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「はあ?」
あまりにも予想外の言葉を耳にすると、人ってこんな声を出すものなんだな……。
自分でも驚くほど間抜けな反応しか返せなかったのは、それほど現実味のない話だったからだ。
私は、目の前に座る父と母の顔をじっと見つめた。
「だからな、優里香。これは冗談でもなければ、夢の話でもない。現実に起きていることだ」
父の真剣な口調。
それに反して、私は完全に呆れた表情をしていたと思う。自覚はある。
それでも言わずにはいられなかった。
「ちょっと待って? この令和のIT社会で、何を言い出してるの? そんな突拍子もない話、信じろってほうが無理があるでしょ?」
常識的に考えて、そんな非現実的な話を素直に「はい、わかりましたお父様」なんて答える娘、世界中探したってそうそういないはずだ。
私は、ふざけてばかりの性格で、結婚30年になる今でも「バカップル」という言葉がしっくりくる両親を、じろりと睨みつけた。
まるで陳腐な昼ドラか、チープなラノベの設定みたいじゃない。ありえない。
そう心の中で毒づきながら、視線を窓の外へと向ける。
広がる夏の空は、どこまでも青くて、白い雲がゆっくりと流れていた。
──あーあ、夏季休暇にはどこか出かけたいな。海? いや、山もいいかも。涼しい高原も捨てがたいし……。
「優里香! ちゃんと話を聞きなさい!」
母の大きな声に、思わず肩がびくりと跳ねた。
あんな風に叱られたのは、もしかしたら子供の頃以来かもしれない。
小さくため息をつきながら、私は渋々ふたりのほうに顔を向けた。
「……ねえ、お母さん。本気であの話を信じろって言うの? 何だっけ、何百年前の“言い伝え”? それとも“ご先祖様の約束”?」
ひとまず質問を投げかけて、彼らの反応を待った。
けれど、父も母も一切表情を変えることなく、ただ黙って私を見つめている。
……どうやら、本気らしい。
観念して、私は話を続けた。
「つまり、昔、結ばれることのなかったご先祖同士のせいで、私がある男性と結婚しないと両家が不幸になるってこと……で合ってる?」
「そうだ。それがわかっているなら、話は早い」
父は淡々と頷いた。
「いやいや、ちょっと待ってよ。言ってる内容自体は理解できるけど、それを“現実として受け入れろ”っていうのは無理があるってば」
「信じるんだ、優里香」
……え? 本気で?
即座に返された父の言葉と、その真顔。
さすがに冗談じゃ済まされないと察して、私の背筋に冷たいものが走った。
その後も何か説明されていたような気がするけれど、正直、ほとんど頭には入ってこなかった。
結婚? 私が?
しかも相手は知らない人?
それも、家のために?
……うちって、そんな格式ある家系だったっけ?
思考がまとまらないまま、自分の部屋に戻り、見慣れたベッドに身を投げるように飛び込んだ。
勢いよく布団をかぶり、頭まで潜り込む。
──よし、寝よう。寝て、明日になったら全部夢だったってことになってるかもしれない。
ギュッと目を閉じ、脳裏からさっきのやり取りを消そうと必死になる。
でも……。
そんな努力もむなしく、まったく眠気はやってこなかった。
「……はぁ」
大きく息を吐いて、私はベッドの上で上体を起こす。
狭い天井が目に入り、その白さがやけに現実的に感じられた。
──いったい、何だったの……?
改めて自分自身に問いかける。
これが現実だなんて、どうしても受け入れがたい。
笠原優里香、23歳。
日本の大手電子部品メーカー「ARM」で、総務部に勤務している。
ごく普通の家庭に生まれ育った。
父は市役所勤務の公務員、母は専業主婦。5歳年上の兄がひとり。
小学校から高校までは地元の学校に通い、大学も実家から通える女子大を選んだ。
恋愛経験だって平凡。小学生のとき、クラスで一番人気だった男の子に淡い初恋をして──その恋は実ることもなく終わり──
大学に入ってから、ようやく初めてちゃんと付き合った彼氏ができた。
身長は159センチ。目は二重だけど、パッチリした可愛い瞳というわけじゃないから、アイラインでちょっとごまかしてる。
髪は肩より少し長めで、焦げ茶色に染めている。
ごく普通。誰にでもいそうな見た目で、これといって特別な才能もない。
本当に、どこにでもいるような、平凡な人生だった。
──そう、“今までは”。
それなのに、まさかこんな突飛な展開が待っているなんて……。
髪の毛を両手でわしゃわしゃとかき乱し、私は思わずギュッと目を瞑った。
──どうして、こんなことに。
これまで、両親はいつだって明るくて、私の選ぶ道に口を出すこともなく、ただ静かに、でも確かに応援してくれていた。
学校、進学、就職……どんなときも。
けれど、ふと胸の奥に、ざらりとした疑問が広がった。
***翌日。私は、同期入社で仲の良い友人・水野円花と、会社近くの和食屋でランチを取っていた。カウンター席に並んで座りながら、昨夜の出来事を淡々と語る。「……だから、そのまんま。呪いで、結婚することになったの」白米を口に運びながら言うと、円花は箸を止めて、ぽかんとした表情で私を見た。「……呪い?」「そう。たぶん。いや、恨み? どっちだったっけ? もうよく分かんないんだけど、とにかく、ご先祖様が勝手に決めたことで、今この時代に生まれた男女が結婚しないと不幸になるとか、なんとか……」ようやく西京焼きの鮭に手を伸ばした円花は、呆れを隠せない様子で呟いた。「……そんな時代錯誤な話、ほんとにあるんだ……」「ね? 今どきドラマでもここまで強引な設定ないと思わない?」「うん。たぶん視聴率取れないと思う」同意するようにコクコクと何度も頷いた円花は、ふと真剣な顔で私を見つめた。「ねえ、でも優里香、それで本当にいいの? この前さ、牧野さんのこと気になるって言ってたじゃない」──うっ。思わず喉が詰まりそうになる。牧野さん。それは、総務部の上司で、私が密かに想いを寄せている人。二歳年上で、仕事ぶりは丁寧で的確、なにより誰に対しても優しい。私はずっと、彼に憧れのような気持ちを抱いていた。「……よくないけど……でも、お祖母ちゃんの言うことって、どうやっても断れないみたいで……」呟くように言った私に、円花は箸を置き、少しのあいだ黙って何かを考えていた。そして、ぽつりと提案するように言った。「……なんかさ、私が言っても仕方ないんだけど、やっぱり納得いかないよ。優里香が一番そう思ってると思うけど。だったらさ、向こうから断ってもらえばいいんじゃない? わざとひどい態度を取って、“こんな子と結婚なんてできない!”って思わせるの。どう? 嫌われ作戦!」「それ……! それだよ!」思わず大声を上げ、勢いよく立ち上がってしまった。──しまった。周囲のテーブルから一斉に注がれる冷たい視線に気づいて、私は慌てて咳払いをひとつ。小さく「すみません」と呟きながら、そろそろと腰を下ろした。ちょっとはしたなかったけど……でも、光が見えた気がした。ああ、もう……。恥ずかしいったらない。さっきの勢いのまま立ち上がってしまった自分を思い出しながら、私は円花の顔を見つめ
あれ……?もしかして、ずっと前から知っていたの?私が、こうなる運命にあるって──。だから、今まで何も言わずに、好きにさせてくれていたの?遠くから見守るように。そう考えた瞬間、気がつけば私は無意識のうちに一階へと足を運んでいた。階段を降りる足音も聞こえないほど、頭の中はざわめいていた。「ねえ! 一体いつから知ってたの?!」勢いよくリビングの扉を開け放つと、目に飛び込んできたのは、涙を浮かべた母の姿だった。……え?普段、あんなにも明るくて元気な母が、そんな顔をしているなんて──想像もしなかった。立ち尽くす私に、母が静かに名を呼んだ。「優里香……」その一言だけで、体から力が抜けていくのを感じた。怒りとも戸惑いともつかない感情が、すっと冷めていく。私はかすれた声で、もう一度だけ尋ねた。「……いつからなの?」すると、沈黙を破って父が口を開いた。その声には、どこか後悔と覚悟が滲んでいた。「優里香が二十歳になった年だよ。母さんに呼ばれてね……そのときに、初めて話を聞かされたんだ」言いづらそうに視線を外しながら語る父の隣で、母が目元の涙をぬぐいながら、かすれた声で続けた。「ごめんね、優里香……。私たちがちゃんと、この話を断っていれば、こんなことにはならなかったのに……」本当に……そうだよ。そんな馬鹿げた話、もっと早くにきっぱりと拒否してくれていれば──。もし、母の頬を伝う涙を見ていなければ、私は今すぐにでも声を荒らげていたと思う。けれど、あの涙を見たら……もう何も言えなかった。「……お祖母ちゃん、なのね……」ようやく口からこぼれたのは、その一言だけだった。自分でも聞き取れたかどうか分からないほどの、かすかな声でこぼれた「お祖母ちゃん」。その一言を口にした瞬間、私の中で何かが静かに折れたような気がした。同時に、胸の奥で、ほんの少しの諦めが芽生えていくのを感じた。──ああ、そうか。そうだった。思い出した。うちはごく普通の家庭だ。特別な家柄でも、伝統ある旧家でもない。それでも、なぜか昔から、父方のお祖母ちゃんには誰も逆らえないという、暗黙の空気があった。親戚の集まりでも、お祖母ちゃんの言葉は“絶対”のように扱われていたし、父でさえ、何かあれば「母さんが言うなら……」と従っていた。そんな存在が関わっているのなら──話
「はあ?」あまりにも予想外の言葉を耳にすると、人ってこんな声を出すものなんだな……。自分でも驚くほど間抜けな反応しか返せなかったのは、それほど現実味のない話だったからだ。私は、目の前に座る父と母の顔をじっと見つめた。「だからな、優里香。これは冗談でもなければ、夢の話でもない。現実に起きていることだ」父の真剣な口調。それに反して、私は完全に呆れた表情をしていたと思う。自覚はある。それでも言わずにはいられなかった。「ちょっと待って? この令和のIT社会で、何を言い出してるの? そんな突拍子もない話、信じろってほうが無理があるでしょ?」常識的に考えて、そんな非現実的な話を素直に「はい、わかりましたお父様」なんて答える娘、世界中探したってそうそういないはずだ。私は、ふざけてばかりの性格で、結婚30年になる今でも「バカップル」という言葉がしっくりくる両親を、じろりと睨みつけた。まるで陳腐な昼ドラか、チープなラノベの設定みたいじゃない。ありえない。そう心の中で毒づきながら、視線を窓の外へと向ける。広がる夏の空は、どこまでも青くて、白い雲がゆっくりと流れていた。──あーあ、夏季休暇にはどこか出かけたいな。海? いや、山もいいかも。涼しい高原も捨てがたいし……。「優里香! ちゃんと話を聞きなさい!」母の大きな声に、思わず肩がびくりと跳ねた。あんな風に叱られたのは、もしかしたら子供の頃以来かもしれない。小さくため息をつきながら、私は渋々ふたりのほうに顔を向けた。「……ねえ、お母さん。本気であの話を信じろって言うの? 何だっけ、何百年前の“言い伝え”? それとも“ご先祖様の約束”?」ひとまず質問を投げかけて、彼らの反応を待った。けれど、父も母も一切表情を変えることなく、ただ黙って私を見つめている。……どうやら、本気らしい。観念して、私は話を続けた。「つまり、昔、結ばれることのなかったご先祖同士のせいで、私がある男性と結婚しないと両家が不幸になるってこと……で合ってる?」「そうだ。それがわかっているなら、話は早い」父は淡々と頷いた。「いやいや、ちょっと待ってよ。言ってる内容自体は理解できるけど、それを“現実として受け入れろ”っていうのは無理があるってば」「信じるんだ、優里香」……え? 本気で?即座に返された父の言葉と、その真顔







