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見たい、見たくない

last update Date de publication: 2026-04-06 06:12:04

『独りなら、夜まで一緒にいるよ』

ずっと昔に掛けられた言葉が、今でも耳に残っている。

急に、小学生のときのことを思い出してしまった。

……マンションに帰ってきたはいいものの、誰もいない部屋に入りたくなくて。一階の共用スペースで時間を潰していた俺に、優しく微笑む男の子がいた。

変わった名前だったから、すぐに覚えた。笑うととても綺麗で、声も透き通っていて。

傍から見ればすごく懐いてたんだろう。同じマンションの人は、俺達が常に一緒にいることを分かっていた。

本当の兄弟みたいと言われたこともある。

あの時は嬉しかった。けど、今は思う。兄弟じゃなくてほんとに良かったと。

誰を好きになってもいいなら、俺はやっぱり……この人以外には考えられない。

久しぶりに話して、触れて、ずっと押し殺してた感情が溢れて出してしまった。

「俺も、朋空先輩が欲しい」

優しい声とか、柔らかい掌とか。視線も関心も、全部独り占めしたい。

こんな気持ちになったのは初めてだ。我ながら傲慢だと思うけど、今さら撤回や訂正はできない。

俺の言葉を聞いた朋空先輩はきょとんとしていたけど、すぐに意味を理解し、微笑んだ。

「もちろん、やるよ」

額にチュッと音の鳴るキスをされる。こんな甘い行為も、普段の先輩を知ってる人からしたら想像もできないだろう。

俺だってそうだ。こんなに表情豊かで、可愛い人だなんて────二人きりにならなかったら絶対知らないままだった。

「あの……俺達のこれって、告白になるんですか?」

「……」

純粋に疑問で問いかけると、彼はうーん、と天井をあおいだ。

そして非常に淡々と言い放つ。

「告白。からの、カップル成立」

「はっや!!」

びっくり過ぎて叫んでしまった。

想像していた百倍軽いぞ。告白からのお付き合いって、もっとこう……互いの表情や仕草を窺い、同意を得るものだと思ってた。

うわわわ……もう成立してしまったらしい。俺と朋空先輩は、恋人同士と。

嬉しいけど、俺達は男で、つい最近久しぶりに喋った仲だ。冷静に考えたら山ほど問題を抱えている。

だけど先輩は落ち着いている。相変わらずの無表情で、俺の頭をぽんぽんと叩いた。

「お前に怖い思いをさせたくないから、今まで距離をとるようにしてた。でも、俺も馬鹿だな。よく考えたら、守ればいいだけだったんだ」

朋空先輩はなにか腑に落ちた様子で体を起こした。俺のことも抱き起こし、真正面から見つめ合う。

「関わりなくして、お前が他の奴にとられたら本末転倒だし。うん、決めた。付き合うぞ」

「先輩? 何か先輩の頭の中だけでめっちゃ話が進んでる気がするんですけど」

俺だけ置いてけぼり感が否めない。

一旦落ち着いてほしくて手を翳すと、その手にキスされた。

「曖昧にするとお前はどっかフラフラ行きそうだし、はっきり言う」

一本二本と、指を絡めるように手を繋ぐ。朋空先輩の綺麗な口元は、弧を描いた。

「俺はお前が好きだ」

「……っ」

認めざるを得ない。これは確かに告白だ。若干早いもん勝ちみたいなところがあって、遅れて羞恥心がやってくる。

「答え聴かせて?」

「答え……俺が断ったら、どうするつもりなんですか?」

「もちろん、どんな手を使っても手に入れる」

ほら怖い!

どこまで行っても諦める気ないんだよ、この人。

内心半泣きしていたけど、優しく頭を撫でられると、拒絶はできなかった。

撫でられんの気持ちいい……。

「ありがとうございます」

「いーえ」

先輩の撫で方が上手いのか、俺が変態なのか。多分両方だ。

気付けば自分の方から頭を突き出し、彼に擦り寄っていた。

「すごく自惚れたこと言ってもいいか」

「な、何です?」

「お前も多分、俺のこと好きなんだと思うぞ」

……。

「好きじゃない奴を“欲しい”なんて思わないだろ」

図星過ぎて何も言えない。

観念した方がいいんだろう。

「こういう時なんて言うのか分からないんですけど……好きです。よ、宜しくお願いします」

俺の精一杯の告白。それを聴くと先輩は嬉しそうに、笑い、再びベッドに倒れた。

「さあて……無事に確認し合ったし、アラームセットして寝るか」

「……」

そして、なんつー切り替えの速さ。頭が痛くなって俯いていると、不意に「雅月」と名前を呼ばれた。

「もう遠慮しなくていいんだ。……おいで」

断られるなんて微塵も心配してない。

自信満々の笑みを浮かべ、彼は下から手を伸ばした。

遠慮してるつもりはなかったんだけど……先輩は、俺が先輩に抱きつきたくて仕方ないと思ってるんだろうか。

なんて自信家なんだ。

「……ちょっとだけですよ」

で。彼の思惑通り手を取る、俺も大概やばい。

でも今だけは、理性なんてびりびりに破いて捨ててしまおう。

夢の世界に落ちてしまえば、誰にも止められない。俺達しかいない場所でのんびり過ごすのは、そんなに悪くないから。

抱き着いてから朋空先輩が寝落ちするのはあっと言う間だった。

俺はというと、お察しの通り。目ぇバッキバキでアラームが鳴るまで起きていた。

「俺達恋人なんだ……」

恋人という単語自体、あまり口に出したことがない。だからあえて何回も呟いた。

呟けば呟くほど実感して、羞恥心で爆発しそうになったのは内緒だ。

ちなみにこの独り言はちょっとだけ先輩に聞かれていて、後で超絶いじられることになった。

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  • 帰ろうよ、朋空先輩   #2

    朋空先輩は、昔家に帰りたくなかった俺を救ってくれた。────だから俺も、家に帰ろうとしない朋空先輩を放っておけなかったんだ。時間が流れるのは本当に速い。自分が進まないと置いていかれてるような怖さがある。残酷。……だけど時間が解決してくれることもあるし、悪いことばかりじゃないんだ。俺は眠り姫並に知名度が上がってしまったけど、ファンクラブの人達の協力もあり、楽しく学校生活を送れた。( 三月か )カレンダーをめくり、春の暦を数える。季節は流れ、あっという間に卒業式を迎えた。俺も来月からは三年生。受験を控え、忙しい毎日が始まる。気を引き締めないと……!誰にも名前を覚えてもらえない睡眠研究会は、後輩の子に譲ることにした。俺ももう寝てるわけにはいかないし、あの研究室は朋空先輩と過ごす為の場所になってしまっていたから……もう留まる理由はなかった。あ、ベッドはさすがに問題なので家に持って帰った。睡眠に関する資料は残してるから、後は後輩が好きなように使ってくれたら嬉しい。桜は咲いてないけど、卒業式当日は晴れやかな青空だった。いつもと変わらない。けど落ち着かない、特別な日。体育館から卒業生が退場し、保護者も順々に帰っていく。あっという間に寂しくなった空間を後にし、俺も移動した。絶対に見つけるなら校門だな。大勢ひとが立ち話をしている門で捜していると、不意に肩を叩かれた。「入ちゃん! やっほー」「赤城先輩。卒業おめでとうございます」「ありがと。やー、思い返すとマジであっという間だったな。入ちゃんもやりたいことあったら後回しにしないで、やった方がいいよ。この感じだと次は気付いたとき四十路だから」「それは気が早すぎですって」苦笑しながら、いつもと変わらない調子の赤城先輩にお辞儀した。本当に色々あったけど、彼にも感謝しかない。なんとボタンまでくれたので、有り難くポケットに仕舞った。「でも先輩、好きな女の子にあげなくていいんですか?」 「あ、違う違う。これはアレ、あいつが来たら見せな」「あいつ?」誰のことかと不思議に思ってると、また誰かに名前を呼ばれた。「入川君!」「あ、進堂先輩も卒業おめでとうございます」俺のファンクラブの自称会長。彼はやつれた顔で俺の手をとった。「はぁ……これから毎日入川君の顔を見られなくなると思うと、胃に穴が空き

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  • 帰ろうよ、朋空先輩   #5

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  • 帰ろうよ、朋空先輩   #4

    そうだ、……これだ。俺が先輩にしたいこと。喜んでほしいことは。自分の部屋を出て、真っ直ぐキッチンに向かった。買ったは良いけど全然使ってなかったお弁当箱を取り出し、目の前に佇む。問題は、やっぱり中身のラインナップ。眉間に皺を寄せながら考えていると、リビングでテレビを観ていた母がやってきた。「あれ。雅月、お弁当持ってくの?」母は、今まで時間がある時は俺に弁当を作って持たせてくれていた。仕事が忙しくなってからは俺も自分で作っていた。とは言え二年に上がってからは、めんどくさくて売店に頼ってしまっている。でも今回は、自分の為に作るんじゃない。「うん。とりあえず、明日だけ?」「そうなの。お母さん作ろうか?」「あ! ありがとう、俺が作るから大丈夫!」俺が食べるわけじゃないし、俺が作らないと意味がない。母の提案は申し訳ないけど断り、久しぶりに弁当作りを開始した。いつもご飯を作ってるのに、弁当に詰めるメニューとなると緊張する。しかも、好きな人に渡すなら尚さら……。とりあえず厚焼き玉子は上手くいった。甘めにしちゃったけど、彼の好みだったら良いな。茹でブロッコリーとミニトマト、それから定番のウィンナー。メインはゆかりのおにぎり。彩りは我ながらばっちりだ。……よし。完成!何だかんだやってたら日付が変わりそうだった。これで寝坊したら笑えない。すぐに台所を片付けて、明日の為にベッドに入った。先輩、喜んでくれるかな……。どきどきとわくわくが同じ量放出されて、アドレナリンが出まくってる。結局また興奮して、あまり眠れなかった。( でもちゃんと起きれたからオッケーってことにしとこう……。 )ふらつきながら家を出る。いつもの時間に通学路へ出ると、朋空先輩を見つけた。「先輩、おはやいございます」「おはよう。何かろれつ回ってないけど、大丈夫か?」先輩は振り向きざま、俺のことを心配そうに見つめた。「何か目の下のクマもすごいし。……昨日寝てないのか?」「いえ、ちょっとは寝ました。放課後寝るから大丈夫ですよ」学校に到着し、校門を抜ける。人が多くなる前に渡そうと思い、手に持っていた紙袋を掲げた。「朋空先輩。その……弁当作ってきたんです。め、迷惑じゃなければ……食べてください」「弁当!?」「わわっ。弁当です」先輩は珍しく大声を上げた。俺もちょっとびっく

  • 帰ろうよ、朋空先輩   #3

    ううん……悩む。結局何も思いつかずに放課後を迎えた。研究室へ行こうとすると、ちょうど朋空先輩を見つけた。「朋……」すぐに駆け寄ろうとしたけと、同じタイミングで先輩に話しかけた男子がいた。おっと……。思わず口を押さえ、足を止める。「あの、辰野先輩。良かったらちょっとお話できませんか……?」どうやら一年生のようだ。恥ずかしそうに声を掛けてるから、多分朋空先輩に好意を持ってるんだろう。何もなければ応援してしまいたくなる。でも朋空先輩と付き合ってる俺としては、胸が痛くなった。先輩は何て返すんだろう……。不安に押されながら様子を見守っていると、朋空先輩は優しい声で、その男の子に振り返った。「ごめんね。今日はこれから用事があるんだ」「そ、そうですか。すみません、引き止めて」「ううん。君も気をつけて帰ってね」おぉ。さすがに慣れてる。二人のやりとりを見て、ホッとした。男の子に見つからないよう遠回りして研究室に向かう。部屋の前へ行くと、朋空先輩がこちらを見て笑った。「お疲れ」「お、お疲れ様です。すぐに鍵あけますね!」職員室で借りてきた鍵を取り出し、ドアを開ける。部屋に入ると、突然ドアに押しつけられた。「ち、ちょっと先輩っ?」「もう少しこのままでいさせて。体力回復してんだ」そのままぎゅっと抱き締められる。先輩からすれば抱き枕に思いきり抱き着いてるような感覚なんだろうけど、俺はめちゃくちゃ心臓に悪い。「ところで、さっき廊下にいただろ。何で声掛けなかったんだ?」「うぇっ。み、見えちゃいました?」「チラッとな」朋空先輩は体を離し、俺の顔を覗き込む。「……あの子が、先輩に告白するのかと思って……声掛けたらまずい気がして、隠れちゃいました」「隠れる必要はないだろ。OKするわけないんだから」「でも、躊躇はしちゃいますよ。可愛い子でしたし」先輩から視線を外し、俯く。ただでさえ可愛い子が照れくさそうにしてたら、勝てる気がしない。そう言って項垂れると、先輩は俺の腰を引き寄せた。「確かに可愛い子だったな」「や、やっぱり」「でも、俺は可愛いだけで付き合ったりしないから」ドアの鍵がかかる音が聞こえた。俯く俺の顔に手を添え、ゆっくりと上向かせる。「俺が欲しいのは、ずっと前からお前だけだよ。……雅月」「先輩……んっ」唇を塞がれる。以前

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