久しぶりに会えた華と理人さんは、和風創作料理の店でデートしていた。
「このテリーヌ、出汁が効いていて、とても美味しい。」
「気に入ってくれて良かった。
実は前に会食で来たとき、料理が美味しくて、雰囲気も良いから華を連れて来たいと思っていたんだよ。」「嬉しい。」
忙しい仕事の合間にも私を思い出し、次にデートする場所を考えてくれる。
頻回には会えないけれど、その分、私を大切にしてくれているのが伝わってくる。 そんな彼の優しさが嬉しい。テーブル席の奥、観葉植物の陰に隠れるようにして座っている私達は、周囲のざわめきなど存在しないかのように、互いに視線を絡め合っていた。
「好きだよ。」
いたずらっぽく囁く理人さんに、私は頬を赤らめる。
「もう、周りの人に変な目で見られちゃうよ。」
冗談めかした私の声に、彼は少しだけ目を細めて笑った。
「大丈夫、誰も見ていないさ。
この後、まだ時間あるよね?」「うん。
明日は休みだから。 理人さんは?」「僕は明日有給取った。」
「えっ、嬉しい。
じゃあ、心置きなくゆっくりできるね。」まるで二人だけの世界にいるように、心地よい時間が流れていく。
私達は、お腹いっぱい料理を楽しんで、店を後にすると、柔らかな夜風が頬を撫でた。「風が気持ちいい。
少し歩こう。」「うん。」
二人が腕を組みながら道を歩いていると、突然、後ろから女性が駆け寄って来て、理人さんの腕を掴んだ。
睨みつける目は鋭く、怒りを隠そうともしない。「理人、この女とはどういう関係?
ぜひ紹介して。」「うわっ、どうしてここに?」
「どうしてここにじゃないわよ。
どういう関係か聞いているの!」「いや、この人は会社の取引相手で、たまたま飲み会があって、一緒に歩いていただけだよ。」
「私が何も知らないとでも思って、しょうもない嘘を。
見たらわかるわよ。 私が気づかないとでも思った?」そう言われた理人さんは、下を向き、言葉を失った。
「ねえ、あんたも何か言ったらどうなのよ、恥ずかしくないの?」
そう言って、今度は私を睨みつける。
「えっ、私?
理人さん、ねえ、これってどういうこと? どうしてこの人は怒っているの?」私が理人さんに囁くように尋ねると、彼は歯切れ悪く答えた。
「いやあ、それはちょっと誤解があって。」
「誤解?」
「そう、後で話そう。」
それを聞きつけるとその女性はさらに眉を吊り上げて、声を荒げた。
「何を二人でコソコソ話しているの?
まずは二人離れなさいよ。 ここまで言っても、まだ認めないつもり? 正直に言いなさいよ。 こんな女と浮気して!」「えっ?
浮気って?」その女性の言葉に嫌な予感が胸をよぎる。
「あんたもいつまでもとぼけないで。
今更、この人から何も聞いてないとか嘘つくのやめてよ。 不倫のくせに!」「いやいや、勘違いだよ。」
理人さんが口を挟むが、女性は怒りを増す。
「は?
どこがどう勘違いなのよ。」「ちょっと待ってください。
不倫って?」「そうよ、不倫。
私達結婚しているの。 見てわからない? 二人には子供もいるんだから、知らないフリで逃げれると思わないで。 あんたにも慰謝料を支払ってもらうからね。」「ちょっと待ってください。
本当に結婚しているんですか?」「とぼけちゃって、それで許されるわけないじゃない。」
「すいません。
私、本当に理人さんが結婚しているなんて、知らなくて。」「ふん、信じられるもんですか。
二人に絶対払ってもらうからね。 覚悟しなさい。」「華、大丈夫だから。
こっちで何とかするから。」理人さんは私を庇うように話すが、それだけでは済まされないし、私は真実を知りたい。
「彼女が言っているのは、本当なの?
理人さんは結婚しているの? じゃあどうして私と付き合ったの?」「ごめん、結婚はしているけれど、華とも真剣に付き合っている。」
「どう言うこと?」
「この男の言葉なんて信じない方がいいわよ。
あなたは遊ばれたの。」「酷い。」
「…。」
理人さんはこれ以上誤魔化すのは無理だと感じたのか、ついに黙り込み、何も答えなくなった。
そのようすを見て絶望し、胸が冷たく締めつけられる。どうして、何も答えてくれないの?
質問しても頑なに口を閉ざす姿は、私が好きだと思った理人さんではもうない。 彼女の言うことが正しくて、何も言えない…これが真実なのね。目の前で繰り広げられた理人さんと妻のやり取りを見てしまった後では、彼への思いが急速に失われていく。
私の知ってる理人さんは大人でスマート、私を大切にしてくれる理想の彼だと思っていた。
でも、蓋を開けてみたらただの嘘つきで、浮気癖のある既婚者。
きっと彼の中では、私はただの気まぐれ。
奥さんに詰められたら、返事を返せない程度の。 だったら、私達の関係に未来はない。「何も言ってくれないのね。
理人さん、もう別れよう。」「待ってくれ。」
私がそう言うと、彼は慌てたように私を追おうとするが、じっと睨む妻の顔を見ると、諦めたように足を止めた。
「当然よ。」
「さよなら。」
私は信じていたのに裏切られた思いのまま、このやり取りに嫌気がさし、その場を離れる。
私は理人さんと付き合っていながら、彼の何を見ていたのだろう。
既婚者だなんて、全然気づかなかった。元々仕事で忙しくしている人だから、頻繁には会えないと思っていたし、週末もたまには会うこともできていたから、余計にわかりにくい。
夜はSNSで繋がっていたし、全然連絡が取れないわけでもなかった。
だとしたら、どうやって既婚者だと見抜けたの?デートを重ね、結婚しようと言われ、いつしか淡い夢を見ていた。
でも、今はそれもすべて煙のように無くなった。彼にとって私は、簡単に嘘で誤魔化せるような都合の良い相手。
もしかしたら、たとえ結婚しているとバレても、言いくるめれると思っていたのかも知れない。バイト時代の楽しかった思い出まで踏みにじられた気分だ、最低。
どうして私の恋は、いつもうまくいかないのだろう?
気をつけているつもりなのに、繰り返すダメ男との失恋に、もう疲れてしまった。 自分では、どうしていいかわからずに悲しくなってくる。人目を憚らず、俯き、泣きながら駅へ向かう。
人混みの中、私が泣いていたって誰も気づかず通り過ぎる。ふと目を上げると、嬉しそうに寄り添うカップルが目につき、さらに悲しくなる。
周りには大勢の人がいるのに、私一人を愛してくれる人だけがいない。 孤独を感じる東京で、本当に私、何をやっているんだろう?長い間、胸につかえていた棘が取れて、スッキリとした華とは裏腹に、帰りの電車の中からずっと、侑斗は無口なままだった。 今日の出来事は、侑斗にとっては初めて知った事実だから、心の整理がつくまで時間が必要だと、私はあえて話題にしなかった。 家に帰ってから夕食を終えて、ソファで寛いでいると、彼が口を開いた。「華、もしもだけど、さっきの話がなかったら、俺の司法試験があったとしても、もっと俺達は一緒にいれた?」「好きな気持ちをお互いに言えたら、一緒にいたと思う。 でも、侑斗は司法試験が終わるまでは、気持ちを口にしなかったよね? 私も本当は大学を卒業してから付き合いたかったし。 二人はそう思っていたんだから、変わらないんじゃないかな?」 「そうか。 母さんとのことがなかったら、華からもっと早く好きだと言ってくれることはなかった?」「ないと思う。 少なくとも司法試験が終わるまでは、侑斗の気持ちを乱すようなことを私は言わなかったと思う。 だっていつの間にか、侑斗が弁護士になることは、私の夢にもなっていたの。 プレッシャーになるから、言わなかったけれど。」「なるほどな。」「うん。 結局、私達が私達である以上、変わらないよ。」 二人はお互いを思いあって、距離を置いていた。 だから、繰り返してみても同じ結果になる。 侑斗は小さくため息をつき、少し沈んだ声で続けた。「俺はさ、華が変な男と付き合うの我慢して見て来たし、華が大学に通い始めた頃、距離を取られて辛かった。 もし、母さんとのことが無ければ、それがなかったかもしれないと思ったんだ。」「それは、ごめん。 でも私は、侑斗と付き合えると思ってなかったから、違う人を探そうとしていたし、その後も侑斗に彼女がいるなら、甘えたらダメだと思って、大学の勉強に一人で集中していたの。」「そうか。」「お互いに好きな気持ちを言わないでいたから、両思いだって知らなかった。 でも、伝えたことで勉強に集中できないで、侑斗の司法試験が長引くのを二人は望んでいないから、これで良かったんだよ。 後半は私が誤解して、一人で頑張りたいと思っちゃったから、それはごめんだけど。」「そうだな。 もっと一緒にいたかったけれど、何年も試験を受け続けることを考えたら、これで良かったんだろうな。」「うん、私は努力して弁護士にな
侑斗の助けもあって通信制の大学を無事卒業した私は、ついに侑斗と付き合っていることをお互いの親に報告することになった。 もちろん、結婚を見据えてである。 大学を履修した今なら、きっと侑斗のご両親も、お付き合いを認めてくれるはず。 そう思いながらも、子供の頃に味わった「侑斗を遊びに誘わないで。」と言われて抱いた気持ちは、今でも胸に消えない棘のように残っている。 それを私はまだ、侑斗に打ち明けられずにいた。 だから、隣で両親に祝福してもらうつもりで浮かれている侑斗に、この思いをどう説明していいかわからない。「ほら、そんなに緊張するな。 華のことはうちの両親だって、よくわかっているんだから、喜んでくれるさ。」「そうかな? 不安だよー。」 侑斗の実家へ行く道すがら、落ち着かない私を見て、彼はくしゃりとはにかんだ。「俺と結婚したいって、不安そうにしてる華すごく可愛いよ。 大好き。」 そう私の耳元で囁いて、侑斗は道の真ん中で、頰に素早くキスをする。「もう、侑斗、私真剣に悩んでいるのに。」「そう思うならさ、ウチの両親の前で、俺のことを好きで好きでたまらないって言って、抱きついて。 そしたら親も、反対するのがアホらしくなるだろ?」「ふふ、確かにそこまで言い切る二人に、ダメなんて言っても無駄だと思うかも。」「だろ? 俺もそれ以上の熱量で返すからさ。」「わかった。 反対されたらやってみる。 でも、私の親の前では侑斗がやるんだからね。」「おう。 受けて立つ。」「ふふ、私の母は反対しそうもないわ。」 見つめあった二人は、クスクスと笑い合う。 周りから「あの二人はバカップルだ。」と思われたら、呆れてもう誰も止めようなんて思わないよね。 一生に一度くらい恥ずかしくても、お互いに好きなんだから、夢中で想いを伝え合ってもいい。 二人が同じタイミングで、恥ずかしいを通り越して好きなことって、長い人生でもそんなにないことだと思うんだ。 だったら、もういい。 侑斗の浮かれた気分が伝染して、私の心もフワフワとしてきた。 彼に導かれ、弾むような足取りで、実家にお邪魔する。「ただいま、母さん、華を連れて来た。」 侑斗は私と手を繋いだまま居間のソファに座る。「あら、おかえり。 華ちゃんも久しぶりね。」 笑顔を向ける侑斗の母は、以前と変わ
数日後から、侑斗は私の部屋に通い、勉強を教えてくれるようになった。 私はテキストを広げ、隣に座る彼にずっと悩んでいた問題を相談する。「ここ、どうしてもわからないの…。」「どれどれ。」 小声でつぶやくと、法律の専門書を読んでいた彼が体を傾け、肩と肩がかすかに触れる距離まで近づいてきた。 侑斗の指先がテキストに触れるたび、思い出す。 ああ私、ずっと彼の手の形が好きだったな。 少しごつごつしているのに、器用そうな指。 きっと私、たくさんの手の模型があったとしても、侑斗の手を探し出すことができる。 ふふ。 そんな能力があっても、使えるところなんてないのにね。「この言葉の指す場所がわかると、答えが導き出せるんだ。」 解説を話す彼の声が響き、無心で聞き入ってしまう。 私、侑斗の声も好き。 低く響く声は私を離さず、ずっと聞いていたいと思わせる。 せっかく教えてくれているんだから、内容を頭に入れようと思っても、今度は温かい香りが私に届き、体が自然に彼の方へ引き寄せられ、抱きつきたくなる手を止めることすら難しい。 ダメだ。 侑斗のことが気になって、内容が全然入って来ない。「…もう一回、教えてくれる?」 彼の手も声もすべてが、私を勉強に集中させてくれない。 教えてくれているのに明らかに違うことを考えているのが恥ずかしく、赤くなった顔をそらす私を見て、彼が手を伸ばし、私の手にそっと触れる。 二人の指が絡み合い、静かにその繋がった手をお互いに見つめる。 すると、肩が触れる距離で、彼の視線が熱く私を見つめてきた。 それを受けて、私も彼を見つめ返す。「そんな顔で見つめられたら、勉強に集中しろって、怒れない。 好きだよ、華。 大学を卒業してなくても、付き合おう。 好きって言い合うだけじゃ俺、満足できないし、待てない。 ちゃんと卒業するまでフォローするから。」「…うん、本当は私も早く付き合いたい。 でも、親に伝えるのは、卒業してからでもいい?」「うん、華がそうしたいなら。」「うん、だったらいいよ。」「よし、じゃあ今から、俺達は恋人同士だぞ。」「わかったわ。」「はー、今すぐイチャイチャしたいけど、約束したし、とりあえず先に勉強しちゃおう。 それまで、恋人モードはおあずけ。 だから華もニヤニヤすんな。 そのかわり、終わった
ボクサーラーメンのカウンターで、久しぶりのラーメンを味わう。 湯気の向こうにもやしとチャーシュー、黄金色のスープがふわりと香る。 濃厚な味噌の香ばしさが心にじんわりと染みていく。 そう言えば、侑斗以外とここのラーメンを食べに来たことは、なかった。 私達二人はずっと「味噌派」だけど、普段は相手に合わせて、別のも食べる。「やっぱりここのラーメンは最高だな。」「一人でも食べに来てた?」「ないなあ、ラーメンは好きなんだけど。 ここって華と来るイメージ。」「わかる。 私もなんとなくそう思ってた。」「あのさぁ、疑問なんだけど、何でよりにもよって、森田とかき氷ばかり食べに行ってたわけ? 刑事に言われて、俺も不思議だった。」「えっ、だって森田君とはとにかく意見が合わなくて、白熱して議論してると暑くて喉が渇くから、帰りにティラミスかき氷が食べたくなるんだよね。 そしたら、たまたま森田君もかき氷好きだって言うから、課題の後はかき氷が定番だったの。 それが、どうかした?」「いや、華が知るわけないしいいんだけど、ティラミスかき氷は俺も食べたい。」「えっ、侑斗もかき氷好き? じゃあ、一緒に食べに行こうよ。 彼女いないならいいよね。 確認だけど、私が行きたいかき氷屋さんって、混んでるけど、並んでも食べたい人?」「華と一緒なら、並んでもいい。」「えー、楽しみ。 じゃあ、どこにするか、調べておくね。」 私がかき氷のお店を思い浮かべて、一緒に行きたいところを考えていると、侑斗がフッと笑った。「華は相変わらずだな。」「えっ?」「さっきまで容疑者として留置所にいて、ぐったりしていたのに、もう意識が先に向いてる、本当呑気。 でも、そこが可愛い。」 そう言って、侑斗は私を笑顔で見つめる。「えっ、侑斗に可愛いって言われたの初めてかも。」 急な侑斗の褒め言葉に、驚きつつもニヤけてしまう。「いつも思ってたよ。 でも、そんなことを言う資格はまだ俺にはないと思って、言わなかっただけ。 司法試験通る前は、口が裂けても言えなかったし…。 でも、もういいよな。 俺、ちゃんと弁護士になったし。 華は今、彼氏いないんだろ?」「まぁ、そうだけど…。」 とは言え私は、相変わらず理想の自分になれていないため、言い淀む。「何? 俺とはやっぱり距離置き
「久しぶり。」 警察署の接見室に入って来た侑斗を見つめた瞬間、華は堪えきれず俯いた。 次に会う時は、大卒になったと胸をはれる自分でいたかったのに、よりによってこんな場所で会うなんて。 理想とかけ離れた再会に、胸が締めつけられる。 あれから必死に努力して、勉強を重ねてきたのに、どうして私はいつもこうなるのだろう。 ガラス越しの侑斗は、スーツ姿で相変わらず眩しいくらいに爽やかそのものなのに、私は疲れ果てた顔で、シワだらけの服を着ている。 どうあがいても、二人が生きる世界は、こんなにも遠いということだろうか?「侑斗…。」「どうしてすぐに連絡しなかった?」 侑斗は受話器を持ったまま椅子から立ち上がり、ガラス越しに真剣な目で問いかける。「…侑斗に知られたくなかった。」「何で?」「だって…。 こんな姿…見せたくない。」「そんなことを言っている場合じゃないだろ。 俺は真っ先に華に頼って欲しかったよ。 俺達友達だし幼馴染だろ?」「うん。 そうだけど…、迷惑かけちゃうし。」「こんな時のための俺じゃないのか? 琴音が俺に助けを求めてきて、やっと知ったんだ。 とにかくここからすぐに出してやるからな。 安心しろ。」「私が悪いことしたかもって、疑わないの?」「当たり前だろ。 華が犯罪なんて犯すはずがない。」 彼は迷いなく言い切った。「侑斗…。 でも私、何か間違ったことをしちゃったのかも。」「大丈夫だ。 華は何も悪くない。 ここまで一人でよく頑張ったな。」「…。」 連日の取り調べで、自分の行いに自信がなくなっていた私は、その一言で張り詰めていた緊張が解け、目に涙が滲む。 私が容疑者として捕まっていても、侑斗は一瞬でも疑わないんだね。 どんな時でも私の味方になってくれる人。 彼の顔を見るだけで、こんなに安心するなんて。「華には俺がついてる。 だから、何も心配しなくていい。 俺の言うことだけ信じるんだ。 できるよな?」「うん。」「先に申立書を提出してある。 受理されたらすぐに連れて帰るから。」「ごめん。」「謝らなくていい。 俺は華を助けるんだろ? 子供の頃、決めたじゃないか。 だから、勉強頑張って、ちゃんと弁護士になったんだ。」「それ、まだ覚えてたの?」「当たり前だ。 俺達、約束したよな。」「
侑斗には結婚を前提とした女性がいる。 華はそう諦めつつも、一年後には仕事を続けつつ通信大学の過程をこなしていた。 いつか彼と再び会えたら、大卒の自分でありたい。 そんな、小さな夢を抱いている。 その時はきっと、自分を卑下せずに胸を張っていれると思うのだ。 ある日の夜、通信大学のSNSグループで知り合った仲間六人は、その内の一人である大森君宅に集まり、手巻き寿司パーティーをしていた。「課題が期日内に終わったことに乾杯。」「みんなで一緒にやれて良かった。 一人だったら、間に合った自信ないわ。」「大森君の活躍が大きかったよね。」 何度か一緒の課題に取り組んでいる内に親しくなり、飲み会を開く気心の知れた仲間だった。「はぁー、もうお腹いっぱい。」「こんなに食べたの久しぶり。」 それぞれに好きなネタで散々手巻き寿司を食べて、お腹も満腹になった頃、突然、アパートの玄関のベルがなり、夜遅くの訪問の知らせに首を傾げながら、大森君はドアを開けた。「こんな時間に誰だよ。」「大森だな。」「そうだけど。 どちらさん?」「薬物所持の疑いで逮捕状が出ている。 22:32家宅捜査を開始する。」 ドアの先にいたのは、眼光鋭い刑事達だった。「ちょっと待ってくれ。 今、人が来てるんだ。」「その者達にも用がある。」「関係ないって!」 だが、大森君の静止は叶わず、突然、八畳の小さな部屋に五人もの刑事達が、一斉に押し入って来た。 八畳の部屋は瞬く間に人であふれ、私たちはただ呆然とするしかなかった。「全員そのまま動くなよ。」「離せ!」 大森君は取り押さえようとした刑事を振り解こうと暴れるが、すぐに拘束されてしまう。「大森、暴れるな。」「くそっ。」「他の者達も大人しく従わないと、手錠をかけるからな。」 そう言って、刑事達は私達の動きを、完璧に封じる。 これが現実に起きているのが信じられない私達は、互いに目を見開き、固唾を飲んで、成り行きを見守るしかなかった。「よし、そのままだ。」 動けない私達を尻目に、刑事達は素早い動作で、それぞれに部屋中のありとあらゆる場所を捜査していく。「ねぇ、私達この先どうなるの?」 隣に座る小池さんが小声でつぶやく。「わからない。」 私も小声で返す。 こんな経験はもちろんないし、薬物だなんてテレビでしか