃない。もし本当に彼が仕掛けたことなら、今君が勝手に動けば、彼の計画を台無しにするだけだ」「もし、あの人が仕掛けたことじゃなかったら?」遥は勢いよく顔を上げた。その目は赤く潤んでいた。「もし本当に、あの人が助けを必要としていたら?」ノレッドはしばらく黙り込み、やがて折れた。「……せめて、先に誰かを偵察に向かわせてくれ」遥は首を横に振った。「ひとりで来いって言われてるの」「どう見ても罠だろう!」ノレッドが珍しく声を荒らげた。「君だって誰よりもわかってるはずだ!怜司の『死』は、敵をおびき出すためのものかもしれない。今君が行けば、自分が危険な目に遭うだけじゃない。彼の計画まで壊してしまうかもしれないんだよ!」遥は唇を強く噛みしめた。もちろん、痛いほどわかっている。けれど、もし……もし本当に、あの人が命の危険にさらされているのだとしたら?「ノレッド」遥はふっと笑った。「あなたの言うとおり。たぶん、罠なんだと思う」スマホをポケットにしまうと、遥は迷うことなく踵を返して駐車場へ向かった。「でもね、その『もしも』を見過ごすなんて、私にはできないの」ノレッドは小さく悪態をつき、急いであとを追
遥はオフィスで書類を片づけていた。そのとき、スマホにニュースの通知が届いた。【藤井グループの藤井怜司氏が重大な交通事故。車両は崖下に転落し炎上、死亡の可能性も】遥の指が、ぴたりと止まった。目を見開いたまま、その場から動けなくなった。――怜司が、死んだ……?震える指でニュースを開く。画面には燃え上がる車の残骸と、ぼやけた現場の写真が映っていた。記事には、繰り返しこう書かれていた。【車両の損傷は激しく、車内にいた人物の生存は絶望視されています】「そんなはずない……」遥はうわごとのようにつぶやいた。指先が氷のように冷たい。胸をぎゅっと握り潰されたようで、息がうまく吸えなかった。彼を恨んでいた。あのころの冷たさを恨み、自分に負わせた傷を恨んでいた。けれど、彼が死ぬなんて、一度も考えたことがなかった。遥は勢いよく立ち上がった。視界がぐらりと揺れ、机の縁につかまって、どうにか身体を支える。「遥?」ドアを開けて入ってきたノレッドが、真っ青な遥の顔を見て眉をひそめた。「どうしたんだ!?」遥はかすれた声で尋ねた。「ニュースで、怜司が死んだって……本当なの?」ノレッドは一瞬黙り込んだ。できるだけ遥の耳に入らないよう気をつけていたのに、結局知られてしまったのだ。ノレッドは低い声で答えた。「今のところ、死亡した可能性が高いと報じられている。救助隊が車の残骸を確認したらしい。ただ、DNAによる照合にはまだ時間がかかって……」ガシャンッ!遥の手からスマホが滑り落ち、床に叩きつけられた。画面が粉々に割れる。遥は口を開いた。けれど、ひと言も出てこなかった。目の前の世界がぐるぐると回り出し、膝から力が抜けて、そのまま前のめりに倒れ込んでいく。「遥!」ノレッドがとっさに抱き止めた。腕の中の遥は、完全に意識を失っていた。……遥は長い夢を見ていた。夢の中で、遥は5年前に戻っていた。陽射しの中に立つ怜司が、こちらに手を差し伸べて、優しく笑っている。「遥、一緒に行こう」その手を取ろうとした瞬間、場面が一変した。怜司は冷たく遥を突き放し、嫌悪に満ちた目で吐き捨てた。「遥、お前には反吐が出る」遥ははっと目を覚ました。額はびっしょりと冷や汗に濡れ、胸が激しく上下している。「目が覚めた?」ベッドのそ
「謝っただけでは消えない傷もあるのよ。それに、今さらそんなことを言って、何の意味があるの?」怜司は喉の奥で息を呑んだ。その目に、苦渋の色がにじむ。「許してくれなんて言える立場じゃないのはわかってる。でも、俺は絶対に諦めない」「何を諦めないの?」遥は鼻で笑った。その目に、皮肉の色が浮かぶ。「私を苦しめること?それとも、自分の罪悪感?」その言葉が、怜司の胸を冷たい刃のようにえぐった。息が詰まる。けれど、何ひとつ言い返せなかった。遥はもう怜司を見ようとせず、ドアの外へ歩いていった。怜司はその場に立ったまま、長いあいだ遥の背中を見つめていた。だが結局、追いかけることはしなかった。彼はわかっていた。今の遥は、もうあのころの、自分だけを一途に見つめていた少女ではないのだ。怜司は窓辺に立ち、遥が去っていった方角を見つめながら、無意識にスマホの画面を指でなぞっていた。しばらくして、駿に電話をかけた。「駿、病院まで来てくれ。急ぎで頼みたい仕事がある」30分後、駿が急ぎ足でやってきた。気遣うような表情を浮かべている。「怜司、どうした?」病院のことだろうと思っていた。莉奈に何かあったのか、それともおばあさんの容態が変わったのか。怜司は振り返った。その目は暗く沈んでいる。「花梨の手がかりをつかんだ」駿は一瞬固まり、すぐに声を落とした。「本当か!どこにいる?」まさか、花梨の件だとは思っていなかった。「郊外の、廃業した化学工場だ」怜司はポケットから1枚のメモを取り出し、駿に渡した。「今夜、俺が自分で行く。ただ、腕の立つ人間を密かに配置してほしい」駿はメモを受け取り、眉間にしわを寄せた。「危険すぎる。先に僕が人を連れて様子を見てこようか?」「いや」怜司は首を横に振った。「あいつはずる賢い。少しでもこちらの動きに気づいたら、すぐに逃げる。今回は、どうしても俺が行かなきゃならない」そこで一度言葉を切ると、怜司は鋭い目で駿を見据えた。「このことは、仲間の何人かにも話してある。お前たちを心から信頼してるよ」もちろん、実際に話したのは駿ひとりだけだった。そう言ったのは、駿の疑念を解くためだった。案の定、疑わしげだった駿の表情がふっと和らいだ。「任せとけ。僕は一番信頼できるやつ
莉奈に突き飛ばされ、遥はわずかによろめいた。涙に濡れた小さな顔を見て、胸の奥が締めつけられるように痛んだ。彼女は忘れかけていた。莉奈にとって、母親は花梨なのだ。子どもが母親を慕う気持ちは、そう簡単に消えるものではない。まして莉奈は、ずっと花梨を頼りにして生きてきた。花梨は娘の前では巧みに良き母親を演じ、悪いことをすれば素直に謝る人間だと信じ込ませていたのだ。「ママに会いたいよね……その気持ち、痛いほどわかるよ」遥はもう一度莉奈に近づこうとした。その声は、とても優しかった。「やだ!遥お姉ちゃんの話なんか聞きたくない!」莉奈はまた叫び声を上げて遥を押しのけた。拒絶するあまり、小さな肩が小刻みに震えている。事故の傷が引きつって痛むはずなのに、それでも遥への警戒心を解こうとはしなかった。病室の騒ぎを聞きつけて、怜司が入ってきた。莉奈が遥をここまで拒絶しているのを見て、眉間に深いしわを寄せた。怜司はベッドのそばへ行き、静かに言った。「莉奈、今回遥お姉ちゃんが輸血してくれなかったら、もう二度とママに会えなかったかもしれないんだぞ」それを聞いて、莉奈は少しためらった。唇を噛み、小さな声で言う。「……ありがとう、遥お姉ちゃん」莉奈は、幼いながらも恩を受けたことを理解するだけの分別はあった。遥が自分を助けようとしてくれたことは、わかっている。恩知らずな人間にはなりたくない。お礼を言うべきところは言う。けれど、感謝しても母親を慕う気持ちは変わらなかった。すぐに、莉奈の目にまた敵意が浮かんだ。莉奈は遥に向かって叫んだ。「助けてくれたって、やっぱり遥お姉ちゃんなんか嫌い!遥お姉ちゃんがいなかったら、ママはいなくなったりしなかった。ママは絶対、誰かに陥れられたんだもん!」遥はどうしようもない無力感に襲われた。それでも、そっと言葉をかける。「莉奈ちゃん、私もね、ママを見つけて、何があったのかはっきりさせたいと思ってるの。ママのことは、私ひとりが決めたことじゃないんだよ。ママがしたことには、証拠もあるの……」「嘘つき!」莉奈は遥の言葉を遮った。またしても涙があふれ出す。「ママはあんなに優しかったんだから、悪いことなんかするはずがないもん!」怜司はベッドに腰を下ろし、莉奈をそっと抱き寄せて、根気よく語りかけた。「莉
医師は少し驚いた様子だったが、うなずいた。「わかりました。ただ、鑑定にはおふたりの検体が必要になりますが」「さっき輸血のときに残った検体を使えばいいだろう」怜司は何としても真相を確かめるつもりだった。医師はためらいながらも、検査の手配に動いた。結果は、怜司が思っていたよりも早く届いた。報告書には、莉奈と遥に血縁関係は認められないと記されていた。怜司は手渡された報告書を固く握りしめた。眉間のしわがわずかにゆるむ。だがその一方で、心のどこかでどうしても腑に落ちない気もしていた。「検査の過程で、何かミスが起きた可能性はないのか」怜司は探るような低い声で尋ねた。医師の背筋に冷たい汗が流れた。それでも、医師としての冷静な表情を崩すわけにはいかない。「当院では最新の機器を使用しておりますので、結果は正確です」怜司は一瞬、黙ったまま医師の目をじっと見据えた。そして不意に尋ねる。「さっきの血液を、別の患者のものと取り違えたりはしていないだろうな」「もちろんです。もしご心配でしたら、もう一度検査いたしましょうか」医師は白衣の下で手に汗を握っていた。藤井グループを率いてきた男に嘘をつくなど、よほど図太い神経でなければできることではない。「……もういい。下がってくれ」怜司がそれ以上追及しないとわかると、医師は逃げるようにその場を立ち去った。「本当に、ただの偶然なのか……?」怜司は誰にともなく低くつぶやいた。だが、世の中にそんな都合のいい偶然があるものだろうか。莉奈の血液型はきわめて珍しい。それに、たまたま遥の血液型が同じだったなんて。とはいえ、鑑定結果が出ている以上、怜司もそれ以上は深く考えないことにした。検査報告書を渡した手を小さく震わせながら、医師は怜司から十分に離れた廊下の隅で、ようやく大きく息をついた。電話の向こうで聞こえた、あの冷たい男の声が、まだ耳の奥にこびりついている。検査に取りかかろうとしたまさにそのとき、知らない番号から直接電話がかかってきたのだ。「検査の結果、血のつながりがあると出たら、つながりはないとデータを書き換えろ。さもないと、明日からお前のかわいい娘は学校に通えなくなるぞ」医師として決して許されないことをしてしまった。良心が痛んでたまらなかった。「どうして、こん







