「それでどうだった?」
華は、友人の清水琴音(しみずことね)と食事に来ていた。
琴音は、つき合っていた彼氏が女性と同棲していると教えてくれた親友である。 だから、お礼を込めた報告に来ていた。「琴音の言う通りだったよ。
マンションから女性と出て来て、散々酷いことを言った挙句、一方的に私を捨てたの。」「何それ?
やっぱり浮気してたんだね。 そのくせ、自分から別れようとするだなんて勝手じゃない?」「うん、それに私、完全に騙されてた。
ちょっとした浮気ならまだしも、二股だよ、本当に腹が立つ。 しかも、相手の女性にもバカにされて、悔しかった。」「酷いね。
彼って、そんな男だったっけ?」「そうなの。
付き合っていた時は全然そう見えなくて、琴音に教えてもらうまでは信じきっていたし。」「そうだよね。
だから、私も聞いた時、半信半疑だったんだ。 でも、もし騙されてたら困ると思って、華に伝えたの。」「ありがとね。
このまま知らないでいたら、もっと酷いことになってた。」「かろうじて、それだけは防げたね。」
「うん、辛かったけど、これで良かったのかも。
でもね、悔しいことに本人を目の前にすると色々言いたいことがあったのに、悲しくて言い返す言葉が思うように出ないの。」「そうか、うーん、それはごめん。
一緒に行ってあげれば良かったね。」「ありがとう。
でもいいよ、ゴタゴタに巻き込みたくないから。 こうして話を聞いてくれてるだけで嬉しいし。」「そっか、話ならいくらでも聞くからね。」
「ありがとう。」
二人にとってお馴染みのイタリアンレストランで、濃厚なカルボナーラを食べながら会話は続いていく。
「華、ピザどのくらい食べる?」
「四分の一でいい。
あんまり食欲ないんだ。」「そりゃね、結婚ダメになったら、食欲もなくなるよね。」
「うん。」
「で、式場どうするの?
予約してたよね?」「それがね、キャンセル料が百五十万かかるってわかったの。
彼が私も悪いから、半分払えって言ってきて、結婚もできないのに、酷いでしょ。」「えっ、それ言われたままに払うの?」
「そこはね、侑斗が婚約破棄の慰謝料請求で、何とかしてくれるって言ってるんだけど。」
「その名前久々に聞いた。
へー、ついに弁護士になったんだ。 侑斗元気?」「うん、この前会ったんだけど、元気そうだった。
弁護士として頑張っているみたい。」「へー、やっぱりエリートは違うわ。
確かお父さん法律事務所やってたんだよね?」「そう、それで侑斗は小さな頃から、弁護士になるために頑張って来たんだ。
本当に偉いよ。」「その彼と別れたなら、侑斗と付き合っちゃえば?
なんだかんだ仲良いんだから。」「うん、でも侑斗はね、エリート家系だから、ちゃんとしたお嬢さんと結婚すると思う。」
「何それ?」
「華だって、ちゃんとしてるじゃない。」
「私なんて、女として見てないと思う。」
そう思えるほどに、侑斗は学生のころから群を抜いて聡明だった。
知識に優れているだけではなく、物事を筋道立てて考える冷静さと、他人のために行動できる正義感を持ち合わせている。思い返せば小学四年の夏、私の両親が離婚し片親になり、それまで通っていた私立の小学校から、公立の小学校へ転校し、それ以来、侑斗とは別々の学校に通うことになった。
それでも彼は、私を心配してかはわからないけれど、時々母と暮らす小さなアパートを訪ねてくれて、一緒にゲームしたり、流行りの音楽を聞いたりして、過ごしていた。
一緒にいるだけで特に何も聞いて来なかったけれど、その言葉にしない優しさが嬉しかった。
当時なかなか新しい学校に馴染めず孤独を感じつつも、母にこれ以上心配かけたくなくて、その気持ちは誰にも打ち明けられなかった。
だからこそ、変わらない関係でいてくれた侑斗の存在に救われたような気がしていたのだ。
一方で、母に申し訳なくて、浮気をした父にはそれ以来会っていない。
その後、「弁護士になりたい。」と侑斗の口から聞いた時には、これ以上彼に合う職業はないと思い、私も応援することにした。
いつも忙しく勉強する彼と遊べるのは極わずかだが、ずっと二人の友情は変わらなかった。
実は琴音に言ってないけれど、子供の頃、侑斗のお母さんに「あまり遊びに誘わないで。」と言われたことがある。
侑斗は勉強が大事で塾にも通っていたし、幼馴染とは言え、住む世界が違うのだと思った。
その家庭ごとに考え方は違って、友人の家族関係や家柄を気にしない人達もいるが、厳しいところもある。
多分、侑斗の家は後者なのだろう。だから私は、子供の頃から彼と深く関わることを諦めようと思い続けている。
本当は彼がいれば他に誰もいらないけど、彼は手に入らないから、違う誰かを見つけようとしているのだ。
だってそれでも、幸せになりたいから。「華?」
その時、聞き覚えのある声に、私はピザを頬張る手を止めた。
「あっ、小川先輩、お久しぶりです。」
振り返ると、そこに立っていたのは、バイト先でお世話になった小川理人(おがわりひと)先輩だった。
数年前、彼が海外赴任になって以来、自然と連絡が途絶えていた。
小川先輩は少し驚いたように目を見開いた後、すぐに笑みを浮かべた。
以前と変わらぬ、あたたかくもどこか陰のある笑顔。あー、この人の謎めいた雰囲気が好きだった。
「今、こっちに住んでいるんだ。
今度、連絡してもいい?」「はい。」
だって今、洗練されたスーツ姿の彼にちょっとだけときめいたから。
「じゃあ、明日にでも連絡するよ。」
「はい。」
そう答えると、小川先輩は仕事仲間達と共に去って行った。
「ちょっと!
今の人って、華が憧れていたバイトの先輩だよね。」「…うん、そう。」
小川先輩に気を取られ、琴音の問いかけに若干上の空で答える。
「えー、失恋したばかりなのに、もう恋の予感?
ほんと華って、すぐ新しい男ができるよね。」「いや、まだわからないよ。」
口ではそう言いながら、小川先輩と再び会えるかもしれないと思うと、思わず頬が緩んでしまう。
そしてその後、小川先輩と何度か連絡を取り合った私は、早速彼と会うことになった。外資系の企業で働く彼は、とてもリッチで、多忙。
オーダーメイドのスーツに引き締まった表情、私は再び恋に落ち、付き合うことになった。週に一度くらい、高級フレンチや寿司屋、お洒落なバーなどに連れて行ってくれて、私は彼に見合うようにワンピースを選び、身だしなみに気を配った。
そして、夜は決まって、夜景の見える素敵なホテルに連れて行ってくれる。
窓の外には東京の夜景がまるで宝石のようにきらめいていた。「わあ…素敵、理人さん。」
思わず漏れた私の声に、彼が横で微笑む。
「気に入った?」
私は静かに頷いた。
「いつもありがとう。」
「華が喜んでくれるなら、僕も嬉しいよ。
フルーツを頼んでおいたから、口直しに一緒に食べよう。」「うん。」
そう答えると、彼が綺麗にカットされたフルーツをフォークに刺して、差し出した。
「ほら、あーん。」
私は素直に口を開ける。
甘酸っぱい果汁が、口に広がる。 理人さんはいつも、こうして世話を焼きたがるのだ。「美味しい。」
「華は本当に可愛い。
いくらでも食べさせてやりたいよ。」「ふふ、嬉しい。」
その時、ふと、彼がそっと私の手を取り目を見つめる。
「僕達一度は離れてしまったけれど、また会えたのは、運命だよね。
華、好きだよ、結婚しよう。」「はい。」
彼の告白に胸が熱くなる。
言葉を探す前に、頷いていた。 理人さんの胸に抱かれ、今度こそ幸せになろうと決心する。長い間、胸につかえていた棘が取れて、スッキリとした華とは裏腹に、帰りの電車の中からずっと、侑斗は無口なままだった。 今日の出来事は、侑斗にとっては初めて知った事実だから、心の整理がつくまで時間が必要だと、私はあえて話題にしなかった。 家に帰ってから夕食を終えて、ソファで寛いでいると、彼が口を開いた。「華、もしもだけど、さっきの話がなかったら、俺の司法試験があったとしても、もっと俺達は一緒にいれた?」「好きな気持ちをお互いに言えたら、一緒にいたと思う。 でも、侑斗は司法試験が終わるまでは、気持ちを口にしなかったよね? 私も本当は大学を卒業してから付き合いたかったし。 二人はそう思っていたんだから、変わらないんじゃないかな?」 「そうか。 母さんとのことがなかったら、華からもっと早く好きだと言ってくれることはなかった?」「ないと思う。 少なくとも司法試験が終わるまでは、侑斗の気持ちを乱すようなことを私は言わなかったと思う。 だっていつの間にか、侑斗が弁護士になることは、私の夢にもなっていたの。 プレッシャーになるから、言わなかったけれど。」「なるほどな。」「うん。 結局、私達が私達である以上、変わらないよ。」 二人はお互いを思いあって、距離を置いていた。 だから、繰り返してみても同じ結果になる。 侑斗は小さくため息をつき、少し沈んだ声で続けた。「俺はさ、華が変な男と付き合うの我慢して見て来たし、華が大学に通い始めた頃、距離を取られて辛かった。 もし、母さんとのことが無ければ、それがなかったかもしれないと思ったんだ。」「それは、ごめん。 でも私は、侑斗と付き合えると思ってなかったから、違う人を探そうとしていたし、その後も侑斗に彼女がいるなら、甘えたらダメだと思って、大学の勉強に一人で集中していたの。」「そうか。」「お互いに好きな気持ちを言わないでいたから、両思いだって知らなかった。 でも、伝えたことで勉強に集中できないで、侑斗の司法試験が長引くのを二人は望んでいないから、これで良かったんだよ。 後半は私が誤解して、一人で頑張りたいと思っちゃったから、それはごめんだけど。」「そうだな。 もっと一緒にいたかったけれど、何年も試験を受け続けることを考えたら、これで良かったんだろうな。」「うん、私は努力して弁護士にな
侑斗の助けもあって通信制の大学を無事卒業した私は、ついに侑斗と付き合っていることをお互いの親に報告することになった。 もちろん、結婚を見据えてである。 大学を履修した今なら、きっと侑斗のご両親も、お付き合いを認めてくれるはず。 そう思いながらも、子供の頃に味わった「侑斗を遊びに誘わないで。」と言われて抱いた気持ちは、今でも胸に消えない棘のように残っている。 それを私はまだ、侑斗に打ち明けられずにいた。 だから、隣で両親に祝福してもらうつもりで浮かれている侑斗に、この思いをどう説明していいかわからない。「ほら、そんなに緊張するな。 華のことはうちの両親だって、よくわかっているんだから、喜んでくれるさ。」「そうかな? 不安だよー。」 侑斗の実家へ行く道すがら、落ち着かない私を見て、彼はくしゃりとはにかんだ。「俺と結婚したいって、不安そうにしてる華すごく可愛いよ。 大好き。」 そう私の耳元で囁いて、侑斗は道の真ん中で、頰に素早くキスをする。「もう、侑斗、私真剣に悩んでいるのに。」「そう思うならさ、ウチの両親の前で、俺のことを好きで好きでたまらないって言って、抱きついて。 そしたら親も、反対するのがアホらしくなるだろ?」「ふふ、確かにそこまで言い切る二人に、ダメなんて言っても無駄だと思うかも。」「だろ? 俺もそれ以上の熱量で返すからさ。」「わかった。 反対されたらやってみる。 でも、私の親の前では侑斗がやるんだからね。」「おう。 受けて立つ。」「ふふ、私の母は反対しそうもないわ。」 見つめあった二人は、クスクスと笑い合う。 周りから「あの二人はバカップルだ。」と思われたら、呆れてもう誰も止めようなんて思わないよね。 一生に一度くらい恥ずかしくても、お互いに好きなんだから、夢中で想いを伝え合ってもいい。 二人が同じタイミングで、恥ずかしいを通り越して好きなことって、長い人生でもそんなにないことだと思うんだ。 だったら、もういい。 侑斗の浮かれた気分が伝染して、私の心もフワフワとしてきた。 彼に導かれ、弾むような足取りで、実家にお邪魔する。「ただいま、母さん、華を連れて来た。」 侑斗は私と手を繋いだまま居間のソファに座る。「あら、おかえり。 華ちゃんも久しぶりね。」 笑顔を向ける侑斗の母は、以前と変わ
数日後から、侑斗は私の部屋に通い、勉強を教えてくれるようになった。 私はテキストを広げ、隣に座る彼にずっと悩んでいた問題を相談する。「ここ、どうしてもわからないの…。」「どれどれ。」 小声でつぶやくと、法律の専門書を読んでいた彼が体を傾け、肩と肩がかすかに触れる距離まで近づいてきた。 侑斗の指先がテキストに触れるたび、思い出す。 ああ私、ずっと彼の手の形が好きだったな。 少しごつごつしているのに、器用そうな指。 きっと私、たくさんの手の模型があったとしても、侑斗の手を探し出すことができる。 ふふ。 そんな能力があっても、使えるところなんてないのにね。「この言葉の指す場所がわかると、答えが導き出せるんだ。」 解説を話す彼の声が響き、無心で聞き入ってしまう。 私、侑斗の声も好き。 低く響く声は私を離さず、ずっと聞いていたいと思わせる。 せっかく教えてくれているんだから、内容を頭に入れようと思っても、今度は温かい香りが私に届き、体が自然に彼の方へ引き寄せられ、抱きつきたくなる手を止めることすら難しい。 ダメだ。 侑斗のことが気になって、内容が全然入って来ない。「…もう一回、教えてくれる?」 彼の手も声もすべてが、私を勉強に集中させてくれない。 教えてくれているのに明らかに違うことを考えているのが恥ずかしく、赤くなった顔をそらす私を見て、彼が手を伸ばし、私の手にそっと触れる。 二人の指が絡み合い、静かにその繋がった手をお互いに見つめる。 すると、肩が触れる距離で、彼の視線が熱く私を見つめてきた。 それを受けて、私も彼を見つめ返す。「そんな顔で見つめられたら、勉強に集中しろって、怒れない。 好きだよ、華。 大学を卒業してなくても、付き合おう。 好きって言い合うだけじゃ俺、満足できないし、待てない。 ちゃんと卒業するまでフォローするから。」「…うん、本当は私も早く付き合いたい。 でも、親に伝えるのは、卒業してからでもいい?」「うん、華がそうしたいなら。」「うん、だったらいいよ。」「よし、じゃあ今から、俺達は恋人同士だぞ。」「わかったわ。」「はー、今すぐイチャイチャしたいけど、約束したし、とりあえず先に勉強しちゃおう。 それまで、恋人モードはおあずけ。 だから華もニヤニヤすんな。 そのかわり、終わった
ボクサーラーメンのカウンターで、久しぶりのラーメンを味わう。 湯気の向こうにもやしとチャーシュー、黄金色のスープがふわりと香る。 濃厚な味噌の香ばしさが心にじんわりと染みていく。 そう言えば、侑斗以外とここのラーメンを食べに来たことは、なかった。 私達二人はずっと「味噌派」だけど、普段は相手に合わせて、別のも食べる。「やっぱりここのラーメンは最高だな。」「一人でも食べに来てた?」「ないなあ、ラーメンは好きなんだけど。 ここって華と来るイメージ。」「わかる。 私もなんとなくそう思ってた。」「あのさぁ、疑問なんだけど、何でよりにもよって、森田とかき氷ばかり食べに行ってたわけ? 刑事に言われて、俺も不思議だった。」「えっ、だって森田君とはとにかく意見が合わなくて、白熱して議論してると暑くて喉が渇くから、帰りにティラミスかき氷が食べたくなるんだよね。 そしたら、たまたま森田君もかき氷好きだって言うから、課題の後はかき氷が定番だったの。 それが、どうかした?」「いや、華が知るわけないしいいんだけど、ティラミスかき氷は俺も食べたい。」「えっ、侑斗もかき氷好き? じゃあ、一緒に食べに行こうよ。 彼女いないならいいよね。 確認だけど、私が行きたいかき氷屋さんって、混んでるけど、並んでも食べたい人?」「華と一緒なら、並んでもいい。」「えー、楽しみ。 じゃあ、どこにするか、調べておくね。」 私がかき氷のお店を思い浮かべて、一緒に行きたいところを考えていると、侑斗がフッと笑った。「華は相変わらずだな。」「えっ?」「さっきまで容疑者として留置所にいて、ぐったりしていたのに、もう意識が先に向いてる、本当呑気。 でも、そこが可愛い。」 そう言って、侑斗は私を笑顔で見つめる。「えっ、侑斗に可愛いって言われたの初めてかも。」 急な侑斗の褒め言葉に、驚きつつもニヤけてしまう。「いつも思ってたよ。 でも、そんなことを言う資格はまだ俺にはないと思って、言わなかっただけ。 司法試験通る前は、口が裂けても言えなかったし…。 でも、もういいよな。 俺、ちゃんと弁護士になったし。 華は今、彼氏いないんだろ?」「まぁ、そうだけど…。」 とは言え私は、相変わらず理想の自分になれていないため、言い淀む。「何? 俺とはやっぱり距離置き
「久しぶり。」 警察署の接見室に入って来た侑斗を見つめた瞬間、華は堪えきれず俯いた。 次に会う時は、大卒になったと胸をはれる自分でいたかったのに、よりによってこんな場所で会うなんて。 理想とかけ離れた再会に、胸が締めつけられる。 あれから必死に努力して、勉強を重ねてきたのに、どうして私はいつもこうなるのだろう。 ガラス越しの侑斗は、スーツ姿で相変わらず眩しいくらいに爽やかそのものなのに、私は疲れ果てた顔で、シワだらけの服を着ている。 どうあがいても、二人が生きる世界は、こんなにも遠いということだろうか?「侑斗…。」「どうしてすぐに連絡しなかった?」 侑斗は受話器を持ったまま椅子から立ち上がり、ガラス越しに真剣な目で問いかける。「…侑斗に知られたくなかった。」「何で?」「だって…。 こんな姿…見せたくない。」「そんなことを言っている場合じゃないだろ。 俺は真っ先に華に頼って欲しかったよ。 俺達友達だし幼馴染だろ?」「うん。 そうだけど…、迷惑かけちゃうし。」「こんな時のための俺じゃないのか? 琴音が俺に助けを求めてきて、やっと知ったんだ。 とにかくここからすぐに出してやるからな。 安心しろ。」「私が悪いことしたかもって、疑わないの?」「当たり前だろ。 華が犯罪なんて犯すはずがない。」 彼は迷いなく言い切った。「侑斗…。 でも私、何か間違ったことをしちゃったのかも。」「大丈夫だ。 華は何も悪くない。 ここまで一人でよく頑張ったな。」「…。」 連日の取り調べで、自分の行いに自信がなくなっていた私は、その一言で張り詰めていた緊張が解け、目に涙が滲む。 私が容疑者として捕まっていても、侑斗は一瞬でも疑わないんだね。 どんな時でも私の味方になってくれる人。 彼の顔を見るだけで、こんなに安心するなんて。「華には俺がついてる。 だから、何も心配しなくていい。 俺の言うことだけ信じるんだ。 できるよな?」「うん。」「先に申立書を提出してある。 受理されたらすぐに連れて帰るから。」「ごめん。」「謝らなくていい。 俺は華を助けるんだろ? 子供の頃、決めたじゃないか。 だから、勉強頑張って、ちゃんと弁護士になったんだ。」「それ、まだ覚えてたの?」「当たり前だ。 俺達、約束したよな。」「
侑斗には結婚を前提とした女性がいる。 華はそう諦めつつも、一年後には仕事を続けつつ通信大学の過程をこなしていた。 いつか彼と再び会えたら、大卒の自分でありたい。 そんな、小さな夢を抱いている。 その時はきっと、自分を卑下せずに胸を張っていれると思うのだ。 ある日の夜、通信大学のSNSグループで知り合った仲間六人は、その内の一人である大森君宅に集まり、手巻き寿司パーティーをしていた。「課題が期日内に終わったことに乾杯。」「みんなで一緒にやれて良かった。 一人だったら、間に合った自信ないわ。」「大森君の活躍が大きかったよね。」 何度か一緒の課題に取り組んでいる内に親しくなり、飲み会を開く気心の知れた仲間だった。「はぁー、もうお腹いっぱい。」「こんなに食べたの久しぶり。」 それぞれに好きなネタで散々手巻き寿司を食べて、お腹も満腹になった頃、突然、アパートの玄関のベルがなり、夜遅くの訪問の知らせに首を傾げながら、大森君はドアを開けた。「こんな時間に誰だよ。」「大森だな。」「そうだけど。 どちらさん?」「薬物所持の疑いで逮捕状が出ている。 22:32家宅捜査を開始する。」 ドアの先にいたのは、眼光鋭い刑事達だった。「ちょっと待ってくれ。 今、人が来てるんだ。」「その者達にも用がある。」「関係ないって!」 だが、大森君の静止は叶わず、突然、八畳の小さな部屋に五人もの刑事達が、一斉に押し入って来た。 八畳の部屋は瞬く間に人であふれ、私たちはただ呆然とするしかなかった。「全員そのまま動くなよ。」「離せ!」 大森君は取り押さえようとした刑事を振り解こうと暴れるが、すぐに拘束されてしまう。「大森、暴れるな。」「くそっ。」「他の者達も大人しく従わないと、手錠をかけるからな。」 そう言って、刑事達は私達の動きを、完璧に封じる。 これが現実に起きているのが信じられない私達は、互いに目を見開き、固唾を飲んで、成り行きを見守るしかなかった。「よし、そのままだ。」 動けない私達を尻目に、刑事達は素早い動作で、それぞれに部屋中のありとあらゆる場所を捜査していく。「ねぇ、私達この先どうなるの?」 隣に座る小池さんが小声でつぶやく。「わからない。」 私も小声で返す。 こんな経験はもちろんないし、薬物だなんてテレビでしか