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第5話

Author: Lovely Pearly
銀狼の紋章を掲げた馬車の車輪が、砂利道の上でようやく止まった。

ルーカスがすかさず外から扉を開け、夕日の光が薄暗い車内へと滑り込んでくる。カイルが先に降りた。

動きは無駄なく、軍靴が地面を踏みしめると、彼はすぐに振り返り、裂けた絹のハンカチが不格好に結ばれた大きな手を車内へと差し伸べた。

車内で、キラナはその手をぼんやりと見つめ、見知らぬ温かさが胸に広がっていく。

原作の中で彼がこんな気遣いを見せたことは一度もなかった。いつものヴァレリアーナなら、夫の手を乱暴に払いのけるか、甲高い声で使用人を呼びつけ、踏み台代わりにして降りていたはずだ。

だが今回は、彼女は違う道を選んだらしい。

キラナは細い手を、カイルの荒れているけれど温かい掌に重ねた。

「ありがとう」

小さく言って馬車を降りた。

カイルは何も答えずただ硬く頷いただけだった。表情は相変わらず、石造りの砦のように強張ったままだ。

だが、キラナの足が完全に前庭の地面を踏んだ瞬間、顔に浮かんでいたわずかな笑みは消え去った。

目の前に広がっていたのは温かく迎えてくれる家ではなく、陰鬱な要塞だった。公爵邸は威圧的にそびえ立ち、古典的なゴシック様式で重厚な黒い石柱を主体とした造りになっている。明るい鉢植えもなければ愛らしい装飾もない。

まるで近づく者すべてを追い払うように、建物そのものが叫んでいるかのようだった。

だが、その陰鬱な建物よりもなお恐ろしいのは、ずらりと並んだ人々の列だった。

正面玄関の前には数十人の使用人が二列に整然と並び、出迎えの通路を作っている。白と黒の制服は寸分の乱れもない。しかし問題は一つだけ、全員が小刻みに震えていたのだ。

女主人の顔を直視すること自体が、命で償わねばならない大罪であるかのように、青ざめた顔を伏せ、自分の靴先を見つめたまま身動きひとつしない。ここに漂う空気は主人を迎える儀式というより、葬列のそれに近かった。

なんてこと。

キラナは背筋が寒くなった。

原作のヴァレリアーナは一体どれほどひどいことをしてきたのだろう。ここは家なのか、それとも牢獄なのか。

カイルの腕に絡めたままキラナは足を踏み出した。

赤いドレスの裾が最前列に立つ若い使用人の脇をかすめると、その少女の肩がびくりと跳ねた。顔が青くなるまで息を殺している。少しでも呼吸の音が大きいだけで鞭打たれるとでも思っているようだった。

ここはまさに冷たい地獄であり、元のヴァレリアーナは、この地を統べる悪魔そのものだったのだ。

「お帰りなさいませ、公爵様、奥様」

列の末端で出迎えたのは、髪を一糸乱れなく撫でつけ、金の鎖のついた眼鏡をかけた中年の男だった。執事長のハンスである。

「湯を用意しろ、ハンス」

カイルは短くそう告げると、キラナに絡められていた腕を離した。

ハンス。

キラナは目を細めた。

小説の中での彼の存在感はひどく曖昧だった。ヴァレリアーナを憎んでいる人物として描かれていたはずだが、最も不可解だったのは、物語の結末でヴァラス家が没落した際、処刑も投獄もされなかった唯一の人物がハンスだったということだ。

彼だけがまるで最初から存在しなかったかのように姿を消していた。

腕に残っていた温もりが一瞬で消え、代わりに得体の知れない喪失感が胸に押し寄せてきた。

二人はフットサルコートが丸ごと入りそうなほど広い大ホールへと足を踏み入れた。黒と白の大理石の床は冷たい光を跳ね返し、火の灯っていないシャンデリアが、部屋を余計に陰気に見せている。

部屋の中央にはY字型に分岐した巨大な階段がそびえていた。右手側はカイルの領域、左手側は彼女の領域だ。

いつもなら、冷戦がここから始まる。カイルは無言のまま右へ折れ、ヴァレリアーナは左へ向かい、自室へ入るなり乱暴に扉を閉める。それが日課だった。

カイルは階段の下で一瞬足を止めた。振り返った彼の顔には、隠しきれない疲労が滲んでいた。

「休んでくれ」

がらんとしたホールに彼の声が響く。

「宮廷であれだけの騒ぎがあったのだから。疲れただろう」

返事を待たず、カイルは右手側へと歩き出した。その広い背中ははっきりとしたメッセージを放っているようだった。夫としての務めは終わった、これ以上は構うな、と。

ルーカスが慌ててその後を追う。使用人たちも、今日は女主人が癇癪を起こさなかったことに安堵したのか、蜘蛛の子を散らすように去っていった。

ハンスがキラナを案内しようとする。

「こちらへ、奥様。お召し替えのお部屋へご案内いたします」

「待って」

その一言で、ホールの空気が一瞬にして凍りついた。

キラナの声は大きくなかったが、確かな芯が通っていた。ハンスはすぐさま口を閉じる。

キラナの翡翠色の瞳は、夫の背中に真っ直ぐ向けられていた。

「カイル!」

もう一度呼ぶ。今度は声を張って。

カイルの足が止まった。ほんの少しその場に固まっていた。もしかしたら背中に花瓶が飛んでこないことを祈っていたのかもしれない。ゆっくりと振り返り、わずかに眉を寄せる。

「まだ何か用か?」

礼儀正しい問いかけだったが、その口調にはわずかな苛立ちが滲んでいた。まだ何かあるのか。すでに恥をかかせ、王子のハンカチまで破いておいて、この上何を望むというんだ。

キラナは深く息を吸った。この冷たい壁は今このときに壊さなければならない。カイルが書斎に消えてしまえば、二人はまた他人同士に戻ってしまう。そうすればあの死の運命もまた一歩近づいてくる。

「どこへ行くの?」キラナは近づきながら尋ねた。

カイルは片眉を上げた。

「書斎だ。君を迎えに時間を割いたせいで、予定が押している。滞っている国境の報告書を片づけなければならない」

その言い回しにはやんわりとした皮肉が滲んでいた。

「まだ何も食べてないでしょう」キラナはその皮肉を無視して言った。「お昼から何も食べてないんじゃない?」

「あとで書斎で済ませる。ルーカスに運ばせるから」

カイルは背を向けようとする。

「だめよ!」

思わず声が飛び出した。予想以上に響き渡った自分の声にキラナ自身が驚き、カイルは眉をひそめ、ルーカスは危うく手にした兜を落としかけ、ハンスは呆然と口を開けた。

声が大きすぎたと気づいたキラナは、軽く咳払いをして姿勢を整える。駄々をこねる子供を叱る母親のような響きになってしまったことを恥じながら。

「ええと、その……」

キラナは声を和らげ、カイルの灰色の瞳をまっすぐに見つめた。

「仕事をしながら食事を済ませるなんて、体に良くないわ。長旅で疲れているでしょう。少しでいいから休んでほしいの」

カイルは疑わしげに彼女を見つめ、嘘の気配を探るように目を細めた。

「いつから俺の健康を気にかけるようになったんだ?普段は俺が病気になればいいとでも思っているくせに。俺が寝込めばこの家に戻らずに済むし、君は自由にパーティーでも開けるだろ」

その言葉が胸に突き刺さる。容赦のない一撃だった。元のヴァレリアーナの悪行があまりに多すぎて反論の余地もない。

「それは……昔の話よ」

キラナは慌てて言い返した。頬が熱くなる。

「今は違うわ。私……お腹が空いてるの。それに、あんなに広いサッカーコートみたいなテーブルで一人で食べるのは嫌なの。寂しいから」

そして彼女は最後の切り札を出した。上目遣いだ。前世で父の心をいつもほだしていた、捨て犬のような目だった。

「一回だけでいいから、一緒に晩ご飯、食べてくれない?」

ホールに冷たい風が吹き抜けるような沈黙が満ちた。使用人たちは互いに顔を見合わせ驚愕の色を浮かべている。奥様が夕食に誘っている。公爵様を。同じテーブルで。

カイルは、妻がこんなことを言い出すとはまるで予想していなかった。

まさか食事に毒でも盛るつもりなのかと、本気で考え始めていた。

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