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9.執務室

Penulis: 神木セイユ
last update Tanggal publikasi: 2026-02-18 17:00:00

 執務室を出て今度は長い螺旋階段を降りる。

 涼は感覚的に、囚人塔で一階に降りた時の事を考えると、更に下に感じた。

 下──つまり『城』の地下である。

 階段を降り切ると、そこは広く、何も無い無の世界だった。

 あるのは『城』と同程度の空間であることと、透き通るように澄んだ空気なのに何故か薄いグリーンの光が灯っている場所である。

 それだけだ。

 強いていえば、そのグリーンの光は中心に浮かんでいモノから発光しているものだ。

「あれは……何 !? 」

 驚く涼に翡翠が折りたたみ椅子を広げ、小さく溜息をつき「いいから」と涼を座らせた。

「まず一ノ瀬  涼。君には『自害』の原罪がある。そして地縛霊になってしまったが為に、あのループから抜け出せずにいた」

「……俺は……確かに人生からは逃げたかもしれない。でもこんなところに連れてきて欲しいなんて願ったことなんて無いんだ……」

「知っている。ここにいる全ての死者も同じだ。強制的に連れてこられたんだ。

 普通は自動で『城』へ辿り着くが、君は土地に縛られていた。彷徨っていたり、封印がある場合は俺が向かう。生者の世界へ戻って、その囚人に介入し『死の瞬間』を変える。

 君は俺に投げられた事で、君の中の「死の原因」はその日だけ「他殺」になったわけだ。

 そしてようやく現世を離れ、『城』へ来ることができた。地縛霊のプログラムを一時的に書き換えたと言えば分かりやすいだろうか」

 翡翠の台詞は感謝しろと言わんばかりだが、この時──いや、部屋を出る時から不思議に思っていた。

 涼が視る翡翠の感情の色だ。

 それはとても寂しく弱々しい色に、激しい哀しみの色だった。

 どちらも混ざりに混ざり、青だったのかどうかも分からない。クラウドグレーと強い青、一筋だけ絶望の黒がぐるぐると回る。しかし絵の具と違いこの感情の色は混ざり色を変えることはない。

 涼は翡翠をジッと見つめる。

「どうかしたか ? 」

 説明不足でもあったのかと、翡翠も涼を見つめた。大半は『城』に連れてこられた事を、翡翠に暴言を吐くのがこのタイミングだからだ。

 しかし涼はなんとも不思議な表情で自分を見あげるのだから調子が狂ってしまいそうになる。

「説明を続けていいか ? 」

「え !? あ ! すみません……大丈夫です」

 涼は今、何かを見て放心していたと翡翠は受け取った。しかしそれは一体何なのか……? 

「中心にグリーンのキューブが見えるだろう。あれがこの『城』の『核』だ」

「核 ? あれがこの『城』を管理しているって事なの ? 」

「半分は。最初から話そう。

 ここは以前、管理人や看守は人間がやっていた。あいにく……執務室にも記録が少ないのでね。俺も調べたが経緯は分からないんだ。

 俺がここへ来たのは遠い親族に尼僧がいてね。その親戚に……強引に勧められたんだ。まさに強制的にね。

 俺は人間だが、ここから元の人間の世界には盆の頃にしか戻れない」

「それ……死んだってこと ? 」

「いや。神隠しとか……そうだな、正式にいえば出家や強制労働みたいなものだろうな」

「ひっどいね……」

「そうだな。たまには癒しが欲しいと思うものだが、時期に慣れるさ」

 翡翠はしょうもさなそうにクスクスと笑う。

 そしてその度に群青のような深い青色が揺らぐ。恐らく同意じゃなかったのかもしれない。翡翠には強い哀しみが今でも怨みのように残っているのだ。

    涼はすぐに、翡翠の言葉に嘘が混じっていることを察したが、何も言わなかった。

「それで、管理人はあなたに変わったとして……他に看守はいないの ? 」

「今はいない。全て看守ドールが専門にいる」

「え ? なんで ? 」

「その『核』が……『城』が判断したからさ。看守以外は囚人で保たれているのも生前の監獄とは少し違って見えるかもしれないな。

 例えば炊事場。あそこで鍋を振る囚人は世界規模の美食の祭典で賞を獲った天才だ。彼を中心に日々、最高の食事が出てくるわけだ。自身の生前の知恵で幅広く活動し、ほかの囚人と波風を立てず賢く生活している」

 涼は思い出す。

 京は火を持っている。

 そしてフェンランはその火を買っていた 。

「ここに通貨は無いの ? 」

「無い」

「本当に ? さっき囚人同士でお金が……」

「囚人が作っている紙幣紛いのものもあるにはあるが、全て生活には使えん物だ。あれはギャンブルをする時のメダルのようなもので、特殊な扱いをされている。

    とにかく、生前の金の感覚とは違うものだ。

 何故かわかるか ? 」

「分からない。金がなければバランスが崩れてしまうんじゃないかな ? 」

「確かに。権力や誰かに必要とされる存在は必要だ。そしてそれらには金が絡む。だが『城』ではそれらを金では買えない。

 時期に分かるだろうが……とにかく皆質素な暮らしだ。『城』の判断で囚人達の新しい服は必要な分は補充される。人形だから髪も髭も伸びない。病気もしない。賭け事用の紙幣に関してはそのうち把握するようになる」

「あくまで人形の館ってこと ? 

 じゃあ、感覚や痛覚があるのはなんで ? 痛めつけられても、どうせ『城』が新しいパーツを用意してくれるのに ? 」

「感覚が無くては刑にならないからね。

 今着ている服は、ここへ来た時の姿がベース装備になる。だから君は制服のままだ」

「年中制服か……。変えるにはどうしたらいい ? 」

「方法は二つ。

 一つは欲しい服を着ているやつに挑戦を提示し、ファイトを取り付ける。

 先程、京がやったことだ」

 涼は腰にあるナイフをザリザリと指で確認する。

「そういうのは……俺には向かないかな……。

 もうひとつは ? 」

「もう一つは『城』に願う事。

 だがこれはおすすめ出来ない。

『城』に願い事が出来るのは今日、これからする一回のみ。ここに来て、一度だけだ。

 長い生活の中で衣食住が大きいと言うなら止めはせんが、食堂も支給服も無料で完備される。それでもファッションを選ぶか ? 」

「いや、無いかな。別に制服でも……」

「女たちの中には、服を望む者もいないこともないけどな。例え服を選んでもバカにはせんが ? 」

「いや、選ばないですっ」

 翡翠は一度背凭れに身体を預けると、またも哀しそうに涼を見る。その空気が重く、苦手で、涼はそっと視線を逸らした。

「願い事かぁ。……今決めていいの ? 」

「ああ。その時は俺は退出する。『城』のルールだからな。

 いいか ? 初めに言うと、『核』に何を貰ったか、他人には不必要に言うな 」

 翡翠の真剣さをよそに、涼は思いついた事を満面の笑みで語り出す。

「例えばドラゴンが欲しいとか ! 魔法使いになりたいとか。可能なのかな ? 」

「……ふふ。ドラゴンは聞いた事が無いな。だが、水を要求した者はいた。どこでも使えて水の減らないジョウロの持ち主だ」

「なるほど。ゲームアイテムくらいならワンチャンある感じかな……。人間の世界じゃ水の減らないジョウロなんてないから、可能なこともある気がしてきた」

 涼は考える。願いは『城』の判断だけの問題で、非科学的な希望も可能なのだと。水の減らないジョウロなど現実には存在しない。もしや京の持つライターも、本当はオイルは減らない可能性もあると考えたが、あのライターはホイールが摩耗して劣化するしなのはずだ。

 武器はもうナイフがある上に、死が無い以上防衛の必用があるのかも悩む。涼は諍いごとが面倒な性格だ。これが回避出来れば一番問題がないのだ。

「……あ。そっか。そうすればいいのか。

 決まったよ ! 」

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