LOGIN私、結城凛(ゆうき りん)が黒崎尊(くろさき たける)にすべてを報告しなくなったことに、彼はようやく気づき始めたようだった。 新しいジュエリーを買う時も、彼に意見を求めない。 黒崎グループの創立記念パーティーにも、私一人で足を運んだ。 系列の総合病院で手術を受ける時でさえ、彼に頼ることなく、すべて自分で手配を済ませた。 電話も、メッセージも、メモすら残さない。 事後報告を受けた尊は、不機嫌そうに眉をひそめた。 「なぜ黙っていた?予定表をよこせ。手配は俺の部下にやり直させる」 考えるよりも先に、私の口から答えが出ていた。 「ううん、大丈夫。手を煩わせたくないの。ありがとう」 その言葉が、二人の間に重く落ちた。 しばらくの間、私たちはどちらも口を開かなかった。 無理もない。つい2週間前まで、私は一族の行事につけていくネックレスひとつ、彼のお伺いを立てなければ決められなかったのだから。 ランチタイムにはメッセージを送り、いつ帰宅するのかを聞くためだけに電話をかけていた。 私の人生のどんな些細な決断も、すべて尊を中心に回っていたのだ。 でも今は違う。私が体調を崩して助けを求めていたのに、彼が結城咲良(ゆうき さくら)の機嫌をとるのに夢中で私を完全に無視した時の悲しみを、もう伝えるつもりはなかった。 私が彼の子を身ごもっていることも、教えない。 そしてもうすぐ、彼のもとから永遠に去ることも。
View More思い返せば、何年も前からずっとそうだった。尊は【後で連絡する】と返信しながら、会食の後は決まってそのまま放置してきた。数時間後、私がようやく【何かあったの?大丈夫?】と尋ねると、彼の答えはいつも同じだった。【別に】自分から【終わったよ】と知らせてくれることも、私がどんな夜を過ごしていたか気にかけてくれることも、彼にはただの一度としてなかった。「どうして一言くれないの」と問いただせば、彼は面倒くさそうにため息をついた。「お前は、俺からの返信を待つ以外にやることがないのか?」相手からの返信が数分遅れたくらいで一喜一憂するような年齢は、とっくに過ぎている。それなのに、玲央がわざわざ吹き込んでくれた音声メッセージを聞いただけで、胸の奥に温かいものが静かに降り積もっていくのを感じていた。私はすぐに返信を打った。【気にしないでください。まずは今やっているお仕事を片付けてください】すると即座に、画面上部に「入力中…」の提示が点滅し、ポンッという音と共に、長文のメッセージが届いた。【自分が大切に想っている相手に、何の連絡もできないほど忙しい人間なんていないよ。ほんの数秒あれば、『しばらく手が離せない』とか、『後で電話する』と伝えることはできる。大切な人には、その数秒を割くだけの価値が確実にある。いつか、俺が君にとっての『その数秒を割きたくなる相手』になれることを願っている】私は文面をじっと見つめたまま、何も返信できなかった。その日の午後、私は早退した。一番の理由は、あの甘いメッセージを読んだ後で、玲央と平然と顔を合わせる心の準備がまだできていなかったからだ。逃げるようにオフィスの外に出ると、エントランスの前に尊が立って待っていた。その腕には白いバラの花束が抱えられている。オレンジ色の街灯の下、雪がゆっくりと舞い落ちていた。「俺が変われることを証明したいんだ」凍てつく空気の中で、彼の吐く息が白く煙る。「今までお前が俺にしてきてくれたことを、今度は全部、俺にさせてほしい。気遣うのも、電話をかけるのも、真っ先にメッセージを送るのも、これからは全部俺からやる」私は彼を静かに見つめ返した。「同じ屋根の下で暮らしていた時でさえできなかったのに。これだけ離れて暮らしている今ならできるなんて、どうし
咲良が一体いつから病室の外に立って立ち聞きしていたのか、私には分からなかった。彼女は私たちの険悪な空気を窺うような、遠慮がちな笑みを浮かべて中に入ってきた。「行かない」その短い拒絶に、咲良は呆然とした顔をした。「でも、今までこういう時は、いつも助けてくれたじゃない……」尊の表情は氷のように冷ややかなままだった。「なら、そろそろ他人に頼らず自分でやり方を学ぶ時期だろう」咲良は瞬きをした。その顔から、ゆっくりと笑みが消えていく。彼女は気まずそうに私をちらりと見た。「お姉ちゃん、私のせいで尊さんと喧嘩しないでね」私は愛想よく微笑み返した。「心配しなくていいわ。私たち、もう別れたから」ほんの一瞬だけ、咲良の瞳に何かが閃いた――安堵。だがそれは、瞬きする間に見事に隠された。「よかった……私のせいで二人が喧嘩して別れるなんて、絶対に嫌だったから」尊は苛立ったように顔を上げた。「席次や挨拶の順序について分からないことがあるなら、秘書に聞け。俺の役目じゃない」咲良は彼をじっと見つめた。明らかに、そんな答えが返ってくるとは予想していなかったのだろう。「本来ならお前自身が学んで対処すべきことまで、俺は甘やかして、何でも俺に依存させてしまった」彼の声は淡々としていたが、その響きの奥には微かな、しかし確かな後悔の念が滲んでいた。「『これは俺の責任だ』と自分に言い聞かせてきた。家の事情があるから、俺が保護者代わりとして面倒を見ているだけなのだと。だが、いつの間にか、俺自身どこまでが『責任』でどこからが『過保護』なのか、境界線が分からなくなっていたんだ」咲良が抱きしめたファイルに、ぎゅっと指が食い込む。「前は、頼っても嫌な顔ひとつしなかったじゃない」「気にするべきだったんだ。ずっと前から」低く、静かな答えが返ってきた。今まで無条件で自分の味方をしてくれていた人が、もう何でも代わりにやってくれるわけではない。その事実に初めて直面した咲良は、ショックで一言も発することなく踵を返し、病室を出て行った。背後でドアが静かに閉まる。部屋には、再び重い沈黙が落ちた。長い間の後、尊が静かに口を開いた。「披露宴で、あの新郎が言っていた言葉が、ずっと頭から離れなかった。俺は何年もの間、誰に対して
新郎は彩乃に微笑みながら続けた。「そしてもう一つ。僕に迷惑をかけるんじゃないか、なんて二度と考えないでほしい。何か楽しいことがあって笑い転げたなら、その話を聞かせてほしい。何かが怖いなら、それも教えてほしい。どんな些細なことでも構わない。僕は、君が何でも真っ先に思い浮かべて共有したくなる存在になりたいんだ」会場は割れんばかりの拍手に包まれた。拍手に沸く人垣のずっと後ろ、会場の最後列に、一人立ち尽くす尊の姿があった。彼は何かを思い知らされたような顔で、壇上の新郎新婦をじっと見つめていた。そして、まるで私の視線に気づいたかのように、彼が振り返った。視線が交差する。かつてなら、こうして見つめ合うだけで私の胸は高鳴っていた。彼が私を見てくれたというだけで、すべてが報われた気がしていたのに。でも今は……心が凪いだように、もう何も感じなかった。式が終わった後、私はブライズメイドのドレスを着替え、食事の席へと向かった。どうやら直前になって座席の変更があったらしく、私のネームカードが元あったテーブルから消えていた。小さなフラワーガールの女の子が私の手を引いた。「お席、あっちだと思う」彼女が案内してくれたのは、会場の隅に追いやられたようなテーブルだった。座っているのはほとんどが子供たちで、その中に一人だけ、ひどく困惑した顔で肩身を狭くしている大人が混ざっていた。彼が顔を上げた。一目で高級と分かる仕立てのスーツに、細いフレームの眼鏡。アットホームな親族の結婚式というより、ハイブランドのファッション誌の撮影現場から抜け出してきたような完璧な出で立ちだ。私たちは、互いの顔を見て目を丸くした。「え?白石本部長が何で……?」彼は深々とため息をついた。「俺の母親のいとこの家族が、まさか君まで招待していたとはね」私は笑ってしまった。「世間って狭いですね」玲央は気まずそうに眼鏡の位置を直した。「母親が『いつ身を固めるのか』としつこく聞いてくるから、仕方なく来たんだ。延々と口論するより、一人で適当に顔を出してやり過ごす方が手っ取り早いからね」「驚くほど共感できます」私は少しおどけながら尋ねた。「それで、あの偽の恋人の特別手当をもらえるチャンスは、まだ残っていますか?」彼の口角がわずかに上
私は画面を見つめながら、頭の中で慎重に言い訳の文面を練っていた。入力し始める前に、また新たなメッセージが届く。【何か俺に言いたいことでも?】続いて、スマホが再び振動した。銀行アプリからのプッシュ通知だった。振込の知らせだ。私は目を見開いた。表示された桁違いの金額に、私は目を疑い、完全にフリーズしてしまった。またメッセージが送られてくる。【誤送金じゃない。今週の土曜、新京で開かれる結婚式に同行してくれないか。遠縁の親戚が結婚するんだが、一族の連中が1日中『なぜお前はまだ独身なんだ』と尋問してくるのが目に見えているんだ。あんなくだらない質問攻めに遭うくらいなら、ダミーの恋人を連れて行く方がマシだ。君、今はフリーだろう?その金は、身を呈して盾になってくれる『特別手当』だと思ってくれ】私は堪えきれずに吹き出してしまった。けれど残念なことに、彩乃の結婚式も、奇しくも同じ日なのだ。私たちの友情の歴史上初めて、目の前に積まれた莫大な「特別手当」と親友への忠誠心が、私の中で激しく天秤にかけられていた。画面に表示された金額を見つめる。これなら数ヶ月分の家賃が払える。いや、もっとかもしれない。私はため息をつき、こう返信した。【ありがたいお申し出ですが、白石本部長。今週の土曜日は、故郷で一番の親友が結婚式を挙げるんです。私にとって、この世界でそこ以上に優先すべきことはありません】送信ボタンを押した瞬間、私の指の間から大量の札束がさらさらとこぼれ落ちていく幻聴が聞こえた気がした。……結婚式の準備は朝9時から始まった。私は時間通りに花嫁の控室へ到着した。彩乃はすでに鏡の前に座り、メイクやヘアセットのスタッフに囲まれている。部屋中が、結婚式の朝特有の慌ただしくも幸せな空気に満ちていた。「凛!絶対あんたが一番に来るって分かってたわ」メイクを終えた彼女がこちらを振り返った時、私は美しさのあまり言葉を失った。数え切れないほどの平凡な日々を一緒に笑って泣いて過ごしてきた彼女が、純白のウェディングドレスに身を包み、今まさに人生の新しい章を開こうとしている。目頭が熱くなった。彩乃はすぐにそれに気づいた。「泣かないでよ」彼女は囁き、私の手にそっと触れた。「あんたが泣いたら、私まで泣いちゃうじゃない」彼女は化粧台に
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