Tous les chapitres de : Chapitre 1 - Chapitre 10

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title 1

「はあ?」あまりにも予想外の言葉を耳にすると、人ってこんな声を出すものなんだな……。自分でも驚くほど間抜けな反応しか返せなかったのは、それほど現実味のない話だったからだ。私は、目の前に座る父と母の顔をじっと見つめた。「だからな、優里香。これは冗談でもなければ、夢の話でもない。現実に起きていることだ」父の真剣な口調。それに反して、私は完全に呆れた表情をしていたと思う。自覚はある。それでも言わずにはいられなかった。「ちょっと待って? この令和のIT社会で、何を言い出してるの? そんな突拍子もない話、信じろってほうが無理があるでしょ?」常識的に考えて、そんな非現実的な話を素直に「はい、わかりましたお父様」なんて答える娘、世界中探したってそうそういないはずだ。私は、ふざけてばかりの性格で、結婚30年になる今でも「バカップル」という言葉がしっくりくる両親を、じろりと睨みつけた。まるで陳腐な昼ドラか、チープなラノベの設定みたいじゃない。ありえない。そう心の中で毒づきながら、視線を窓の外へと向ける。広がる夏の空は、どこまでも青くて、白い雲がゆっくりと流れていた。──あーあ、夏季休暇にはどこか出かけたいな。海? いや、山もいいかも。涼しい高原も捨てがたいし……。「優里香! ちゃんと話を聞きなさい!」母の大きな声に、思わず肩がびくりと跳ねた。あんな風に叱られたのは、もしかしたら子供の頃以来かもしれない。小さくため息をつきながら、私は渋々ふたりのほうに顔を向けた。「……ねえ、お母さん。本気であの話を信じろって言うの? 何だっけ、何百年前の“言い伝え”? それとも“ご先祖様の約束”?」ひとまず質問を投げかけて、彼らの反応を待った。けれど、父も母も一切表情を変えることなく、ただ黙って私を見つめている。……どうやら、本気らしい。観念して、私は話を続けた。「つまり、昔、結ばれることのなかったご先祖同士のせいで、私がある男性と結婚しないと両家が不幸になるってこと……で合ってる?」「そうだ。それがわかっているなら、話は早い」父は淡々と頷いた。「いやいや、ちょっと待ってよ。言ってる内容自体は理解できるけど、それを“現実として受け入れろ”っていうのは無理があるってば」「信じるんだ、優里香」……え? 本気で?即座に返された父の言葉と、その真顔
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title 2

あれ……?もしかして、ずっと前から知っていたの?私が、こうなる運命にあるって──。だから、今まで何も言わずに、好きにさせてくれていたの?遠くから見守るように。そう考えた瞬間、気がつけば私は無意識のうちに一階へと足を運んでいた。階段を降りる足音も聞こえないほど、頭の中はざわめいていた。「ねえ! 一体いつから知ってたの?!」勢いよくリビングの扉を開け放つと、目に飛び込んできたのは、涙を浮かべた母の姿だった。……え?普段、あんなにも明るくて元気な母が、そんな顔をしているなんて──想像もしなかった。立ち尽くす私に、母が静かに名を呼んだ。「優里香……」その一言だけで、体から力が抜けていくのを感じた。怒りとも戸惑いともつかない感情が、すっと冷めていく。私はかすれた声で、もう一度だけ尋ねた。「……いつからなの?」すると、沈黙を破って父が口を開いた。その声には、どこか後悔と覚悟が滲んでいた。「優里香が二十歳になった年だよ。母さんに呼ばれてね……そのときに、初めて話を聞かされたんだ」言いづらそうに視線を外しながら語る父の隣で、母が目元の涙をぬぐいながら、かすれた声で続けた。「ごめんね、優里香……。私たちがちゃんと、この話を断っていれば、こんなことにはならなかったのに……」本当に……そうだよ。そんな馬鹿げた話、もっと早くにきっぱりと拒否してくれていれば──。もし、母の頬を伝う涙を見ていなければ、私は今すぐにでも声を荒らげていたと思う。けれど、あの涙を見たら……もう何も言えなかった。「……お祖母ちゃん、なのね……」ようやく口からこぼれたのは、その一言だけだった。自分でも聞き取れたかどうか分からないほどの、かすかな声でこぼれた「お祖母ちゃん」。その一言を口にした瞬間、私の中で何かが静かに折れたような気がした。同時に、胸の奥で、ほんの少しの諦めが芽生えていくのを感じた。──ああ、そうか。そうだった。思い出した。うちはごく普通の家庭だ。特別な家柄でも、伝統ある旧家でもない。それでも、なぜか昔から、父方のお祖母ちゃんには誰も逆らえないという、暗黙の空気があった。親戚の集まりでも、お祖母ちゃんの言葉は“絶対”のように扱われていたし、父でさえ、何かあれば「母さんが言うなら……」と従っていた。そんな存在が関わっているのなら──話
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title 3

***翌日。私は、同期入社で仲の良い友人・水野円花と、会社近くの和食屋でランチを取っていた。カウンター席に並んで座りながら、昨夜の出来事を淡々と語る。「……だから、そのまんま。呪いで、結婚することになったの」白米を口に運びながら言うと、円花は箸を止めて、ぽかんとした表情で私を見た。「……呪い?」「そう。たぶん。いや、恨み? どっちだったっけ? もうよく分かんないんだけど、とにかく、ご先祖様が勝手に決めたことで、今この時代に生まれた男女が結婚しないと不幸になるとか、なんとか……」ようやく西京焼きの鮭に手を伸ばした円花は、呆れを隠せない様子で呟いた。「……そんな時代錯誤な話、ほんとにあるんだ……」「ね? 今どきドラマでもここまで強引な設定ないと思わない?」「うん。たぶん視聴率取れないと思う」同意するようにコクコクと何度も頷いた円花は、ふと真剣な顔で私を見つめた。「ねえ、でも優里香、それで本当にいいの? この前さ、牧野さんのこと気になるって言ってたじゃない」──うっ。思わず喉が詰まりそうになる。牧野さん。それは、総務部の上司で、私が密かに想いを寄せている人。二歳年上で、仕事ぶりは丁寧で的確、なにより誰に対しても優しい。私はずっと、彼に憧れのような気持ちを抱いていた。「……よくないけど……でも、お祖母ちゃんの言うことって、どうやっても断れないみたいで……」呟くように言った私に、円花は箸を置き、少しのあいだ黙って何かを考えていた。そして、ぽつりと提案するように言った。「……なんかさ、私が言っても仕方ないんだけど、やっぱり納得いかないよ。優里香が一番そう思ってると思うけど。だったらさ、向こうから断ってもらえばいいんじゃない? わざとひどい態度を取って、“こんな子と結婚なんてできない!”って思わせるの。どう? 嫌われ作戦!」「それ……! それだよ!」思わず大声を上げ、勢いよく立ち上がってしまった。──しまった。周囲のテーブルから一斉に注がれる冷たい視線に気づいて、私は慌てて咳払いをひとつ。小さく「すみません」と呟きながら、そろそろと腰を下ろした。ちょっとはしたなかったけど……でも、光が見えた気がした。ああ、もう……。恥ずかしいったらない。さっきの勢いのまま立ち上がってしまった自分を思い出しながら、私は円花の顔を見つめ
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title 4

一日が終わろうとする頃。デスクで資料をまとめていた私の前で、電話が鳴った。「総務部、笠原です」いつも通りの電話対応。目の前のパソコンに視線を落としたまま、タイピングを続けながら、相手の反応を待っていた。……が、なにも聞こえてこない。受話器の向こうは、まるで誰もいないかのような無音。──え? 無言電話?間違い電話かな……?わずかに眉をひそめながら、小さくため息をついて受話器を置こうとした、そのとき。『……悪い』低く、押し殺すような声が、かすかに聞こえた気がした。思わず手が止まり、慌てて受話器を再び耳に当てる。「……はい?」『今日は何時までだ?』──は……?誰? 名乗りもせずにいきなり何?その強引とも取れる口調に、思わずムッとしたけれど、そこは社会人。顔には出さず、言葉だけは丁寧に返す。「弊社の定時は、十七時三十分でございますが……」『あっ、その件は回しておけ』え? “その件”? 何の話……?急に会話の脈絡が飛び、こちらの状況を完全に無視した言葉が続く。さすがに困惑して、私ははっきりと尋ねた。「あの……恐れ入りますが、どちら様でしょうか? ご用件をお伺いしても?」『ああ、悪い。小泉だ。今日は何時に終わる?』──小泉?……小泉って、誰? 何人もいるけど。「申し訳ありませんが……どちらの“小泉様”でしょうか?」そう尋ねた瞬間、受話器の向こうから別の女性の声が、食い気味に飛び込んできた。『副社長! この件ですが!』突然の名前と肩書きに、私は驚きのあまり受話器を取り落としそうになった。思わず椅子から腰が浮きかける。──副社長……?まさか……いや、そんな……でも……なんで? どうして? なぜ、私に?心臓がドクンと大きく跳ねた。脳裏をよぎる、たったひとつの名前。──小泉翔太郎。まさか、ほんとに……?この電話の主が──あの人なの?目の前の現実が、急に色を変えていく気がした。──嘘、でしょ……?まさか、本当に──そんな……。頭の中で否定の言葉がぐるぐると回っている中、私は条件反射のように声を発した。「し、失礼いたしました!」慌てて言葉を整えようとした、その瞬間だった。『十八時に、地下二階の駐車場入り口。』低く抑えた、けれど確実に命令口調のその声。ぞくりと背筋が凍るような感覚が走った。「
last updateDernière mise à jour : 2026-02-03
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title 5

ただ、それしか考えられなかった。会って何を話せばいいのかもわからないし、どうやって“嫌われる”作戦を実行すればいいのかも、全然見えてこない。このままじゃ、何も準備できていないまま、流されてしまう。焦りと恐怖と混乱がないまぜになったまま、私は静かに、でも確かに“逃亡”の二文字を心に刻んでいた。──作戦を練らなければ。現実逃避だと笑われたって構わない。今の私には、それくらいしか、思考を保つ方法が残されていなかった。何か、対策を立てなきゃ。会ってしまったら、流される。準備がないままではダメだ。「町屋先輩!」自分でも驚くほど、はっきりとした声が出た。振り返った先輩に、私は少し早口で頭を下げる。「すみません、残りの仕事は明日の朝、早めに来て片づけます! どうしても、今日は外せない用事があって……」めったにこんなお願いをしない私に、先輩は目を丸くしたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。「もちろんいいわよ。その代わり、明日の始業までには、ちゃんと終わらせてね」「はい、本当にありがとうございます!」内心で何度も頭を下げながら、私は定時のチャイムが鳴ると同時に立ち上がり、更衣室へと向かった。──時間がない。いつもなら、髪を整えたり、メイクを直したりするけれど、そんな余裕はなかった。普段はひとつに束ねている髪も、そのまま。鏡を見る余裕すらない。朝、「OL一週間コーデ特集」に影響されて選んだ服──黒のテーパードパンツに白のカットソー。肩にかけていたモスグリーンのカーディガンは、今は片手でくしゃっと握っている。化粧ポーチもバッグの中に入れたまま、更衣室を飛び出した。──逃げるなら、今しかない。会ってしまえば、すべてが動き出す。何の準備も、作戦もなく、このまま流されるわけにはいかない。そんな予感がしてならなかった。小走りでエレベーターに向かい、ぎりぎり滑り込んで乗り込む。ほっと息をついた頃には、もう一階のボタンが点灯していた。ほどなくして扉が開き、吹き抜けの広いエントランスが目に飛び込んでくる。帰宅ラッシュの時間帯。仕事帰りの社員たちや、営業から戻ってきた人たちの姿があちこちにある。その人波に紛れていることで、私はほんの少しだけ、安心した。──よかった。まだ、日常の中にいる。ほんの一瞬、深く息を吸い込む。でも──その日常も
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titel 6

居酒屋とスペインバルの中間みたいな、少し洒落た雰囲気のその店は、木製のドアに小さな看板が掛かっていて、店名を知らないと通り過ぎてしまいそうな隠れ家風。火曜日の早い時間ということもあって、店内には二組ほどの客しかおらず、ほどよい静けさが漂っていた。カウンターが八席、テーブルが十卓ほどのこぢんまりした空間。間接照明の暖かい光が、疲れた気持ちをほんの少しだけほぐしてくれる。私はそっと扉を開ける。「いらっしゃいませ」店員の穏やかな声に迎えられ、少しだけ張り詰めていた肩の力が抜けた。ウンターの奥から、「いらっしゃいませ」といつものスタッフさんに声をかけられた瞬間、体からすうっと力が抜けていくのを感じた。ああ……私、思っていたより緊張してたんだ。ようやく自分のこわばりに気づいた私は、入り口から一番離れた奥まった二人掛けの席へ向かう。ここは、いつも空いていれば自然と選ぶお気に入りの席。半個室とまではいかないけれど、隣のテーブルとも少し距離があって、なんとなく落ち着く場所だ。バッグを置き、ジャケット代わりのカーディガンを脱いで椅子の背に掛ける。店員さんにとりあえず生ビールを注文し、すぐに運ばれてきたグラスをひと口。──ああ、生き返る……。ごくりと喉を鳴らして飲んだそのとき、ふと目に入った腕時計の針が、十八時十分を指していた。……十八時。地下二階。さっきまで忘れたふりをしていた現実が、急に胸の奥から這い上がってくる。心臓がどくん、と跳ねた。……どうしてる、かな、副社長。怒ってるよね……当然か。でも──昨日の今日で、「はい、はじめまして! まさかあなたが相手だったとは!」なんて、冗談みたいなテンションで言えるわけがない。普通の人だって戸惑うのに、相手はよりによって副社長。副社長……か。ビールグラスをコトンとテーブルに置きながら、私はおそるおそるスマホを取り出す。ためらいながらも、検索バーに指を伸ばし、「小泉翔太郎」と入力して、検索ボタンを押した。──うわっ。一瞬で表示された結果に、私は目を丸くする。検索結果、五万二千五百件。そのすぐ上には、ばっちり整った顔立ちの男性のドアップ写真が大きく表示されていた。やたらと光の加減が良くて、モデルかと思うレベル。「……はは……」思わず小さく笑ってしまう。何これ、もう別世界の人じゃん
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title 7

そのとき、メッセージが来たことを告げる通知音がして、私はスマホに目を向けた。【ごめん! 今日残業で遅くなる! 何があったの? 大丈夫?】うそ……。聞いてほしかったのに。【急にごめんね! 大丈夫。また聞いてね】返事を打ち終わると、私は項垂れるように机に突っ伏した。あー、どうなってるのよ。本当に。あれ? なんか暗くなった?急に暗さと気配を感じ、私はゆっくりと顔を上げた。「誰!!?」目の前にスーツの男の人が立っていて、私は驚いて声を上げていた。「笠原優里香?」こげ茶色の少し長めの髪をかき上げながら、そう聞いた男は、不機嫌そうな顔を見せながら私を見下ろしていた。今度はなに? この人は誰? なんで私の名前知ってるの?さらに訳の分からない状況に、私は完全にパニックになっていた。「無言は肯定とみなすよ?」小さくため息をつくと、男はポケットからスマホを出し、どこかに電話をかけ始めた。「ああ、見つけた」「今から連れてく」そんな言葉が上から降ってきて、電話の相手がなんとなく分かった気がして、冷や汗が背中を伝った。良くないことが起こっていることは理解できてしまい、私はまたもや逃げなきゃとカバンに手を伸ばした。「おーっと! お嬢さん、もう逃げられないよ」電話の相手ではなく、自分に向けられた言葉だとわかり、私は顔を歪めた。「翔太郎、お前のお姫様、意外に跳ねっ返りだぞ」翔太郎という言葉に、最悪の状況を悟り、ギュッと唇を噛んだ。今の言葉はなに? お姫様って、完全に馬鹿にしてるよね……。そして跳ねっ返り? 何よそれ。昨日のお父さんたちの身勝手な話に始まり、今日のこの理不尽な言われよう。周りから追い込まれる状況に、自分自身でも怒りが湧いてくるのがわかった。私が何をしたって言うの?先祖が何よ! 不幸が訪れるって誰によ! 私だけが不幸じゃない!「すみません! こちらからお願いします! その電話の相手に会わせて!」まだ何やら話をしていたその男は、驚いたように目を丸くした後、「もちろん。お姫様」とニヤリと口角を上げた。あーもう!偉い人だろうが、おばあちゃんだろうが、もう知らない!私は、いつのまにか済まされていた会計のことすら気づかず、大股で外に出ると、促されるまま超高級車の後部座席に収まった。小刻みに震える自分の手をなんとか抑えながら
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titel 8

何よその疑問系は?イラッとして、助手席にいる男の横顔をジッと睨みつけた。そして改めて近くで顔を見ると、さっき見た写真の副社長とはまったくタイプが違うが、この男もやたらと整った顔をしていることが分かった。副社長が落ち着いたイケメン演技派俳優だとしたら、この人はアイドルグループにいてもおかしくなさそう……。そんなバカなことを一瞬でも思ってしまった自分の、恋愛偏差値の低さに自分で殴りたい気持ちを押さえて、私は窓の外に目を向けた。「それで? 私はこれからどこへ? 私、実家暮らしなので親が心配すると思うんですが」努めて冷静に言ったつもりだったが、またもや男は肩を揺らして笑うと、「親が勧める婚約者と会うのに、怒る親がいるわけないだろ?」「え? 親も知ってるんですか?」「当たり前だろ」はあ? どこまで本人無視で話をしてるのよ?もう誰も信じられない!お母さんの昨日の涙も、もう知らない! こんなの、こんなのって!そしてさっきまで、一〇〇分の一ぐらい、もしかしたら副社長に呼ばれたのは結婚の話ではなく、仕事の話かもと思っていた私の期待は、今の一言で木端微塵に砕け散った。怒りなのか悲しみなのか、自分でも訳の分からない感情に飲み込まれそうになり、ギュッと唇をかみしめ、なんとかその感情を押し殺していると、ふと真面目な声が聞こえた。「まあ、お姫ちゃんの気持ちもわからなくはないよ」「え?」お姫ちゃんとまた呼ばれたことは、今は許すとして、急に何だろうと私は男の次の言葉を待った。「昨日だろ? 話を聞いたの。いきなり結婚しろって言われても、まあ、ピンとこないわな」言い方は相変わらず軽いが、少しだけ私のことを考えてくれているような言葉に、気持ちがほんの少し緩んだ。「そうですよ。なんで結婚なんてしなきゃいけないんですか? 絶対嫌です」その言葉に、男――改め晃さんは、意外そうな瞳を私に向けた。「え? 結婚嫌なの? なあ、相手が誰かわかってるよな?」「はい。ようやくあなたに会って知りました」「それでも嫌なの?」はあ? 嫌に決まってるじゃない。なんで好きでもない人と結婚しなきゃいけないのよ?「どういう意味ですか? 嫌に決まってます」はっきりと言い切った私に、晃さんはなぜか嬉しそうにも見える笑顔を見せた。「へえ……。そう」一人で納得して、私にその説明をする
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title 9

「降りるぞ」「あっ、ハイ!」慌てて晃さんの後ろ姿を追うと、忘れかけていた自分の“嫌われる指名”と、怒りを思い出し、気合を入れる。「え? ドアここだけ?」エレベーターを降りると、ふかふかの絨毯が敷かれていることにも驚いたが、目の前に重厚感のある茶色の扉が一つしかないことにも驚いた。「そうだよ。最上階。ペントハウスだよ」なに……その言葉……。庶民には縁遠い……。「ほら、入れよ」いつの間にかその扉が開けられていて、中に入れと言われ、私は足を止めた。いくら婚約者だのと言われても、夜に知らない人の家に入るなんて。今さら何を言ってるんだと自分でも思ったが、怖気づく自分がいた。「あの……やっぱり私……」そう言いかけたところに、「晃? 何してるんだよ?」部屋の中から、晃さんより低く響く声がして、ドクンと心臓が音を立てた。「あー、お姫さんがさ……」二人の会話が、なぜか遠くから聞こえているような気がするぐらい、自分の心臓の音がうるさい。「なに?」扉の向こうから出てきたその人に、私は意を決して目を向けた。「私、結婚しません! 帰ります!」一気にそれだけを言って、ジッと相手の瞳を睨みつけた。ウッ……。負けそう……。すぐにそんな気持ちと、さらにうるさくなる自分の鼓動になんとか負けないように、ギュッと唇を噛みしめた。写真と同じ顔をした小泉翔太郎という人は、百八十センチはあるのだろう。ジッと私を無言で見下ろした。「お姫さま……じゃないだろう? 晃」はあ? 私の言葉の返事がそれ?「ちょっと!」そう言いかけた私の体は、グイッと傾き、引っ張られていた。「なんでもいいから早く入れよ」翔太郎とかいう男に引きずられていることがわかり、私は慌てて体をよじった。「やめて! 離して!」騒ぎまくる私に、小さくため息が聞こえた。「ほら」いきなり引っ張られていた手を離され、私は重力に素直に尻餅をついた。「もう! なんなのよ!」自分の会社の副社長だなんて、これっぽっちも頭から抜けていた私は、思ったまま叫んだ。「お前が離せって言ったんだろ?」それだけ言って、長い廊下を歩いていく後ろ姿を、私は呆然と見つめた。写真のスーツ姿と違い、ラフな短パンに、黒の半袖のTシャツ。和服を想像していた私は、あまりにもそのギャップに驚いた。写真や遠くから見て
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title10

「あの、お聞きしますが。最先端の電子機器を扱う企業の副社長ともあろう人が、先祖の呪いなんて信じてないですよね?」「もちろん。そんな非科学的なこと、信じてるわけないだろ?」……はあああ!?じゃあ、今『不幸になりたくない』って言ったのは誰よ!!もう本当に頭にきた!!なんなの、この人!!こんなに腹の立つ人、今まで出会ったことないんだけど!!私の表情から考えていることが丸わかりだったのだろう、目の前の無意味なイケメン二人は、顔を見合わせてクスクスと笑っていた。「翔太郎、もうその辺にしとけよ。仮にもお前の未来の嫁だぞ」「わかってるよ。だからこんなにかわいがってるだろ?」その言葉に、晃さんは諦めたようにため息をつき、「かわいがってるね……」と呟くと、ひらひらと手を振った。「後は、お二人さんで話し合いな」「え! ちょっと晃さん!? 待って! こんな奴と二人にしないでよ!」追いすがった私だったが、またもや何かに引っ張られ、ドンと固いものに頭をぶつけた。「また明日な、晃」その固いものが翔太郎の胸板だとわかったのは、後ろから回された翔太郎の腕が、ギュッと私を抱きしめたからだった。「イヤー!!」ジタバタと暴れる私を、悪魔のような微笑みで見下ろした翔太郎は、「諦めろ。親孝行だと思え」そう口にした。な……なによ、それ。それより、何この状況!翔太郎は片腕で私を拘束し、もう片方の手で、私の髪を無造作にもてあそんでいた。何? なんの嫌がらせ? 私をからかって、何が面白いのよ?「親孝行って! あなたなら女に困らないでしょう?どうにか説得して、こんな訳のわからない結婚、やめさせてください!もっとどこぞのご令嬢と結婚してください!そんな昔の先祖なんかに振り回されないで!」一気にまくしたてて、私は玄関に向かってダッシュで走った。「待て!」そう言われて待つわけもなく、私は玄関に手をかけたところで、またもや後ろから拘束された。――この人って、距離感おかしいでしょ?久しぶりに感じる男の人の体温に、どうしても居心地の悪さを覚えた。「帰ります……」なぜか今までの勢いを保つことができず、私は翔太郎の腕の中で体を固まらせた。「帰ってどうする?」「それは……」言葉に詰まった私の手を、翔太郎はそっと取ると、親が子供の手を引くようなやさしさで、もといたリビ
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