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第5話

Author: アイスクリーム
もう少しで結月の家に到着するという時に、寛人から運転手に電話がかかってきた。

結月は人の通話内容を盗み聞きする習慣はないから、顔の向きを変えて、聞かないようにしていた。

しかし、寛人の声はあまりにも焦っているようで、避けようにも避けられず結月の耳に届いた。

澪が急に胃が痛くなったから、今すぐ澪を病院に送れと寛人は運転手に命令していた。

運転手は結月を一瞥して、恐る恐る言った。「でも、若奥様は今日ショックを受けられたそうで、先に若奥様を家まで送るように奥様に言いつけられておりますが」

結月は少し眉をひそめた。

寛人との婚約が決まったこの数年間、時任家の人はみんな結月を若奥様と呼ぶように命令されていた。

結月は恥ずかしくてそう呼ばないで欲しかった。

しかし寛人は眉を吊り上げて、結月への愛を隠さなかった。「俺は絶対に結月と結婚するよ。結月と結婚できなかったら、死んだほうがましだよ」

しかし今、彼は冷たい声で運転手を叱っている。「お前は時任家の運転手だ。よその人間なんてかまうな」

結月はバッグのショルダーを握りしめる手が白くなるほど力を込めた。

よその人間ね。

今の自分、よその人間になっている。

結月は運転手を困らせたくないから、自分を路肩に降ろしてと伝えた。

寛人がうるさく催促したせいだろう。運転手は一秒だけ躊躇して、すぐ結月を降ろすと、また車を出して去っていった。

結月は路肩に沿ってゆっくり歩いた。

今夜少し酒を飲んだから、薫の前の誕生日のことが思い出された。

みんなが一緒に囲んで座って、結月が寛人と結婚したらどんなふうになるだろうか、どんな子供が生まれるだろうかと、結月をからかっていた。

あの日あまりにも楽しかったからか、結月は酒をたくさん飲んだ。そして夜中に胃が痛くなってのたうち回っていた。

あの日運転手はちょうど休みだった。天気も悪いから、タクシーも拾えなかった。寛人もちょうど車を運転するのを家から禁止されていたから、家族に心配されないように、彼は結月を背負って病院に行った。

一年後の今、寛人は澪のために、結月を道端に捨てられるようになっていた。

結月は鼻をすすって、マフラーをもっときつく巻いた。

結月が家に着いたとき、体は凍るほどかじかんでいた。

結月はドアを開けようとしたが、ふと誰かに目を隠された。そして少し笑っているような声で聞かれた。「だーれだ?」

結月は今にも叫び出したい衝動をぐっと堪えて、目を覆う手を引き離した。

自分に合わせる気がない冷静な結月を見て、寛人は眉をひそめた。そして浮いている手をゆっくりおろして、ポケットから小さい箱を取り出した。「落し物があったから、どうしても俺に届けろって母さんが言ってな。一体なんなんだ?」

そう言って、彼は箱を繰り返し確認してみたが、それが何か特別なもののようには見えないから、寛人は箱を開けようとした。

この箱は、結月の母親である伊東芙美(いとう ふみ)が時任家と交換した婚約の印になるものだった……

その瞬間、結月の目はピクリと痙攣した。そしてすぐに手を伸ばして箱を奪い取った。

すると寛人はもっと強く眉をひそめた。「結月、俺に秘密ができたのか?」

結月は箱をしっかりと握りしめた。掌がその尖った角に当たって痛みを覚えた。

結月と寛人は、お互いに絶対に秘密は持たないと約束していた。

だから二十数年、二人はいつも誠実に向き合い。お互いに何も隠さなかった。

澪が現れて初めて、寛人は結月を騙したのだ。

不愉快な思い出が蘇り、結月は心臓も連動して痛くなるほど、もっとその手に力を入れた。

結月は箱をきちんとしまい込んで、寛人を見つめた。「秘密じゃないわ。でもあなたに教える必要もないでしょ」

何せよ、二人は今何の関係もないのだから。

結月はこれ以上寛人と話すつもりがないから、ドアを開けようとした。

しかし、寛人は咄嗟に結月のバッグを奪い取って、中から箱を取り出した。「必要がない?

どこかの馬の骨が送ったプレゼントか?じゃなけりゃ、何で俺に見せないんだ?」

どうしてか分からないが、結月はその中身を寛人に知られたくなかった。だからつま先立ちをして取り返そうとした。

寛人は結月がこんなふうにするのが好きなようだ。二人がまだ喧嘩していないときに、寛人はよくこうして結月をからかっていた。

結月はこうしているうちに、寛人の懐に飛びかかって、自分に返すように愛嬌をふるまっていた。

寛人は笑みを浮かべた。結月が焦って転ばないように、一本の手を差し伸べて彼女を守った。

しかしうつむいた瞬間、結月の真っ赤になった瞳が彼の視界に飛び込んできた。その瞬間、寛人の笑みが固まった。「俺が見ようとするから、泣いたのか?」

結月は唇をすぼめた。いっそのこと寛人に見せてしまおうか。

寛人が見れば、すぐに結月に返すはずだ。

しかし彼女が口を開き何かを言うまえに、寛人のスマホが鳴った。

ピーと鳴ってすぐ切られて、また鳴って、また切られた。

結月はそれを横目で見た。電話の相手は澪だった。

こうして何度も繰り返して、寛人は焦り出し、彼女に背を向けて去ろうとした。

結月は彼の裾を掴んで、初めて引き留める動きをしてみせた。

寛人は足を止めて、少し驚いて喜んだ。

しかし、スマホがまた鳴り、彼は優しく言った。「澪が電話をたくさんかけてきてる。何かあったのかもしれない。澪は一人で頼れる人がいないんだ。俺は帰ってすぐ……」

結月は彼の話を遮った。「先にそれを返して」

それを聞いた寛人の表情が暗くなった。そして彼はまた何かを言おうとした。

しかし、鳴っては切られる電話に彼は焦っていた。結局何も言わず、無造作に箱を結月に押し付けた。

寛人のその動きが乱暴で、箱が少し開けられた。中からは黄ばんだ紙が出てきて、緩やかに地面に落ちていった。

寛人はそれを適当に一瞥して、すぐに去っていった。

結月は腰をかがめてその婚約証書を拾い上げて、ちぎった。そして結月と寛人の間の記憶とともに全てゴミ箱に捨ててしまった。
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