侑斗は多忙な仕事の合間に、華の婚約破棄による慰謝料請求を進めていた。
法律事務所に勤めているが、本来、俺の専門は企業案件で、恋愛や結婚絡みのトラブルは扱っていない。
弁護する内容によって、各セクションに分かれており、依頼人の希望に沿って有利に進めるには、専門家の意見を求めるのが不可欠だった。
だから今回は、その分野に強い高木さんに相談しながら、なんとか時間を捻出していたのだ。
そこまでするほど、子供の頃から俺は華を好きだったけれど、長い間その想いを封印して来た。
恋愛して浮かれているようでは、いつまでも合格できないと思っていたからで、弁護士になるべく、司法試験の勉強に専念していた。
華が男と付き合ってもすぐに別れるのはわかっていたし、弁護士になってから、告白するつもりだった。
そして、無事合格して、弁護士として働き、華もシングルの今がチャンス。
俺は華の元彼の件を片付けたら、彼女と付き合いたいと思っている。そんな折、このオフィスのCEOである父から呼び出され、部屋を訪れた。
「失礼します、父さん。」
「岡本君、二人にしてくれ。」
「はい、坂下代表。」
パラリーガルの岡本さんが退出すると、応接用のソファに腰掛ける。
それを見届けると、デスクの奥に座る父は、低い声で切り出した。「何で呼ばれたか、わかっているのか?」
「わかってる。」
「友人からの依頼を引き受けたんだってな。
そんな案件、担当部署に回したらいいだろう? お前は自分の仕事に集中しろ。」「そうはいかないよ。
案件を進める対価として、きちんと弁護料をもらってる。 会社に利益をもたらしているんだから、父さんに止められる筋合いはない。父さんだって、知り合いから依頼された案件を引き受けたことがあるだろ?」
「それはそうだが、お前は今まだ経験も浅く、大切な時期だ。」
「わかってる。
けど俺は、この経験を無駄にしないし、必ず今後の仕事に役立ててみせる。」「はっきり言おう。
そんなに、その娘が大切か?」幼馴染である華のことは、父も知っている。
「ああ、俺は彼女のために弁護士になった。
彼女とのことだけは、絶対に誰にも口出しさせない。 たとえこのオフィスをクビになっても。」そう言って父を見据えると、父は諦めたように溜息をついた。
「お前は昔からそうだ。
あの娘の何がいいのかはわからないけれど、そんなに彼女の件をやりたいならば、抱えている案件で結果を出せ。」「言われなくてもそのつもりだ。」
俺はそう言って、父の部屋を後にする。
休みの日を削り、慣れない恋愛絡みの分野の資料や書類作りに追われる生活は、一か月以上続いている。
父が心配するように、精神面での疲労や物理的な睡眠不足は、日々体力を削っていく。
プライベートの時間はほぼないほど、仕事以外は寝るだけの生活であった。
けれども、それが何だと言うんだ。
華の未来を守るためだと思えば、苦しささえ力に変わる。華の婚約者だった男は、婚約破棄と結婚詐欺の証拠を突きつけると、納得がいかないとばかりに、あちらも弁護士を立てると言って対抗してきた。
ー 「俺が結婚詐欺だと?
ふざけるな! こっちには腕の立つ弁護士がついているんだぞ!」電話越しに威嚇するような男の声が響く。
とても冷静に話し合えるやつじゃない。 華はこの本性に気づいて無かったんだろうな。ー 「でしたら、その方の連絡先を教えてください。
そちらと話し合います。 あなたはことの重大さを、理解していないようですので。」ー 「わかった。
後から後悔するなよ。」捨てゼリフと共に電話は切れ、苛立ちがわく。
だが、こちらは華の元彼である頭のおかしな男と話し合うよりも、法を理解するプロとやり合う方が、無駄な時間が取られないから、むしろありがたい。
それからは、代理人となった弁護士との交渉が続く。
ー 「強気に出るのは結構ですが、こちらは刑事告訴も考えておりますし、法廷に持ち込めば、そちらの依頼人の社会的信用は確実に失墜します。
果たして、それに耐えられるのでしょうか?」ー 「刑事告訴ですか、民事訴訟だけでなく?
それについては、依頼人と相談させてください。」そしてどんどん相手の強気な反応は、鎮火していく。
ー 「その後、どうなりましたか?」
ー 「はい。
私どもの依頼人は、是非とも示談で解決したいと申しております。 示談金も雪村 華さんにお支払いするつもりです。」度重なる交渉の末、結婚詐欺による刑事告訴をちらつかせると相手は折れ、示談金という名の慰謝料の支払いに合意した。
これで、華に良い報告ができると俺は上機嫌で、昼休みに彼女にSNSでメッセージを送る。
ー 「今夜会わないか?」
ー 「いいけど、喫茶店でいい?」
俺はスマホを眺めながら、胸に冷たい衝撃が走った。
俺が華の案件に集中している間に、彼女には新しい男ができていた。考えてみれば、彼女と最後に会ってから、もう二ヶ月も経っている。
問題を解決してから連絡しようと、あえてメッセージが来ても、軽く返答するのみにしていた自分が嫌になる。華はふんわりとした笑顔が可愛いくて、守ってあげたくなるような女性であり、学生の頃からよくモテていた。
だから、前回会った時から二ヶ月も経っていたら、彼女と付き合いたい男が出て来るのは当たり前だった。
自分の浅はかさに嫌気がする。婚約破棄されて落ち込んでいたから、こんなに早く新しい男と付き合うとは思っていなかったけど、俺の考えは甘すぎた。
でも、それは俺がちゃんと先に華に「誰とも付き合わないで。」と言わなかったせいで、華のせいじゃない。
ー 「わかった、近くまで行ったら連絡するから、出て来て。」
ー 「了解」
きっと華のことだから、すぐにその男とも別れるとは思うけれど、俺は午後からの仕事のモチベを失った。
その夜、華の家の近くの喫茶店で待っていると、彼女が笑顔で現れた。「久しぶり、侑斗、元気だった?」
「ああ。
そっちは?」「えー、聞いちゃう?
私、新しい彼氏できたんだ。」「そうなんだ。」
俺は冷静を装ってそう答えたけれど、内心では聞く前からわかっていたし、悲しかった。
やっと、華と付き合えると思っていた。
彼女の問題を解決して、良い流れで告白しようと思っていたのに、その考えが裏面に出る。 そんな悠長な思いは、華には通用しないのだ。「それで、この前お願いしていた件なんだけど、大丈夫なんだよね?」
そう言って、今度は不安そうに俺を見る。
「ああ、解決したよ。」
「良かった。
ありがとう。」彼女が明らかにホッとした表情を見せる。
表情が明るく戻り、その姿を見るだけでも、俺の努力は報われる気がした。「それで慰謝料なんだけど、100万口座に振り込むから。」
「えー、ありがとう。
それだけあれば、私の分の式場のキャンセル料を払えるわ。」「いや、キャンセル料はもう払ってある。」
「えっ?」
「慰謝料から式場のキャンセル料と、探偵雇った分と俺の報酬を抜いた残りが、100万だ。」
「えっ、そんなに?」
「当たり前だろ。
今回の件は、婚約破棄に結婚詐欺だから。 華の人生をめちゃくちゃにしたんだ、アイツは。」「そうだけど。」
「本当は後100万上乗せしたかったけど、式場のキャンセル料があったから、これで許してやったんだ。」
「へぇ、よくわかないけれど、侑斗ってすごいね。」
華は羨望の眼差しで俺を見る。
そうだよ。
本当はこの流れで、告白したかったんだ。「華のためなら、これぐらい簡単さ。」
少しだけできる男を気取る。
「ありがとう。
でも、そのもらったお金どうしよう? 私、お金が欲しかったわけじゃなかったから。」「だったら、全額貯金しておいて。」
「うん、わかった。」
華はいつでも俺を無条件で信用する。
それだけが、彼女と付き合えなかった俺のプライドを守る唯一の答え。長い間、胸につかえていた棘が取れて、スッキリとした華とは裏腹に、帰りの電車の中からずっと、侑斗は無口なままだった。 今日の出来事は、侑斗にとっては初めて知った事実だから、心の整理がつくまで時間が必要だと、私はあえて話題にしなかった。 家に帰ってから夕食を終えて、ソファで寛いでいると、彼が口を開いた。「華、もしもだけど、さっきの話がなかったら、俺の司法試験があったとしても、もっと俺達は一緒にいれた?」「好きな気持ちをお互いに言えたら、一緒にいたと思う。 でも、侑斗は司法試験が終わるまでは、気持ちを口にしなかったよね? 私も本当は大学を卒業してから付き合いたかったし。 二人はそう思っていたんだから、変わらないんじゃないかな?」 「そうか。 母さんとのことがなかったら、華からもっと早く好きだと言ってくれることはなかった?」「ないと思う。 少なくとも司法試験が終わるまでは、侑斗の気持ちを乱すようなことを私は言わなかったと思う。 だっていつの間にか、侑斗が弁護士になることは、私の夢にもなっていたの。 プレッシャーになるから、言わなかったけれど。」「なるほどな。」「うん。 結局、私達が私達である以上、変わらないよ。」 二人はお互いを思いあって、距離を置いていた。 だから、繰り返してみても同じ結果になる。 侑斗は小さくため息をつき、少し沈んだ声で続けた。「俺はさ、華が変な男と付き合うの我慢して見て来たし、華が大学に通い始めた頃、距離を取られて辛かった。 もし、母さんとのことが無ければ、それがなかったかもしれないと思ったんだ。」「それは、ごめん。 でも私は、侑斗と付き合えると思ってなかったから、違う人を探そうとしていたし、その後も侑斗に彼女がいるなら、甘えたらダメだと思って、大学の勉強に一人で集中していたの。」「そうか。」「お互いに好きな気持ちを言わないでいたから、両思いだって知らなかった。 でも、伝えたことで勉強に集中できないで、侑斗の司法試験が長引くのを二人は望んでいないから、これで良かったんだよ。 後半は私が誤解して、一人で頑張りたいと思っちゃったから、それはごめんだけど。」「そうだな。 もっと一緒にいたかったけれど、何年も試験を受け続けることを考えたら、これで良かったんだろうな。」「うん、私は努力して弁護士にな
侑斗の助けもあって通信制の大学を無事卒業した私は、ついに侑斗と付き合っていることをお互いの親に報告することになった。 もちろん、結婚を見据えてである。 大学を履修した今なら、きっと侑斗のご両親も、お付き合いを認めてくれるはず。 そう思いながらも、子供の頃に味わった「侑斗を遊びに誘わないで。」と言われて抱いた気持ちは、今でも胸に消えない棘のように残っている。 それを私はまだ、侑斗に打ち明けられずにいた。 だから、隣で両親に祝福してもらうつもりで浮かれている侑斗に、この思いをどう説明していいかわからない。「ほら、そんなに緊張するな。 華のことはうちの両親だって、よくわかっているんだから、喜んでくれるさ。」「そうかな? 不安だよー。」 侑斗の実家へ行く道すがら、落ち着かない私を見て、彼はくしゃりとはにかんだ。「俺と結婚したいって、不安そうにしてる華すごく可愛いよ。 大好き。」 そう私の耳元で囁いて、侑斗は道の真ん中で、頰に素早くキスをする。「もう、侑斗、私真剣に悩んでいるのに。」「そう思うならさ、ウチの両親の前で、俺のことを好きで好きでたまらないって言って、抱きついて。 そしたら親も、反対するのがアホらしくなるだろ?」「ふふ、確かにそこまで言い切る二人に、ダメなんて言っても無駄だと思うかも。」「だろ? 俺もそれ以上の熱量で返すからさ。」「わかった。 反対されたらやってみる。 でも、私の親の前では侑斗がやるんだからね。」「おう。 受けて立つ。」「ふふ、私の母は反対しそうもないわ。」 見つめあった二人は、クスクスと笑い合う。 周りから「あの二人はバカップルだ。」と思われたら、呆れてもう誰も止めようなんて思わないよね。 一生に一度くらい恥ずかしくても、お互いに好きなんだから、夢中で想いを伝え合ってもいい。 二人が同じタイミングで、恥ずかしいを通り越して好きなことって、長い人生でもそんなにないことだと思うんだ。 だったら、もういい。 侑斗の浮かれた気分が伝染して、私の心もフワフワとしてきた。 彼に導かれ、弾むような足取りで、実家にお邪魔する。「ただいま、母さん、華を連れて来た。」 侑斗は私と手を繋いだまま居間のソファに座る。「あら、おかえり。 華ちゃんも久しぶりね。」 笑顔を向ける侑斗の母は、以前と変わ
数日後から、侑斗は私の部屋に通い、勉強を教えてくれるようになった。 私はテキストを広げ、隣に座る彼にずっと悩んでいた問題を相談する。「ここ、どうしてもわからないの…。」「どれどれ。」 小声でつぶやくと、法律の専門書を読んでいた彼が体を傾け、肩と肩がかすかに触れる距離まで近づいてきた。 侑斗の指先がテキストに触れるたび、思い出す。 ああ私、ずっと彼の手の形が好きだったな。 少しごつごつしているのに、器用そうな指。 きっと私、たくさんの手の模型があったとしても、侑斗の手を探し出すことができる。 ふふ。 そんな能力があっても、使えるところなんてないのにね。「この言葉の指す場所がわかると、答えが導き出せるんだ。」 解説を話す彼の声が響き、無心で聞き入ってしまう。 私、侑斗の声も好き。 低く響く声は私を離さず、ずっと聞いていたいと思わせる。 せっかく教えてくれているんだから、内容を頭に入れようと思っても、今度は温かい香りが私に届き、体が自然に彼の方へ引き寄せられ、抱きつきたくなる手を止めることすら難しい。 ダメだ。 侑斗のことが気になって、内容が全然入って来ない。「…もう一回、教えてくれる?」 彼の手も声もすべてが、私を勉強に集中させてくれない。 教えてくれているのに明らかに違うことを考えているのが恥ずかしく、赤くなった顔をそらす私を見て、彼が手を伸ばし、私の手にそっと触れる。 二人の指が絡み合い、静かにその繋がった手をお互いに見つめる。 すると、肩が触れる距離で、彼の視線が熱く私を見つめてきた。 それを受けて、私も彼を見つめ返す。「そんな顔で見つめられたら、勉強に集中しろって、怒れない。 好きだよ、華。 大学を卒業してなくても、付き合おう。 好きって言い合うだけじゃ俺、満足できないし、待てない。 ちゃんと卒業するまでフォローするから。」「…うん、本当は私も早く付き合いたい。 でも、親に伝えるのは、卒業してからでもいい?」「うん、華がそうしたいなら。」「うん、だったらいいよ。」「よし、じゃあ今から、俺達は恋人同士だぞ。」「わかったわ。」「はー、今すぐイチャイチャしたいけど、約束したし、とりあえず先に勉強しちゃおう。 それまで、恋人モードはおあずけ。 だから華もニヤニヤすんな。 そのかわり、終わった
ボクサーラーメンのカウンターで、久しぶりのラーメンを味わう。 湯気の向こうにもやしとチャーシュー、黄金色のスープがふわりと香る。 濃厚な味噌の香ばしさが心にじんわりと染みていく。 そう言えば、侑斗以外とここのラーメンを食べに来たことは、なかった。 私達二人はずっと「味噌派」だけど、普段は相手に合わせて、別のも食べる。「やっぱりここのラーメンは最高だな。」「一人でも食べに来てた?」「ないなあ、ラーメンは好きなんだけど。 ここって華と来るイメージ。」「わかる。 私もなんとなくそう思ってた。」「あのさぁ、疑問なんだけど、何でよりにもよって、森田とかき氷ばかり食べに行ってたわけ? 刑事に言われて、俺も不思議だった。」「えっ、だって森田君とはとにかく意見が合わなくて、白熱して議論してると暑くて喉が渇くから、帰りにティラミスかき氷が食べたくなるんだよね。 そしたら、たまたま森田君もかき氷好きだって言うから、課題の後はかき氷が定番だったの。 それが、どうかした?」「いや、華が知るわけないしいいんだけど、ティラミスかき氷は俺も食べたい。」「えっ、侑斗もかき氷好き? じゃあ、一緒に食べに行こうよ。 彼女いないならいいよね。 確認だけど、私が行きたいかき氷屋さんって、混んでるけど、並んでも食べたい人?」「華と一緒なら、並んでもいい。」「えー、楽しみ。 じゃあ、どこにするか、調べておくね。」 私がかき氷のお店を思い浮かべて、一緒に行きたいところを考えていると、侑斗がフッと笑った。「華は相変わらずだな。」「えっ?」「さっきまで容疑者として留置所にいて、ぐったりしていたのに、もう意識が先に向いてる、本当呑気。 でも、そこが可愛い。」 そう言って、侑斗は私を笑顔で見つめる。「えっ、侑斗に可愛いって言われたの初めてかも。」 急な侑斗の褒め言葉に、驚きつつもニヤけてしまう。「いつも思ってたよ。 でも、そんなことを言う資格はまだ俺にはないと思って、言わなかっただけ。 司法試験通る前は、口が裂けても言えなかったし…。 でも、もういいよな。 俺、ちゃんと弁護士になったし。 華は今、彼氏いないんだろ?」「まぁ、そうだけど…。」 とは言え私は、相変わらず理想の自分になれていないため、言い淀む。「何? 俺とはやっぱり距離置き
「久しぶり。」 警察署の接見室に入って来た侑斗を見つめた瞬間、華は堪えきれず俯いた。 次に会う時は、大卒になったと胸をはれる自分でいたかったのに、よりによってこんな場所で会うなんて。 理想とかけ離れた再会に、胸が締めつけられる。 あれから必死に努力して、勉強を重ねてきたのに、どうして私はいつもこうなるのだろう。 ガラス越しの侑斗は、スーツ姿で相変わらず眩しいくらいに爽やかそのものなのに、私は疲れ果てた顔で、シワだらけの服を着ている。 どうあがいても、二人が生きる世界は、こんなにも遠いということだろうか?「侑斗…。」「どうしてすぐに連絡しなかった?」 侑斗は受話器を持ったまま椅子から立ち上がり、ガラス越しに真剣な目で問いかける。「…侑斗に知られたくなかった。」「何で?」「だって…。 こんな姿…見せたくない。」「そんなことを言っている場合じゃないだろ。 俺は真っ先に華に頼って欲しかったよ。 俺達友達だし幼馴染だろ?」「うん。 そうだけど…、迷惑かけちゃうし。」「こんな時のための俺じゃないのか? 琴音が俺に助けを求めてきて、やっと知ったんだ。 とにかくここからすぐに出してやるからな。 安心しろ。」「私が悪いことしたかもって、疑わないの?」「当たり前だろ。 華が犯罪なんて犯すはずがない。」 彼は迷いなく言い切った。「侑斗…。 でも私、何か間違ったことをしちゃったのかも。」「大丈夫だ。 華は何も悪くない。 ここまで一人でよく頑張ったな。」「…。」 連日の取り調べで、自分の行いに自信がなくなっていた私は、その一言で張り詰めていた緊張が解け、目に涙が滲む。 私が容疑者として捕まっていても、侑斗は一瞬でも疑わないんだね。 どんな時でも私の味方になってくれる人。 彼の顔を見るだけで、こんなに安心するなんて。「華には俺がついてる。 だから、何も心配しなくていい。 俺の言うことだけ信じるんだ。 できるよな?」「うん。」「先に申立書を提出してある。 受理されたらすぐに連れて帰るから。」「ごめん。」「謝らなくていい。 俺は華を助けるんだろ? 子供の頃、決めたじゃないか。 だから、勉強頑張って、ちゃんと弁護士になったんだ。」「それ、まだ覚えてたの?」「当たり前だ。 俺達、約束したよな。」「
侑斗には結婚を前提とした女性がいる。 華はそう諦めつつも、一年後には仕事を続けつつ通信大学の過程をこなしていた。 いつか彼と再び会えたら、大卒の自分でありたい。 そんな、小さな夢を抱いている。 その時はきっと、自分を卑下せずに胸を張っていれると思うのだ。 ある日の夜、通信大学のSNSグループで知り合った仲間六人は、その内の一人である大森君宅に集まり、手巻き寿司パーティーをしていた。「課題が期日内に終わったことに乾杯。」「みんなで一緒にやれて良かった。 一人だったら、間に合った自信ないわ。」「大森君の活躍が大きかったよね。」 何度か一緒の課題に取り組んでいる内に親しくなり、飲み会を開く気心の知れた仲間だった。「はぁー、もうお腹いっぱい。」「こんなに食べたの久しぶり。」 それぞれに好きなネタで散々手巻き寿司を食べて、お腹も満腹になった頃、突然、アパートの玄関のベルがなり、夜遅くの訪問の知らせに首を傾げながら、大森君はドアを開けた。「こんな時間に誰だよ。」「大森だな。」「そうだけど。 どちらさん?」「薬物所持の疑いで逮捕状が出ている。 22:32家宅捜査を開始する。」 ドアの先にいたのは、眼光鋭い刑事達だった。「ちょっと待ってくれ。 今、人が来てるんだ。」「その者達にも用がある。」「関係ないって!」 だが、大森君の静止は叶わず、突然、八畳の小さな部屋に五人もの刑事達が、一斉に押し入って来た。 八畳の部屋は瞬く間に人であふれ、私たちはただ呆然とするしかなかった。「全員そのまま動くなよ。」「離せ!」 大森君は取り押さえようとした刑事を振り解こうと暴れるが、すぐに拘束されてしまう。「大森、暴れるな。」「くそっ。」「他の者達も大人しく従わないと、手錠をかけるからな。」 そう言って、刑事達は私達の動きを、完璧に封じる。 これが現実に起きているのが信じられない私達は、互いに目を見開き、固唾を飲んで、成り行きを見守るしかなかった。「よし、そのままだ。」 動けない私達を尻目に、刑事達は素早い動作で、それぞれに部屋中のありとあらゆる場所を捜査していく。「ねぇ、私達この先どうなるの?」 隣に座る小池さんが小声でつぶやく。「わからない。」 私も小声で返す。 こんな経験はもちろんないし、薬物だなんてテレビでしか